かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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銀色の休日

 

 ある日の【竜吞ウーガ】にて

 

「シズクが好きな事って何かなあ」

 

 その日、ウーガの主であるエシェルはなにげなく呟いた。

 独り言のような言葉であるが、彼女がそんな風に口にするのは、誰かに話を聞いてほしいときだ。だからやれやれと、ため息をつきながら、リーネは研究書類から目を離し、顔を上げた。

 

「今度はなによ」

「ちょっと、お礼というか、ねぎらいがしたくってぇ……」

「シズクに?何でいきなりそんなこと思いついちゃったのよ」

 

 本当にいきなりだ。

 仲間同士、ねぎらうことはいけないことだ。なんて事を言うつもりはリーネにはないし、ねぎらいたいというのなら好きにすればいい。と思うのだが、

 

「そんなの、身構える事?」

「……だって、シズクにいっぱい仕事してもらってるから」

「確かにね。対人面で特に、彼女じゃないとどうにもならない仕事全部回してるわね」

「厄介ごと、いっぱい押しつけてしまってるかなって……」

 

 エシェルのシズクに対する罪悪感が今回の突拍子のない提案の原動力らしい。とはいえ、そういう意味では、彼女の世話になっているのはリーネも同じではある。

 

「それで、どうするの?」

 

 リーネは書類を片付けた。まあ仕方があるまい、と、彼女の提案に本格的に乗ることにした。が、エシェルは困った顔をしている。

 

「シズクが何が好きなのか、わかる?」

「何って…………」

 

 そう言われると、全然ぱっと思いつかない。

 

「…………そういえば、シズクって自分の好み、表に出さないわよね」

「食べ物とかも、なんでもおいしいって食べるし」

「だったら、お菓子でも喜んでくれるんじゃないの?」

「で、でもせっかくなら一番好きなものあげたいじゃないか」

「殊勝な心がけといいたいけど、だったら直接聞きなさいよ」

「……さりげなく、好きなお菓子聞いたら、なんでも好きですって」

「一番困る回答ね」

 

 こんな思い悩むことでは無いと思うのだが、と思いつつも、しかし相手は()()シズクである。なかなかどうして、すんなり事が進まない予感に、リーネはため息をついた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日。

 

「休暇、ですか」

 

 シズクを前に、エシェルは頷いた。

 

「うん。今日は色々と仕事の量が少ないから、シズクを休ませてあげようって」

「休み、私よりも、ほかの皆様の方が……」

 

 やはりシズクは食い下がろうとする。基本的に、ウーガにおいて自分の仕事が終われば、すぐさま誰かの仕事の手伝いに向かうか、あるいは訓練を行うような恐ろしく勤勉な彼女だ。そういうのは想像していた。

 しかし今日は働きづめでは困るのだ。

 

「別に、私たちだって休まないとは言っていないわよ。これくらいだったら、私とエシェルでささっと済ませるわよ。必要だったらウルも呼ぶしね」

「自由に休んできてくれ」

「自由」

「身体を鍛えるとか、勉強するとかも、今日はなしで、羽を伸ばしてくれ」

「…………わかりました」

 

 作戦は至ってシンプルだ。

 シズクに時間を与えて、やりたいことをやらせてみるのだ。考えてみれば、本当に彼女が自分の意思で自由に過ごしているところを、見たことが無い。本を読んでるところは確かに何度かあるが、それもほとんどは魔術の学習といった自己研鑽のためだったりする。 

 本当の意味で自由を与えて、好みを探ろうという魂胆だった。

 

「これならシズクがやりたいことわかるかも!」

「……というか、もうこれがお礼ってことでいいんじゃない?」

「……あ、あれ?」

「いやまあ、いいけれども。私もシズクのことは気になるしね」

 

 ウルの最古参の仲間で、謎の多い少女。邪霊の巫女。圧倒的な魔性の美を振りまき、そしてその美しさを最大限に利用し老若男女問わずに惑わす天災のような少女。だというのに、ギルドの要として、周囲との協調性を保てているのだから、本当に特異な少女。

 

 興味が無いと言えばもちろん嘘になる。

 ので、エシェルに便乗してリーネも彼女を観察することにしたの、だが、

 

「……」

「……」

 

 シズクと別れてから、秒で残りの仕事に始末をつけたエシェルとリーネは、そのままシズクの追跡を開始した。追跡自体はうまくいった。彼女は指令塔からそう離れていない場所ですぐに見つかった。

 

 大通りを進んだ先にある、憩いの場、公園に彼女はいた。

 そこまではよかった。そこまでは順調だった。の、だが、

 

「……シズク、あれ、なにしてるんだろう?」

「公園でぼーっとしてるようにしかみえないけど?」

 

 そこからつまずいた。

 公園にベンチに座ったシズクに変化がない。日光の当たりやすいベンチに座ったシズクは、言われたとおり本を読んだり、魔術の練習をしたりすることも無く、ぼおっとベンチに座っている。

 

「遊びに来てる名無しの子供達をみてるんじゃない?」

「それだけ?」

「そうね」

 

 本当にそれだけである。

 それ以外、何もしていない。本当にじっとしている。彼女自身の美しさも相まって、まるで綺麗な彫像のようにも見えてくるくらい、じっとしている。寝ているのだろかとも思ったが、一応眼は開けているらしい。

 

「……ねえ、いやな予感してきたんだけど」

「も、もー少しだけ様子、見よう!」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……あれは?」

「多分、神官見習い達のランニングを眺めてるわね」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「…………あれは?」

「多分、公園の花に飛んできた蝶を見てる」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「…………あれは?」

「転んだ子供のけがを治してるわね……あ、ベンチに戻った」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 彼女を観察し続けたリーネとエシェルが得られた情報は以上である。

 リーネは天を仰ぎ、エシェルは膝をついた。

 

「老後か……!」

「何もわからない!!!」

 

 びっくりするくらい、シズクは活動性に欠けていた。

 普段の彼女はむしろ活動的な方である。休む暇も無いと言わんばかりに毎日何か仕事をするか、訓練をするかを続けている。もちろん、黄金級に至るという目標を考えれば、日々の努力は当然なのだが、それを取り払うとここまでゆったりとした生活を送りはじめるとは思ってもみなかった。

 

「あれがシズクの素……ってことなの、かなあ……」

 

 あらゆる男をたぶらかし、翻弄する彼女の意外な一面を知ることはできた。それは一つの成果といえなくもない……が、

 

「……で、結局、シズクの好みは?」

「わかんにゃい……」

「にゃいじゃないわよ全く……」

 

 結局、二人は話し合い、また公園でのんびりするなら、足が冷えぬようにと今度少し質のよいブランケットを贈ることとなった。

 シズクには大変喜んでもらえたので、それでよしとした。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『カッカカカ!今日はワシの勝ち抜きじゃあい!!』

「きったねえぞ人骨!!自分の分身作るとか反則だ!!」

『自分の機能を全部使って悪いカ!次の飲み会おごれや若造どもめが!!』

 

 という、人骨の勝利宣言と白の蟒蛇達のブーイングを最後に、その日の訓練は終わった。

 ウルはヘトヘトになりながら、そして敗北感を味わいながら帰路についていた。今日は白の蟒蛇も交えた合同訓練であり、種目はタイマンの模擬戦闘だったが――――ウルはしっかりと最下位だった。

 

「混戦ならまだましなんだがなあ……」

 

 実践に近い、何でもありの戦いならウルは割と得意だ。自分の実力不足を、うまくごまかせるからだ。そういう戦い方は幼い頃からやってきた。

 だが、一対一だとどうしたって、経験不足が重くのしかかる。

 ある程度までは小細工をやれないこともないが、限度がある。本当に技量が問われる場面だと、ごまかしようも無くウルは未熟だった。経験と反復によって培われる技がないのだ。

 

 対して、ロックや、ジャインを筆頭とする白の蟒蛇の戦士達はそうではない。

 

 当たり前だが、白の蟒蛇の戦士達は全員一流だ。しかも彼らは、金稼ぎをするためにリスクを飲み込んで危険地帯を戦い抜くことを選び、それ故に経験も技術も桁違いだ。

 経験の濃度についてはウルは全く負けていないが、しかしあまりにもウルの経験の偏りは酷い。対人戦闘となると、本当に経験が浅かった。結果、ボコられた。

 

 ――その経験不足を埋めるための訓練だろうが。いちいち嘆いてんじゃねえよ。

 

 普段口の悪いジャインがぶっきらぼうに慰めてくれたのはありがたかった、が、それでも最下位は最下位だ。おかげであの人骨に酒をおごらねばならなくなった。

 

 こうなりゃ今度の交易でめっちゃ変な酒買ってやろうか。

 

 なんて思いながら家へと戻る途中、帰り道の途中にある公園で、珍しいものを見た。

 

「シズク」

 

 夕暮れ時、ベンチにじっと座るシズクの姿だ。戦闘訓練も仕事もしていない彼女の姿は大変珍しい。何かトラブルでも起きたのかとも思ったが――

 

「あら、こんにちわ。ウル様」

 

 彼女の様子を見る限り、そうでは無いらしい。ウルはシズクの隣に座った。

 

「今日は、機嫌がいいな」

「そうですか?」

「ああ。楽しそうだ。なにかあったのか」

 

 シズクはいつも通りの微笑みを浮かべている。が、普段の表情と比べて、ほんの少しだけ柔らかな雰囲気をまとっている。当人も自覚は無いだろうが、少しだけ緩んでいる。

 ウルの言葉に、シズクは少しだけ考えるように沈黙した後、口を開いた。

 

「休日をいただきました」

「へえ」

「だから、皆様を眺めていました」

「楽しそうだな」

「はい」

「よかったな」

「はい」

 

 シズクは公園から自分たちの家へと帰って行くウーガの住民達を眺め続けた。ウルはシズクの隣で、彼女の本当に楽しそうな表情を、眼を細めながら眺めた。

 

 胸に刺さっていた敗北感は、気がつけばすっかり消えて、無くなっていた。

 




というわけで番外日常編でございました!
次話より時系列が戻ります!
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