かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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灰の英雄の凱旋⑥ 最も強いのは

 

 幼少期、ヘイルダー・グラッチャが自身の人生に充実を覚えた事は無かった。

 

 大罪都市エンヴィーという閉じられた社会で、彼は所謂”勝ち組”だったのは違いない。天魔のグレーレが介入してから飛躍的にその規模を拡大し、エンヴィー全体を支配していたギルド【中央工房】ギルド長の一人息子。

 物心つくかつくまいかといった時期から、彼にはエンヴィーにいる大半の者達は平伏していた。自分と同じ子供は疎か、自分よりも遙かに背の高い大人達も、厳めしい土人も恐ろしい獣人も賢しい小人も誰も彼も、自分の前ではひたすらに頭を低く媚びへつらっていた。

 

 彼が幼少期から常に見てきたのは支配者の光景である。

 

 当時、ギルド長だった父はそう言った光景を目にしたとき、常々浮かれるように、誇らしそうにそれを見下ろしていた。彼は激しい政治闘争の末、敵だった連中を軒並み破滅させることでその地位に就いたと自慢げにヘイルダーに語っていた。誰もが平伏するその光景は苦労を重ねて手に入れた絶景だったのだろう。

 

 ヘイルダーにとっては違う。彼にとってそれは苦労して勝ち取ったものでは無い。物心ついたときから当然の様にあった光景だ。

 

 最初からそこにあるものに価値を見いだすのは難しい。彼にとって自分以外の誰かを踏みつけて、いたぶるのは当たり前の事だし、何も面白いことは無かった。中央工房における最下層の子供をさんざいたぶるのは少しばかりは気が晴れるが、それくらいだ。

 ならば新しいことを。より素晴らしいことを。

 そう思ったとしても、大罪都市エンヴィーという場所では限られる。目新しい事なんてそうそう起こらない。移動要塞ガルーダが外から新しいモノを運んできても、恵まれた場所に居る彼にとってそれらは、彼が期待するような目新しさからはほど遠かった。その殆どが既知のものか、小手先だけ変えたようなモノにしか見えなかった。

 

 なんてつまらない、恵まれた人生。

 

 彼は自分の幸運と不幸を嘆きながら、中央工房の子供を虐める毎日だ。子供達を殴って、その子供が自分の親に助けを求めて、自分の顔を見て平伏し、自分の子供を怒鳴りつける。つまらない人生の中で彼が苦労して思いついた娯楽の一つがこれだった。

 何時その悪意が自分に向けられるのか、そんな風に怯える取り巻き達を嘲りながら、ここの所彼はずっとそうしていた。

 

「……なあ、なんでこいつら、こんなことしてんだ?」

 

 だが、そんな彼の平和で退屈な日常は崩された。

 彼が望むように劇的に、彼が望まぬほど無様に。

 

「……知らない。そうするのが楽しいんだって」

「へー、しゅみと頭わるいんだなー」

 

 ヘイルダーは地面に倒れていた。汚らしい裏路地で、顔面を地面に擦りつけ、鼻血を垂れ流しながら倒れていた。彼の周りには彼の取り巻き達も居る。ヘイルダーと同様に打ちのめされていた。全員に武器を持たせた筈だが、鼻から血を流しながらうんうんと唸っていた。

 そしてヘイルダーの背中を椅子にして、小さな子供が座っている。自分を叩きのめして、踏みつけにしているのだ。

 最初出会ったときは仮面のようなもので顔を隠していたが、格好の小汚さから間違いなく都市民の最下層か、もしくは都市に潜り込んだ名無しだった。つまり、ヘイルダーにとって木っ端のような存在である。そんな彼らが、自分の上に乗っている。踏みつけている。普段自分が他の子供達や大人達相手にそうしているみたいに。

 

《いっかいなぐったらちかづいてこんくなるんだけど、またきたなー?》

「ヘイルダー、ここらのボスだから、きっとまた来るよ…」

《えーめんどーい》

「もっとなぐったらビビって手を出さなくなるかな?」

 

 ヘイルダーの内側から、ぐつぐつと何かが燃えたぎるのを感じた。生まれて初めての経験だった。快不快にかかわらず、常に凪いでいた彼の心に初めて訪れた嵐だった。身体がバラバラになって千切れてしまいそうになるほどの憎悪だった。

 その衝動のまま、ヘイルダーは叫んだ。

 

「ううああああああああああああ!!!」

「うおっ」

 

 吼え叫んで、自分の上に乗っていた子供をふり下ろす。驚いて飛び退いた少年を、ヘイルダーは目撃する。先日遭遇していきなり殴りかかってきた時と違って、仮面はしていなかった。しまったな、という風に彼は腕で顔を隠す。

 やはり名無しの子供だ。世界で一番立場が弱いと言っても過言ではない故に、自分の正体を隠そうとしてる。都市を追い出されるかも知れないからだ。

 しかし、ヘイルダーにその気はなかった。クソつまらない大人達に彼のことを伝えて、彼をこの都市から追い立てるなんて真似、してたまるか!

 

「お前、お前、なんていうんだ…?」

「…………ウルだが」

「ウル、ウルだな……!!!覚えたぞ!!ウル!!!」

 

 ヘイルダーは怒りに酔い、屈辱に酔い、そして興奮に酔った。彼の人生で初めての経験だった。目の前の、どうしようも無いくらいに明確な敵の顔を、ヘイルダーは頭の中に焼き付けた。

 

「僕はヘイルダーだ!!覚えてろ!!お前のことをぐちゃぐちゃにしてやるからな!!!」

 

 こうして、ウルがエンヴィーを出て行くまでの間、彼と彼の取り巻きと、ウルとウルに味方する子供達の戦争が始まった。中央工房に存在していた兵器までが最終的に飛び出すほどの長く激しい戦争であり、一時は騒然となった。

 

 しかし、それを大人達が介入し止めることは出来なかった。

 

 中心であるヘイルダーによってそれは止められたからだ。ヘイルダーは戦争に熱狂し、暴走し、悪意をまき散らしながら、ウルと共に長い戦いの日々を続けた。

 

 あまりにも物騒で、色鮮やかなほど鮮烈な青春の日々だった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 さて、面倒くせえなオイ。

 

 大罪都市エンヴィーからやって来た珍客の兵隊達を部下達で押さえながら、ジャインは心中で愚知った。主犯であるヘイルダーはまだ捕らえられていないが、不用意に彼に迫ることはしなかった。ヘイルダーが片手に握る魔導銃をジャインは視界に捉えていた。

 彼の私兵らの武器と比べれば大層な大きさではないが、破壊力はそれ以上だろうと洞察する。ヘイルダー自身はとてもではないが鍛えているような体つきではない。取り押さえること自体は容易だ。ただ、迂闊に司令室の出入り口付近にたむろっていた彼の私兵達と比べて、ヘイルダーとはやや距離があった。

 

 ガルーダが恐ろしい勢いで接近した時点で、司令室への避難の指示は当然出した。

 

 防衛部隊である、白の蟒蛇のメンツだけで彼らの迎撃に当たるのは当然の流れだった。

 そしてその場合、エンヴィーの連中との問答無用の戦闘になるのは明白だった。遅れをとることは無いとジャインは確信していたが、それでも確実に、ウーガ内部に大きな被害が出るのは想像がついた。

 

 多少の被害を飲んでも、人的被害を避ける作戦だった。の、だが

 

 ――ガルーダはウーガの内部に招く。司令塔を囮に、ガルーダから奴らを引きずり出す。

 

 だが、女王エシェルは許可しなかった。

 自分たちを囮にしてでも、まずは連中を引きずり出す事を選んだ。しかしそれを、ワガママと切って捨てるわけにもいかなかったのは、彼女の案にも一定の理があったからだ。

 

 ――ガルーダという手札が奴らにある以上、まずは離す。

 

 ウーガは前代未聞の超兵器だが、しかし、ガルーダもまた、天魔のグレーレの手によって生み出されたすさまじい兵器なのだ。入港自体を拒否し、早々に真正面からぶつかって、ガルーダの力を使われれば、大きな被害は避けようが無いのは明らかだった。

 

 そして彼女の案を、非戦闘員であるはずの、ウーガの住民や、ウーガを制御する術者達まで支持した。ジャインも、最終的にはそれを飲んだ。

 ウーガの住民全員に共通して、「これ以上、好き勝手にさせてたまるか」という怒りがあったのだ。このウーガ上で戦争状態になって破壊されるなんてもってのほかだと。

 

 ――ま、そうなると、一番胃が痛くなる貧乏くじは俺なんだがな。

 

 と、苦々しく内心で思いながらも、彼は冷静にヘイルダーに語りかける。

 

「これは煽りじゃねえ。エンヴィーに戻れや。狙いはわかるがどう考えても血迷いすぎだろ」

 

 連中の狙いはわかっている。通信魔術で飛んできた。エンヴィーの内乱をウーガで鎮めようとしているのは理解していた。が、それはやはり大分血迷っている。

 

 人類生存圏を脅威にさらすのは、大連盟法の中でもとびっきりの重犯罪だ。

 

 死罪すらもあり得る。いくら連中が大連盟法の番人である黒剣とつながっていたとしても、その黒剣は壊滅している。そうすると、もう彼らを守る者は誰も居ないのだ。その状態でそんな所業をすれば、例え暴動が収まったとしても、その後、彼らが助かる見込みはゼロだ。

 

「今、何事も無かったと立ち去るなら、こっちもとやかく言うつもりはねえよ」

 

 だらだらと言葉を続けながら、ジャインは視線を動かさないまま周囲を把握し、部下達に僅かな合図で支持を出す。特に、グラドルから来ている術者達は戦闘能力はない。彼らの護衛は最優先だ。

 

 そして、我らが竜吞女王に関しては――――

 

「その厄介な物をまずは置け。どう考えても、使い慣れてねえだろ――――」

「だ、ま――――!!」

 

 不意に、ヘイルダーが動く。先ほどまで、ふらふらとどこに向けられるかわからなかった銃口が、こちらへと向いた。ジャイン「よし」と小さく頷く。

 

「ほいっす」 

 

 同時に、ジャインの背後に隠れていたラビィンは即座にナイフを放った。ナイフはくるりと宙で一転し、見事にヘイルダーの手に突き立った。

 

「っが!?」

 

 引き金に指がかかるよりも早く、ごとんと地面に落下する。数秒遅れて、自分の手の有様に気づいたヘイルダーは手を押さえて叫んだ。

 

「ぎああああああああああ!!?」

「押さえろ!」

 

 ジャインの命令で、白の蟒蛇が一斉に動く。

 実に、一切の淀みの無い動きだった。一線を退いても、彼らは一流だ。戦闘に置いては素人の相手に、後れをとるはずも無かった。

 

 問題があったとすれば――

 

「【機構解放!!】」

 

 この男が、天魔のグレーレが気まぐれにつくった()()()を有していたことだ。

 

「っんな!?」

「伏せろっす!!!」

 

 ヘイルダーの身体から禍々しい光に包まれる。

 衝撃音と破壊音が司令室に響き渡り、同時になにか、得体の知れないものがヘイルダーの体から飛び出した。

 

「ぐ、ううううおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 鎧のように全身を包み、そして身体が膨らんでいく。数メートル超の機械でできた獣のような姿に瞬く間に変貌を遂げる。その頭部にはヘイルダーの頭が小さく乗っていた。

 

「【魔導鎧】よ!!僕に従えェ!!!」

 

 滑稽にも見えたが、威圧感は本物だった。ジャインも見たことも聞いた事も無いような魔導兵器。紛れもなく、天魔のグレーレの生み出した代物に違いなかった。

 

「全員伏せろ!!!」

 

 ジャインが叫ぶと同時に、機械の手足はまるで蛇のようになめらかに蠢き、振り回される。司令室の一部を破壊し、術式の破損を知らす高音の警報音がけたたましく鳴り響いた。

 すでに周囲に配備させた白の蟒蛇の仲間達が、非戦闘員を次々に逃がしていく。

 

「――――――」

 

 だが、中央の司令席についていたエシェルは逃げられない。彼女のそばにずっといるカルカラは、彼女をかばうように前に出るが、

 

「は、ハハハハハァ!!さあ、女王!!僕に、従ええぇ!!」

 

 ヘイルダーが、彼女一人でどうこうできできるような存在で無くなっているのは明らかだった。彼の目は酷く血走って、口端から泡が出ている。彼が纏う兵器が、なにかろくでもない影響を与えているらしい。

 放置すれば自滅するかもしれないが、それよりも、振り上げた拳を女王へと向かって振り下ろす方が早いだろう。

 

 が、ジャインは焦りはしなかった。

 

 どちらかと言えば、周囲の魔術師達を狙われる方が危険だった。彼らの多くは技術者、研究者であり戦闘経験は浅い。一番命の危険があった。

 エシェルの心配をジャインはしていない。 この無茶な誘導作戦を許可したのもそれが理由だ。何故なら――――

 

「……練習してきたんだ」

「ああ!?」

 

 この竜吞ウーガにおいて、最も力が強いのは、彼女だからだ。

 

「ウルが居なくなってから、暴走しないように、沢山、練習した」

 

 次の瞬間、ヘイルダーの機械の腕が、一瞬で消滅した。

 

「――――――な」

 

 黒の魔導書が別れ、そのページが周囲に飛散する。それは使用者の力を高める強化術では無く、使用者の力を抑え込むための“拘束術”だ。

 

「【ミラルフィーネ・リストラクション】」

 

 その中央で、黒衣のドレスを身に纏ったエシェルが、バランスを崩し膝をつくヘイルダーを冷め切った目で見下ろしていた。

 

 

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