かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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天祈のお仕事、もしくは鏡の女王の狂乱④

 

 やってしまったあ……!

 

 暗闇の中を彷徨いながら、エシェルは自らの失態を悟り、後悔した。

 ここのところ、最早お守り代わりのようになっていた【魔本】、ソレ抜きのミラルフィーネの運用に不安はあったが、少しは自信もあった。魔本を用いれば、今や殆ど手足のように、ミラルフィーネの力を引き出すことが出来ていたからだ。訓練も、一日も欠かさずにやってきて、自信もついていた。

 今なら、もう少し上手く使えるのでは?

 という、自分に対する期待があったのだ。が、しかし、

 

 ダメだったあああ……!!

 

 ダメだった。びっくりするくらい一瞬で飲み込まれた。

 これまでのように、危ない!と引き返すことも出来ないくらい一瞬で飲まれた。スーアが言っていたように、せき止めていた分の力が一気に噴き出したような感覚だった。引き返しようが無かった。

 とはいえ、陽喰らいの時の様に、意識が完全に消し飛んでなにも分からなくなっているわけではない。実際、今、エシェルは意識がある…………と、言って良いのか分からないが、目は覚めている。今居る闇の中は、自分の“中”だという自覚がある。“外”に出ているのは、ミラルフィーネだ。

 

 つまり、外に出なければならない。主導権を取り戻さなければならない。

 

 なんとなく、分かる。訓練の成果なのかはわからないが、この自分の内側で、自分はまだ、自分の意識の手綱を完全には手放していない。糸のように絡みついたその意識を、手放すまいとしながら、必死にたぐり寄せて、自分の意識を引っ張り上げる。

 と、そんな風に藻掻いていると、不意に、身体が軽くなった。“何か”に、外のミラルフィーネが気を取られているらしい。

 

 今だ!そう強く思い、エシェルは一気に自分の意識を闇から引きずり上げた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「んん……!!」

 

 現実の、自分の肉体の瞼が動く。隙間から光が眼を射して少し眩い。身体の感覚が確かにある。此処はあの、よく分からない闇の中ではない。ウーガの訓練所だ。

 主導権を取り戻した!と、エシェルは一気に眼を見開いた。

 

「お、正気に戻った?」

 

 そして自分がウルに思い切り抱きついて噛みついている状態にあることに気がついた。

 

「んにゃああああああ!!?」

「あ、ダメになった」

 

 びっくりした拍子にエシェルの意識は再び闇に落下した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ロックのラブラブ()作戦は実にシンプルだった。

 ウルを囮にした誘導、つまり陽喰らいの時のまんまの再現だった。

 んなもん上手く行ってたまるかぼけぇと言いたかったが、割と途中まで上手く行ってしまったのだからなんとも言えない気分になった。(結果、ウルは歯形まみれになった)

 

「むーーーぅううううう!じゃーーまー!!!」

 

 ミラルフィーネ状態のエシェルは、自分自身がウルを突き飛ばしたにもかかわらず、そのことに対して不満げだ。恐らくだが、一瞬だけエシェルが浮上し、また引っ込んだのだろう。割とミラルフィーネとエシェルの変化はわかりやすかった。

 が、しかし結局戻ってしまっては意味が無い。もう一度試すか――――

 

「ウル、らぶらぶ作戦はダメです」

「ラブラブ言わせて済みませんスーア様。で、何故」

 

 スーアにこんなアホアホな単語を言わせたことに罪悪感を覚えながらも、訪ねる。

 

「そもそも、彼女の奥に隠れたプラウディアを引きずり出すのが今回の作戦です」

「ただ落ち着かせても仕方ないと」

 

 確かに、エシェルの意識が戻ると同時に、彼女のミラルフィーネの力は落ち着きを見せていた。最善は、エシェルの意識が残った状態でミラルフィーネの力を全力で引き出せる状態だったのだが、現状、それは困難であるらしい。

 

「今のまま、全力を出してもらう必要があるって事だよ、ね!」

《うにゃあ!!》

 

 不意に飛んでくる竜の魔眼の熱光線をアカネで弾き飛ばしながら、ディズが補足する。現状、大分混沌としているが、結局目的は変わらない。エシェルの中にあるプラウディアの魂を引きずり出す。それをスーアに調整してもらう。という流れだ。

 全力、つまり方向としては「宥める」ではなく「煽る」だ。攻撃させなければならない。より危険度が増した。

 

『主出すかの?』

 

 チラリとロックが外周部で、この場所の被害を外に出すまいと見張っているシズクをみた。彼女も此方の視線に気づいたのか手を振ってくる。確かにシズクに対しては、陽喰らいの時のようにミラルフィーネも攻撃的な意識を向けてくる可能性はある。が、

 

「シズクは刺激が強すぎる。止めておこう」

 

 そもそもリーネと共に結界の維持に努めている彼女を内側に引き込んで、更にそこからリスクの高い挑発をするのは、あまりに危険だ。あの危険な状態のエシェルに対する周辺への対策をリーネ一人に任せるのはよろしくない。(リーネは喜びそうだが)

 すると、スーアが自信満々……っぽくみえる様子で頷いた。

 

「ではかるい挑発しましょう」

「軽い」

 

 ウルは激しい不安を覚えた、「軽く」という繊細な調整をスーアが出来る気があんまりしなかった。試しにディズへと視線を向けると、彼女は彼女でなんとも言えない不安そうな顔をしている。不穏さが加速した。

 

「ウル、あっちむいてください」

「はい?」

 

 指を指された方にウルは顔を向けた。そして、

 

「えい」

 

 むにと、何か柔らかいものが頬にぶつかった。

 

「かるい挑発です」

「軽くねえ」

 

 今、何かとてつもなくヤバい事をされた気がする。

 なにをされたのか何一つ分からないが――――分からないが!!!とてつもなくヤバいことをされた気がする。ソレと同時に、何か向こうで凄まじい力の奔流が始まった。

 

『お、ぶち切れたの?』

「なんだ、地獄か?」

 

 ロックが感心した声をあげ、ウルは気が遠くなった。地獄だ。

 

《スーアったらだいたんね!》

「大人ですから」

 

 アカネに褒められて、スーアは誇らしげである。だが地獄だ。

 

「ウル、なにも見なかったことにするから、【スーア様親衛隊】の皆からは隠し通してね」

「死ぬほど胡乱な名称が出てきたんだがなにそれ」

「プラウディア本部は特に過激だから」

「支部あんの?」

 

 ディズの警告と共に伝えられたかなりどうでも良い情報を頭から追い払いながら、ミラルフィーネから今にも解き放たれそうな力の奔流にウルは備えた。

 

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 不味いが過ぎる……!!!

 

 闇の中にいたエシェルは表のミラルフィーネの怒りがいきなり頂点に到達した事実に頭を抱えていた。

 なんとなく、どういう状況なのかは理解している。多分、もの凄くくだらないことでミラルフィーネの怒りゲージは頂点に到達したのだと言うことは分かっている。それは不味い。とても不味い。何せ今向こうには天祈のスーア様がいる。

 この心底アホっぽい憤怒の所為で尊き方を傷つけたなんて話になったら頭を抱える以外にない。

 

「ミラルフィーネ!止めろ!」

 

 が、声をかけても反応はない。

 声が届かない……というのとも違う印象だった。そもそも今の自分はミラルフィーネと対話が成り立っていない様な気がする。この場所からどれだけ訴えても意味が無いのだ。

 では、どうするか。

 今回の作戦の目的はそもそも自分の中から隠れてしまった【プラウディアの魂】を見つけ出して、スーアに診てもらうことだ。それがあるから、ウル達は微妙な手加減を強いられている。その目的を達成さえすればいい。

 

 此処は内側だ。なら、ここにプラウディアの魂がある?

 

「むう……」

 

 エシェルは闇の中を睨む。

 此処は多分、ウルが最近ずっとやっている瞑想と同じだ。自分の魂の内側の空間なのだ。ウルはその場で、自分の中の竜達と対話しているのだという。

 

 ならば、自分も同じ事が出来る筈なのだが、プラウディアの影も形も無い。

 

 少なくとも今日に至るまで、プラウディアが自分に接触、干渉してきた記憶はない。それ自体は正直安心していた。竜からの干渉なんて碌でもないし恐ろしい。干渉が無いなら、それに越したことは無い、と思ってた。

 

 でも、もしかして、向こうも同じ事を思っていた?

 

 ――プラウディアは臆病なのです

 

 スーアが言っていた。

 プラウディアは臆病で、怖がりだと。世界で最も恐ろしい竜のくせに?という疑問もよぎったが、そういえば、先ほどの王との対談の時、魔王ブラックも「本体は超貧弱」だと言っていた。

 能力に対して、弱い?だから臆病で、ずっと隠れてる?

 思考している間に、動きがあった。ぐるりと、闇の中が攪拌されるような感覚の後、引っ張り出されるように外へと力が流れていく。多分、ミラルフィーネが収容されている力を使おうとしている。

 いよいよもって時間が無い。さっさと止め『キィー!!?』るか、プラウディアを見つけ出さなければ…………

 

「きぃ……?」

 

 変な声がした。思わず声のした方、自分の身体へと視線を下ろした。

 そこに、なんか変なのがへばりついていた。

 ヒトガタではあったが、小さい。なんというか、造形はアカネに似ている。背中には虫の羽の代わりに、竜の翼のようなものが伸びた妖精。本体は自分の顔に少し似ているきがしないでもない。

 妖精の形をした大罪竜プラウディアが自分の身体にしがみついていた。

 

「どああああああああああああ!!?」

『キイイイイイイイイイ!!?!』

 

 エシェルは心底びっくりして、思わず自分にへばりついたプラウディアをぶん投げた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 一方その頃、外ではミラルフィーネ状態のエシェルが荒れ狂っていた。

 

「ずーるーいーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 

 スーアの「かるい挑発」を受けての反応なのだろうが、エシェルはとてつもなく怒っていた。彼女の周囲の鏡が激しく鳴動し、更に増殖を繰り返す。紛れもない全力を此方にたたき込もうとしている。

 予定通り、と、言えなくも無いが、その矢面に立つ側としてはたまらない。というか、死にかねない。

 

『おう、どうするんじゃいアレ』

「知らん」

『ちゅうしたれやダーリン』

「ちゅうしにいくまえに消し炭になるわ」

 

 本当に消し炭になる。

 鏡の奥からは無数の竜の魔眼がぎょろぎょろと此方をにらみつけている。それだけならばまだしも、更に巨大な鏡が彼女の背中から出現した。しかもそこに、酷く見覚えのある、精緻で美しい魔法陣が展開しているのだから本当に洒落にならない。

 

「っつーかどう見ても白王陣じゃねえかなにしてんだあリーネ!!!」

 

 外周のリーネをウルが睨むと、彼女はどこから持ち込んできたのか椅子に座り、興味深そうな表情でメモを取っていた。

 

「陣を維持したまま、魔力を消費せず凍結保存する方法を研究してたのよ。エシェル以外では再現性皆無だったから残念だったけど、こうしてみると悪くない景観ね」

「ちょっと満足そうにしてるんじゃねえ!!」

 

 この状況下で研究をおっぱじめるんじゃ無いと言いたかったが、今はそっちを気にしている場合でも無かった。エネルギーの奔流が収束する。つまり爆発が近い。

 

「来る――――!?」

 

 ウルは身構えた。が、しかし、変化はまだ続いていた。

 

「んん……!!」

 

 ずるりと、向かいにいるエシェルの背中から何かが飛び出した。黒い翼。未だ記憶に印象深い、陽喰らいの儀の時、あのおぞましい眷属竜達が太陽を隠すのに使っていた、書き換えの翼。

 プラウディアの【虚飾の権能】、その一端。

 

「出ました。勇者」

「アカネ」

《よっしゃあ!》

 

 そして、その瞬間を見計らうように、スーアとディズ、そしてアカネが同時に動いた。

 スーアは両手を合わせ、精霊の加護を展開し、無数の強化をディズに与えた。同時にディズはアカネを右手に備える。アカネは形態を変化させた。

 

「【劣化創造:封星剣&宙の弓】」

 

 一つは黒く、禍々しい短剣。そしてもう一方は夜の星空のような色をした美しい大弓。その弓に短剣をつがえ、引き、即座に放った。

 

「んんああああ!?」

 

 翼を剣が穿つ。エシェルは痛みは無いようだが、驚き、僅かに鏡の中の術式の発動を遅らせた。黒い翼はバダバダと、藻掻くように蠢いたが、しかし徐々に黒い短剣に力を奪われていく。

 そして、その隙を貫くように、スーアが飛び出した。無数の鏡から放たれる竜の魔眼、その破壊の輝きを凄まじい速度で掻い潜りながら、一気にエシェルへと距離を詰める。そのもがき蠢く翼へと手を伸ばした。

 

「【天祈・星邪封印】」

 

 無数の輝きが翼に重なる。それでもしばらくの間、翼はもがき続けていたが、次第に動きを止める。最後は光の粒子のようになって、解けて彼女の背中から消えた。

 

「むーう……!!」

 

 しかし、その状況下でも尚、エシェル自身は健在だった。自分の背中から消えた翼、それを封じたスーアをにらみ、ぐるりとターゲットを変える。だが、ソレよりも速く、

 

「ロック!!」

『おお!!!』

 

 ウルとロックが突っ込んだ。ロックは先にゆき、自身の肉体を砕き、分かれる。同時にウルは、その分かたれたロックの身体を核として現れる無数の死霊兵達を自らの【魔眼】で見つめ、そして力を放った。

 

「【混沌よ!!標となれ!!!】」

「【骨芯分化・百鬼夜行!!!】」

 

 昏翠の力によって莫大な強化を与えられた死霊兵達が一斉に飛び出し、一気に

 

『カカカカカッッカカッカカカカカカカカカカ!!!!』

「んにゃあああああああああ!!!?」

 

 エシェルの悲鳴が響いたが、それすらも一瞬で覆い隠して埋め尽くすほどの大量の死霊兵が一斉に飛びかかり、彼女を封じる。巨大なひとかたまりの骨の塊になって、ドスンと地面に転がった。

 それでもしばらくガタガタとその状態で暴れ、蠢いていたが、徐々に音は小さくなる。動かなくなると同時に、ひとかたまりになった死霊兵達が徐々に解け、最後に、

 

「…………ぷっはああああ…………!!」

 

 元の状態に戻ったエシェルが、ぐったりとため息をついて、這い出てきたのだった。

 

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