かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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天祈のお仕事、もしくは鏡の女王の狂乱②

 

「ウルは良い意味でよくわかりません。エシェルは悪い意味でよく分かりません」

「怖い」

 

 スーアのざっくりとした寸評を聞いて、エシェルは怯えてシズクに抱きついて、よしよしと慰められている。「言い方」と思わんでも無かったが、スーアにそこら辺の繊細な気遣いを期待するのも無駄なので兎に角続きを待った。

 

「まず、ウルですが」

 

 スーアが此方に顔を向けた。帯に隠された眼が、此方を見透かすように見つめている気がした。

 

「貴方には憤怒の竜の魂の他、色欲の魂もある」

「ああ、そうだな」

 

 そこまでは理解している。スーアが来る以前から、何度か接触は繰り返している。(尤も、半分以上は接触すると同時に弾き飛ばされると言ったことを繰り返しているが)

 

「色欲は竜の破壊による魂の吸収を経ていません」

「そうすると問題が?」

 

 確かに、憤怒は兎も角、色欲の魂がウルに潜り込んだのは、半ば事故、半ば悪意だ。色欲の大罪竜に接触したときに受けたあの“白蔓”がウルの肉体に潜り込み、そこに潜んでいた魂が覚醒したという経緯である。

 

「【超克】、即ち、打倒による屈服を行われなかった魂は、全くコントロール出来ない異物です。封じなければどうなるか分かったものでは無い」

 

 ディズは頷く。彼女がウルの異形と化した右手を見てすぐ、“機織りの魔女”に頼んで作ってもらった【黒睡帯】で封印を施した。その判断はやはり正しかったのだ。

 しかし、今のウルは【黒睡帯】で封印していない。むき出しの状態で、何の問題も無い、どころか、色欲の有する権能を自分の手足の延長のように使いこなせるようになっている。

 

「その魂が、今はとても落ち着いています――――下手すれば通常の超克者の保有する魂よりも遙かに」

「つまり?」

「なんだかよく分かりませんが、色欲は完全に貴方に屈服してます」

「なんだかよく分からないのかあ……」

 

 安心していいんだか悪いんだかよく分からない評価を頂いた。

 

「竜の魂は数百年間の経年によって肥大化しています。それを、物理的な打倒を経ず、精神でどう屈服させる事が出来たのか本当になぞです」

「なんでだろうなあ……」

 

 なにも分からずウルが呆けた声をあげると、何故かエシェルをよしよしと慰めているシズクからの視線が妙に痛くなった。多分気のせいだ。

 

「そして憤怒もかなり落ち着いています。大罪竜二つの魂が、私が調整せずとも納まっている。恐らくですが、貴方の魂の容量が大きく拡張されているものと思われます」

「大丈夫なのそれ」

「安定はしています。大丈夫です――――多分」

「そう祈るよ……切実に」

 

 なるほど、確かに「なんだかよくわからん」である。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ウルをなんとも言えぬ表情にするだけして、寸評を終わらせたスーアは、次にエシェルの方へと視線をやった。

 

「そしてエシェルですが」

「は、はい……」

 

 何か恐ろしい病があることを告げられるのではないか、と、そんな風に怖々とした表情でエシェルは頷く。

 

「貴方は、大罪竜プラウディアの魂の一部を簒奪しています」

「あ、あんまり覚えていないのですが……」

 

 【陽喰らいの儀】の時のエシェルの暴走状態は、当人の記憶は殆ど残っていない。

 ウル達からすればむしろ忘れる方が難しいくらいのヤバい状態ではあった。確かにあの状態の彼女であれば、竜の力の一部を奪うくらい、仕出かしかねない危険性があった。

 しかし、スーアは不思議そうな顔をしている。

 

「貴方の内には確かにプラウディアがある、筈なのですが…………」

 

 そのまま、ふよふよと、エシェルの前に近寄ると、彼女の頬をむにむにと引っ張った?

 

「なんというか、隠れてしまっています」

「はふれて……?」

「プラウディアは臆病なのです。恐らく自らの力を封印して、隠れてます」

 

 また、わかりやすいようでわかりにくい表現だった。

 

「ミラルフィーネの簒奪の力の収容と、カーラーレイ一族の末裔としての膨大な魂の許容量、この二つが複雑に絡み合っていて、とても読み取りづらいのです」

「わかりやすくいうと」

「ごちゃごちゃしすぎてます」

 

 ウルは、今日までエシェルが簒奪していったいろいろなものが、エシェルの中で全く整頓されずにとっちらかっている光景を想像した。そのガラクタの山の中に、プラウディアの竜の魂が、紛れ込んで隠れてしまっているイメージ。

 それがどういうことかというと、

 

「なに、汚部屋状態って事?」

「う゛ー……」

 

 リーネの表現はあまりに容赦がなかったが、恐らく的確だった。エシェルはうなった。

 

「なんとかしなければなりません。自ら力を封じたのであれば、どの拍子で出てくるか分からない。コントロール下に収めなければ」

「……どうやって?」

 

 汚部屋という表現が的確だったとしても、部屋の中を清掃するように魂を掃除するのは難しいだろう。ウルとて、今なんとか自分の内側の竜達と接触を試みているが、四苦八苦だ。片付けなんて出来るとは思えなかった。

 

「幾つかやり方はありますが、時間がかかります。ですが今は時間が無い」

 

 なので、と、スーアはエシェルを指さして、頷いた。

 

「むりやりひきずりだします」

 

 自信満々に、そう言った。

 

「めちゃくちゃ嫌な予感がしてきたんだが大丈夫だと思うか?」

「リーネ様、訓練所の防御術式の出力を上げられますか?極限まで。あ、もしもしジャイン様?地上部の警備をお願いします。振動が起こる可能性がありますが、ウーガ機関部の整備のためと告知してください。カルカラ様。司令塔へ移動を、万が一の時はすぐに指示が出せるように」

 

 シズクが穏やかな微笑みを浮かべたまま、テキパキとあちこちに指示を出し始めた。不安が増した。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 無理矢理引きずり出す。

 

 スーアのその宣言で、訓練所は急激に慌ただしくなった。

 その場に残っていた白の蟒蛇の戦士達はその場から避難した。彼らにはそのまま、訓練所の封鎖を依頼した。残ったのは【歩ム者】のメンツのみ。そしてシズクとリーネを中心に、最初から敷かれている訓練所の防御術式の厳重な強化が行われた。

 元より、この訓練所の防御術式の強度は極めて高い。この場所はリーネも使うため、終局魔術(サード)も耐えられるように設計されている。それを更に強化する。

 

 それほどまでに、“エシェルの全力”、というのは覚悟を決めなければならない。

 

「魔本無しかあ……!」

 

 そのことを、エシェル自身も理解していた。常に携帯するようにしていた黒の魔本を口惜しそうに見つめていた。

 

「そんなに厳しいのか?」

「厳しい!!」

 

 ウルの問いに彼女は即答する。

 

「力自体は、使えないことは無いんだ。最初は……ただ」

 

 ウルがいなくなった間も、魔本を使用した訓練と同時に、「唯一品の道具に依存しすぎるのは良くない」とそれを用いない訓練も続けていたらしい。が、それらの訓練の結果はどれも散々だったとエシェルは嘆く。

 

「全力を引き出そうとすると、すっごい勢いで衝動に飲み込まれて、意識がとびそうになる。慌てて中断してなんにも進まない」

「精霊の構造はヒトとは違います。否応無く精神が飲まれてしまいます」

 

 そのエシェルの説明を、スーアが補足する。スーアはスーアで、先ほどから幾つかの精霊と交信しているのか、眩い光がその周囲を照らしていた。

 

「が、今はそれが必要です。というよりも、魔本が邪魔なのです」

 

 グレーレからもらった禍々しい気配を放つ黒い魔本を指さす。邪魔、と言われてエシェルはややショックを受けていたが、スーアは気にせず続けた。

 

「それは、出力に大幅な制限を与えるものです。根元からせき止めて、一気に力が溢れてしまわないようにしている。優秀な魔本ではありますが、禁書として封じられた理由もある」

 

 確かに、その本が精霊の制御に対して極めて優秀なだけであるなら、螺旋図書館の地下深くに封印する必要性なんて無かったはずだ。グルフィン達、神官見習いらの訓練を見てもわかるが、精霊の力の制御は常に難しい。

 神殿なら需要は山ほどあるはずなのに、封じられていた。その理由は、

 

「力を抑えるほど、せき止められた力は溜まり続け、いずれ限界を迎えます」

「とてつもない欠陥品では?」

「これの前回の所有者は、その限界を迎えて、都市まるごと滅ぼしかけました」

「なんてもの寄越すんだあの天魔ァ!」

 

 要は、川の流れをせき止めていた壁が崩れて、ため込んでいたものが一気に放出されるようなものなのだ。なるほど、確かにそれは危険極まる。うっすらとエシェルも自覚はしていたようだが、そんなものに依存していては、いずれ大変なことになってしまう。

 

「グレーレもそれは理解していたのでしょう。ですから私に“調整”を依頼してきました。依頼の報酬は【歩ム者】に渡しておきます」

「うにゃああ……!」

「なんというか本当に、頭飛んでるんだか、義理堅いんだか分からん男だ」

 

 ウルは天魔のグレーレとは全くと言って良いほど関わっていない。のでエシェルやカルカラからの伝聞からしか聞いたことは無いが、本当に色々と癖の強い男ではあるようだ。そんな男の所に行ったっぽいあの幼なじみは大丈夫なんだろうか、と思わないでもなかった。

 

「基本的には定められた規則は守る男ではあるよ?しょっちゅう抜け道を使うけどね……さて、シズク、リーネ、大丈夫?」

 

 一方、彼をよく知るディズは苦笑し、怒りの矛先を絶妙に奪われ悶えるエシェルを慰めるように肩を叩きながら、周囲に目線を向けた。

 先ほどからずっと訓練所の強化を続けていたシズクとリーネは頷く。

 

「なんとか、と言ったところでしょうか?」

「白王陣は完璧……と、言いたいけど、エシェルの暴走をどこまで抑えられるかは不明ね」

「うう……ありがとう。リーネ」

「あら、感謝なんていいわよ。こんな都合の良い実験に巻き込んでくれてありがとうエシェル。私嬉しいわ」

「感謝して損したぁ!」

 

 どこまで押さえ込めるかは兎も角、いつも通りではあるらしい。その点は頼もしい。

 

「私とリーネ様は結界の維持と支援に努めます。ウル様、ディズ様、ロック様、アカネ様、そしてスーア様、万が一の際の抑えをお願いします」

 

 形としてはシズクとリーネが後衛で、それ以外のメンツが前衛という、割とちょうど良いバランスにはなった。前線に七天が二人も居るのは大分豪華なメンツではあるので頼もしくはあったが、エシェルの全力がそれくらいの準備が必要な相手なのだと思うとなかなか覚悟が必要だった。

 

「まあ、やるだけやってみるが……」

「微力は尽くすよ。アカネ」

《まっかせとけー!だいじょーぶよエシェル!》

『カッカッカ!楽しそうじゃの!!!』

 

 それぞれの励ましの言葉を受けて、エシェルはゆっくりと後ろに下がる。万が一が無いようにと、全員から距離を取った。

 

「私が基本的に抑えます。安心しなさい、エシェル」

「お、お願いします……では」

 

 最後、スーアの言葉に頷いて、彼女は胸元に両手を合わせて、意識を集中し始めた。カルカラと一緒に訓練を始めてから身につけた、精霊に力を捧ぐ祈りの所作。精霊憑きの彼女の力は神官の加護とは全くの別物になるのだが、集中のルーティンとして身につけていた。

 普段であれば、そのまま魔本が周囲に展開するのだが、今回それは無しだ。それでも順調に、彼女の姿は黒い喪服のようなドレスに変貌していった――――が

 

「…………なんか、ちょっと――――」

 

 ウルは、何か気配を感じていた。

 異能としての直感ではなく、経験則から導き出される直感。

 エシェルの周囲に取り巻く力の異様なまでの高まり、魔本という制御弁無しであればこういうものなのか、と一瞬思いもしたが、やはり明らかに力の高まり方が尋常では無い。

 

 あれ、コレ不味くない?

 

 と、一瞬思った。同時に

 

「あ、ダメかもしれません」

 

 スーアの、とてつもなく不穏な独り言がウル達の耳に届いた。同時に、スーアが即座に両手を前に掲げ、陽喰らいの時にも見せた凄まじい光の凝縮を前方に展開し――――

 

「――――――――――アハ」

「あ」

 

 嗤い声が響き、同時に、莫大な力の奔流……というよりも爆発が起こる。 

 そして、スーアが吹っ飛んだ。文字通り。

 

《スーアとんでったなー?》

「おおっとあああ!!?」

 

 アカネがのんきにそれを表現し、ディズが悲鳴を上げてスーアを回収する。その間も力の爆発は継続し、リーネが用意した結界によって抑え込まれるが、軋むような凄まじい音が、地下空間の訓練所全体を揺らした。結界そのものが限界よりも、この広い空間そのものが先に限界を迎えそうな勢いだった。

 そして、その中心には、

 

「アハ、ウフフフフ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 真っ黒なドレスを纏い、ベールを被り、妖艶に、邪悪に狂笑するエシェル―――ミラルフィーネの姿があった。

 

『のう、ワシ、めっちゃ頭良いから分かるんじゃが』

「ほう、なんだよ」

 

 ロックはぼそりとつぶやき、ウルは応じた。

 

『これ、めっちゃヤバいと思うんじゃが』

「おっと天才登場」

 

 二人は巫山戯て、笑いあった。

 あるいは笑うしか無いと言える。

 

「――――ねえ、ちょうだい?」

「『やなこった」』

 

 凶悪なる鏡の女王の要望に、ウルとロックは槍と剣で応じた。

 

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