かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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冒険者になった後 

 

 

 【冒険者認定証明具、銅の指輪】

 

 冒険者として一定以上の実力と人格を持ち合わせていると本部に判断された者に渡される実力者の証。この時世、冒険者を名乗る者は掃いて捨てるほどに存在するが、実際に冒険者ギルドが冒険者として認定しているのは指輪を所持している者のみだ。

 

「これが……」

「カッコいいですねえ……」

 

 冒険者ギルドグリード支部の一室で行われた長きにわたる講義ののち、ウル達は冒険者の指輪を渡された。サラサラとした布を解いて姿を現したその指輪は冒険者としては最下級の証であるにもかかわらず、ハッと息をのみたくなるような美しさがあった。

 黄金とも見紛う銅の輝き、そしてそこに意匠された竜とそこに交差した刃が二本、冒険者ギルドの紋章が細やかに刻まれている。

 

「ピッタリだ」

 

 人差し指に嵌めてみるとピタリと指に収まった。指のサイズを測った覚えもないのに完璧だった。そして

 

「銅の指輪を持つ者は六級までの魔物出没域への挑戦が許可されている。当然だが、挑戦が可能であることと、お前たちの実力がそれに見合うかは別問題なのを忘れるな」

 

 長々とウル達に講義をしてくれたグリード支部支部長のジーロウの言葉にウル達は頷く。冒険者の指輪の譲渡の際は支部長直々に手ほどきを施すのがグリード支部の伝統であるとかなんとか。

 

「冒険者の指輪は様々な施設の無料利用も許可されるほか、複数の魔術が収納された魔道具だ。使いこなせるようになれば今後の迷宮探索の助けになるだろう。一つ一つ今まで教えてきたことを復習し、試行を重ねろ」

「はい」

「承知いたしました」

 

 素直に頷く生徒二人を前に、よろしい、とジーロウは頷いた。

 

「お前たちの事情は既に聞いた。無茶をするなと言っても聞かないだろう。が、闇雲さが必ず成功に繋がるとは限らん事は忘れるんじゃないぞ」

 

 そう言って、二人の頭を優しく叩く。表情の険しさと違って、手のひらからは二人への思いやりが伝わってきた。

 

「一つの問題に対する回答は一つではない。一つのやり方で失敗したなら、一度足を止め全体を俯瞰し考える時間を自らに設けろ。自分にとっての最善の答えが何かを考えることを忘れるな」

 

言い終えると、二人の子供は自分の頭に触れながら

 

「凄い、なんてまともな指導者なんだ」

「グレン様であればここらへんで一撃拳がとんできますからねえ」

 

 二人は感動した。

 

「もう少し加減するよう伝えておく」

 

 ジーロウは、額を揉んだ。

 

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 訓練所、講義室。

 指輪を受け取りそのまま裏手のこの場所に戻ってきたウル達を出迎えたのはこの場所の主であるグレン、そしてアカネを連れたディズだった。二人が講義室に入ると、グレンはまるでやる気なく、ディズは楽しそうに、アカネはそのディズの真似をして、拍手で迎え入れた。

 

「指輪獲得おめでとうクソザコナメクジども」

「祝福したいのか罵倒したいのかどっちだ」

「おめでとうウル。心から称賛するよ」

「元凶が優しい」

《めでたーい》

「アカネ様、それは手拍子です。拍手ではございませんね」

 

 てんでバラバラな祝われ方をしながら、ウル達は椅子についた。二人の指にはしっかりと銅の指輪がはめられている。冒険者ギルドに認められた証であり、二人が討伐祭の勝利者である何よりの証であった。

 ウルはその指輪をディズへとぐいと見せた。

 

「約束は守った。これで――」

「アカネは正式に“預かり”になった」

 

 そう言ってディズはニッコリと微笑みを見せた。

 

「君の望みはかなえられた。後は3年内に黄金級になるだけだ」

「絶対なってやるから覚悟しろコノヤロウ」

「お二人とも仲良しでございますねえ」

《なかよしねー》

 

 人生のかかったやりとりだが、妙に間は抜けていた。まだウルとアカネ以外は出会って一ヶ月だというのに、すっかり馴染んだ印象である。

 

「イチャついてるところ悪いが、説明すべきところはもう一つある。お前ら指輪の魔具機能はジーロウのおっさんから学んだか」

「一通りは」

「実践は」

「急ぎの講習でしたので、説明だけでした」

「んじゃ、最優先で実践すべきものを一つ。お前ら指輪付けた手を前に出せ」

 

 言われるまま、指輪をはめた手を前に出す。

 

「術式詠唱。【名を示せ】」

 

 言われるまま、術式を詠唱する。と、指輪をはめた右手の甲にうすぼんやりと何かが浮き上がってきた。“一筆”の模様だ。ウルの手の甲に浮かんだものは真っ直ぐな線だが、シズクのものはまた違う形をしている。

 

「これが……魔名って奴か」

 

 魔力は基本的には目に見えない。よほどの濃度でなければ、ヒトの目では形を捉えることはできない。それを魔術によって見えるようにしたものが魔名だ。いわばこれはウルが獲得し、成長させてきた魔力そのものである。

 

「そだな。そんでもってこれはお前自身の【魔名】だ。お前という存在そのものを示していると言っていい。ある程度魔力を喰ってなきゃ示されないんだが、宝石人形撃破で基準値は超えたらしい」

 

 見れば、ウルとシズクとで魔名の形は違う。それぞれ別種の成長を遂げているらしい。

 

「ちなみに、これがわかったから何か得でもあるのか」

「相手がどんな性質と魔力量を保有してるかがわかる……まあざっくりだがな。そして自分の場合は、これまたざっくり成長具合が分かる。魔名の大きさでな」

 

 なるほど、確かにウル達の魔名は小さかった。ほぼ一筆書きで完成している奇妙な模様だ。

 

「成長すると魔名の画数が増える?」

「そうだな。わかりやすいだろ?それが成長の具合。【一刻】【二刻】【参刻】と刻印数が増えていればそれだけ魔力を喰った証拠となる」

「ちなみにグレンは幾つなんだ?」

「【五刻】、現在確認されている最大刻印数だ」

 

 つまり、すくなくとも黄金級に至るまでには五刻印を目指さなければならないと、そういうことになる。なるほど、確かにざっくりとした指針くらいにはなる。

 

「刻印が増えれば、つまり魔力が強化されればそれに応じて肉体も強化される。場合によっては異能も芽生える」

「具体的には?」

「基本、五感の強化だ。【魔眼】もこれにあたる。それ以外にも第六感の【直感】【霊感】等。それ以外も色々。中身もピンキリだな」

「……それは選べるのか?」

「無理」

「無慈悲だ」

 

 技能とは、その都度、自身に必要なものが発現する。元々の素養、その時の環境、自身の精神状態、あらゆる要素が絡み合う。選択できる代物ではない。

 

「まあ、安直な欲望とかじゃなくて、“真に必要と感じたもの”になる傾向は高いがな。冒険者は狙わずとも戦闘系統に依りやすい。当然、獲得した魔力の質や量で形作るもんだから異能の中身についてはやっぱりピンキリなんだが……」

 

 ちょうど良いな。と、グレンはぴっと2本、指を立てた。

 

「お前がこれから黄金級を目指す冒険者として選べる道は二つだ。一つはこれからも大罪迷宮グリードに潜りつづける事」

「もう一つは?」

「各都市国家を移動して、賞金首を退治して回る事」

 

 賞金首。その言葉を聞いた瞬間脳裏をよぎるのは勿論あの宝石人形の事だ。獣のように暴れまわり、ウル達があと一歩間違えれば確実に命を奪い去っていたであろう脅威そのもの。

 それを退治して回る。それがどれだけ無茶な事か。と、思いつつもその言葉は飲む。無茶を言ってるのは自分なのだ。

 

「それぞれのメリットとデメリットを確認したい」

「一か所に場所を据えた迷宮潜りは多くの冒険者の主流だ。まず安定する。なにせ同じ場所を潜りつづけるわけだからな。出現する魔物にも慣れるし、迷宮の構造への理解も深まる。都市からの信頼も増えりゃ仕事も増える」

「良い事ばかりな気しかしないのだが、デメリットは?」

「安定しすぎだ」

 

 グレンはくいっと訓練所の外を顎で指す。

 外の大通り、行軍通りには今日もたくさんの人があふれかえっていた。つまりそこには冒険者たちの姿も沢山あるという事だ。使い古した装備を着こなした古参の冒険者からピカピカの装備と緊張した面持ちの若者、果てはそこらで働く都市民と変わらないような恰好のまま腰に剣だけ突っ込んでる者までいる。様々な格好をした者たちが、そろって全員向かう先は勿論【迷宮】だ。

 

「基本的に迷宮潜りの連中がやることは、魔石掘りだ。魔物を殺して魔石を採って引き上げる。それはこの都市への貢献ではあるが、それは別に偉業でもなんでもねー。皆やってることだ」

「冒険者ギルドへの印象は弱い?」

「未開拓階層の攻略、グリードなら59階層以降の攻略ができれば偉業だが、そんなもん、一朝一夕で出来るもんじゃない。何年も何年も下積みしてようやく。中層にたどり着くのが基本だ。近道はねえ。だから正直、期限があるお前の状況では選択できないに等しい。シズクならまだこちらをお勧めするが」

 

 シズクは首を横に振った。

 

「私もあまり悠長にはしていたくありません」

「生き急ぐよりはましだと思うんだがねえ……で、そうなると、もう一つの方だな」

 

 突き出した指の片方を折る。残った人差し指を揺らし、グレンは口を開いた。

 

「各都市を巡り、迷宮や開拓予定地をうろついているような賞金首を狩っていくルート」

「リスクがかなりデカそうだな」

 

 勿論、とグレンは肯く。

 

「多くの冒険者が倒し難いと判断し、賞金が付けられても尚、誰も手を出さなかった、あるいは出しても返り討ちにして生き残ってるような奴らを狙うわけだからな。当然ハイリスクだ」

「そんなもんを狙うメリットは?」

「さっきとは逆だ。冒険者ギルドからの評価は著しく高い。賞金を懸けられながらずっと放置されていた魔物の撃破だ。評価しないわけにはいかねーんだよ」

 

 安定性は著しく欠く反面、地道な積み重ねが必須な迷宮探索と比較すると、明確な近道が存在するのが賞金首ルートとなる。ギルドの点稼ぎにこれほど明確な目標は無いだろう。

 

「だが、ずっと放置されてた強力な魔物だろ?それこそ地道に実力付けなきゃどうにもならないんじゃないのか?」

「そうでもない。放置された理由、っていうのは必ずしも戦闘力に依存していない」

「戦闘力よりも“面倒”という理由で放置されることもあるということでしょうか?」

「正解。あるいは、魔物そのものより、その拠点としてる場所が面倒って事もあり得る」

 

 更に言えば、近年、冒険者達が出世よりも安定を求める傾向が強くなっているのも一因ではあるとグレンは説明する。わざわざ命や大金を懸けてまで、賞金首を倒すくらいなら、手慣れた迷宮で安定して稼ぐ方がずっとマシだと、そう考える冒険者の方が現在では多数派だろう。

 今回の宝石人形の時のように、よっぽどメリットがあるか、放置するデメリットが大きくない限り、無視されるのが今の冒険者界隈の傾向だ。

 

「つまり、“出世欲が強い物好き”にとっては、狙い目ではあると」

「ついでに、これはさっき話してた魔名の話に繋がるが、賞金首レベルで長生きしてる強い魔物から得られる魔力は“量”と“質”がかなり高い。雑魚を繰り返し狩る場合よりは早く強くなれる」

 

 迷宮に出没する魔物達などは、迷宮から生成されて間もないためか、魔力は煮詰まっておらず、また、属性に染まってもいない。偏りが無い分、形になるにも時間が掛かる。何より安全が十分に確保された単調な狩りでは“真に力が必要な状況”に遭遇することは滅多にない。

 その点においても、賞金首狩りは、強くなるには最適である。

 

「っつーわけだ。お前の状況考えりゃ、まあ一択だわな」

「大陸の彼方此方で手頃な順番から賞金首狩りか……まあ、そうなるか」

 

 つまり、今回の宝石人形狩りのような騒動がこれからも続くということだ。

 

「ではこの都市ともおさらばですね?此処で親しくなれた人たちとお別れになるのは少し寂しいですね?」

「今日すぐ出発するわけでもなし、ちゃんと挨拶するとしよう……問題は」

 

 ウルは振り返り、ディズと、そのディズの膝に座るアカネを見る。旅をする、という事は必然としてこの街を離れるという事だ。それはすなわち、アカネとも離れ離れになるという事に他ならない。

 

《にーたん?》

 

 首をかしげるアカネの頭を撫でる。

 アカネと離れ離れになる。それはつらい。アカネも辛いだろうがウルはもっと辛い。

 

「ディズ」

「流石に君と一緒に旅するのは許可しかねるな。まだ彼女は君のものではない」

「そこをなんとか」

「食い下がってもダメー……と、言いたいんだけど」

 

 ディズは小さく首をかしげて、少し考えるようにして、言った。

 

「一つ、提案がある。いや、正確に言うと……“依頼”かな?」

 

 




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