かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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死霊跋扈編
都市の外


 熱気と欲望に溢れる都市の外へと踏み出すと、その先にはどこまでも広がる平原が続いた。

 

 かつては大地が見えなくなるくらいに存在したという人類の建造物は今はない。迷宮と、そこから現れた魔物たちの襲来によってその多くは瓦礫と化し、地に埋もれた。

 

 そんな平原を島喰い亀は悠然と歩む。

 

 強大な島喰亀の一歩一歩で大地が揺れ、沈む。これまでも繰り返し周回してきた島喰亀のルートは強く踏み固められ、草も生えぬ硬い地面と化していた。自らが舗装した道の上を島喰亀はゆったりと、歩み続ける。

 

 島喰亀の歩みを、ウル達は馬車から横目に見物をしていた。

 

 島喰亀の動作は遅いが、その歩幅はとんでもない。ゆるりと歩む馬車の速度よりもやや速いくらいだろう。ディズの馬達でなければあっという間に距離をあけられていたのかもしれない。

 ディズの愛馬、ダールとスールの曳く馬車は人だけでなく貨物も運搬可能な中型車でありスタンダードな代物だが乗り心地はかなりよかった。

 座っていても伝わってくる衝撃が殆どなく、音もしない。しかも速度は並を大きく上回る。馬たちは余裕たっぷりに見えるが、島喰亀に離されることはない。今まで彼方此方を旅してきたが、此処まで快適な馬車の旅は初めてだった。

 

「お金かけてるからねー」

 

 とはディズの言葉だ。

 旅路が楽になるのなら、高い車は大歓迎だった。問題は、

 

「……というか、俺が此処に座っていいのか?」

 

 ウルが馬たちの手綱を握っている点だろうか。

 

「馬を走らせることくらいやったことあるんでしょ?」

「まああるが」

 

 都市の外にいた日数の方が長いんでないか、というくらいに旅を続けてきたウルだ。馬の乗り方、操り方は一応最低限は心得ている。

 

《にーたんおうまさんはしらせるのじょうずよ?》

 

 アカネのお墨付きである。ウルは自信を持った。

 

「じゃー任せた。ダールとスールは賢いから平気だよ」

「そーかい」

 

 ウルはともかく、馬の方を信頼しているらしい。

 実際二頭は賢かった。殆どウルが御することもなく馬車を引く。それどころか今からどこに行くのかも分かっているかのように迷いのない歩みだ。拙いウルの手綱さばきをフォローしてくれていた。

 しかし緊張しないと言えばうそになる。というよりも、馬車の中で、シズクの膝枕を使って寝転がるディズはもう少し緊張してほしいという気がしないでもない。

 

「あー、ねむねむ……シズクのおひざはやーらかいねー」

「まあディズ様、ありがとうございます」

《かぜひくぞー?》

「その時はシズクに布団もしてもらうからへーきだもん」

「まあ、それなら抱きしめないといけませんね」

 

 馬車の音があまりに静かなためか、そんな会話がウルにも聞こえてきた。シズクまで楽しやがって、とは思わない。シズクにはディズの枕になってもらいながらも、魔術で周囲の魔物の警戒をしてもらっている。

 都市間移動において最も警戒すべきは魔物との遭遇であり、必要な警戒だった。しかし、

 

「今のところ、魔物の気配はありませんね」

「ここら辺は確か、影狼の群れや、死喰鳥が出る筈なんだがな……」

 

 影狼は複数体で襲ってくる集団性の魔物、小鬼程度の力しかないが俊敏さは高く、群れられると危険である。死喰鳥は死体を喰らう魔物であり、賢しい。時として死体を作るために影狼を誘導するなんて真似もするため一匹でも見かけると警戒が必要になる。 

 筈なのだが、出発以降、まったく見かけていない。

 理由は明確だ。このあたり一帯に、定期的に響く地響きのせいである。

 

「島喰亀のおかげだね。迷宮の外の魔物は通常の生物に近くなる。生存本能が高まってる分、島喰亀に警戒するのさ」

 

 その理屈で言えば、馬車引く馬もこの地響きには驚きすくむのが普通だ。立ち止まったり、逃げだそうとしたり、あるいは転びそうになったり。

 その点、ディズの馬たちは地響きにも微塵も怖がる様子はないのは楽だった。

 

「馬の制御は難しくても、それでも魔物への警戒が減るのは魅力的だから、私たちみたいに亀と一緒に移動するヒト達は多いね。背中に乗らない限り絶対じゃないから警戒はいるし、亀みたいに休みなしに動けないから、段々離されるけど」

「しかし、ディズは慣れてるんだな?都市間移動」

「ベテランだよ?私」

 

 ウルやアカネのような名無しは選択肢はない。都市に長くいられないからだ。だが、裏を返せば名無しでもない限り、普通都市間の移動はかなりの重労働だ。それこそ移動要塞を使えない嫌がらせを受けてもなお都市間を移動をするのはよっぽどの事情か、物好きかのどっちかだ。

 

 金銭的な不自由をしているとも思えないのに、何ゆえにそんなリスクを背負うのか。

 

《しにたいん?》

「死にたくはないけどねー。でも、仕事だからしゃーないねー」

「黄金不死鳥の仕事?そのために都市間移動までするのか」

 

 こうして自分専用の馬車を抱えているという事は、幾度も都市間を移動する経験をしてきたであろうという事でもある。馬車のくたびれ具合を見てもダールとスールの熟れた様子にもそれが分かる。

 

「ま、色々とあってねー。いっぱいいっぱいたくさんたくさんあるんだ。あるから……」

「あるから?」

「疲れてて、とても眠い。なのでお休み」

「は?」

 

 ウルが振り返ると、ディズはシズクの膝に沈みこむようにして目を閉じていた。フリかと思ったが緩やかに寝息を立てながら、ピクリとも動かない。

 

「眠られましたね」

「寝つきが良すぎる」

《はなつまんでもおきない》

「寝かしてやれ」

 

 一瞬で熟睡に至った。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 移動要塞、島喰亀の歩みは特別速いわけではない。

 その巨体を支える6つの足でゆったりと確実に前へと進み続ける。島喰亀の最も大きな特徴は、やはり一度に搭載できる貨物の多さと、魔物や盗賊に襲われる危険性がほぼ皆無な処だろう。

 

 【人類の生存領域外】

 

 様々な迷宮から溢れかえる魔物達、法から逃れた無法者たち。本来であれば馬を無理させて駆け抜けるようにして逃げ出すか、あるいは周囲におびえながらビクビクと灯一つない暗闇の中で過ごすほかない人類を拒む魔の領域にあって、島喰亀と共にある旅はなんとものんびり穏やかだ。

 

 親しき友人達と共に談笑する者。

 活気ある商人たちと、彼らが広げる自慢の商品を物色する客たち。

 穏やかな日差しの中、亀の揺れを子守歌の代わりにうたたねするもの。

 

「あの女、どうしてあそこまで頑ななの……!」

「お、落ち着いてくださいローズ様!!」

「五月蠅い!!ああもう、倍の金額は支払うって言ってるのに…!!」

 

 そして怒りに身を任せ執事に当たり散らすもの。

 

 ローズ・ラックバードが泣くようにして叫ぶ暴言を、使用人のルーバスは必死に抑えていた。

 ルーバスにとってローズは娘のような存在だった。ラックバードに仕えてから20年、子供もおらず妻もすでに他界した彼にとって彼女と彼女の両親が家族だった。

 

 両親が健在な頃のローズは、優しく、思慮深く、とても優しい少女だった。両親の愛を一身に受けた、ルーバスにとっても自慢のご主人様だった。

 

 だがそれは崩れた。魔物たちの襲撃によって両親が失われてから。

 

 以後の、彼女の境遇はひとえに言って地獄だ。

 

 両親を失った彼女に待ち受けていたのは慰めではなく、陰湿な攻撃だ。ラックバード家が運営していたギルド【幸運の鳥】は大きな商店だった。長い年月をかけ、多くの都市で顧客を獲得し続けてきていた。こつこつと長い年月をかけ、築き上げてきた努力の結晶だが、他のライバル達からすれば目の上のタンコブだ。

 この機に乗ぜよと、たった一人残された彼女に多くの悪意が襲い掛かった。

 

 だがローズは、嫉妬と敵意と欲望の嵐を前に全力で立ち向かった。

 

 無論彼女だけの力ではない。昔から彼女の両親を支えた部下たちの献身、長らく世話になってきた商売ギルドからの手厚い協力、勿論ルーバス自身も全力で彼女を支えた。だが、それにも増して彼女の商人としての、もっと言えば人の上に立つ者としての才覚はズバ抜けていた。最初こそ躓けど、あっという間に彼女はラックバード商店を盛り返した。

 

 だが、失ったものは両親の他、二つある。

 

 一つはラックバードの秘宝【灼炎剣】。

 両親の命と共に失った商品の返済のために背負った借金を抑えるために、ゴルディンフェネクスへの担保としてやむなく手放さざるを得なかった【聖遺物】。幼き頃から両親にその“経緯”を教えられ誇りに思っていた彼女にとって、家宝を手放したことは両親を失った事に続いて彼女の心を大きく傷つけた。取り戻そうとかなり強引な手段をとっているのはそのためだ。

 

 そしてもう一つ。

 

「……もういいわ、次の都市で顔を出すギルドのリストをまとめておきなさい。私はAからDまでの魔法薬のチェックを行うから」

「ローズ様、ここの所働きづめです。少しはお休みを……」

「いいから、さっさと貴方の仕事をなさい」

 

 苛立ちを隠すことなく、部下たちに指示を出して、ローズは貨物エリアへと一人で向かっていった。

 

 失ったもう一つ。彼女からは笑顔が消えたのだ。

 両親が生きていたころ、彼女はよく笑う少女だった。よく泣くが、笑う少女だった。しかし今は違う。怒りばかりだ。痛々しいほどに。

 

「お嬢様……」

 

 ルーバスは彼女をそうしてしまった己の無力さを嘆いた。

 しかし、それでも、以前よりは彼女は穏やかになっていた。昔のように笑う事はまだないが、時間の流れが彼女の傷を少しずつ癒していった。

 

 昔のように笑ってもらえるよう、全力で支えなければならない。

 

 ルーバスは想いを新たにして、与えられた自らの仕事を始めた。

 

 そんなルーバスの思惑も、ローズの怒りも、悩みも、全てが灰燼に帰す事になるのはもう間もなくの事だった。

 

 

 

 

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