かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
王の口にした内容はまさしく「望むものだった」
【歩ム者】は黄金級冒険者になるという大目標を掲げているが、それはあくまでも全員の目的を達成する上で必要だからという理由故だ。その目的は各々で異なる。それらの目的を王は提示していた。ディズからそこら辺の事情は聞いていたのだろう。
その依頼報酬は素晴らしいものだと言えるだろう。
だが――――
『ほむ?足りるカの?』
ロックが首をかしげる。王の提示した報酬に文句をつけるその言動にウルは顔を引きつらせた。
「ロック」
『まあ、聞かぬか』
だが、ロックは譲らなかった。いつもの巫山戯た様子は無い。それならば、とウルは引き下がった。
ロックはアルノルド王へと一歩も引き下がらず、カタカタカタと口を開く。
『だってのう?ワシらちょー順調じゃろ?』
しゃべり始めたロックの口調は巫山戯ていたが、しかし王へと語りかける彼の声音は真剣そのものだった。
『金、名誉、人材、力、武器、全てが集まっておる。のう?主と、ウル達の努力じゃ』
それは事実ではある。
ウルの帰還から、今日までの間、恐ろしい勢いでウーガとそれを取り巻く状況は成長を続けた。主立った敵対組織は消し飛んだ。残党として残っていた複数の闇ギルドも、シズクの手によって一掃された。「阻む者は誰もいない」という状況下で、爆発的な躍進を続けている。
ウルの黄金級だって、最早秒読みだ。シズクのこの世界への貢献度も、順調に重ねている。白王陣の力の証明も、十二分に広まっている。表向きだけではなく、闇ギルドの界隈ですらも、彼女の力はお墨付きだ。
そしてウーガの管理、コレに関しても、現在グラドルの管理下からウーガは外れつつあった。ウル達の影響力が高まった結果、グラドルとの関係が単純な主従関係とは言い難くなったためだ。あえてグラドルと対立して、決別するような手段をとるまでもなく、双方の同意の上で、管理権限を委譲する流れは起こりうると、シズクは言っていた。
そして、アカネの人権。なるほど、彼女がヒトとして認められれば、モノのように売り出される心配はもう無くなるかも知れない。もしかしたら、神殿に祝福されて、誰か好いたヒトと結婚することも認められるかも知れない――――が、それを本人が望んでいるかは分からない。少なくとも今の彼女の認識は、
《じんけんもらったら、わたしもジュースかってええん?》
この程度だ。勿論、段々と理解して、やはりヒトとして認められたいと彼女は願うかも知れないが、それならそのとき、それをまた目指せば良い。
そう、必要であれば、その目的のために動くだけの力も、財産も、権力も、全てウル達は得ているのだ。王に、今更与えられるまでも無く。
『今、王様が提示した報酬、どうしても必要カの?』
その事実を、ロックは真正面から突いた。
「ま、そうだわな」
そしてそのロックの疑問に、ブラックが同意した。ケラケラと嘲るように、王を見つめる。
「時間はかかろうが、多分こいつらは自力で全部手に入れられるぜ?超絶有能な参謀がいるしなあ」
おそらくはシズクのことなのだろうが、彼女は反応せず、いつの間にか家の中にいたジェナが用意してくれていた茶を口にしている。
「大罪竜討伐なんていう、全滅のリスクを背負ってまで、報酬を望むかね?」
「――――そうだな。やはり必要か。やりたくはなかったが――――」
そして、王は魔王の指摘に、少し、憂鬱そうに頷いた。
「今からお前達を脅迫する」
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「きょうは……!?」
王の淡々とした態度からはかけ離れたあまりに物騒な言葉に場はざわめいた。アルノルド王側であるディズすらも、僅かに顔をしかめている。
「脅迫する」
そんな中、アルノルド王は本当に冷静だった。というか、冷静が過ぎた。脅迫を宣言しているにもかかわらず淡泊すぎた。
『脅迫って宣言してからやるもんじゃないとおもうじゃがの?』
「器用さの欠片も無い男だからなあ」
そんなアルノルド王の態度に、魔王ブラックはケラケラと笑い、立ち上がる。注がれたカップの茶を一息で飲み干す。明らかに席を立つ動作だった。
「おい、魔王」
いきなり押しかけて雑に茶々入れるだけ入れて何処へ行くんだ。と、言いたかった。(残られても、それはそれで困るのだが)しかし、魔王は肩をすくめて笑い、そのまま何故か天祈のスーアの襟首を掴んで引っ張り上げた。
「俺にも“情け”ってもんがあるんだ。ま、付き合ってやれや」
「なにをするのです。魔王」
「それ以上の無礼をされると貴方の手を切り落とさざるを得ないんだけど?」
《むーにー》
いつの間にか、ディズはアカネを剣にして、腰を僅かにあげている。ヒトの家のリビングで魔王と勇者の戦闘発生とか地獄でしか無いので本気で止めて欲しかった。しかし魔王に険は無い。「ちょっと外に出回るだけだよ」と笑った。
「心配なら勇者も付き合えよ。ジジイはガキに菓子を奢ってやりたくなるお年頃なんだよ」
「いやです」
「ウーガで出店やってるんだと。氷菓子売ってるらしいぞ」
「いやです」
スーアは吊り下げられながらふくれ面だった。機嫌を損ねた子供を餌で釣ろうとする保護者の構図に見えなくもないが、実態はあまりに物騒だった。
我が子が釣り上げられている状況に対して、アルノルド王はまっすぐにスーアを見つめ、小さく頷いた。
「行ってきなさい」
「……仕方がありません」
それでスーアは折れた。むっすりと不満げであったが、魔王は気にすること無くそのままスーアを掴んで席を立つ。
「んじゃ、遊んでくるわ。妹もなんか食べるかい?」
《じゅーす!》
「勇者、頼む」
「……王の命令とあらば。ジェナ、後で報告お願いね」
「お任せを」
こうして、魔王に天祈、勇者に妹が退席した。ジェナはいるが、実質【歩ム者】とアルノルド王のタイマン状態になってしまった事実に、ウルは冷や汗を掻いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「さて、では
いくつかのカップが片付けられたテーブルで、改めてアルノルド王は頷いた。脅迫する、と、宣言していたが、やはり彼の態度は淡々としていて、とてもこれから悪行をしようというようには見えなかった。
「前提、ですか?」
「何故【理想郷計画】を立ち上げたのか、分かるか」
何故、と、改めて問われると、答えづらかった。
「……世界に平穏を取り戻すため?」
魔と迷宮をこの世界から一掃する。
この目標には明確な大義がある。
確かに、この世界には、迷宮の攻略や、魔物達を殺す事によって糧を得ている者達はいる。それこそウル達もそういう風に稼いできた。魔物殺しこそが生きがいだ、なんて事を抜かす者だっている。
だが、それでも、そんな者達であったとしても、王の目標を否定することは出来ないだろう。それほどまでに、魔物達、竜、迷宮がこの世界にもたらしてきた被害は甚大だ。
かつての世界では、太陽の結界は存在しなかった。見渡す限りの大地がヒトの物だった。
そして今、その影は跡形も無い。それが意味するところは、それだけの範囲が、“そこに住んでいた人類の悉くが、魔によって滅ぼされた”ことを意味している。
迷宮大乱立時代以前の世界のことをウルは知らないが、その迷宮大乱立時代の始まりの時代は知っている。神殿で開かれる子供向けの学習教室などで、必ず歴史として学ばされる。当時がどれほど悲惨だったか。どれほど犠牲を伴って、滅亡の直前で踏みとどまったかを。
それを知っているから、迷宮があった方が良い、だなんてことはとてもではないが思えない。魔物の被害、竜の被害、呪い、それらが無くなるのなら、それに越したことは無いのだ。
そして、だからこそ、王が改まって「何故」と問うのか、ピンと来なかった。
「確かに大義がある。だが、それ以上に逼迫した理由が存在する」
「逼迫……?」
天賢王の言葉が理解できずにいるウル達の前で、不意に王は自分の着ている王衣に指をかけた。そのあわせを外し、自身の身体をウル達の前に晒していく。
そして、ウルは深く顔をしかめた。
「
偉大なる天賢王の身体には、深く、悍ましい傷の跡が無数に存在していた。