かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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王の依頼

 

 

「集まったか。それでは話そう」

 

 天賢王アルノルドは静かに告げる。大人数となり、手狭となったリビングに置ける彼の言葉はやけに脳に響いて、心臓が圧迫されるような気がした。無論、文句など言いようが無かったのだが。

 

「おーいアル。お前の声、狭い場所だとキンキン魂ゆらしてうぜえからボリューム落とせよ」

「そうしよう」

 

 そのケチを、ブラックは容赦なく告げるのでウルは他人事ながら生きた心地がしなかった。せめてそんなやりとりは自分の家以外でしてくれ。

 

「改めてお尋ねいたしますが、王よ。何故此方に」

 

 その疑問を察してか、彼に近しい立場である勇者ディズが尋ねる。この場に居る半分以上は思っている疑問である、尋ねてくれるのは大変ありがたかった。

 

「王としての責務も残っているはずですが」

「安心なさい。勇者」

 

 するとスーアが顔を上げる。眼を隠しても尚麗しい天上の御子は、ゆっくりと頷いた。

 

「お忍びです」

「お忍び……」

「もう少ししたら帰ります」

 

 友達の家かここは?というツッコミが口の中から零れでるのをウルは必死に堪えた。ディズも同じだったのだろう。顔を手で覆い考え込むように沈黙した。

 

「此処に来た理由は、私から依頼があるからだ」

「……それは、【歩ム者】に、ということですか?」

「そうなる」

 

 天賢王はブラックの指摘に対して律儀に応対しているのか、先程と比べてややボリュームを落とした声でウルの問いに応じる。依頼(クエスト)、それ自体は別におかしな話ではない。冒険者として名を馳せれば、冒険者ギルドを介さず、直接依頼を持ち込まれることもあるというのは説明を受けていた。

 が、まさか天賢王からの直接の依頼を受けることになるのは予想できるはずもなかった。

 

「王よ。それはまさか」

 

 しかも、それをきいたディズが深く眉をひそめた辺り、普通の依頼ではないのも間違いなかった。

 アルノルドは黄金の瞳を細めて告げる。

 

「【大罪の超克】。イスラリアから迷宮と魔を一掃する作戦に協力してもらいたい」

 

 大罪の超克。その言葉を聞いた瞬間ウルの変異した右手に鈍い痛みが走った。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 600年前の迷宮大乱立

 

 地の底から出現した迷宮、開かれた魔の大口から解き放たれた異形達。後に【魔物】とよばれる存在の出現により世界は破滅と混沌の中に揺れた。ヒトは無数の魔物達に襲われ、住まう土地を追われ、全滅の窮地にあった。

 それを救い、限られた土地にヒトの住まえる都市を生みだしたのが神殿である。これはイスラリア大陸が今の世界の形として収まるまでの過程として多く語られている。

 

 だが、では、それ以前の世界の形はどうだったのだろうか。

 

 混沌と絶望のただ中で、それらの記録の多くは損なわれてしまった。魔物達の襲撃によって、存在していた都市の大部分は破壊され、焼き払われ、魔物達の胃袋に飲み込まれてしまったのだ。語り継ぐ者もすくなかった。

 当時の栄光の時代、一切の魔物に狙われることもない、安寧の時代を語ると、否応なく今の時代と比べてしまう。太陽神の庇護が無ければ、一歩も外に出ることが適わない。そんな閉じた世界で、かつての栄光を語るのは難しかった。これからさき、この時代を生きなければならない子供達に対して残酷な仕打ちだった。

 

 だから“かつて”の記録は僅かだ。しかし、確かにその時代は存在していた。

 

 迷宮も無く、魔物もいない。目に映る全ての土地はヒトの支配する場所であり、その全てを活用することが出来た世界。精霊達の力は遍く大地の全てを満たし、その加護によって誰一人飢えることも無ければ、病むことも無い。充足と共に命を全うできる輝かしい世界。

 

 【理想郷時代】と呼ばれるその時は確かにあった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……そんな時代を、取り戻すと?」

 

 ウルは問うた。天賢王は静かに頷く。

 理想郷時代。王の口から語られたその言葉は、ウルの胸中に重く突き立った。生まれたときから世界の形は“こう”だったウルは、想像したことすら無いはずの世界の形が、驚くほどに色鮮やかに胸中に顕れたのだ。

 

 それが本当に素晴らしいものだったのだと、確信させる程の力が彼の言葉にはあった。

 

 名無しであるが故に精霊の力の強さに対しては理解が未だ浅い部分があるものの、魔物の脅威については都市の内側で守られる都市民たちよりもよっぽど深く理解できている。その魔物の脅威が無くなるのならどれほど良いだろうかというのは、常に思うことだ。夜眠るときにも安心できずに、震えながら、必死に太陽神が登ってくるのを待つ時間は本当に堪えるのだ。

 

 間違いなく、素晴らしいことの筈だ。それは疑いようはない。だが、疑問もある。

 

「……幾つか、分からないことが御座います。お伺いしてもよろしいでしょうか」

「わかっている。その為に来たのだ」

「ありがとうございます」

 

 ウルは慎重に頭を下げた。他の面子は何も言わない。表情は様々だ。驚愕に目を見開く者も居る。知っていたように平静のまま、ウルの問いを待つ者も居る。ひたすら面白そうに笑う者も居る。

 なんにせよ、ウルの質問をまっているようだったので、ウルはそのまま続けた。

 

「まずそれは、どのようにして成すのでしょうか?大罪の超克とおっしゃっていましたが」

「言葉の通りだ。大罪の象徴、竜を越える」

 

 天賢王アルノルドは隣りに居る自身の子、スーアに視線をやる。スーアは頷くと、テーブルを指先でかるく叩いた。

 途端、テーブルに魔術で描かれた半透明の文字が出現した。ウルはそれらに見覚えがあった。対象の軌跡を示す形、魔名だ。しかもただの魔名ではない。

 

「これは……大罪竜の魔名?」

「そうだ。このうち一つはお前も知っているだろう」

 

 ウルからみて左奥の位置、テーブルをイスラリア大陸としてみるなら北西部の魔名がゆらめいた。無論、知っている。先のプラウディアでの凱旋時、ウルは自身の魔名にそれが宿っているのを見ている。

 

「この地上に存在する七つの大罪迷宮。これらは地上に存在する無数の迷宮達の大本だ。そして大罪迷宮の元凶が大罪竜」

「……だとすれば、大罪竜を全て討てば、迷宮は全て消える?そこから出でる魔物も?」

 

 そう問うが、アルノルド王は首を横に振る。

 

「そう、単純ではない。もしもそれで迷宮が消えるのであれば、例えばラース領の迷宮の全ては消えて無くなり、魔物は出現しなくなるはずだ。だが実際はどうだ」

 

 王はそう言って、ディズを見た。ディズは頷くと、それに応じる。

 

「残念ながら、私が滞在する間も魔物は出現しました。大罪迷宮そのものは地上に溢れることで姿を消しましたが、既に幾つかの廃墟や洞窟が新たなる迷宮化の兆候を示していました」

 

 地下牢跡地で大量に出現した魔物をウルはディズとロックとでやっつけた。

 確かにあそこはラース領だ。ならばあの虫の魔物達はラース領で出現した魔物だ。フライタン達がいた地下鉱だけではなく、地上部のラース領の再開拓にもユーリが派遣した天陽騎士達の守りは必須だった。魔物達は今も地上部で活動する元囚人達を襲おうとしてくる。

 

 ラースから魔物の脅威は消え去っていない。

 

 現在は天賢王の許可を得て、新たに太陽の結界を敷くための準備を最優先で行っている状態である。

 

 迷宮の全ての元凶が大罪竜である筈なのに、迷宮から生まれる魔物が消えていない。

 それは何故か?

 

「単純な話だ」

 

 同時にスーアは再びテーブルを叩いた。再び魔名が揺れ動く。

 

「迷宮の全ての元凶は大罪竜である。だが、大罪竜にも全ての元凶が存在しているのだ」

 

 大罪竜を示す七つの魔名が光を放つ。揺らめきながら形を変え、その端から一本の線を延ばしていく。七つの魔名はそれぞれから、テーブルの中心の一点に集まっていく。その線はいびつに歪み、姿形を変え、そして一つの魔名として姿を現した。

 

「かつては太陽神ゼウラディアと肩を並べるだけの力を持ちながらも、今は偉大なる御神に仇成す者。地の底、奈落の果てに封じられた、全ての竜と魔と迷宮の元凶」

 

 魔名が形を成す。それを見て、ウルは眉をひそめた。胸の奥底に奇妙なさざ波が立つのを感じた。見ているだけで不安がかき立てられるような、目を逸らしたくなるような薄気味の悪い気分になるのだ。

 七つの竜の魔名よりも更に大きく、歪な形をした魔名を指して、王は言う。

 

「【邪神】。これを討たねば、理想郷は訪れない」

 

 

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