かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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魔王の密談③

 

「ま、こんな感じかな?アルのやり方よりは先を見据えてるだろ?」

「「わあすごーい!」とはならねえわ。絶対、大混乱起こるだろ」

「当たり前だろ?めちゃくちゃ死人も出る。火種が小さい内に全部に火をつけるんだからな」

「論外じゃねえか」

 

 そう切り捨てようとするが、その瞬間、ブラックは噴き出した。そして完全に此方を嘲笑しながら指を指す。

 

「お前ひょっとして「誰も彼も傷つかない結果」ってのを期待したか?ウル坊、そりゃ絶対無理だぜ?」

「絶対」

「前提として、この世界は()()()()()()だ」

 

 容赦の無い断言と、宣告だった。更に魔王は続ける。

 

「どう足掻いても無理だ。今日まで保てていたのは、歴々の天賢王がむりやり歯を食いしばって支えていただけだ。それも限界が来たら、後は崩壊するだけだ」

 

 崖っぷちの瀬戸際にギリギリ踏みとどまっている自分たちをウルは想像する。

 なるほど、確かに怪我は負っていない。病にもなっていないから、これから先も大丈夫な気がしてくる。だが、足場の“支え”はボロボロと崩れ、砕け、もう間もなく滑落する。

 そんなイメージが生々しくウルの頭をよぎった。

 

「だから、仕組み自体変えければならない。が、どうしたって痛みが伴う。」

 

 生活の変化、環境の変化、ありとあらゆる変化には、コスト、労力が伴うことはウルも知っている。名無しである以上、変化は絶えず身の回りに起こっていたからだ。 

 しかし、それに慣れていない者もいる。

 

「「今のままがいい!何も変わりたくない!」って連中は山ほどいる。ま、そりゃそうなんだがな。今が切羽詰まってたとしても、変化ってのは誰だって怖いもんだ」

 

 その変化が、上手くいく保証なんてまるで無いものなら、余計にそうだ。苦労を伴い、変化した結果、以前よりも悪くなるなんてことはままある。それを知る者ならば、余計に恐れるだろう。

 

「そうするしかないとしても、そういう連中の願望を切り捨てることになるわけだ。ついて行けない奴は出てくるだろう。死人も山ほど出る」

 

 万事上手くいっても、そうなる。

 魔王は断じた。自らの所業も、王の所業も、そうなると言い切る。

 強い言葉だった。無責任に言い放った言葉では無かった。自分の選んだ行動の結末を予期し、血にまみれた部分を既に覚悟している者の顔だった。

 それは今のウルは持たない視座からの言葉だった。

 

「この先はどうしたってそうなる。忘れんなよ?」

 

 その忠告は、想像より遙かに、ウルの心中に突き刺さった。

 

「……。………、………最後に聞いて良いか?」

「なんだ?スリーサイズか?」

「死ね」

 

 巫山戯た態度を切って捨てて、ウルは真っ黒な魔王に問うた。

 

「……なんでアンタ、こんなことがしたいんだ?」

 

 天賢王なら、まだ理由は分かる。

 この世界に住まう民達を守らなければならないという強烈な責任感だ。先の会話の端々に、彼の使命感は見えた。それがなければ、あれほどまでの傷と痛みを背負うことは出来ないだろう。

 だが、目の前のこの男の事は読めない。スロウスの王になったのだって、何かしらの義務感があっての事とはとても思えない。面白半分だった可能性もある。

 

「なんでって……なあ?面白そうだろ?」

「聞いた俺がバカだったよ。お帰りは彼方になります」

「あーおいおい待て待て待てってーあーやめろ!そのコート金貨30枚!」

 

 勝手にヒトの家の棚に突っ込まれていたコートを外にぶん投げてやろうとしたが、阻まれた。ウルは舌打ちして椅子に戻る。

 

「……アンタの言うとおり、王の理想郷にはいずれ問題も出てくるんだろう。だけど、それでもアンタなら生きていける筈だろう?何故こんなことをする」

 

 今既に英雄という評価を受けているウルから見ても、ブラックは超人だ。ウーガを買い取ろうとする恐ろしい資産、大罪竜を単独で撃破する凄まじい実力、世界の秘密にも熟知し、アルノルド王と対等な立場で対話をしている。

 その彼が、アルノルド王の「理想郷」で上手くやれない訳がない。

 彼ならば、その新しい世界で確実に、自分の居場所を作り出すことが出来るだろう。例え彼が精霊の力を授かれなかろうとも、その程度のハンデなど気にもとめないくらいの能力があるのだから。

 なのに、あえて王のプランを蹴る理由が見えない。

 

「何言ってんだいウル坊。俺一人が上手くやったとして、そこになんの意味があるんだ?」

 

 ブラックは大げさに首を振り、嘆かわしそうに瞳を指で拭った。ややイラッときたが口を挟まず彼の続きの言葉を待った。

 

「力なき名無し達が、神官や都市民達に迫害され、本当に奴隷のように生きていく世界になると知りながら、それを見過ごすなんて事できないねえ。これでも博愛主義者なんだぜ俺は」

「すまんが、笑いどころが何処か説明しながら喋って貰えるか?」

「辛辣だねえ?本気だぜ?」

「本気って」

「本気だよ」

 

 ウルはブラックの顔を見る。彼はウルを見返していた。その顔にいつもの巫山戯た笑みは一つも浮かんでは居なかった。真っ黒なブラックの瞳が底の見えない闇のように渦巻いて、ウルを捉えるようだった。ウルはそれに飲まれないように自然と歯を食いしばっていた。

 

「なあ、ウル坊よ。なんで【名無し】が精霊と繋がれないか、わかるか?」

「何故……?生まれ持った適正ってやつじゃないのか」

「当たらずとも遠からずだな。確かに都市民の中には時折、精霊からの寵愛を得る者もいる。逆に官位持ちでも、上手く精霊と繋がれない落伍者もでる。生命の設計図にエラーは生まれるもんだ」

 

 だが、

 

「名無しから精霊の寵愛者が出ることは無い」

 

 ブラックはそう断じた。ウルは記憶を思い返す。

 確かにブラックが言うように、精霊の力を扱える都市民が時折姿を現すと言う話を聞いたことはあっても、精霊の力を扱える名無しなんていう例外は聞いたことがなかった。「精霊に愛されその力を扱える!」などと吹かす者は時折いたが、大抵は邪な企みを目論んだ詐欺師の類いだった。

 

「……確かにそれは聞いたことがないが」

「事実、無い。例外は無い。名無しと神官もしくは都市民の混血児が精霊と繋がりを得ることは無いではないが、その場合の繋がりは酷く薄弱だ。これにも例外は無い。故に高位の官位の家は名無しと交わることを厳格に禁じている。都市民すらも、忌避している」

 

 コレがどういうことか分かるか?とブラックはウルに問うた。

 

 ウルは勿論、答えを知らない。彼の解答を待った。ブラックは両手で指を立てた。

 

「只人、小人、獣人や森人土人、そういった種族とは違う――――」

 

 右手は二つ、左手は一つ。子供が指遊びをするように、その二つを重ねてぶつけあわせた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ――近付くな汚らわしい!!

 

 幼少期、何処かの都市で、ウルは偶然、都市の街中で遭遇した神官にそのように罵られた事がある。その時何故、都市民の住居区画に神官がやって来ていたのかは分からない。住居区画の家々を訪問して回っていたので、精霊の加護を都市民に授ける巡廻か何かが行われていたのかも知れない。

 神官とウルとアカネが接触したのは偶然だ。名無し向けの小銭稼ぎのドブさらいをしていたとき、運悪く巡廻していた神官達に接触したのだ。結果、都市民の高齢者相手に優しげな笑みを浮かべていた彼らの表情は一気に悪鬼をみるそれへと豹変を遂げた。

 

 ――早く失せよ!精霊達の聖庭たる都市の内にお前達の居場所など存在しない!

 

 そういう神官達と、それに同調する都市民たちのウルとアカネを見る目は驚くほどに凍て付いていた。無論、ウル達は彼らに危害を加えてい無い。ドブ臭い匂いを漂わせていたが、それだけだ。にも関わらずあの敵意の強さは印象的だった。

 別に、それに深く傷つくようなことはなかった。名無しが都市の内側で悪意を向けられる事なんてのは何ら珍しくなかったからだ。その出来事も、良くある日常の一コマとしてウルの記憶のなかに埋没していった。

 

 だが、ブラックの言葉に、再びその記憶が蘇った。

 ウル達を侮蔑でも嫌悪でも無く、敵として見るようなあの視線が。

 

「なんだ、衝撃的な情報過ぎてビビっちまったか?」

「……いや、妙にしっくりきたよ」

 

 その回答にブラックはややつまらなそうだったが、実際、ウルはそれほどまで衝撃を受けていなかった。情報それ自体は世界の常識が揺らぐような話だったように思えるし、ブラックは嘘もついていないだろう。だが、それでもここまでウルが冷静なのは、心の何処かでそれを理解していたからだ。

 

「なるほど確かに、【名無し】たちと【都市民】や【神官】との関係は、そんな感じだ。名無し達は無理矢理しがみついてるだけで、根本的に都市国のなかに適合出来ていない」

 

 名無し達は今も、安全な都市国の中で少しでも長く滞在するために、仕事を探し出して生きようと藻掻いている。死と隣り合わせの冒険者稼業も大半の者にとってはその一環に過ぎない。

 基本的に都市国は都市民と神官達が自分たちのために創った箱庭だ。名無し達の為の場所では無い。そう言った客観的事実も、名無し達は彼らとは別の生き物であるというブラックの言葉を補強した。

 

「でもなんで人類が二種に分かれてる」

()()()()

「事故?」

「創世の折りの事故さ。カミサマも万能じゃあないってな」

 

 不敬極まる言葉が連続で飛び出すが、最早それについては考えないことにした。それを言い出すと最早不敬なんて次元ではない。

 

「自分とは別の生命体の足下に這いつくばるなんて嫌なもんだ。そんな思いを、同胞達にさせたくないって思うのはおかしいことじゃないだろ?」

 

 魔王はそう言い切った。それはもっともらしい言葉には聞こえた。名無しとそれ以外が別の生物であるなら、先に話した“優劣”の意味がより凶悪な意味となる。自分たちよりも優れた別の生物たちに支配、迫害される。それに抵抗する。

 なるほど、世界に反旗を翻す動機としては十分に思える。納得できる者もいるだろう。

 が、しかし、

 

「ブラック」

「なんだよ」

「嘘くせえ」

「あれえ?!」

 

 魔王はずっこけた。

 

「俺は嘘なんて言ってねえぞ!?」

「【名無し】に関してはそうかもな」

 

 ウル自身の経験からも、それは嘘とは思えなかった。現実味があった。が、しかし、

 

「お前が【名無し】の皆のために、は無いだろ」

 

 ブラックは露骨に目を逸らした。

 

「名無しの命どころか、自分の国民の命だって究極的にどうでもいいみたいな態度とってる男が、もっともらしい大義なんて掲げても信頼できるかよ」

「くそ!反論しようとしたが正論だ!!」

「本音を言え、目的は」

 

 ウルが詰めると、ブラックはしばらくふてくされたような態度をとっていたが、不意に止めて、ウルを見た。いつも浮かべるヘラヘラとした笑みはそこには無かった。

 

「気持ち悪いだろ?」

 

 感情の浮かばない、奈落のような顔がそこにはあった。

 

「狭苦しい箱庭で、神の描いた絵図から出ないように縛られてる。不出来極まるこの舟を死ぬ気で直して、完成させるのがアルの計画だ。だがなあ?」

 

 ツマミとして机に出されていた焼き菓子を一つつまむと、彼は指先でゆっくりと、焼き菓子を潰していった。粉々になって、原型が無くなるまで、ゆっくりと、確実に。

 

「ぶっ壊した方が、後腐れ無い」

「…………それが目的か」

「狭い、息苦しい。鬱陶しい。その挙げ句、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

「その贄が血反吐を吐きながら、()()()()()()()全員の幸いを祈っても、この有様だ。なんだこの出来損ない。()()()()()()

 

 ウルは寒気を感じた。戦いの最中、悍ましい魔物達から向けられる殺意とはまた違う。自分以外の一切を飲み込んで、噛み砕く暗黒の意思が魔王から放たれていた。紛れもなく、イスラリアにおいて君臨し続けた傑物にして怪物であると、ウルは改めて理解した。

 

「んじゃ、しょうがねえわな――――ぶち壊すしかない」

 

 そう断じるブラックは、紛れもなく禍々しい魔王そのものだった。

 

 そして魔王は立ち上がった。言いたいことを一方的に言って、清清とした表情が腹が立ったが止める気にもならなかった。

 

「ああ、そうだ。ウル坊、忘れんなよ」

「何をだ」

 

 問う。ブラックは扉に足をかけながら笑う。闇夜を背にして黒い魔王は口端を大きく開いて笑っていた。

 

「真に安寧が欲しいなら、神はお前の敵だ」

 

 指がウルの心臓を指す。自身の言葉を指先に乗せるように、彼は告げた。

 

「そして、神は不可侵の存在じゃあ無い――――()()()()()

 

 それだけ言って、魔王は夜の闇に消えた。

 

 

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