かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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来訪者

 

 

 イスラリア諸共、消えて無くなって!

 

 かつてのラースを滅ぼし、焦牢の囚人であるウル達を壊滅寸前まで追いつめた魔女。クウの言葉を、ウルは思い返していた。

 彼女は邪教徒だ。それは間違いない。この世界を、イスラリアそのものを滅ぼそうと目論んだのだ。唯一神ゼウラディアに刃向かう反逆者に違いなかった。

 だが一方で、それまでウルが見てきた、漠然と世界を憎み、憎悪し悪意をまき散らす連中と彼女は違ったように思えた。世界に対する憎悪は彼女も持っていたように見えたが、それでも彼女はとても必死に、何かを成そうとしていた。

 

 お前を殺して、ラースを破壊した後に、ちゃんと考えるよ。

 

 彼女と対峙した時誓ったとおり、ウルは考えていた。実際、彼女の言葉や必死さを狂人の妄言だと斬り捨てるのは難しかった。勿論、だからって彼女に同調して邪教徒になるつもりはないが、一方で今のウルはこの世界に踏み入り過ぎてしまっていた。

 

 ウーガ、陽喰らい、ラース、大罪竜、超克。

 

 一つでも一生分の災厄たり得るような地獄を連続で乗り越えた。それらは、この世界の支配者や破壊者の意図が深く関わっているものばかりだ。ウルはそれに深く関わってしまっている。

 

 だから、”知ってそうなヤツ”に話を聞きたくて、ウルは今自身のまどろみの中を藻掻くようにして、手を伸ばしていた。

 

「おい何処だ?」

 

 問う。

 居ないはずが無い。明確な繋がりをウルは感じている。暖かな暗闇の中ウルは動いていた。最初はこれをやろうとしても上手く出来なかった。眠りながら覚醒するという奇妙な真似をする必要があった。ディズに何度か手解きをしてもらい、最近になってようやく、これができるようになったが、未だに”会話”には至らない。

 暫くすると本当に眠りについてしまうのだ。すっかり熟睡し、心地の良い朝を迎える事になるが、それでは意味がない。まだ、自分の意識が溶ける前に動く必要があった。

 

 ――闇の中を探す必要はない、筈だよ。深層空間に物理的な距離は存在しないからね

 

 推測混じりだけどね、と、ディズはそう言っていた。

 前例の無いことなのだろう。彼女にも分からないことは多いはずだ。だからウルも探りながらやるしかなかった。

 

 距離は関係ない。探る必要も無い。すぐ側に居る。

 

 何も身につけていない虚空の中で、ウルは自分の右手を見る。異形に変貌していない普通の右腕だ。コレが普通だと、ウルは思っていた。実際十数年の短い年月の間、コレが普通だった。

 しかし、今のウルはこうではない。右腕がヒトの形を保っていたのはかつての姿であって今の姿ではない。あの異形は、異物ではない。ウルそのものだ。

 

「ラスト」

 

 声をかける。闇の中が僅かに揺らいだ。ウルはそちらへと手を伸ばす。

 感触があった。だが、次の瞬間声が響く

 

『触れ  る な  不埒 者』

 

 次の瞬間意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……駄目か」

 

 ウルはまどろみから目を覚まし、頭を掻いた。

 そのまま自分の右腕を見る。真っ白な右手は既に黒睡帯は巻かれていない。ディズにも確認したが「恐らく意味が無い」という結論に至ったので剥き出しの状態だ。

 ブラックが言っていた竜化の進行が後戻りも出来ないレベルまで進んだと言うことだろう。そして、別にそれ自体は構わない。

 

 ただ、出来ればラストと接触をして、聞けることをきいてみたかったのだが、今回も失敗だった。ウルは溜息を吐き出して、身体を起こす。すると。

 

「うにゃぁあ……」

 

 素っ裸のエシェルがウルの身体から滑り落ちておかしな声をあげた。

 

「エシェル、起きろ」

「んやああらああ………」

 

 肩の力が抜けるレベルの間抜けな声に、ウルは脱力した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ウルが焦牢からの帰還を果たしてから、エシェルの気の抜け方が尋常で無くなっていた。正直大丈夫なんだろうかという疑問がつきまとうのだが、過剰に心配をかけたのもウルだったので、強くは言えなかった。

 

 ――身内以外ではちゃんと猫がかぶれているようですから、大丈夫だと思いますよ?

 

 シズクはそう言うが全裸でヒトの身体にしがみついて離れない女は大丈夫かと言えば多分大丈夫ではない気がする。

 

「もうしがみつくなとは言わんから服を着ろ」

「やあら」

「幼児かお前は」

 

 あるいは妖怪か魔物の類いか、と言うと多分泣くのでそれは言わなかった。

 仕方なし、無理矢理服を着せ、半ば引きずるように階段を降りる。腹は減っていた。昨日は新たにウルに接触を望む複数の勢力に手紙を送るため、またグルフィン指導のもと手紙を何十通も書くのに苦労をして、疲労困憊状態で眠りに就いたので酷く腹が減っていた。

 ウルの家は半ばギルドハウスだ。ひょっとしたら下に降りたら誰かしらいて、朝食の準備をしてくれているかも知れないという期待もするが、背中にいる女は下着姿である。なんとかそれだけは着せられたが殆ど半裸だ。酷い。

 

「誰かに見られたらどーする気だその格好」

「シズクとか、リーネに見られてもいいもーん」

「カルカラに見られたら?」

「……いいもーん」

「怠惰極まったな」

 

 確実に後から怒られる。が、そこまでどうしても半裸でしがみつきたいというのならもう知らん。ウルはそのまま自宅のリビングへの扉を開けた。

 

「良き朝だな。もう昼だが」

 

 リビングには天賢王がいた。

 

「………………」

「………………」

 

 ウルは一度扉を閉めて額を揉んだ。

 今つい先程目の前に広がった光景が全く理解が出来なかった。寝起きの直後とは言え意識はハッキリとしているはずなのに、一ミリたりとも脳みそに情報が入っていこうとしなかった。実はまだ夢の中にいるのではないかという疑問が脳を過った。

 過ったので、やむなくもう一度、ウルは扉を開いて覗き込んだ。

 

「おはようございます。半裸ですね」

 

 天賢王の隣りに天祈がいた。

 

 背中のエシェルが絹を裂くような悲鳴を上げた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ウル」

「なんだリーネ」

「帰りたい」

「俺もだ」

「貴方の家よ此処は」

「泊めてくれ」

「嫌よ」

 

 リーネからの囁くような抗議を、ウルは聞き流した。先程、ウーガの管理調整の為の連絡にやって来たのだが、彼女にはそのまま此処に居て貰った。帰ってしまうと非常に困る。

 ウルの自宅のリビングは現在異様な緊張感に包まれていた。理由は明白である。リビング中央に存在するテーブルに、絶対に此処に居てはいけない存在がいるからだ。

 

「香りが良いな。ウーガ産の茶葉だったか」

「生産都市としての機能は確かに有しているようです」

 

 このイスラリアにおいて最も神に近しい者の象徴である法衣を身に纏った黄金の男、【天賢王】アルノルド・シンラ・プロミネンス。そしてこの世界で最も精霊達に愛された白のヒト、天賢王の嫡子、【天祈】スーア・シンラ・プロミネンスが二人ならんでそこに居るのだ。

 

 この世で最も偉大なる王とその御子が、この狭く、生活感が溢れるリビングに結集しているのだ。コレが悪夢で無くてなんだろうか。ウルは先々日にひらかれた骨と白の蟒蛇と元焦牢住民の狂乱的な飲み会の時にまき散らされた汚れが残っていないだろうかと戦々恐々になっていた。

 

「あともう一つ」

「なんだよ」

「エシェルどうしたの」

 

 ウルがチラリと自分の横を見ると、エシェルは真っ直ぐな姿勢で椅子に座りながらも、目は死んでいた。明らかに焦点が合っていない。格好だけは何故か竜呑女王に相応しい神官の制服を纏っているものの、ヤバい空気を放っている。

 

「イスラリア史上類を見ない恥を晒したので触れてやるな」

「怖……絶対に触れないわ」

 

 恥についてはウルもどっこいだが、ウルは自身の感受性を切り離した。いちいちこの状況に驚いたり悲しんだりしていたら心を病む。そしてこの状況をただただ黙ってみているわけにもいかなかった。

 ウルは腹をくくり、可能な限りゆっくりと、王へと視線を向けて尋ねた。

 

「あの、王よ。何故このような場所に」

「待て」

 

 だが、問いかけは即座に止められた。王は此方を見る。怒っている様子もない。平静な態度そのものだが、何気ない仕草の一つ一つに圧があり、ウルは背中に汗をかいた。

 

「は……」 

「要となる者らがまだ来ていない。しばし待て」

「……承知致しました」

 

 こんな場所であっても威厳の溢れる王の言葉に、ウルは平伏する以外無かった。この家のホストは一応自分であるはずだが、それを言い出せばこの世界のホストがアルノルド王である。なんの文句も言えるはずも無い。

 ひたすら沈黙を続ける中、玄関の鈴が鳴り来訪者を告げる。

 

『カカ、ウルよ。エンヴィーから面白い酒が届いたぞ……なんじゃ地獄かここ?』

「座るといい」

 

 まずロックがやって来て、そのまま着席し

 

「やあウル、瞑想による対話上手くいった……何故此処におられるのです。王」

《じごくかー?》

「座ると良い」

 

 ディズとアカネがやって来て、そのまま着席した。そして最後に

 

「ウル様ー。手紙を送った皆様からの返事が……まあ。大変ですね」

「座ると良い」

 

 シズクがやって来て、彼女も座った。

 ウル達【歩ム者】と、【七天】の内の三人、そしてアカネ。全員を収めてもまだ少しの余裕のあるリビングの収容限界に、ウルは現実逃避気味に感心した。

 

「……これで、全員ですか?」

「あと一人だ」

 

 言っていると、何度目かになる来訪者を告げるベルが鳴った。玄関から現れたのは、見覚えのある真っ黒な男だった。

 

「ちーっすウル、遊びに来ました-。アルのバカもう来てるかー?」

「来ている」

「遅いですよ。魔王」

「わりーわりー。朝起きたら昼近くだったんだよ。ふしぎなことがあるものだな!」

 

「とりあえず全部お前が悪いって事はよく分かった」

 

 ブラックを前に、ウルはこの地獄の元凶について察した。

 

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