かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
『カカカ!主、頑張れよ-!』
「良いの?ロック、見てるだけで」
結界の外から声援を送るロックに、その結界を維持するリーネは少し意外そうに声をかける。こういう鉄火場は、好んで混じりたがりそうなものなのだが。特に、シズクを主とあおいでいる以上、大義もあるのだ。
『あのとんでもとやりおうてみたかったがのう?とはいえ、野暮な真似はせんわ!』
しかし、ロックはニタリと笑い、凄まじい圧を放つ訓練所の主を見つめた。
『無茶苦茶な師に二人仲良くボコられたという話は散々聞いたからの!超えてやれ主よ』
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ハロルは初めて、師であるグレンの本気というものを目の当たりにして驚愕していた。
師匠、こんな力を隠していたなんて!ずるい!!
と憤ってもいた。
彼が魔術を使えると言うことすらも初めて聞いたし、なんなら自分の周りの新人はおろか、他の冒険者ギルド員にすらもあまり知られていない事実であったようだが、それにしたって少しくらい教えてくれたって良いじゃないか!とそう思った。(勿論、ハロルがもしグレンに魔術の技量があると知れば、教えて使って戦って!と口やかましくなるのは目に見えていたのだが)
そして、グレンの魔術の腕は、本当にとんでもなかった。
大地が揺れて、砕けて、炎が吹き上がり、火の海に変える。
恐らく
それは、研究を主とする魔術師では身につかない技能だ。
戦場で実戦をひたすらに繰り返し続けた魔術師が操る業の妙だった。
ただ敵を殲滅するためだけに磨かれた殺意だった。
どれほどの研鑽と狂気を経て、その魔術が生み出されたのか。そしてその魔術をつかい、どれほどおぞましい死闘を繰り返してきたのか。その一端が垣間見えて、ハロルは感動で涙が零れたので、慌てて拭った。
やはり凄い!
銅級の冒険者となった後も、グレンにつきまとっていたのは、彼以上の実力者は、きっとどこを探しても早々に現れないと直感的に理解していたからだ。そして自分の直感は正しかったことが証明された。
だけど、だけど相手もすごい!
一方で、それに相対する銀色の少女も凄まじい。
勿論知っている。【白銀の君】銀級冒険者のシズクだ。【歩ム者】の参謀で、天剣のユーリ様の直属の部下であるだとか、実は英雄ウルの陰の支配者なのだという様々な噂を持った女性。そのあまりに浮き世離れした美しさ故に、嘘か誠かわからない噂を山ほど持った女のヒトだった。
その噂のあまりの妖しさに、ハロルは彼女が妙齢の大人の女性だと勝手に勘違いしていたが、今彼女の目の前で戦うのは、ウルと同様に、自分とそこまで年齢の変わらない少女だった。
「【【【氷よ唄え】】】」
なのに、彼女の魔術もまた、洗練されている。
術の詠唱は恐ろしく早く、そしてどのような技術を使っているのかは不明だが、幾重にも重なり、同時に無数の氷棘が展開する。しかも、どこからか張り巡らされた銀の糸全てが、その魔術の全ての起点となる。
精緻、正確、その上悪辣!
ハロルは端的に彼女の技を見抜き、その強さを理解した。
彼女もまた凄い。流石に、グレン師匠のような分厚い年季による重みのようなものは感じないが、それを補ってあまりある才覚に溢れている。そして、そこに驕りも見せていない。一切の油断なく、それを研ぎ澄ませた者のもつ境地だった。
果てない研鑽、輝けるような才能。どちらもハロルには目映かった。
烏滸がましいかもしれない。でも、憧れる事だけはやめられない。どれだけ年月がかかっても、いずれそこに至る!そんな大志を抱いて、ハロルは目の前の美しい光景を目に焼きつけようと前のめりになった。
「【狂え】」
そう思った矢先、ハロルが見てきた様々な美しいもの全てが、“ひっくり返った”。
「――――は?」
流石のハロルも言葉を失い、絶句した。
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どこまで本気でやればいい?全力!?普通に殺し合いに成りかねないぞ!?
魔眼は!?というかこの戦いのルールは!?っつーか
こんな場所で権能なんて使ったら騒ぎになるのでは?!
グレンからいきなり死闘をしかけられてから、ウルの思考はしばらくの間ぐるぐると回っていた。いきなり顔見知りから殺し合いを仕掛けられて、即座にパッと覚悟が決まるほどウルは頭がキマってない。ウルは
迷宮の中でもなんでもない都市の中で、それも敵でもない相手に、いきなり無茶苦茶をしろと言われてもためらうのは当然だった。
だった、の、だが
「………――――めんどくせえ」
なんというか、全部、面倒くさくなった。
そもそも、グレンはどう考えても手加減なんてしていない。つまり命の危機だ。今戦っているウルとシズク、どちらも死にかねない状況を前にして、常識的な配慮をしてその命は助かるのか?
否だ。ならやることをやるしかない。それも全て。
「【狂え】」
ウルは竜の権能を発動させた。シズクに迫り、ウルを焼き殺そうとしていた無数の岩石が次の瞬間が、ぐるりとその指向性を失って、とち狂ったように墜落し、あるいは空に向かって吹っ飛んで結界に突き刺さった。
「【竜牙槍・解放】」
次いで、竜牙槍を起動させる。スーアから賜った異形の武器。それを見るとき、自分には不相応な代物ではないかという、後ろめたさのようなものを感じないでもなかった。
が、今、それを全て捨てた。ほんの僅かにウルの心中に刺さっていたトゲは消えて無くなった。そんなもの、最早どうでも良い。
「【白鬼魔槍】」
竜牙槍の刀身を変化させる。より鋭く、より攻撃的に、相手を引き裂いて、焼き殺すことに注力した禍々しき形状だった。その刃を、一応は自分の恩人であるグレンへと向ける。
「【魔よ猛狂え、炎鬼と成りて我が拳に宿れ】」
グレンもそれに応じた。その身に宿っていた光の
結界の内側の温度を爆発的に跳ね上げながら、グレンは笑った。
「そうそう、そう言うのだよ。雑魚相手の手加減なんてのは、引退した後に覚えろ」
「アンタみたいにってか」
「冒険者は成長すると同時に、真っ当なヒトじゃ無くなる。紛れもない
それは当然として受け入れて初めて、力を使いこなせる。
それは、この訓練所でもさんざん学ばされた、基礎の一つだ。魔力を獲得し、ヒトから離れていく肉体を制御し、慢心しないために、グレンから徹底的に教え込まれる基本。
「だが、お前はもう
「ヒトのこと言えた姿かバケモノ」
ウルが手にした武具も、異能も、あまりに特異で、常識外で、反則的だった。だから、ウルは妙に距離を置こうとしてしまっていた。必要なタイミングで“使おう”としてしまっていた。だから、ハロルとの模擬戦でも、「制御の練習」なんて発想が浮かんだのだ。
武器、切り札、あるいは便利な道具。そういう認識があったからだ。
だが、そうではない。そういう認識ではいけない。
もっともっと、手足の延長のように、息を吸うように、動かさなければならない。
師の言いたいことを、ウルは理解した。理解したが――
「……それを気づかせるためだけに殺しあいは雑すぎねえ?」
「口で説明するの面倒くせえ。お前覚え悪いし」
「死ねクソ師匠」
「百年はええよ雑魚弟子」
ウルは身構え、魔眼を輝かせた。もはやその使用の一切に躊躇はない。背中から無数の強化を与えるシズクの支援を受けながら、ウルは宣告した。
「【混沌よ、狂い啼け】」
「【紅蓮拳】」
狂った無数の岩石と炎が結界内で連鎖的に爆発を起こした。
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「あー……なるほど、これは、確かに“勘違い”だった」
その光景を前に、先ほどのまでの激闘すら塗りつぶすかのような地獄絵図を前に、ハロルは非常に珍しく、至極冷めた声で頷いた。
「
ハロルは才気溢れる若者で、猪突猛進ではあるが思慮深くもあった。
故に即座に理解した。
目の前の景観は、自分の立っている場所からは地続きではない。
これは、全てをまかりまちがえたヒトが、墜ちる場所だ。