かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
黄金級授与式。
黄金級という冒険者の称号には「冒険者」という肩書きを大幅に超えるほどの価値が与えられる。都市内における幾つもの特権に加えて、【神殿】からも官位持ち相当の権限まで与えられるのだ。
最早、冒険者ギルドという箱に収まるようなものでは無い。
銀級すらも都市国の英雄だ。ならば黄金級は世界の英雄であり怪物だ。
ともなれば、授与式も当然、相応の格というものを用意しなければならなくなる。冒険者ギルドの奥に用意された講堂。普段であれば、ギルド員の総会や、あるいは銀級の指輪の授与式などが行われるその場所は、普段とは様変わりしていた。
古びた場所は徹底的に補修され、それでも見える老朽化した箇所は格調高い紅色のカーテンで覆い隠す。燭台が幾つも点され、テーブルや椅子も一新されていた。広さはあるが、決して真新しくもないはずのその場所は、神殿の儀式の場以上の優美な姿に変わっていた。
そんな、普段とは全く違う講堂には、多くの冒険者ギルド員達が出そろっていた。彼らのみならず、グリードの魔術ギルド並び各商人ギルドの要職、騎士団の騎士達、その果てには神殿の神官達まで揃っている。おおよそ、グリードという都市国を形作る上で不可欠なすべての者達が揃っていた。
だが、彼らは今回の主役ではない。彼らはあくまでも観客だ。
講堂の壇上には、冒険者ギルドグリード支部の長ジーロウがいた。
だが、彼はあくまで控えに立つのみだ。この場のトップである彼を退け、壇上に立つ者は当然、一人しかいなかった。
全冒険者ギルドのトップ、イカザ・グラン・スパークレイ。
かつての伝説であり、今なお美しい冒険者の頂点である女は、現役時代の装備を身につけ、悠然とした表情で壇上から、今日の主役を見下ろしていた。
「
「はい」
その言葉で、灰色髪の少年が壇上へと上がった。
黒と白の、機能美あふれた美しい鎧姿の少年が、観客すべての目に晒される。少年は若かった。同じく出席している少年のギルド員達を除けば、この場にいるすべての者達よりも若かった。その年で、その若さで、“偉業”をなしたという事実に、誰もが驚いていた。すでに天賢王が直々にその功績をたたえているとこの場にいる全員が知っているが、それでもあまりにも常識外だった。
「【禁忌区域】【黒炎砂漠】攻略の功績を讃え、ここに【黄金級冒険者】の称号を与える」
だが、イカザはハッキリと、彼の実績を口に出した。
「不本意にも送り込まれた場所で、おぞましい呪いを前にして、恐怖を飲み、前へと進み、その果ての星を掴んだ」
彼は一度、無数の陰謀によってその名を貶められている。無数の悪意が、彼の名を意図的に傷つけ、それをすべての民の総意にしようと目論んだ。冒険者の最終的な総意は、擁護と静観だったが、その悪意の流れに便乗してしまった者も中にはいる。そうした者達はやや、ばつが悪そうではあった。
だが、とうの少年はそのようなこと、気にするそぶりも見せず、ただイカザを見つめている。彼女もそれに応じてうなずいた。
「見事なる
その言葉とともに、黄金級冒険者であるウルへと、彼女は黄金の指輪を差し出した。少年はそれを受け取り、左手の中指に装着すると、振り返り、観客すべてに見えるようにそれを掲げた。
小さなどよめきと、賛辞がわき上がる。
新たなる黄金級、英雄の誕生を彼らは祝福した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
冒険者ギルド、グリード支部、来賓室。
「という訳で、お疲れ様だ。ウル」
「お疲れ様です」
「どうも。緊張しました」
黄金級の指輪授与式を経て、晴れて黄金級冒険者となったウルは、安堵のため息をついた。そのウルを気遣ってか、シズクはほほえみながらお茶を差し出す。その二人の様子を見てグリード支部長のジーロウはほほえましそうに笑った。
「君らに銅級を授けた時を思い出すよ」
「1年ほど前はお世話になりました、ジーロウ様」
「本当に」
銅級冒険者になった時、ウルとシズクに冒険者としての手解きをしてくれたのがジーロウだった。今はその時とは全く違うが、彼は懐かしそうだった。
「まさか、こんなにも早く、こんなにもすさまじい結果を持って戻ってくるとは思わなかったな」
「それはまあ、俺もまさかここまで慌ただしいことになるとは思ってもみなかった、です」
「その割に平然としていたな」
「死なないので」
「なるほど確かに」
そう言って彼は愉快そうに笑った。ウルとしてはまじめに話したつもりだったのだが、何がツボだったのかよくわからなかった。
「それに、わざわざご足労ありがとうございます。イカザさん」
ウルはイカザにも礼を言った。
本来、黄金級の授与式となれば、場所は大罪都市プラウディアになるのが通例だ。流石に黄金級の授与はそうそう無いにしても、ギルド内での式典などでも一番備えのある場所だった。
が、今回はわざわざグリードが選ばれた。勿論それは大罪迷宮グリードに“用”のあるウル達の事情を酌んでのことだった。
「なに、王の命とあらばだ。……別の問題も、ありそうだしな」
「ふむ?」
ジーロウは興味深そうに彼女へと視線を向けるが、イカザは肩をすくめるだけだった。その仕草で、おおよその事情の“重さ”を感じ取ったのか、ジーロウはそれ以上は追求しなかった。
さて、と、話を切り替えるようにイカザはウルに向き直る。彼女の視線はウルの指にはまった黄金の指輪に向けられていた。
「黄金級の指輪の用途は事前に説明したとおり、銅の時とそれほど変わりはしない。が、幾つかの【裏技】はある。悪用をして、剥奪騒動になんてならないようにな」
「黄金級の剥奪騒動なんてあるのか?」
ウルが不思議そうに訪ねると、ジーロウは苦々しそうに笑った。
「お前の師が、黄金級授与式の欠席をかましたときなど、な……」
「まあ」
「あいつマジで無茶苦茶だな……」
ジーロウの遠くなった目が、当時の苦労を訴えるようだった。
「後は、冒険者ギルドが社会的地位を獲得し始めたばかりの頃か。今より遙かに荒くれ者ばかりでな。実力ある一方で、荒くれ者の総大将なんていう困った存在が黄金級になったりしたのだ」
「あー……なるほど」
「歴史書などでも載っていましたね?」
冒険者ギルドの黎明期。今の形となった直後の、一番活気にあふれ、一番慌ただしかった時期だ。スーアの言葉を借りるなら、魔物達に対抗すべくてこ入れが入った時期ともいう。確かにそんな風に、あらゆる思惑とともに大きく成り立ちが変わる時期ならば、いろんな者達がいてもおかしくなかった。
「最終的に、当時の【天拳】殿と殴り合って、意気投合して丸くなって落ち着いたらしいのだがな」
「とてつもない」
「伝説上の神話と大差ないな。そしてウル、お前はその一員となったんだ」
「うへあ……全然自覚ねえ」
イカザから改めて言われると、苦々しい気分になった。他人から語られる伝説になったなどと、背筋が痒くなる。自分のこれまでの過程を矮小化するつもりはないが、それでも自分が英雄だ何だと言われると座り心地が悪くなるのは変わらなかった。
そんなウルの心中を察したのか、隣に座るシズクはニッコリとほほえんだ。
「ウル様はそのままで良いと思いますよ?」
「……そうかねえ」
「なに、あまり緊張する事はない」
ウルを励ますように、イカザもニヤリと笑って見せた。
「何せ、あのグレンと魔王だって黄金級やってるんだからな」
「……なんか、問題なくやっていける気がモリモリ沸いてきた」
「反面教師が過ぎますね?」
無駄なところで心強さをもたらしてくれる師匠だった。