かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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竜吞ウーガの一番では無いけれど比較的長い一日⑪

 

 レイラインとルキデウス

 機関部上層部での魔術戦も決着がついていた。

 

「【終わりかしら?】」

「…………そう、だな。終わりだ」

 

 結果としてみれば、対峙する二人の周辺には何一つとして破壊痕は残されていなかった。つい先ほどまで、天災でも起こったかのように轟音と雷鳴が鳴り響き続けていたにもかかわらず、その一切の形跡が残されてはいなかった。

 即ちソレは、防衛側であるレイラインが、完全勝利したことを意味している。ルキデウスの最大の攻撃は、完全に抑え込まれた。そして、ソレが意味することはただ一つ。

 

「【盗人は地獄行きが決まりだけど、命乞いでもする?それともまだ切り札がある?】」

 

 バチバチと、白王の陣は輝きを増しながら、その全てが此方を睨んでいる。全方位を取り囲むようにして、だ。もし今から影に逃げこもうとしても、即座に焼き払われるだろう。

 身命を賭して行われる魔術の研究。それを盗み見ようなどとする者は、古来から死刑と相場は決まっている。研究者にとっての研究の成果とはそれほど重いのだ。その上澄みだけを啜り取ろうとするような相手に対して容赦をする理由など皆無だ。ルキデウスが彼女の立場であっても間違いなくそうする。

 だから、まさに今、ルキデウスは絶体絶命の窮地である。彼女の言うとおり、命乞いでもした方がいい状態ではある。だが、

 

「……そうだな、切り札は、ある」

「【へえ?】」

 

 そう、ルキデウスには一応まだ手は残されていた。切り札というにはあまりにも心許ないし、上手くいく保証は欠片も無いが、それでも試すだけの価値はあった。

 最後の最後、一発逆転の一縷の可能性の一手、それは――――

 

「――――――どうか、貴方の弟子にしてください。偉大なるレイライン」

「【……は?」

 

 魔道具の全てを投げ捨て、膝をつき、頭を下げた全力の土下座を前に、レイラインは変な顔になった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 竜吞ウーガ中枢、内蔵核投影装置。

 

 竜吞ウーガ機関部の中央に位置するこの部屋は、ウーガの【核】を保管している場所のようにもみえるが、実態はウーガ全情報を核の形に反映する部屋だった。

 現在のウーガに【核】という弱点は無い。元々は存在したが、リーネが解体し、その機能を分配した。複数の悪意から狙われる可能性の高いウーガに、明確な弱点があることを危惧したためだ。

 ウーガの状態を核の形に反映し、投影する部屋。だからこの場所は重要であるが、一方で最も安全な場所でもある。此処で破壊活動が行われたところで、何一つとしてウーガそのものに疵が残ることは無いのだから

 

 その巨大ドームにて

 

「う、うう……」

 

 ルースは疲れ果てていた。

 そもそも彼は攻撃的な性格では無い。外を出歩くより、家の中で精霊達への感謝を捧げて、本を読むのが好きな子供だ。誰かを害するなんて、想像するだけで恐ろしい。

 そんな彼だから、盗賊団などと、全く望んではいなかった。精霊様達への不敬なんてものではない。断固として拒絶したかったが、同世代の仲間達から外れるのも、自信満々のリーダー、カルターンの意見に反論することも出来なかった。彼は消極的な罪人だった。

 

 仲間達を止めたくても、どうしたらいいのか分からなくて、毎日泣いては親に心配されて、途方に暮れていた。そんなときだ。“彼女”と出会ったのは。

 

 そうして、“彼女”に導かれるままに、ルースは仲間達に凶刃を振るった。

 

「うう…………うう…………!」

 

 だけど、それが正しかったのか、分からない。

 汚らわしい血にまみれて、周囲の仲間達はピクリとも動かない。死んではいないはずだが、そのあまりにも凄惨な光景は彼を傷つける。血まみれで、白目をむいて気を失っているカルターン達が、自分の事を責めているようで恐ろしかった。

 

 でも、でも、それでも、彼らを放置は出来なかった。精霊様の威光を汚すような真似を、これ以上は――――

 

「【【【浄化】】】」

 

 その時、鈴のような声が響く。血にまみれていたルース達が、仄かな優しい光に包まれて、汚れを落としていく。彼らが有していた聖遺物も本来の輝きを取り戻していった。それは単なる浄化の魔術に過ぎないが、ルースには救いの光に見えた。

 

「シズク、様……」

 

 で、あれば、それを施した白銀の彼女は、救いの聖女に見えるのは当然だった。

 

「ぼく、僕……」

 

 ふらふらと、彼女の元に近づき、なんとか言葉を紡ごうとするが、声が出てこない。恐怖で心臓がわしづかみにされたようだった。何が怖いのかも、分からなくなっていた。

 

「怖いのですね」

 

 しかし、そんなルースの心を理解しているかのように、白銀の至宝、シズクは優しくルースに語りかけた。

 

「友達を裏切って、傷つけて、正しいことだと分かっていても、怖くてたまらない」

 

 本当に、何もかもを見透かすように彼女は語る。ルースの、得体の知れない恐怖を一つ一つ言語にして、解きほぐす。いつの間にか、震えは納まっていた。

 

「でも、安心してください。貴方のその優しさが、皆を最悪に墜ちる前に止めたのです」

 

 そっと、彼女は彼の頭を抱きしめる。自然と、ルースの眼から涙がこぼれた。

 

「誇ってください。大丈夫。後は私と、貴方の父上が、正しい方向へと導きます」

「あり、ありがとう、ございます」

 

 ルースは泣き崩れた。体中の水分が全部抜けきってしまうくらいに泣き続けた。それを彼女は黙って受け止めてくれた。

 

 それからようやく落ち着いて、いろんなヒトがこの部屋にやってきた。カルターン達も連れて行き、ルースもそれに同行する。これから酷いことをされるんだ!と叫んで泣いている待機組の仲間もいたが、ルースは怖くなかった。

 罰は受けなければならないだろう。泣いてしまうくらい、苦しい事もあるだろう。でも、精霊様の聖遺物を盗みに入る以上の、悍ましい行いはそうそう無いと確信していたからだ。

 

 本当に、良かった。これ以上、悪いことにならなくて本当に良かった。

 

 そう安堵しながら、ルースは最後にもう一度、シズクへと視線を向け、心の中で感謝の言葉を告げた。灰色の少年の前で、何故か彼女が恐ろしくよどみなくなめらかな動作で、正座の姿勢に移行しているのは、恐らく見間違いだろう。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「さて」

「はい」

 

 ウルは腕を組み、シズクは正座していた。ウルはため息をついてしゃがみ込むと、彼女の頬をむにむにと掴んだ。

 

「企ては良いが出来れば伝えろ。あと何か言う前から開幕正座はやめい」

「あい」

 

 ウルはしばしそうしたあと、頬から手を離してた。側にいたエシェルも若干怒りながらも、彼女を引っ張って、立ち上がらせた。

 

「助かった。ありがとうな」

「でも、私たちだってシズクを手伝えるんだからな!もっと頼ってくれ!」

 

 結局、今回の騒動も彼女が上手く立ち回ったのだろう。捕まった連中の内、若い盗賊集団の連中の一人と、彼女が話しているのを見た。泣きながら何度も頭を下げているところを見ると、色々と裏から手を回して、被害が最小限に済むように立ち回ったのだというのは容易に想像がつく。

 実際、今回ウーガの人員が無茶をしなければならなかった場面はほぼ無かった。リーネは少し厄介な相手にもぶつかったらしいが、無事であると言うことは既に聞いている。

 

 万事上手くいった、といっても良い。ならばシズクの功績だ。改めてウルは礼を言った。

 

「はい」

 

 対して、シズクは短く答えて、微笑んだ。ウルはその様子に一瞬眉を潜めたが、

 

「上手くいって良かったです」

「本当に!!」

「ドキドキいたしました」

「それは嘘だぁ!」

 

 そのまま肩の力を抜くように、エシェルと話し始めたので、ひとまず保留とした。

 ドームの中は、ウル達が入ったときはなかなかの死屍累々っぷりだったが、速やかに片付けが進んでいる。気絶した者達、今回のウーガにやってきた不法侵入者達は全員、白の蟒蛇により拘束され、次々に連行されていった。

 

『おう、少しええかの?主よ』

「はい。大丈夫ですよ」

 

 その最中、ロックが此方に声をかけてきた。彼によって連行されていた小人の女は、やや疲れた様子ではあったが他の連中と比べて意識はハッキリとしていた。そして、エシェルにひっつかれているシズクを前にして、強く眉をひそめた。

 

「貴方が【糸使い】……」

「何のことでしょう?ミクリナ様」

 

 シズクは微笑む。対してミクリナと呼ばれた女は、更に眉間のしわを強くさせた。が、気を取り直すように深くため息をついて、顔をあげた。

 

「……まあ、いい。取引があるの」

「【飴色の山猫】様の件ですね。既にドートル様と交渉を開始しています」

 

 そしてそのまま、うなり声を上げて顔を伏せる。アップダウンが激しかったが、多分全部シズクが悪かった。そのまましばらく彼女は「最初から……?」「ドートル黙ってたな……?」ブツブツと呟いていたが、最後は、やけくそ気味に笑った。

 

「なんというかもう、全て諦めたわ。交渉はドートルに任せる」

「良いご連絡が出来るよう、頑張りますね?」

「………よろしく頼むわ」

 

 皮肉なのか真面目に言っているのか不明なシズクの言葉に応じて、ミクリナはロックに合図を送り、他の連中と同じように機関室から連行されていく。しかしその直前、ウルをチラリと見て、小さく声をかけてきた。

 

「灰の英雄。貴方が彼女の主なの?」

「そうなってる」

「大変ね……」

 

 諜報活動のプロらしい女から心底同情されるという貴重な経験が出来た。

 あまり嬉しくは無かった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 全ての事が終わり、ウーガ機関部の外へと出た頃には、時間はすっかり日暮れ時となっていた。ウーガの防壁からは既に太陽神の姿はすっかり隠れて、魔灯が点灯し始めていた。

 外部の魔物騒動も始末はついたと報告で聞いている。

 少なくとも、今回のウーガ不法侵入騒動は万事解決といって良いだろう。ウルは大きく伸びをした。ペリィのところで一杯やるか、なんて事を考えていると、

 

「ああ、そうだ。ウル様」

 

 シズクが声をかけてきた。

 

「なんじゃい」

「私と一緒に寝てください」

「え゛っ!?」

 

 エシェルは驚愕の声を上げ、

 

「いいぞ」

「うんっ!?」

 

 ウルは即答した。

 

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