かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
【真なるバベル・転移の間】
天祈のスーアは各地の大罪迷宮の異常を感知した際には、戦士達を転移させる。が、長距離の転移の術は、例えあらゆる精霊の力を扱える【天祈】であっても制約が多い。その為の補助を行うのがこの部屋だ。
多くの魔導機や術式で転移を安定化させる。また、向かった先から戻るための“目印”でもある。緊急時、迷宮の深層から帰還するための重要な拠点だ。
その場所は今、騒然となっていた。
大罪迷宮ラストに向かった戦士達、【色欲の超克】に向かった戦士達が戻ってくるからだ。本件について情報共有を許された術者達は騒然となった。部屋の中心には【天祈】のスーアが待機し、更に部屋の奥では誰だろう【天賢王】までも備えていた。
「転移術来ます!!」
「わかりました」
術者が叫ぶ。同時に、天祈のスーアが頷き、全身を輝かせる。部屋の中央の魔法陣が輝き、そして光の中から、戦いへと向かった戦士達がその姿を見せた。
姿を現した戦士達は、一言で言えば、死屍累々だった。
「――――うむ、戻っだ!!」
そう、いつものように明るく声をあげたのはグロンゾンだ。
彼は右手に血まみれになったディズやシズクを抱え、背中にはユーリを背負っていた。3人とも意識があるようには思えない。更に彼の足下には、彼の部下である戦士達が倒れ伏している。
誰一人として無事では無い。そしてそれはグロンゾンも同様だった。
「っひ」
「い、癒療班急げぇ!!!」
グロンゾンの左腕は、無くなっていた。
切断部からは血が噴き出している。それ以外の場所も傷だらけの血まみれだ。今も立っていられるのは、彼の身体を支えるように纏わり付いている死霊兵の支えあっての事だろう。
誰がどう見ても、今すぐにでも死にかねないほどの重傷だ。待機していた治癒術士たちは慌てて動き出した。スーアもまた、彼の治療に動く。
「王よ……!」
そんな中、グロンゾンは前へ一歩動いた。「動かないでくれ!!」と、治癒術者達は悲鳴を上げるが、彼は止まらない。周囲を自分の血で汚すこともいとわず、待機していた王の前に立つ。
「【色欲】の超克、我らで成しました。しかし」
朦朧とした意識のまま、彼は真っ青な顔で笑みを浮かべた。
「少し、休ませて、頂く――――」
そのまま、ぐらりと倒れ込む寸前、立ち上がった王によって支えられた。彼の血で服が汚れることもいとわず、王はグロンゾンを労るようにして、頷いた。
「見事だグロンゾン。誇らしく思う」
「――――」
グロンゾンがその言葉を聞き届けたのかは分からなかった。ただ彼は、満足げな表情のまま、気を失っていた。
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「代役は探すが、彼に並ぶ者はいない。厳しい状況だ」
「ま、しょーがねえわな。火蓋を切った時点で、互いのリソースが尽きる前に相手を殺しきれるかの戦いだ。此処に至って一人しか欠けてないのはラッキーだろよ」
「そうだな、と頷ける立場に私はいない」
王は淡々と振り返りながらも、やはり僅かに憂鬱そうではあった。
ウルにはグロンゾンの実力や、七天における立場というのを理解し切れてはいなかった。ディズからは「頼りになる男」であると聞いていたくらいだ。しかし王のその態度を見る限り、やはり中心的な人物であったらしい。
そんな男が戦力的に欠けたというのは確かに痛い。が、今は考えても仕方が無い。ウルは思考を切り替えた。
「色欲は、ひとまず討つことが出来たと」
ウルが確認すると、スーアは頷き、再び机を叩く。また一つ、魔名が消えた。残る魔名は二つ。嫉妬と強欲だ。
「嫉妬は現在、グレーレが対処に当たっている。彼が中央工房を利用して生み出してきた数百年分の兵器の全てを消費して対処に当たっている」
「中央工房……」
再び、なじみのある言葉を聞いた。それも、あまり良い印象の無い名前だ。なにせウーガの住民にとって、中央工房はつい最近まで敵だったギルドの名前だ。
「あの場所は奴の知的好奇心によって生まれ、発展したが、大罪迷宮攻略は元々の目的の一つでもある」
「迷宮攻略、ですか?魔導機の研究製造ギルドが?」
「神殿に成り代わる。と言う目的を掲げる以上、迷宮を制圧できるという実績作りは避けては通れない。その野心を利用させてもらった形だ」
本当に、イスラリア中に存在するあらゆる要素を総動員しているのだとウルは理解した。使えるものは手当たり次第だ。あるいはそれくらいなりふり構わなければ話にならないと言うことなのだろうか。
「グレーレはやれると言った。ならばやるだろう。奴は仕事でいい加減な事は言わない」
「まだわかりませんが、上手くいった場合、残りは……」
「【強欲】だ。その攻略と、魔界侵攻の協力依頼、と言うことになる」
大罪都市グリード、大罪迷宮グリード。
ウルとシズクにとって思い出深いスタート時点。それがゴールでもあると王は言った。
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「確認しますが、魔界とこの世界の繋がりを断った後、我々は帰還できるのですか?」
「必ず戻れるよう、とりはかろう。不安であれば、同行は門を開くまでで良い」
「万事上手くいった場合、イスラリアへの影響は?マイナス方面で」
「いくつか考えられるが、冒険者業の喪失、都市部住民の優位性の喪失、精霊への信仰量の減少。更にそこから無数の問題が派生するだろう」
その後も、主にリーネを中心に今回の依頼の詳細が詰められていった。
ウルはウルで、王の回答をなんとか頭の中にたたき込んでいた。恐らく全てを正確に理解は出来ていないだろう。恐らくリーネから改めてどういう事なのか確認しなければならないだろうが、兎に角今は情報を集めなければならなかった。
『報酬はどうするんじゃい?』
そんな中、不意にロックが手を上げた。
『我が主がお主らに協力したのは、ウルの救出と、主自身の目標故じゃ。【歩ム者】に改めて依頼するなら、報酬は新たに必要になるのがスジじゃあないかの?』
「道理だな」
大分ぶっきらぼうな言い方だったが、王は頷いた。そして、
「
『おう、むーっちゃ王様っぽいこといいだしたのお……カカ!?』
机の真ん中で突き立っていたフォークをロックに投げつけながら、ウルはアルノルド王に向き直った。
「望むもの、とは?」
「例えば、グラドルと交渉、対価を渡し竜吞ウーガの完全な独立を命じることも出来る」
エシェルに視線を向ける。エシェルは目を見開いて驚いた。
「あるいは、白王陣研究の大々的な支援」
リーネも普段の冷静な態度を解いて、驚いたようにディズへと視線を向けた。
「邪霊認定された精霊の名誉回復」
シズクの態度は変わらない。既に彼女はその条件を知っている。
「そして、精霊憑きの少女の人権獲得も勿論可能だ。」
ウルは眉をひそめ、ディズの方へと、正確には彼女の手元に居るアカネへと目を向けた。アカネは妖精の姿のまま、ウルの視線を受けて少し悩ましそうに首を傾けていた。