かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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灰の英雄の凱旋⑦ 怪物

 

鏡の精霊を制御する。

 

 竜吞ウーガの代表としての責務を負う一方で、エシェルの最大の課題がそれだった。

 

 ――魔導書でかなり制限をかけることになったとしても、制御できるようにならなければなりません。それができなければ、実践で力を使うことは絶対にダメです。

 

 珍しく、シズクからかなり強めの口調ではっきりと断言された。しかもリーネもカルカラも完全に同意した為、反論の余地はなかった。陽喰らいの時の暴走は、エシェルはなんだかふわふわと楽しかったような記憶しかないが、本当によっぽどやらかしたらしい。

 とはいえエシェルも、暴走で仲間達を巻き込むのは絶対にごめんだったので、鍛錬することに関しては文句は無かった。

 

 地道に、ひたすらコツコツと、“邪霊の研究書類”を併用し、自身の力を御する術を身につけるべく鍛錬を続けた。最初はかなり危うかったが、カルカラは辛抱強く自分の訓練に付き合ってくれた(その間神官見習いの訓練が少し楽になったので何故か彼らからあがめられたりもした)。そして――

 

「――――ああ、もうお前に勝てるやつはウチにはいないな」

 

 ウーガ訓練所で、ジャインは素直に降伏を宣言した。

 周囲に鏡を展開し、結界のようにしていたエシェルはぱちくりと瞬きする。

 

「え、え?だってまだ、なにも……」

「今の攻撃はウチが出せる最大火力だよ。それも、対象を誘導して、罠にかけて、ようやく発動できる代物だ」

 

 彼女の周囲には【白の蟒蛇】の魔術師達が並んでいる。全員冒険者ギルドから指輪をもらっている一流の術者達だ。その全員が力を合わせて発動させた【多段発展魔術】。単純な火力という点に関しては【白の蟒蛇】が用いることができる正真正銘最大の火力だ。

 実践でも使える機会はそうそう無いだろう、とんでもないコストの大砲。それを――――

 

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「で、でも……」

 

 そう言われても、正直ピンとこない。

 意識せずとも常時展開可能な“守りの鏡”がどの程度の強度を保てるかの実験をしていただけなのだ。徐々に威力を上げて、限界がくればエシェル自身が白旗をあげる予定となっていたはずなのだが、先に白旗をあげたのはジャイン達の方だった。

 

「自覚ねえのかよ。だったらはっきり言ってやる」

 

 無力感に打ちのめされている部下達に片付けを指示しながらも、ジャインはこちらを見下ろす。彼の目には侮りも、恐怖もなかった。ただただまっすぐにこちらを見つめてくる。

 

「お前が最強、ウーガの最大戦力だ。今後はこっちもそれを前提に動く。否応なく、そうしなけりゃならねえ。自覚しろ、我らが女王」

 

 最大の護衛対象が、最強ってのも複雑だがな。とジャインは苦笑した。

 

 エシェルは、それでもやはり複雑な心境であったが、彼の言葉に頷いた。

 自覚しなければならないような存在に、自分はすでに成っているのだと、理解した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 そして、現在

 

「ば、かなあ!!?」

 

 ヘイルダー・グラッチャは、何一つ抵抗できぬまま、巨大となった自らの身体がバラバラに分解されていく感覚を味わっていた。

 

「【鏡鳥】」

 

 女王エシェルが手のひらを広げ、“何か”を放つ。光を反射させながら煌めく小さな“何か”は、風を切りながら宙を飛び回る。ヘイルダーの周囲を飛び回るたびに、彼の身体は削れて消えていく。

 

 魔導鎧は決して、見かけだけのハッタリでは無い。

 ろくな鍛錬をしていない、魔力の吸収強化ができていない一般人であろうとも、武装人形を一方的に破壊できるような力を得る凶悪無比な魔導兵器だ。それもグレーレが作り出した試作品。

 

 それが、何一つ、攻撃行動すら起こす暇も無く、無残に削り取られていく。しかも、

 

「動くなよ。死なれると面倒くさいからな」

 

 死なぬよう、加減をされて。

 魔導の鎧が悲鳴を上げる。破損部分を修繕しようと、再生しようとうごめく。機械とはとても思えない異様な挙動としぶとさは間違いなく、恐ろしい兵器と言えた。しかし、彼女の前では何一つとして役に立たなかった。

 

「クソ!!くっそ!!!」

 

 そのことは、流石に朦朧としていたヘイルダーも理解していた。

 黒衣を纏った目の前の女王が、その名に偽りの無い“竜吞みの怪物”であることを、ようやく理解した。彼は魔導鎧に備えついていた通信魔具を起動し、叫んだ。

 

「ガルゥウウウダ!!!攻撃準備をしろ!!」

 

 空を飛翔する移動要塞ガルーダには当然兵器を搭載している。

 遙か上空から一方的に敵を焼き払うための砲口が搭載されている。現在、ウーガの結界内部にいるガルーダならば、なるほど確かに、ウーガの司令塔を一瞬で消し飛ばすほどの攻撃を放つことは叶うだろう。

 

「急げ!!さっさとしろ!!」

 

 言うまでも無く、司令塔にいるヘイルダーも巻き添えにしかねない指示だが、今の彼にその冷静な判断ができる訳では無かった。とにかく、目の前の恐るべき脅威から逃れようと必死だったのだ。

 

 だが、しかし

 

《――――できません》

 

 通信魔具の向こうから聞こえてくる声は、無慈悲だった。

 

「ふざけるな!!逆らうのか!」

《ふざけてるのは貴方ですし、逆らうのは当然です。私の主はグレーレただ一人》

 

 狂乱するヘイルダー以上の苛立ちを辛うじて押さえるような声をグローリアが発する。ヘイルダーは、自身の権限を使ったあらんかぎりの脅迫を彼女にぶつけようと口を開くが、それよりも早く、

 

《ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な…………に?!」

《そこに窓がないのですか?直接見た方が早いでしょう》

 

 ヘイルダーはその言葉に、酷い異音をたてる機械の身体を引きずりながら、司令室の窓へと駆け寄った。その間、慈悲なのかなんなのか、女王は攻撃を加えてはこなかった。

 そして、彼は見た。

 

「……………………は?」

 

 巨大なる機械の怪鳥ガルーダ、その体中が

 美しく、おぞましい、“真っ白な魔法陣”によって覆い尽くされ、封じられているのを。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 【移動要塞ガルーダ】

 

「通信、終わった?」

「ええ、慈悲に感謝します――――レイライン、様」

 

 グローリアは深々と、ため息をつきながら、自分たちの操るガルーダを“制圧した”魔女、レイラインに苦々しい表情で礼を言った。

 不本意なウーガへの突入だったとはいえ、立場上敵にあたるウーガの魔術師に礼を言わなければならない理由は単純明快だ。今、ヘイルダーと通信を行ったのは、ただただ、彼女の慈悲でしかなかったからだ。

 

「あっそ。まあどうでもいいけど」

 

 リーネ・ヌウ・レイライン。

 

 彼女がどのようにしてガルーダに侵入したのか、どのようにして制圧したのか。

 それはグローリア達が居る環境の有様を見れば、誰にも明らかだった。壁や天井、机に地面に、ありとあらゆる場所に、細く、長く、煌めく“無数の糸”のようなものが蠢いている。それは至るところにあり、そしてガルーダの術式操作を行うためのあらゆる場所を制圧していた。

 

 ガルーダの至るところに存在するはずの制御術式が、その上から新たなる魔法陣で上書きされている。恐ろしく精緻で、強靱な、【白王陣】によって。

 

「存外、あっけないわね。こんなものかしら」

 

 そしてその異常な空間の中心に、レイラインの末裔は“在った”。立っては居ない。宙に浮かんでいる。自分の身長ほどもある彼女の杖は、穂先が別たれて、本来の長さを大幅に超える糸を紡ぎ、ガルーダ全体に浸食していた。

 その杖に腰掛けて、彼女はこちらを見下ろしている。その彼女の髪もまた、杖と同じように解かれ、白く輝きながら、周囲に無制限に広がり、杖の穂先と合流していた。

 彼女の頬にも、周囲に描かれた白王陣の末端が描かれているのが見えた。服の下に隠れているが、おそらく彼女の身体にも、【白王陣】は描かれているだろう。

 

 半年前に行っていた、自身の髪を解いて、術式を描く穂先とする技を、更に発展させている――――らしい。らしい、というのは、もはやグローリアには彼女の所業を解析することが出来なかったからだ。

 

 単身で、移動要塞を制圧するというのは、最早、魔術といっていいのか?

 

 そんな、恐怖ともつかない驚愕をなんとか押さえる中、レイラインはつまらなそうにこちらを見る。

 

「ねえ、もしかして、わざと捕まった?」

「は?」

「天才グレーレの移動要塞が、殴られる大義名分をわざわざ抱えてやってきてくれたから期待したのだけどね。自分の力量のほどがはかれるかもって」

 

 問われ、グローリアは歯を食いしばりながら、なんとか戦くのを堪えた。

 

「ガルーダもグレーレのもの。わざとくれてやるような真似。するわけがないでしょう」

 

 そう、どれだけあのヘイルダーの暴走が全ての原因であろうとも、ガルーダがグレーレの英知によって生み出されたものであるという事実は何一つ変わりない。で、あるならばなおのこと、あのヘイルダーの破滅に、ガルーダを巻き込むわけにはいかないのは当然だ。

 

 だから、このような形で一方的に制圧されたのは、本当にただただ、彼女の浸食に一切抵抗できなかっただけだ。本当に身も蓋もない話なのだ。待機中に、浸食に気がついたときには最早9割以上の【封印】が完了した。最早誰の手にも取り返しようのないところまで、権限は奪われていた。

 

「そう?だったら、天魔のグレーレの代行が出来るって、少しは証明できたかしらね?」

 

 レイラインは笑う。彼女の言葉の意味をグローリアは理解している。“天魔裁判”の折り、彼女の逆鱗に触れたことを流石にグローリアも忘れていない。その意趣返しというにはあまりにも派手な真似だが、しかし反論の余地もなかった。

 だから、せめて精一杯、グローリアは表情を皮肉にゆがめた。

 

「ええ、確かに、確認できましたよ。そんな悍ましい怪物のような有様になることで、貴方はグレーレの影に僅かに縋ることが出来るのだと」

「隊長っ!!」

 

 部下達が悲鳴のような声を叫ぶ。

 

 それは彼女に対する心配の声だ。今は、以前の裁判の時とは違う。

 

 脅されたとはいえ、グローリア達がウーガに対してとてつもない横暴を働いたのは紛れもない事実だ。ウーガが自分たちの管理下にある、などという大義名分はもう失われている。

 つまるところ、侵入者であり、捕虜となった自分たちの生殺与奪はレイラインが握りしめている。彼女には、自分たちを「ウーガの罪無き住民達の命を危険に晒した危険因子」として排除することが出来る。

 物理的にも、法的にも、何ら問題なく執行できる。

 

 現在、彼女がそうしないのは、単なる気まぐれか、慈悲なのだ。そして――

 

「――――へえ」

 

 不意に、グローリアの周囲の“穂先”が蠢いた。ぎゅるりと彼女身体を取り囲み、まるで大蛇のような巨大な力で、グローリアを引っ張り上げた。そしてレイラインの前に、彼女を引っ張り出す。

 

「私が、怪物に、見える?」

「誰が、どう見ても怪物でしょう……!」

 

 本当に、それはそうだ。この場に居る全員がそれには同意した。しかし、それが怪物の怒りを買ってしまえば、どうなるかわかったものでは無かった。

 レイラインは、グローリアをじっと見つめる。必死に抑えようとするが、それでもあまりにも恐ろしく、声を震わせるグローリアを観察し続けた。そして

 

「そう――――良かった」

「っきゃ!?」

 

 不意に、グローリアを投げ捨てた。落下した彼女は部下達にかばわれ、支えられたが、すでにレイラインはグローリアへの興味を失っていた。

 

「ようやく、少しはヒトを辞めることが出来たのね」

 

 彼女は空を見上げるように虚空へと視線を向ける。その視線はどこも結んではいなかった。ただ恍惚とした、妖艶な表情を浮かべ、そして祈るようにささやいた。

 

「嗚呼、白の魔女様。おばあちゃん。私はまた一歩、輝ける白へと近づきました……!」

「……………………」

 

 グローリアは、決めた。部下達もそうした。

 

 臓腑も冷え切るような恐怖によって、決断した。

 

 二度と、彼女の内なる信仰を汚す真似だけはすまい。

 

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