かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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天賢王勅命・最難関任務 色欲の超克②

 

 大罪迷宮ラスト 最深層

 

 この世界で最も巨大なる迷宮の一つ。その最も深く。

 地上の森林を媒介とした”地表型”の迷宮で在る筈のその場所の最奥は、ほんの一筋の光すらも届かない闇そのものだった。で、在るにもかかわらずディズやユーリの視界にはハッキリと、この場に居る主の姿が目に映った。

 

 真っ白な、大樹を模した悪竜。視界の端から端までその全てを壁のように自らで満たす程の巨体。その中央がひび割れるようにして開き、

 大罪竜ラスト

 

『嗚呼   嗚呼  嗚呼  嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼  嗚呼嗚呼嗚   呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚     呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!!ハハ  ハハハハハ   ハハハハハハハハハ!!!!!!』 

 

 ラストは嘆き、嗤う。

 その声の一つ一つが脳を揺らす精神攻撃だ。僅かでも気を緩ませればそれだけで意識を持って行かれて、脱出のしようのない酩酊状態に押しつぶされて精神が圧死する。ユーリは歯を食いしばってそれに耐えた。

 

『アハハハ!!『ハ『アハハハハハ!』ハハ!!!『アハハハ!!』』』 

 

 だが同時に、大樹のようなラストを取り囲むようにして存在していた、それと存在を同じくするヒトガタのラスト達も接近してきた。此処へとたどり着くときと同じく、あるいはそれを越えるような数と勢いで。

 最早視界は大罪竜ラストで一杯だ。その全てが空間を揺らし、破滅へと導こうと誘おうとしてくる。

 

「【■■■■■■■■■】」

 

 それをシズクが押さえ込んでいる。

 対竜術式。停止の魔術は最早結界のように七天達を囲っていた。色欲の精神干渉の全てを弾く様は圧倒的な力に思える。彼女が今回の色欲討伐に同行すると決まったとき、最初その能力を訝しんでいたユーリは自らの過ちを認めた。

 だが、同時に、その彼女の力は無尽蔵でも無く、絶対的でも無いと言うことも理解した。

 

「…………!!」

 

 シズクが声も無くうめき声を上げる。

 口端から血を零し、身体の至る所に裂傷が生まれている。竜の攻撃は届いていない。術式の無理な展開と、限界を超えた詠唱の継続が彼女自身を傷つけている。ディズと同じ状況だ。いや、彼女よりも更に酷い。

 シズクの顔色は悪い、を通り越して土気色だ。生気をまるで感じない。このまま限界を迎えて死んでもおかしくないようにすら思えた。

 グレーレが彼女の術式の解析を進めているが、未だ詳細はつかめていない。だが、これは寿命を削るような真似をしているのでは――――?

 

「――――私の、事は、気にしないでください」

 

 だがユーリがそう思っていると不意に、シズクが顔を上げた。余裕など全くないであろうに、口は小さく微笑みを浮かべていた。

 

「どうか前へ……」

「――――言われるまでもありません」

 

 応じて、前を見た。視界はヒトガタのラスト達に覆われていたが、彼女の目はその奥、ラスト達を産んだ大樹を睨んでいた。最早シズクを振り返ることはしなかった。

 

「一気に、行こうか。」

 

 僅かな間休み、呼吸を整えていたディズも応じる。同時に、星屑の外套からアカネが這い出て、ディズの手に触れた。

 

《ディズ……》

「アカネ。大丈夫?」

《んん……まだ、きぼちわるいけど……シズクしにそうだし、やる》

「ん、ありがとう。行こうか」

 

 左手で彼女に触れる。アカネは緋色の剣となり、更にそこから輝きを強めた。

 

「【赤錆の権能・劣化創造開始】」

 

 緋色の剣が変異を開始する。一見して見えた質量を遙かに超える膨大な変異をみて、ユーリも身がまえる。既に此方も準備は整っていた。

 

「【竜殺し・赤錆・流星】」

 

 膨大な量の竜殺しが出現し、シズクの術式の結界を内側から破るようにして一気に射出された。

 

『アア!!『亜亜嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!』『アアアアアアアアア!!!』

 

 黒と緋色の竜殺しの大槍がまるで豪雨のように降り注ぎながら、先々に存在する大罪竜ラストを穿つ。貫かれたラストの身体は、緋色のおどろおどろしい傷が体中を覆い、最後には砕けて落ちていく。

 錆びて、落ちていく。アカネの精霊としての力が通っている。模倣した竜殺しの力も相まって、間違いなく効果的だ。だが、

 

《う、……うう……うううああああ……!!》

 

 それを産みだしているアカネが、長くは保たない。混じりとはいえ彼女は精霊だ。相対しているのは精霊が最も拒絶する竜の、その大本だ。だからこそディズも短期決戦だと言ったのだ。

 ユーリは天剣を握った。血が噴き出すほどに強く。

 

「【魔断・竜薙!!!】」

 

 ディズは星剣と竜殺しを同時に振るう。その破壊の衝撃にラストが散る。ラストの破片が赤錆に飲まれ、白と赤の花弁のように散っていく。そして視界が晴れ、目の前には大木のような大罪竜ラストが見えた。

 

「ユーリ!!!」

 

 ディズの声と同時にユーリは飛ぶ。

 

「【揺蕩え】揺蕩え】揺【揺蕩え】【蕩【揺蕩え】え】え】え】え】え】え】え】」

「小癪!!!」

 

 竜殺しで食い千切っても尚、健在な無数のラストがユーリのちからを狂わそうと喚いてくる。それをユーリは意志の強さと強引な力で押さえ込んだ。力の方向を狂わせる色欲の権能。それは自身に余計な力が混じっている証拠だった。

 余計な力が入っているから。ただ太陽神の怨敵を斬り殺すという一点に集中できていないから、そこをつけ込まれているのだ。

 ユーリは自身の心身を極限まで研ぎ澄ました。ただ斬ること、それのみに意識を集中した。自身をここまで導き、傷ついた者達への負い目すらも今は忘れよう。

 

 ただ斬り捨てる。かの勇者の如く――――

 

「【天剣・竜断!!!!】」

 

 黒と金色の入り交じる一撃が振るわれる。

 その斬光は光よりも早く、眩かった。世界を区切る壁のように直立した大樹の壁は、その光の一撃を受け、ひび割れ、砕けていく。洞窟の奥から風が抜けてきたような不気味な音が反響する。大罪竜の断末魔だとユーリは理解した。

 手応えは、確かにあった――――だが、これは

 

『お前は勇者になることはできない』

 

 それは、自身の師の言葉だった。

 遙か昔、幼い頃、星剣に自身が選ばれなかったとき、容赦なく師である先代ザインに浴びせられた一言だった。自分とは違う、星剣本来の輝きをその手に収めた自分の幼なじみ、凡庸なれど輝かしい金色の少女を尻目に、ザインは断じた。

 

『お前には聖者の才が無い。お前は「温い!!!!」

 

 その過去の幻影を、ユーリは一切の躊躇無く一刀両断した

 幼き頃の傷を掘り返し、嬲る。精神を痛めつけたところを溶かす。陰湿なる仕草は色欲の大罪らしいが、そんな過去はとうの昔に超えている!

 巨大なる大樹は眼前だ。ユーリは虚空を蹴り、一気にその剣を振り抜く――――

 

『ユーリ、いっしょにがんばろうね』

「――――――っ」

 

 ――――寸前、目の前に現れた金色の少女の幻影を前に、ほんのわずか、剣筋がズレた。

 ひたすらに色欲の大罪竜が重ね続けてきた【揺らし】の結実。精神を狂わせ、たわませる力の結実。最悪の幻影が、最悪のタイミングで彼女の前に顕現した。

 

『ハハハ』

 

 そして、それは致命的な隙へと繋がった。

 天剣の一振りは大罪竜ラストを間違いなく両断した。

 だが、砕け散り、崩壊していく大樹は、ユーリが細断するよりもさらに細かく分解していく。細かい塵のような一つ一つが変化し、形を変え、それが――――

 

『hahahaha『hahhahah『h『ahahahah『ahah『ahahahahh『a『a『ha『hahhahhaha!!』

 

 新たなる、色欲へと変貌する!!!

 色欲の大罪竜の心臓を、断てていない。寸前で逃げられた。

 一撃で決める。そう決めていた彼女は無謀を晒していた。竜の全てを停めるシズクとも距離がある。そしてもう、そこに戻るのは間に合わない。

 

 死ぬ。

 

 ユーリはそれを理解した。同時に、ならばと、天剣を振るう手に力がこもった。このまま死ぬくらいならば、残る命の全てを賭けて竜の残る命を削りきる。

 

 過去を揺らされた屈辱を抱いたまま死んでたまるか!

 

 その決意が彼女の殺意に火をくべた。

 

「【天――――!!】」

「【破邪天拳!!!!】」

 

 だが、それよりも早く。そんな彼女の憎悪を払うように鐘の音が響いた。

 全ての邪を払いのける鐘の音。味方を守り、敵と定められた者の力のみを問答無用で奪い去る、理不尽極まる聖なる力だ。

 

「済まぬ!!遅れたわ!!!」

 

 天拳のグロンゾンが身体中から血を流しながらも堂々たる姿で闇の中、輝いていた。両拳の黄金の籠手が、更に光の強さを強く増していた。そのままの勢いで彼は落下し、瞬く間にディズの隣を過ぎ去ると、殺到していた大罪竜ラストの大群を前に拳を突き出した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 邪を払う鐘の音が連続して響く。

 

 暴力の手段としてはあまりに原始的。グロンゾン・セイラ・ディランの戦い方はあまりにも単純で、一切の小細工を使わなかった。だが、相対したとき、最も戦い難いとされるのは誰であろう彼である。

 ただ殴る。ひたすら殴る。殴ることで拳が鳴り、その音で相手の魔術効果を払い、防御を失った身体を更に殴る。言わば消去魔術の一方的な押しつけだ。

 ラストの脳天を貫き、砕いて、潰す。そのたびに祝福の鐘は鳴る。惨たらしい残酷な戦い方に相反して美しく鳴り続ける鐘は悪趣味ですらあった。

 

『aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!?』

 

 無数の、小型の色欲など、鐘の音だけで消し飛んでいくのだから、本当にえげつない。

 

 何処までいっても無骨な暴力装置。だが構うまいとグロンゾンは強く笑う。

 

 己の役割は天賢王の代行者として魔を砕く事。ソレのみだ。その為にどれだけ血にまみれようとも構いはしなかった。

 

「グロンゾン!!貴方の部下は!?」

 

 天拳の破邪の力でラストの力から解かれたユーリが尋ねる。グロンゾンは拳を止めずにそれに応じた。

 

「死んだ!!残念だ!!!」

 

 悪辣な大罪竜の罠だった。

 死んだ部下達の死体に“触翼”を潜り込ませ、助けを求めるように動かして、奥の狭間で此方を謀殺しようと仕掛けてきたのだ。太陽神の拳でもって死体を葬った。悲しくはあったが、グロンゾンも部下達も、此処に至るまでに既に死ぬ覚悟は決めていた。躊躇いはしなかった。

 そして今も、グロンゾは自身の命を費やすことに躊躇をしなかった。

 

 拳を振るう。拳を振るう。拳を振るう。

 

 竜達の頭蓋を砕き、臓物をぶちまけるごとに、自分自身の腕の肉が裂け、骨が砕けていく。ヒトの形に留まろうともラスト達は竜そのものだ。内在する質量はヒトのそれとはかけ離れている。一つ砕くだけでも全力を尽くす必要があった。反動も大きい。

 だがそれでも拳を振るうのを決して止めはしなかった。

 

 大罪竜ラスト、その心臓、この全てのラストを生み出す元凶を打ち砕くまでは―――

 

「――――いました」

 

 少し離れた場所から、闇の中であっても鮮明にシズクの声が響く。すっと指さす先はディズが破壊した大樹の先。どこまでも闇と、無数にあるヒトガタのラストの姿しか無い。他と何も変わらない様に見える虚空を彼女は指し、確信ある声で断言した。

 

『嗚呼   やはり   殺しておく   べきであった   か』

 

 同時に、地を揺らすような竜の声がした。

 真っ白な触翼が無数に這い出る。獣よりも早く、それらはシズクへと伸びた。肉に潜り込んで操るような生ぬるいものでは無い。先端は獣の牙のように禍々しく伸び、ただただ目の前の対象を刺し貫いて引き千切ることだけを目的としていた。

 

「【魔断】」

 

 故にそれをディズはそれを一刀で切り伏せ。

 

「【天拳】」

「【天剣】」

 

 グロンゾンとユーリはシズクの示した先へと突入した。

 

『嗚嗚呼嗚呼嗚呼『嗚呼嗚呼嗚呼嗚『呼『嗚『呼『嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼呼』』』』』

 

 グロンゾン達へと集うラストの総量があからさまに増量した。先程までの、此方を嘲弄して心身の体力を削り取ろうとする悪意ではなく、必死さを強く感じる。ならばシズクの言うことは正しいのだろう。

 同時に、ラストの”心臓”は逃げることができない場所に居る。あるいは”そういう形”をしているのだ。だから盾を増やしている。

 

「頃合いよなあ!!!」

 

 グロンゾンは左手を掲げた。意識を集中した。

 王から賜った天賢王の加護を拳に凝縮する。魔を滅する力。全てを消し去るその力をただ一点に。その果ての結末を理解して尚彼はそうした。

 

「グロンゾン!!」

「構うなユーリ!!【破邪天拳!!!】」

 

 今までにも更にまして高らかに、鐘の音が鳴り響く。敵対する魔の全てを問答無用でかき消す光が竜達の肉を破壊し尽くす。突き進み、最深層の闇のその先をグロンゾンは見た。

 そしてそこにあった。大樹と化したラストの更に奥。奇妙な、茸の形にすら見える肉塊。全ての大罪竜ラストを産みだした元凶、ラストの【心臓】。

 

「くぅぅだけちれええぇええええいい!!!!!」

『侮るなああ   あ    あ   あああ  あああああああああ!!!!』

 

 心臓が吼えた。蠢き、歪み、触翼を全方位に広げる。否、最早それは茸から伸びる菌糸などとでも呼ぶべきなのだろうか。ラストとは、あるいはそういうもので合ったのかも知れない。だがそれは最早考えるべき事ではない。

 

「っかあああああ!!!!!」

 

 破邪の力を更に込める。触翼を触れるよりも早く、その聖なる力によって砕ききる。瞬く間にグロンゾンの左腕に致命的な、不可逆の破壊が進んでいく。霊薬をもってしても2度と再生は叶わぬであろう崩壊の痛みを感じながらも尚、グロンゾンは加速した。

 

 心臓が間近に迫る。焼けるような程の熱を孕んだ巨大な肉の塊を前に、グロンゾンは拳を振り上げ、そして下ろした。一撃は心臓へと届くよりも前に轟音を立てる。魔術の障壁。否、それよりももっと純粋な膨大な魔力、ただそれだけによる障壁だ。

 

「【破!邪!天!拳!!!!】」

 

 砕けかけた左腕を、更に叩き込む。グロンゾンの生涯で最も高らかに天拳の鐘の音が鳴り響き。

 大罪竜ラストの心臓を覆う魔力障壁は消え去った。

 そしてその背後からは、彼を信じ、ひたすらに力を溜めた天剣が控えていた。

 

「【天剣・竜断】」

 

 二度目の渾身の一振りは、違わず竜の心臓を引き裂いた。

 

 太陽神の勅命は成った。

 

 

 

 

 

 

 

 筈だった

 

『   アハハ   』

「なっ」

 

 闇の中、凶刃が閃く。グロンゾンの左腕が宙を飛んだ。

 

 

 

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