かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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なつかしき学び舎と勃発する地獄④

 

 あ、死ぬわ、これ。

 

 グレンから放たれた拳の一撃を真正面から受けようとしたウルの感想はコレだった。

 死ぬ、確実に死ぬ。師弟関係だったからだとか、ここが都市の中であるだとか、ついさっき黄金級の式典が終わったばかりだとか、その他一切の「加減する事情」を何一つ考慮していない一撃である事が即座に分かった。

 脳が命の危機を感じ取ったのか、動きがスローモーションに見えていた。いわゆる走馬燈の類いである事をウルは理解した。これまで幾度となく死地で命の瀬戸際で経験してきた感覚と全く同じだった。

 故に、戸惑いはなかった。

 

「――――」

 

 竜牙槍を盾のように斜に構え、拳をいなし、同時に衝撃に備えて身体の力を抜く。着弾すると同時に力の方向に足を蹴り、地面を転がりながら衝撃を流し、頃合いを見て起き上がる。

 そして、そのまま即座に竜牙槍を前へと構え直した。

 

「おお、まだマシな反応になってるな?」

 

 まだ、危機は去っていない。

 再び地面が砕けるような爆音が響く。グレンが地面を蹴り砕き、接近する音だ。その音とほぼ同タイミングでグレンの拳が再びウルの目の前に飛んできた。

 籠手も何も装着していない素手の拳。

 しかしその全ての一撃からやはり死を直感する。

 

「待っ!!グレン!!!」

「それで敵が待つのか?」

 

 思わずウルは叫ぶが、グレンはまるで攻撃の手を緩めなかった。竜牙槍にグレンの拳が直撃するたびに、拳と槍が衝突したとは到底思えないような甲高い音が響く。一撃一撃を決死の思いで捌きながら、ウルは悲鳴を上げた。

 

「ちょっ!!まっ!!本気かぁ!?」

「そう言ってる。しゃべってねえで、全部使え。使わなきゃ――」

 

 再びグレンが地面を踏みならす。ぐらりとウルのバランスが崩れた。

 だけではない。

 全身に、強烈な力がかかった。上から降り注ぐような、巨大な手のひらで覆い被さって押しつけるような力が、ウルの身体を拘束する。言うまでも無くそれもまた、グレンの仕業だった。なにを仕掛けてきているのか、理解する間もなく、跪く。

 上を見上げれば、微塵の容赦も無く、グレンが拳を振り上げて、ウルの脳天を叩き割ろうとしているのが見えた。

 

「殺すぞ」

「……!!」

 

 なるほど、本当に殺す気らしい。

 ウルは軋む腕を強引に動かして、竜牙槍の矛先をグレンへと向け、そのまま魔導核を稼働させた。白い刃は即座にその顎を開き、グレンへと向かい閃光を放つ。

 

「【咆哮!!!】」

 

 至近から対魔物を想定された竜牙槍の【咆哮】を、それも此処までのウルの激戦にずっと付き合い続け、魔力を喰らい成長し続けた魔導核の咆哮を、至近距離でヒト相手にぶちこむのはどう考えても狂気の沙汰であったが、ウルに躊躇は無かった。

 

 どうせ死ぬわけがないという確信があった。

 

「ぬりぃ!!」

 

 が、流石に()()()()()()()()()というのは想像の斜め上をいった。

 

「ええ……???」

 

 咆哮はグレンの拳に弾かれて、上空の結界に着弾した。恐らくディズとリーネが張ったのであろう、内側から外へと力を逃がさない為の牢獄のような結界は正しく機能を果たしたが、衝撃で再び訓練所内は揺れた。

 どよめきも起こったが、その声は咆哮の衝撃に対してのものではなく、間違いなくグレン自身に対して向けられている。ウルも同じ気持ちだったからよくわかった。

 

「あ?なに馬鹿面さげてんだてめえ」

「どういう理屈で今【咆哮】弾いた……?」

 

 黒炎天剣はウルの竜牙槍の咆哮を剣で引き裂いていた。

 あれはあれでどう考えても頭がおかしい所業ではあるのだが、一応あれは呪いの炎を纏った大剣をつかい、咆哮を真正面から砕いたという理屈がつかないでもない。(理屈がつくというだけでどう考えても常識外であるという点は置いておく)

 が、この目の前の男は素手で光線を弾いた。いくらなんでもおかしい。

 

 確実に、トリックがある。先ほどから地面を揺らし、空中に岩石を浮かせ、ウルを拘束する。これは――――()()()()()()()()()()()――――まさか、

 

「そういやお前、知らねえんだったか」

 

 そう言って、面倒くさそうにグレンは、人差し指を伸ばすと、ウルの目の前で薙ぐようにして指を横に切った。すると、その軌跡に細かな文字が、魔言が、()()が浮かび上がった。

 よく見れば、グレンの身体や、拳も僅かに光り輝いている。【強化(エンチャント)】によって守られている証拠だった。

 これは、つまり、

 

()()()()()()()()()()

「「「「うっっっっっっっっそだああ!!!?」」」」

「お、何だ?文句あっか?全員死ぬかー???」

 

 ウルも、結界の外で見学していた新人冒険者も、ハロルも、窓の外からこの様子を眺めていた冒険者ギルドのギルド員も、誰も彼も一斉に叫んだ。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「存外、知らない者が多いのだよなあ」

「前線を退いた後は、ほとんど本気を出すことはなかったですからなあ」

 

 二人の戦いを外から眺めていたイカザは、驚愕にどよめくギルド員の面々に笑った。その隣で、グリード支部の長、ジーロウも苦笑する。

 【紅蓮拳王】。火と、大地の魔術の達人にして傑物。

 そのあまりに卓越した魔術の技量故に、あらゆる魔術ギルドからも強く勧誘されていたがその悉くを蹴り飛ばして、自らの憎悪のためにその心血を注いだ復讐者。訓練教官となってからはすっかり魔術を人前にさらす事はなくなったが、未だにその技量はさび付いていないようだった。

 

「しかし、どんな魔術ギルドから懇願されようと、ロクに力を振るわなかったクセに、弟子にはあっけなく晒すのですから、全く……」

「律儀な男だ。だが、ちょうど良い」

 

 そう言って、イカザはグレンと対面するウルへと視線を向けた。未だ、自らの能力の成長を御し切れていない彼を、見守るような声で、ささやいた。

 

「この先の修羅場へと首を突っ込むその前に、枷の全てを外しきれ。ウル」

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 魔術師。

 そうグレンが名乗った瞬間は、流石に何の冗談だと笑いたくなった。

 

「【大地よ焼け墜ちろ】」

 

 だが、そう詠唱を唱え、宙に浮かぶ無数の岩石が灼熱の炎を纏ってウルへと向かって勢いよく落ちていく光景を前にしては、信じるほか無かった。

 彼は一流を超える魔術師で、その技量でもってウルをぶち殺そうとしている。

 

「天、変、地異かッ!!!!」

 

 グリードの訓練所が瞬く間に地獄の光景と早変わりした事実にウルは悲鳴を上げながら、竜牙槍を掲げる。刀身が分かたれ、無数の刃が盾のようにウルの周辺を囲い、衝撃と熱を弾き飛ばす。そのままウルは必死に足を動かした。

 岩石の落下の衝撃で、グラウンドの地形は更に変貌を遂げ、最早最初、ハロルとやり合っていた頃の光景は欠片も残っていない。空から落下し、突き刺さった小山のようになった岩石の影に隠れ、ウルはグレンの影を必死に探した。が、しかし、

 

「ほれ、まだ常識が頭に残ってる」

「――――ッがあ!?」

 

 次の瞬間、ウルが隠れていた岩石そのものが、一気に砕けて、その岩石がウルの身体を殴りつけた。打撃の痛みと、岩石に残った熱の熱さでウルは呻く。

 

「もう、“此処”まで来ると地形ごときじゃ盾にもならねえって理解しろ」

 

 だが、それでも情け容赦なく、砕け散った岩石の影からグレンが飛び出し、こぶしを振りかぶる。それに呼応するように、再び地面が揺れ動き、岩石がその矛先をウルへと向けるように揺れ動いた。

 ウルは自分の身体にのしかかった岩を除けようと動くが、一手動きが遅れた。そのまま岩石はウルへと向かい直進し、

 

「【【【氷よ唄い、奔り、引き裂け】】】」

 

 その岩石はウルの手前で、空中に張られた無数の【銀糸】に引き裂かれ、氷付けになって粉みじんに砕け散った。バラバラに砕けた岩石をみて、ウルは誰が手を貸したのか理解した。深くため息をつくと、そのまま自分の身体にのしかかる巨大な岩石を一気に蹴り飛ばした。

 

「おっと、お前まで参戦か」

「この場では、お久しぶりですね。グレン様」

 

 ウルを守るようにシズクが立っていた。ウルも起き上がると、彼女の前に立つ。

 前衛は、後衛を守る為にある。というのはグレンから教わった基本中の基本だった。

 

「ウル様、全力で参りましょう。さもなければ死にます」

「まあ、それはもう、1年前にさんざん思い知ったよなあ……!」

 

 懐かしき構図になったことに苦笑しながら、ウルは師匠をぶちのめすべく飛び出した。

 

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