かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
大罪都市プラウディア 名も無き孤児院 中庭
「…………見せろ」
孤児院の主であるザイン、真っ黒なローブを纏った枯れ木のような老体の彼は、その身にそぐわない鋭い眼光と共にそう言った。
彼の眼前には此処で暮らす孤児の少年が一人居た。手にはかなりボロボロになった木剣が握られており、彼の目の前には木剣よりも遙かにボロボロにくだけた案山子が突っ立っている。
少年はその案山子に対して正面から構えている。当然相手は物言わず、反撃もしかける事もない案山子であるのだが、まるで魔物と退治しているかのように表情は真剣そのものだ。
「やぁああー!!!」
そして雄叫びを上げ、剣を振り上げ、案山子へとふり下ろす。高く強い音が鳴った。
その剣筋を、武力を生業とする冒険者や、騎士団の騎士達が見れば驚く事だろう。それは驚くほどに真っ直ぐで、身体の動かし方も無駄がない。武術の心得のある者から指導を受けなければ身につかないものだからだ。
棒状の者を振り回すだけなら小鬼でもできる。剣術を学ぶ機会の少ない名無しであっても、武器を振り回すことは出来るのだ。しかしそれはどうしても我流となり、歪が生まれ、隙が出来る。
身体もしっかりと出来ていない子供が、その身体にあった正しい姿勢を身につけるのは、当人の辛抱強い努力と、それを支える優秀な指導者の二つの要素が必要となる。それを満たすのは都市の中で暮らす都市民であっても容易でない。
まして、名無しの孤児達が暮らす恐ろしくおんぼろな孤児院で、それを体現する子供が居るのだから、見るものによってはそれはあり得ない光景だった。しかしこの孤児院ではこの光景は毎日繰り返されている日常に過ぎなかった。
「や!!はあ!!」
少年は幾度となく剣を振り、老人はそれを見る。やがて全ての型を終えたのか、少年は小さく呼吸を繰り返し、ザインを見た。
「どうだじーちゃん!!いけんだろ!!」
問われると、ザインは暫し考えるように目を瞑ると、杖を1度地面につき、口を開いた。
「攻撃と攻撃の合間、隙が大きい」
「う」
「徐々に構えが雑になり大ぶりになる。攻撃に意識が行き過ぎだ」
「ぐ」
「息が上がるのが速い。体力が全く足りてない」
「ぐへえ……」
容赦ない言葉攻めで、意気揚々だった少年は打ちのめされて膝を突いた。その様を見てザインは溜息をついた。
「だが、及第点か。狩り組への同行を許す」
「ま、マジか!やった!!」
「ただし暫くは武器は携帯のみ。見て学べ」
ザインが行っているのは、少年に対する冒険者になるための手解きだった。
少年は名無しだ。”名も無き孤児院”では15になるまでは名無しであっても都市滞在費用が免除されるが15になったら都市に滞在費を納めなければならなくなる。それまでの間に生きていくための術を学ぶ必要がある。ザインが教えてるのはそれだ。
武術以外にも文字の読み書きに算術、最低限生きていく上で必要なものはこの孤児院で習得できる。時として貧しい都市民の子供までやってくるくらいには、学び舎として充実していた(見た目に反して)
なので、冒険者、と言う選択肢は正直なところ余り利口な選択ではない。冒険者よりは稼ぎが少ないが、名無しであっても命のやり取りとは無縁の仕事はプラウディアには存在している。ザインならそちらへと導いてやることも出来るのだ。
ところが最近、冒険者を希望する孤児が多い。というのも、
「わかったよ!なー、じーちゃん!!」
「なんだ」
「俺冒険者になれるかな!!」
「努力を忘れず、勇敢さと臆病さを忘れなければ、生計を立てることはできるだろう」
「じゃあさ!ウルみたいになれっかな!?」
「やめておけろくでもない」
ザインは何時もの調子で即答した。
冒険者の志願者が増えている理由はこれである。【灰の英雄】、ウルの名が孤児達のみならずプラウディアを、あるいはもっと広くイスラリア全土を熱気に包んでいる。それに当てられた子供が増えたのだ。
この少年は元々、冒険者志望であり、その為の訓練を積んでいたのだが、ウルの話題を聞いてからというものの、その熱が更に加速した。やや危うい程に。
「でも、ウルって此処の出身なんだろ!?だったら俺も!!」
「ヤツに冒険者の手解きを仕込んだ事は無い。」
「え、マジで!?」
ザインがウルに仕込んだのは道徳であって武術ではない。最低限の都市の外で生き抜くための知恵の仕込みくらいはおこなったが、そもそも彼が強く希望し積極的に学ぼうとしていたのは読み書き算術の方だ。
彼は冒険者になどなる気はさらさら無かった。
「此処の出身者であるから特別になれるなどという思い上がりは早々に捨てることだ。下らないところで転ぶことになるぞ」
「うーん……でも、じゃあどうやったらウルみたいになれんだ?」
「なろうと思ってなれるものでは無い。なろうと思うものですらない」
そう言うザインの表情は、何時もの無愛想な表情の彼が、更に硬い顔をしていた。少年も珍しいものを見たというように目を丸くさせている。その彼の表情に気付いたのか、ザインはすぐに表情を戻すと、何時もの調子で杖で地面を叩いた。
「時間だ。片して、野草を採取してこい。お前が引率しろ」
「ちぇー。わーったよ」
「文句があるなら茶の量を増やすぞ」
そう付け加えると、少年は風よりも速い速度で木剣を片して立ち去っていった。
よっぽど茶が嫌いらしい。ザインはそのまま振り返り、庭先へと視線を向ける。少年が立ち去ったあとは誰も居ない。古びた案山子が立ち、今にも倒れそうな痩せ細った庭木が頼りなく風で揺れるのみだ。
しかし彼は視線を逸らさず、声をかける。
「それで、引退した老いぼれに何用だ。天剣」
「…………気付いていたのですか」
不意に、枯れ木の影から少女が顔を出す。
蒼髪の獣人。幼き少女、しかしこの世界で最も苛烈なる剣を持った七天の一人、天剣のユーリが顔を出す。彼女はやや不満げに眉をひそめていた。
「先代勇者、気付かぬほどに耄碌していたのなら、用はなかったのですが」
「失敗したな。無視すべきであった」
更に不機嫌な表情が濃くなる。しかしザインが気にする様子はない。そしてユーリも、いちいち彼の物言いに反応してはキリが無いと思ったのか、深々と溜息を吐く。
そして本題を口にした。
「天賢王からの言づてです」
「断る」
即座の返事だった。
「王の言葉です」
「
王に対する無礼の一切を許さない彼女であるが、ザインの言葉に対して彼女が何も言えなかったのは、彼の指摘が全て事実だったからだ。彼女が王に頼まれた言づてを、ザインは正確に理解し、その上で断った。
無論、世界で最も偉大なる王の言葉を断るなど、通常であれば不敬極まる、どころか、処刑されてもおかしくは無い。そんなことが言えるのはザインくらいだろう。
七天の中でも最強の勇者。太陽神と王からの加護を賜らずして無双の強さを秘めた勇者。彼は何者に対しても、膝をついてひれ伏す事はしない。する必要が無い。
「…………」
その態度は、ユーリにとっては耐えがたい無礼である。が、彼女は剣を引き抜かなかった。王を信じ敬う。その為に彼女は力を使う。詰まるところ、力が通らない相手に、その傲慢は通してはならないというのが彼女の理念だ。
いずれ、ザインを超えるほどの力を得ることを誓いながらも、彼女は言葉を続けた。
「貴方の弟子は、確かに小マシにはなりました。それは認めます。ですが」
「【超克】の戦いの途中で倒れると?力のみを見る若者らしい発想だ」
杖をついて、ザインは中庭に転がる案山子を見る。此処で、子供達に剣術の鍛錬の役目をかっていた案山子だった。幾度も直されては打ち倒されるを繰り返した、歴史のあるかかしだった。
そしてこの案山子に、ディズも剣を振るった事がある。ユーリもだ。
「貧弱であるが故に、何度へし折られても立ちあがる。泥にまみれようと、自らの内にある信念は潰えない。技術以外、伝えることは何も無い。今代は弱いが、
ザインはハッキリとそう言った。
そして、説得が不可能であることをユーリは悟ったのだろう。彼女は首を横に振ると、そのまま背を向け、立ち去ろうとした。
「待て」
「……何か?」
にべもなく拒否してきたのに何のようだ。と、あからさまに不機嫌そうにユーリは振り返る。ザインは彼女の射殺すような目つきも気にすること無く、言葉を続けた
「既に【色欲】は終わったのだろう」
ザインがそう言った瞬間、ユーリは先ほどよりも更に増して、驚いた。言うまでも無くそれは、絶対に誰にも明かすことの出来ない情報だったからだ。神殿内部の神官すらも、決して知ることが許されない情報だ。
その秘匿を、彼は当然のように把握していた。
「【憤怒】はウルが喰らった。【暴食】は魔王が。【嫉妬】は間もなく。残るは【強欲】」
「……どこから」
「お前達、七天が行っている大事業の協力者は、何も“彼女”だけではない。」
その言葉に、ユーリは顔を顰めた。それを無視してザインは言葉を続ける。
「お前はこの戦いが何か、理解しているのか」
ユーリは身体の動きを止めた。沈黙を通そうとした。だがしかし微塵も動かず自身をみつめるザインの視線に折れたのか、首を横に振った。
「……
「なるほど」
ザインは頷いた。素っ気ない応対に、ユーリは眉をひそめた。
「……それが何か?間違っていると?」
問いに対して、ザインは首を横に振る。
「否、
「何を」
「助言だ」
ザインは杖をつきながら、ユーリを睨む。
「お前の双肩には否応なく、数多の命運がかかる事となる。迷うなよ」
「言われるまでも――――いえ」
そう言いかけて、口を閉じると、ユーリは小さく頭を下げた。
「ご忠告感謝します。先代勇者。我が師よ」
「老い耄れに若者が頭を下げるな。さっさと行け」
言うだけ言って、ザインは満足したのか、廃墟のような姿をした孤児院へと戻っていった。その姿をユーリは見届け、そして帰って行った。2度と振り返ることはしなかった。