かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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出立の準備②

 

 大罪迷宮都市外、マギカの館

 

「やーやー、おーつかれさまー、ウル少年」

「どうも、数日ぶりだ、マギカ」

 

 迷宮内に暮す魔道機械の技師、マギカのもとをウルは訪れていた。

 彼女は自身の人形の調整に熱心なのか、土人形から引きずり出した魔道核を、ウルには理解できない細い金属の器具で弄り回している。

 

「貴方から買い受けた竜牙槍のおかげで助かった」

「いーよいーよ、こっちも希少なデータ、情報はとれたしねー」

「情報の価値が暴落しかけていたのを黙っていたのは絶対許さん」

「やーん、こわーい」

 

 マギカのすっとぼけた態度に対して思うところがないではないが、結局いい勉強にはなった。“宝石人形の行動目的を教えてくれ”という要求に彼女は答えただけである。全くウソはついていない。その情報をどう利用するかは相手次第である。そしてこちらもその情報を活用したのだから、あれは正当な取引だった。故に、恨みを引きずるのは情けない話だ。

 

「実は頼みがある」

「新しい竜牙槍でしょー?いーよーお金貰うけどー」

 

 と、ウルが切り出す前に、彼女はぴっと壁を指さした。そこにはウルが宝石人形との戦いで使った槍と全く同じ、ではなく少しばかり風体が変わったものが立てかけられていた。

 

「宝石にんぎょーとの戦闘記録から、安定度はましてるよー」

 

 試しにといくらか動かしてみる。確かに遜色なく動く砲口の開放もスムーズだった。更には家の外、迷宮内にて【咆哮】を弱く試してみると一閃の閃光として着弾した。

 ウルはその性能に満足し、マギカに頭を下げた。

 

「とても助かる」

「一応言っとくけど、街に出回ってる方がー安定度は高いよー?」

 

 竜牙槍は別にマギカしか扱っていない代物ではない。魔物退治において必要な火力を補う武装として一定の評価で市場にも流れている。魔導核も外の穂先部分も、修繕できる職人は都市にたどり着けば一人は存在しているだろう。

 魔導核と穂先でそれぞれ別の職人の手が必要になるという点ではやはり手間だし、所持者にも最低限の知識が必要になるという欠点も存在するため、あまり人気はない。が、ウルはこれを選んだ。

 

「今手が出せる範囲で火力をえり好みすると、やはり貴方のが一番になる」

 

 賞金首を撃破していく。

 という目標を立てた以上、ウル達のこれからの敵は賞金首になる。強力な武器は必要だ。多少の手間暇はかかろうとも、その苦労を惜しんでいる場合ではないのだ。

 ウルは代金として金貨1枚と銀貨1枚をテーブルに置く。マギカはそれを見て首を傾げた。

 

「ありゃ?この銀貨一枚は?」

「出来れば竜牙槍の整備の仕方をご教授願いたい」

「アカネちゃん見せてくれたらタダでおしえるのにいー」

「今はディズに預けている」

 

 アカネをたびたびディズから借りてそれを又借りして報酬を得ようとするのは流石に問題だ。前回は急を要していたからこそディズからの許可も下りたが、頼って当然、借り受けて当然、という態度をウルがとっていると、多分ディズは手痛いしっぺ返しを用意する。そういう女だ。

 

「そんなわけでこれで教えてくれるなら教えてくれ」

「まーいいよー。対魔物退治の武装の一種として普及し始めてるから、手入れは簡単に出来るようになっているし、すぐ身につくよー」

「ありがたい」

「ところでシズクちゃんはー?」

「ちょくちょく世話になってたらしい魔術ギルドで新しい魔術の仕入れ」

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 魔術ギルド員の一人、ココロはその日も研究室の中にこもり、魔術の研究にいそしんでいた。

 彼女は風と水の属性を得手とする魔術師であり、特に都市の上下水の管理に関しては一役かっていた。

 魔物に土地の多くを奪われ狭い都市の内部で暮らす人類にとって、清潔な水の獲得、汚水の処理は都市の営みの根幹だ。彼女は自分の研究の重要性を重々に理解していたし、誇りとも思っていた。己がこの都市を回すための重要な役割をになっている自負もあった。

 

 だからひきこもることは多いのだが、別に彼女自身はヒト嫌いというわけではない。

 

 誰かと話す事は多かったし、魔術ギルドで魔術の教えを乞う者たちにはヒマがあればアドバイスすることもある。

 時々、「何もあなたがしなくとも」と言われることもあるが、こういう基礎的な指導というのは刺激になるのだ。

 

「そういえば、グリードはどこでも水が利用できましたね」

「別にグリードに限らず大罪都市なら大抵は上下水は完備してるっすけどねー」

 

 目の前にいる白銀の少女、シズクも彼女が指導した者の一人だ。

 冒険者ギルドと魔術ギルドの仲は悪くない。未熟な冒険者に魔術の指導を魔術ギルドで行うことはよくある。だから彼女への指導はその一環だった。だからそういう意味ではココロにとって彼女は決して特別な一人というわけではなかった(恐ろしく飲み込みが早いのでそれはそれでかなり目立ってはいたが)

 だが

 

「やーおめでとうっす、シズクさん。まさかマジで宝石人形やっちまうとは」

 

 ひと月で賞金首を討ち、挙句に銅の指輪を獲得したともなれば、話は違う。

 

「ありがとうございます。ココロさんのご助力に感謝を。おかげで生き残れました」

「さわりしか教えてないっすけどねー。ほんと」

 

 彼女が賞金首を討ちとって最速で冒険者の指輪を獲得したことを、ココロはそこまで驚くことはなかった。彼女に幾つか魔術を指導したからこそ知っている。1を聞き10を知る。どころではない学習速度を持った彼女は間違いなく天才だった。それくらいできたってなにも不思議ではない。

 

 支部長に頼んで、本格的に魔術ギルドに勧誘した方がいいんじゃないっすかね。

 

「んで、本日はどんな魔術を知りたいんすか?」

 

 いっそ自分から誘ってみようか?なんてことを考えながら問うと、シズクは頷いた。

 

「実は、もうじきグリードから離れるので、旅路に便利な魔術が幾つかあればと」

 

 早速目論見が崩れた。昨今なら一つの迷宮都市に腰を据えて地盤を築くのが冒険者の基本スタイルだろうに。

 

「この街にはいられないんすか?今なら名前も売れてるしいい仕事も入ってきますよ?」

「ダメです」

 

 即答であった。

 とりつく島もないとはこのことだ。これほど強い意志を有しているからこそ、彼女はその天才性を発揮できるのだろうが、残念だった。

 

「……ま、そんならしゃーないっすね」

 

 いい助手ができると思ったんだけどなーとココロは内心でこぼしつつも、頭を切り替える。まあ、無理なら仕方がない。間もなく旅立つという彼女の事を引きずったところで意味はない。本来の仕事に戻ろう。

 

「んで、旅に出るのならどんな魔術が欲しいんすか?」

「魔道具でフォローできる物は除外したいです」

「なら【結界】と【解毒】っすね。魔道具はあるけれど、基本消耗品で金がかかるっす。後【浄化】も簡単で便利っす」

「又聞きで仲間に伝えても身につくでしょうか?」

「コツ掴んだら子供でもできるっすよ。便利っす」

 

 ではそれらを。と、シズクは頷き、そして指導が始まった。

 最も、ココロがやることは本当に手短だ。目の前で見本を見せると、シズクは瞬く間にその魔術を習得してしまうのだから。しかも自分なりに、詠唱を唄のようにアレンジして。

 

「ワザワザ組みなおすなんてすごいっすよねえ、手間じゃないです?」

 

 一通りの習得後、自らの詠唱を繰り返すシズクに、ココロは尋ねた。

 

「私、こうした方が相性が良いようなのです」

「うーん、シズクさん、確かにうまいっすもんねえ。私はオンチだからだめっすわ」

 

 勿論、ただ歌えば魔術になるわけではない。正しく言葉や歌を術式の形に納めなければならない。彼女の詠唱はそれを成立させていた。しかも通常の詠唱よりも速いペースで。

 独自の詠唱方法なんてものは世にいくらでもある。ココロだって一つくらいは身に着けているし、通常の詠唱でも“クセ”なんかで僅かに変わる事なんてままある。

 しかし魔術ギルドが研鑽した詠唱と同等以上の速度と精度で行うというのはかなり驚異的だ。

 

「どっかで習ったんすか?私もできるならご教授願いたいもんすよ」

「難しいかもしれないですね」

 

 少しだけ探るつもりで問いを投げに対するシズクの答えは、あいまいなものだった。曖昧すぎて、どういう事か尋ねようとして、シズクがただ何も言わず微笑む顔を見て、口を閉ざした。

 どうやら踏み込まない方がいい事であるらしい。なるほどとココロはそれ以上踏み込むのをやめる。面倒ごとに踏み込む趣味は彼女にはない。

 

「シズクさんはこれからどこに向かうんです?」

 

 へたくそな話題のかえ方だった。しかしシズクはその意図を理解してくれたのか微笑んだ。

 

「プラウディアに向かうという事で、アーパス山脈を回っていくという事です」

「あー、そりゃ長旅だ。移動要塞使うんすか?」

「旅費を出してくれる雇い主の意向で、馬車になりました」

「そりゃますます大変っすね。無事を祈るっすよ」

「ありがとうございます。ココロ様」

 

 雑談を続けながら、魔術を教えていく。

 まるで砂が水を吸うかのように何もかもを習得していく彼女に末恐ろしさを感じながらも、この傑物がどんな旅路を進んでいくのか、ココロは他人事のように好奇心がそそられた。

 

 そして、彼女の想像を遥かに超える旅路をシズクが進むことになることを、当然ながらココロは知る由もなかった。 

 

 


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