かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
【水路の王鍵】が真に優れたる部分は、使用時の所有者への保護能力にある。
水場なら何処でも移動できる。とは言うが、当然移動先にどのような危機があるか分かったものでは無い。転移した先に恐るべき魔物や、危険があったとき、そのまま死んでしまう可能性だってある。実際の転移術でもそういった事故は起こりうる。
が、【水路の王鍵】にその心配は無い。
能力を発動させれば、使用者と、その周囲を強靱な水の守りで守護し、保護してくれる。本来の機能である転移の術とはまったく別の、副産物の効力に過ぎないが、これがまた強力なのだ。もちろん、ずっと使えるわけではないが、転移先の安全を確認するまでの猶予は十分に用意されている。
まさに、精霊の与えたもうた奇跡の道具にふさわしい、素晴らしい性能だった。
しかし、言うまでも無く、聖遺物も道具だ。使い手次第ではどうにでも転ぶ。
盗みを働こうとする悪党の手に渡れば、どれだけ偉大なる聖遺物も、悪辣な小道具に代わる。
「侵入成功……かな?」
「ここ何処?うすぐらあい」
「下水じゃ無いだけマシだけど、ウーガにあった川の終着点?」
【至宝の守護者】一同がたどり着いたのは、ウーガ機関部の下層部だった。滝のように上部から水が流れ、蓄えられた水槽の中だ。ウーガの上層で確認できた川の到達部分と思われた。
周囲を見れば、職員が利用するための通路もある。周囲の気温も正常で、使用者の脅威に“水の守り”が反応している様子も無い。カルターンは慣れた様子で指輪の力を切った。
宝珠の輝きから見るに、まだまだ力は使える。水の守りの力も、その後の転移も、十分に可能だ。ウーガという場所に乗り込んでからの侵入作戦は正しかった。と、彼は笑った。
「よし、とりあえず探してみようか。皆、準備はいいね」
カルターンが呼びかけると。全員が各々の【聖遺物】を手にする。そのどれもが強力であり、あらゆる魔術をも凌駕する奇跡を秘めている。
盗みを繰り返す内に、彼らの力は増大し、そして慢心も増大させていった。万能感と無敵感が彼らの心を支配していた。今回も失敗するはずが無いと、根拠も無く確信していった。
「で、でも大丈夫なのか?」
しかしそんな中、一人、ずっと表情の暗かった少年がか細い声を上げた。【至宝の守護者】の中でも最も気弱で、小太りの少年だった。
「ルース」
「だって、今回は、その、ヒトなんだろ?もしかしたら、間違いの可能性も……」
彼の言うことは正しい。今回は今までと比べて例外なのは確かだった。この場にいる全員、不安を覚えないわけでは無かった。
「いつものことでしょ?どんなとこでも、私たちは上手くやってきた。本当ビビり」
しかしそんな彼の警告は、勝ち気なレナミリアによって一蹴される。彼の不安は、高揚した彼ら彼女らを止めることはなかった。「萎えること言うなよ」と、そんな淀んだ空気がルースに向けられて、彼は小さくなった。
「まあ、皆落ち着けって」
そんな中、カルターンは冷静に、笑いながら両手を挙げて割って入る。淀んだ空気を払う。若く、かなり危ういが、こういった空気の淀みを即座に見抜き、払う才能を彼は持ち合わせていた。
そのまま、小さくなっているルースの肩を叩く。
「不安は分かるけどね、流石に今此処で言ってもしょうがないだろ?ルース。どうしても不満なら、それこそ彼女の様子を確認しに行けば良いんだよ。問題なければ放置すれば良い。そうだろ?」
「カルターン……」
「それに、“今回の情報をもってきたのは君だろ”?ルース」
そう言われて、ルースはうつむいて黙る。しかし最後には何かを決意したような表情で、顔を上げた。
「…………わかった。行くよ」
「え?ルース居残りじゃないの?私、見て回りたかったのに」
レナミリアが不満な声を上げた。侵入作戦の時は、待機組と潜入組の二手に別れて動くのが【至宝の守護者】の決まりだ。不測の事態に備えるために。ルースはいつも待機組を希望していた。その彼が実行組に回るなら、誰かが待機組に回る必要がある。
そしてその場合、所有している聖遺物のバランス的に、残るのはレナミリアになる。彼女は口先を尖らせて不満げだった。
「まあ、たまには譲りなよ。いつも出てるだろ?……それじゃあいこうか」
そうして、彼らは意気揚々と、外へと飛び出していった。
そして、残された待機組は、彼らを見送った後、だらんとその場に腰掛けた。
「あーあー、つまんない。折角こんな面白いところにこれたのに」
待機組、潜入組にトラブルがあったときの対応チーム、とは言っているものの、彼らが必要になるような事態はコレまでの所、殆ど起きたことが無かった。
聖遺物の力はそれほどまでに偉大なのだ。彼らのような素人を、凄腕の盗人集団に変えてしまうほどに、強力だった。彼らは警戒心を忘れてしまった。
「……やっぱ、俺たちもちょっと見にいかないか?」
「良いね。“全然人気ないし”、少しくらい離れたって――――」
だから、そんな気の抜けた会話まで飛び出るくらいに、彼らは慢心していた。故に、
「楽しそうだな。クソガキども」
「え?」
背後から、音も気配もなく近づいていた男の声に、彼らは気づかず、そのまま衝撃と共に意識を失った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
全て、見抜かれている。
ミクリナは潜入の失敗を確信した。
先ほどの異様な伝言。勿論アレが自分に向けられた言葉であるかは分からない。ひょっとしたら何かのいたずらを、たまたま自分が発見してしまったなんていう可能性も無いわけではないが、確信があった。
あの文面を見た瞬間、全身に奔った直感が、自分の失敗を告げていた。
ミクリナは優秀だったが、これまで一度も失敗してこなかったわけではない。命の危機に直面したのも一度や二度ではない。その経験が告げている。「今すぐに逃げ出せ」と。
先ほどとは別のルートで出口を探す。道に迷いはなかった。が、その時点で、別の異常に気づく。
人気が少ない……ではなくて、存在していない…!?
此処が重要施設である事は間違いない。高度な技術が導入されている場所なのも分かる。が、しかし、それでもヒトの手は必要なはずだ。これほどの巨大施設の管理の一切をヒトの手を介さずに行えるほどの技術を人類は未だ手にしていない。
にもかかわらず、人気がない。避難させられている?ならば、当然脅威とは自分だ!
脱出を急がなければならない。ウーガの秘匿を盗み読もうとした自分に、ウーガの管理者達が容赦をする事はまず無いだろう。例え、情報を何も手にしていないと訴えたとしても、何の弁明にもなりはしない。
良くて一生監禁。悪ければ死刑だ。
ウーガという場所を守り維持するためだ。それくらいはやったって、おかしくない。
だから、早く、早く早く!!と、自身を急かすようにミクリナは広大なウーガを進む。カンカンカンという自分の足音が人気の無い空間でやけに反響した。おそらくこの先に出口が見える筈――――
「――――こっちだ!!急げ!!二手に分かれろ!」
「やはり罠だったか!?他に追ってきている者はいるか!?」
「まて、前を見ろ!」
「――――!?」
だが、不意に、前方から複数人の声が響いてきた。
だがそれは、どう聞いてもウーガで働く労働者達の声ではない。絶対に違う。不測の事態に混乱し、焦っている者の声だった。ウーガに所属しているなら、こんな声は出さない。これは敵陣に乗り込んだ者達が発する焦りだ。
ならば、これは同業者の類いの声?
自分の侵入タイミングと重なった!?そんなことあるか!?
「なんだあの女!?」
「関係ない!!排除しろ!!」
そして、向こうは向こうで結論を下したらしい。魔術師とおぼしき者達が此方に魔具を向けてくる。途端、何かの魔術干渉が起こる。硬化か、束縛か、だが、あるいは物質操作で奈落にたたき落とそうとしたのか。
「っ!」
「何?!」
しかし、それらの干渉は彼女には通じない。自動で肉体が【消去】する。自分たちの魔術が一切通じなかった事実に驚愕する彼らを尻目に、ミクリナは今来た道を逆走した。
さて、向こうも「面倒だ」と思って、追うのを諦めてくれれば幸いなのだが――――
「待て!逃がすな!!」
「此方の場所を仲間に伝えられる前に消せ!」
「ああ、もう……!」
残念ながら、そう都合良くもいかないらしい。幾つもの魔術の干渉を【消去】しながら、彼女は必死の逃走を開始した。本当の本当の本当に、とてつもなく厄介な事になってしまったことに歯がみしながら。