かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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竜吞ウーガの一番では無いけれど比較的長い一日⑬

 

「エシェル様は?」

「カルカラのところで寝ると」

「まあ、来ていただいてもよかったのに」

「今日はシズクのねぎらいだから!だとさ」

 

 テーブルにはいくつもの料理が広げられていた。

 

 冒険者達が好むような、量を重視したようなものではなく、幾つもの味が楽しめるように、幾つもの料理が皿に盛り付けられていて、好きに楽しめるようになっている。酒瓶も並べられ、エールは魔術で冷やされている。

 万全の体制の飲み会だった。ウルはそのまま彼女のコップにエールを注ぐと、自身にも注いで、ぶつけた。

 

「とりあえずお疲れ」

 

 そう言って口にする。よく冷えてて美味しかった。シズクも口にすると、それでも遠慮がちに微笑みを浮かべた。

 

「大変だったのは皆様です」

「満場一致で、今回の最大の功労者はお前だよ」

 

 確かに現地で動いたのはウル達だったが、結局の所今回の極めてややこしい盤面を完全にコントロール仕切ったのは彼女だった。もしもそれぞれの問題を真正面から馬鹿正直に対処しようとすれば、多かれ少なかれ被害が発生していたか、逃がしていたかもしれない。

 回りくどかろうが、手段が悪辣だろうが、彼女の出した結果以上のものを出せる者はこの場にはいない。間違いなく彼女がMVPだ。その為の軽い酒宴である。

 

「色々用意してもらったけど、何が食べたい」

「何でもおいしいと思いま――――」

「そうかい」

 

 大体想像していたとおりの答えが返ってきたので、ウルはそのまま皿にいくつかの料理を取って、そのまま彼女に渡した。受け取った彼女はにこやかに礼を告げようとしたが、皿に乗っている料理を見て「あら」と、小さく声をあげた。

 

「グリードで食べたことがありましたね。揚げロナス」

「そうだな。つって、当時は金が無かったから、腹にたまるものばっか喰ってたが」

 

 きつい訓練と、迷宮潜りの毎日をなんとか乗り切ろうとしていた日々の中で、店長がおまけとして用意してくれた料理だった。いつも遠慮する彼女が、少し多めに口にしていたのをウルは覚えていた。

 

「こちらはラストの串焼きでしたでしょうか。炙りかたが絶品でしたね」

「アモチ焼き流行ってたからかしらんが、串焼きが美味かったよな」

 

 あの厄介極まる怪鳥をやっつけた後の飲み会で、怪鳥撃破記念だなんだと店が盛り上がって用意してくれたクク鳥の串焼きだった。くにくにとして柔らかな食感とタレが美味しくて、普段、それほど肉を食べないシズクも何本も食べていた。

 

「これは……、ああ、思い出しました、仮都市で、名無しの皆様が作ってくれたスープ?」

「ネネンさん達が持ってた謎スパイス入れると辛いけどめちゃ美味くなるんだよな」

 

 ウーガの混乱時、「頑張ってくれているから!」と、身内にしか普段は出さないという特別なスープを仮都市の皆がごちそうしてくれたのだ。あの時はまだずっとトゲトゲとしていたエシェルも、スープを飲んだ時はほっとした顔になっていた。

 シズクも、めずらしくおかわりしていた。ウルもそうした。

 

 それ以外の料理も大体、旅の中でシズクが気に入っていたものが並んでいた。そのことにシズクも気づいたのだろう。少しだけ困ったような表情を浮かべた。

 

「ウル様」

「はやく喰おう、冷めるぞ」

「それでも、ありがとうございます、ウル様」

「再現してくれた食堂の皆に言ってくれ。俺は頼んだだけだよ」

 

 その後、しばらく食事をしながら、これまでの旅を二人で振り返った。各地の名物や思い出の料理と共に話す思い出話は、おもったよりも話が弾むのだった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「しかし、暗殺ねえ……こえーもんだ」

 

 いくつかの皿を空けて、酒もすすんだ辺りで、ウルはぽつりと今日を振り返った。同じく、少しだけ赤らんだ顔をしたシズクも頷いた。

 

「肉体的には強くなりましたが、不意を打たれることはありますからね」

「まあな」

 

 黒炎砂漠の一件で、ウルは間違いなく超人化した。最早そこに遠慮も謙遜もする気は無いし、してはならない。だが、しかしそれでも、自分以上の強敵が相手以外では死なないかと言われれば、当然そんなわけが無い。

 別に、皮膚や筋肉が金剛のように堅くなっている訳では無い。眠りこけている最中、ナイフが首や心臓に突き刺されば、死ぬだろう。【黒羊】もまさしくソレを狙っていた。

 一切の音も気配も無く、自分が最も緩んでいる寝室に侵入し、躊躇無くナイフを振り下ろす。“彼”は間違いなくウルよりも肉体的強度は弱い。なのに今でも思い出すと寒気が背中に奔った。

 

「ですが、ウル様が狙われていなくて良かったです」

「俺からすれば全然良くないわ。ヒヤヒヤした」

 

 一緒のベッドに潜り込むとき、十中八九、今回狙われているのは自分です。と、シズクに宣言された時は苦い顔になった。彼女からすればウルを安心させるために吐いた言葉だったのかもしれないが、下手はうてぬと緊張した。

 しかも、万が一の際に此方を守るためなのか、思い切り抱きついてきて、更に無駄に緊張した。

 

「肌身で抱きついてしまい申し訳ありません」

 

 シズクは余裕たっぷりにそういった。こんにゃろとウルは苦笑いした。

 だが、ソレとは別に

 

「…………気になったんだが」

「ウル様?」

 

 ウルは立ち上がると、そのまま彼女の側に近づいた。彼女の服の襟に指をかけると、ボタンを外してめくる。

 

「“コレ”どうしたお前」

 

 彼女の肌、心臓の上の辺り、()()()()()()()()()()。治療が進んでいるのだろう。既に消えかかっているが、しかし消える前は、かなりの重傷を負ったのが想像できるほどの大きな痕跡だ。

 彼女とベッドに潜り込んだとき、この跡に気がついた。こんなおおきな傷跡は、ウルが黒炎砂漠に行く前は無かったはずだ。ならば、ウルがいない間に何かがあったのだろう。

 

 しかしそのことを彼女からは聞いていない。リーネやエシェルも、こんなことがあったなら絶対にウルに伝えているはずだが、言っていないことを考えると多分彼女たちも知らない。シズクは彼女らにも隠している。

 ロックは、まあ、あの男は、知っていてもシズクがしゃべらない限りは絶対に口にはしないだろうが――――

 

「――――で、何があったんだ?」

「今度、お話しいたします」

「…………」

 

 ウルがめちゃくちゃに顔をしかめたのをみて、シズクはクスクス笑った。

 

「でも、ウル様もとんでもない傷跡残ってますよね」

「いらん弱味残っちまったな畜生」

 

 彼女など比では無いくらいのとんでもない大傷が身体に残ってしまっている以上、ウルには文句が言えなかった。いらん反撃の隙を作ってしまったと、手を離して、彼女の服の乱れを整えた。

 

「お互い色々ありましたね――――ああ」

 

 そうしていると、不意にシズクはウルの顔に触れた。頬を撫でるようにして、ウルの瞳の周囲を、細い指でなぞる。昏翠の瞳が、シズクの白銀の瞳を見返していた。

 

「綺麗な眼」

「そうだな」

「アナスタシア様。お会いしたかった」

「本当に、そうだな」

 

 シズクと出会っていたら、話が合っただろうか。それとも逆か。そんな「もしも」を考えるのは少し悲しくて、楽しかった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 それからもしばらく、のんびりとした二人の飲み会は続いた。

 

「良い感じに酔ったな」

「美味しかったです」

 

 たくさん並んだ皿も綺麗に片付いて、酒瓶も何本も空いた辺りで、良い感じに酔いが回った。シズクも心地よさそうにふわふわと微笑んでいる。少しだけまぶたがおちて、眠たげだった。

 

「ほれ水」

 

 水差しから水を渡すと、こくりこくりと飲み干して、それでもまぶたは上がらない。窓の外は真っ暗で、良い時間帯だった。

 

「寝るか?」

「……もう少し」

 

 ゆるゆるとシズクは首を横に振るが、やはり限界に見えた。

 テーブルの皿を全てキッチンに片付けて、酒瓶をしまい、部屋に戻るとシズクは舟をこぎ始めていた。

 

「やっぱ寝ろ」

 

 眠気を妨げてしまわないようゆっくりと抱き上げると、ベッドに運ぶ。ゆっくりとベッドに彼女を横たえて、1階で寝るかとウルが立ち上がろうとしたとき、裾を引かれた。

 待って、と、そう言うようにシズクが引っ張っていた。

 ウルは再びしゃがみ込み、彼女の視線にもどした。

 

「どうした」

「ウーガは、要塞になりました。そうなるように、皆様が、頑張りました」

「ああ」

 

 やはり酔いが大分回っているのか、脈絡の無い話だったが、ウルは頷いた。

 

「世界の全てよりも、此処は安全です」

「うん」

「だから、大丈夫です」

 

 大丈夫。

 その言葉とは裏腹に、彼女の表情はあまりにも不安げだった。潤んでいる瞳は酔い故か、それとも別なのか、わからなかった。ゆっくりとシズクの腕がウルの首に回って、おずおずと抱きしめられた。

 

「……やっぱり、またなんかあるんだなあ」

「はい」

「落ち着かねえなあ人生」

「ごめんなさい」

「ああ」

「ごめんなさい」

「良いよ」

 

 ウルは笑って、彼女が落ち着いて眠りに落ちるまで、ずっとそばにいた。

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