かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
帰還
大罪都市国グリード
イスラリア大陸南東部に位置する大罪迷宮を有する大罪都市。
中心となる大罪迷宮グリードの他、大中小様々な迷宮が群生するように存在し続けている
また、大罪迷宮を封じている大罪都市の外にも、複数の中小規模の迷宮が存在し、新たなる迷宮も定期的に誕生し、それらの奥地にある【真核魔石】を巡り様々な冒険者達が今日も幾つもの迷宮に挑み、時に勝利し、時に死ぬ。欲望と野望の集う地。
穿孔王国スロウスが名無し達の楽園と評されることはあったが、対して此処は冒険者達の楽園だ。迷宮から取れる。魔石、真核魔石に魔物達の落下物、迷宮の発掘物等々、毎日のように新しい情報や物資が流れ込み、それを中心に活気立つのがグリードの特徴だ。
しかしその日は、毎日のように新しい何かを求め、それを見つけてきたグリードの住民達ですらも見たことの無い物が姿を見せたのだ。遙か彼方から近付いてきていたソレを住民達が認知してから数日の間に徐々にその輪郭は大きく巨大になっていく。
それは一見すると山が動いているようにも見えた。
6足の巨獣。多くの瞳。禍々しい大口に、大山のようにせり立つ背。地を這うようにして進んできているのは間違いないが、地を這うというよりも大地そのものが動いてきているように見えた。
その正体をグリードの住民は知っている。神殿から直々の通達があったのだ。
【竜吞ウーガ】 邪教徒によって生み出され、しかし戦いの果てに神の手中に収まった超巨大移動要塞。その存在を前にグリードの住民はどよめき戦き――――などはしなかった。
彼らの多くは刺激に飢えていた。彼らは祭りが好きで、異変が好きだった。そんな彼らにとってウーガはまさしくうってつけの「異変」で「新しき」だった。あの巨大なる、未知の生物が運んでくる何かがきっと自分たちを驚きと喜びに満ちた変化をもたらしてくれるのだという期待で、ウーガがたどり着く前の日から連日連夜酒場では盛り上がりの宴が開かれるほどだ。
しかし、そんなお祭り騒ぎに一切乗ることの無い”少数派”も当然グリードには存在していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
冒険者ギルド、大罪都市グリード支部、【訓練所】
「ああ、暇だ。平和だ。最高だ」
冒険者ギルド所属、指導教官グレン。
彼は訓練所施設、3F、教官事務室の机に身体を投げ出し、自堕落に惰眠を貪っていた。
やはり言うまでも無く、昼寝は彼の仕事では無い。冒険者の訓練官である彼の仕事は新人らを最低限死なないように訓練を施す事である。
しかし彼はその仕事についていない。サボリだ。ただし今日に限ってはサボリになってしまった原因は彼だけの所為ではない。訓練所に通うべき新人の冒険者、彼らがのきなみボイコットをしたのだ。
その理由も知っている。ずっとグリードに近付いていた竜吞ウーガが今日、いよいよ都市外に用意されている移動用採用の港へと到着したのだ。もっともそのサイズはグリード周辺を巡廻する島喰い亀と比較しても尚規格外で合ったため、更に距離離れた場所にて神官達緊急で配備した場所となるわけだが、それが見える位置までグリードの住民達が集まっているのだ。
グレンの生徒達も勿論例外ではない。結果、現在グレンは自分の授業をすっぽかされて、大変に暇な状況になっている。
「じゃーしょーがねえよなあ。生徒にサボられて寂しいなあ俺もなあ」
だが、その状況をグレンはまったく、これっぽちも辛いとは思っていない。
だらける口実が出来たのだ。元々この訓練所の教官という、なんの金にもならないようなボランティアにやりがいを感じたことはなかった。だからサボれるならサボる。なんの罪悪感も無く仕事がなくなるというのはなんと素晴らしいことだろうと彼はだらしなく笑った。
そうだ。部屋奥に転がしてた無駄に高けえ葡萄酒があった気がする。つまみでも買って家で飲むか。
「こんなグリードの一大事ですら人生を無駄に消耗に出来るのは天才的ね。グレン」
そこに来訪者が現れた。ギルドの受付嬢ロッズを見て、グレンはやはり何時も通りげんなりとした表情を返した。
「んだよロッズ。今日は俺の所為じゃねえぞ。訓練生が軒並みボイコットしただけだ」
「人望がゴミ過ぎることをそんな誇らしげに話されてもね」
ロッズは呆れて溜息をついた。そのまま何時も通り、いらん仕事をなげつけてくるかとグレンは身がまえたが、ロッズはその日は珍しく、追撃するように仕事を投げつけることは無かった。
「弟子の凱旋だって言うのに、こんなところでダラダラしてて良い訳?見に行かないの?」
代わりに少し楽しそうに、からかうようにそう尋ねる。だが、彼女の期待に反してグレンは酷く呆けたような表情で首を傾げた。
「で……し?」
「嘘でしょ?ウルよウル。【灰の英雄ウル】。貴方、指導したでしょうが」
そう言われても、グレンは驚くほどにピンと来ていなかった。しかし暫くそうした後ぽんと両手を叩いて声をあげた。
「あー、あの頭おかしいガキか。1年前くらい?まだ生きてのか。へー」
「……本当嘘でしょ?ここの所連日連夜その事で大騒ぎじゃ無い」
「知らん」
「貴方。誰も立ち入らない隠れ迷宮の奥地にでも暮らしてるの?」
「マギカかよ。ちゃあんとグリードの一等地に家持ってるわ。殆ど帰ってないけど」
宝の持ち腐れ過ぎる。とロッズは頭を痛そうにした。
「なんだっけ?ラスト辺りででけー鳥倒してなかったっけ?」
「情報が古すぎる」
「しょうがねえだろあんま興味なかったんだから」
「【灰の英雄】の軌跡なんて、今や何処の街あるいてたって吟遊詩人が歌ってるのよ?」
「俺、街に出るときは酒とメシの事しか考えてねえし」
想像以上の浮世離れっぷりにロッズは頭を抱えた。
「向こうは今、英雄扱いなんだから、おかしな態度取って問題おこさないでよ?」
「一応俺も黄金級なんだがね」
どうやら彼女はその忠告に来たらしい。冒険者ギルドの受付はただただ、来客達の応対をするだけで済むような仕事では無いらしい。
「ご苦労なこった。なあ。お前も気をつけろよ?
だからグレンはロッズの背後で姿を見せていた男にそう呼びかける。ロッズが「は?」と振り返ると、部屋の入り口に、特にそこらの都市民となんら変わりないような格好をした少年が突っ立っていた。
右手の異形と両目の昏翠の瞳が特徴的である以外、どこまでも普通の只人の少年にしか見えない彼は、その後ろに恐ろしく綺麗な銀の少女を連れて、グレンの言葉にやや呆れ顔で応じた。
「アンタは相変わらずすぎて安心するよ。師匠」
「お久しぶりです。グレン様」
こうしてウルとシズクは一年と半年ほどぶりに自身の冒険者としての出発点とも言える場所に帰ってきたのだった。