かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
迷宮乱立の発生以後、人類の生存圏は縮小し、防壁に守られた内側に押し込まれた。
都市間には人の営みは存在しない。全ては生い茂る草木に覆われ、隠れて消えた。だがしかし、その全てが一切失われたのかと言われればそんなことはない。都市間を移動する名無したちの手で、作られたものが存在した。
馬車や人が通過するための道、そして要所で設けられる体を休めるための休息所。
グリードと他都市の間にもそういった場所は必ず存在していた。
「形態は様々だが、“止まり木”と皆呼んでる。まあ絶対安全じゃあないけれど」
時刻は偉大なる唯一神である太陽が天高く昇る真っ昼間。
ウルは近場の林からとってきた枯れ枝を抱えながら、広場へと足を踏み入れる。柵で囲まれた十メートル四方くらいの屋根もない小さな広場だった。馬車を中に入れ、ウル達は今腰を休め食事の最中だ。
馬達、ダール達は放ち、近くの草をのんびりと食んでいる。日の出から歩きどおしだったが疲れた様子もなかった。
「ダール達は三日間走りっぱなしでも疲れないよ。魔物との混種だからね」
「魔物との……ってそんなことできるのか?」
「大罪都市グラドルの品種改良技術」
「寄る機会があれば今度はじっくり都市を見て回るか……こんなものか。アカネ、ナイフになってくれ。小枝を削ぐ」
《あーい》
ウルはアカネに手伝ってもらい、近くの林で拾い集めた小枝を適当なサイズに割いて、先人が利用していた石造りの簡易のかまどに枝木を重ね、割いた枝に着火し、火をともす。
「水溜の水を浄化かけて沸かそう。後は簡単に食事を」
「チーズとタブタの干し肉。後はオイル付けのキャベ等々、旅予定の三日分はちゃんとあるよー」
「馬車持ちは食料の運搬、あまり制限が無くてありがたいな」
「干し肉一つで銀貨一枚になりまーす」
「泣くぞ」
《ケチー》
「冗談だよ。まあ、食べ過ぎず余らせず、上手い事消費してね」
ウルが此処に来るまでは、邪魔にならない量の保存食を、ひもじい思いをしながら僅かにこそいで食いつなぐような状態だったので、その点で不安がないだけでも彼女の護衛を依頼されて良かったと思えるのは我ながらチョロかった。
「そういえば都市外に存在する割に、寂れている印象はありませんね?誰が整備を?」
「俺達だ。基本、“止まり木”は都市間移動をする人間が各々行う。壊れてたら自分たちで進んで直すし、何か作業をしている人がいれば手伝う」
石造りのかまども、雨水をためる水溜も、それぞれ別の誰かが用意したものだ。元は此処は何もない広場だった。が、僅かに小高く周囲の状況を確認しやすく、近くに“野良迷宮”も存在せず、更には薪や食料を調達しやすい手ごろな林も存在するこの場所に、自然と人が手を加え始めた結果がこの“止まり木”である。
「壊れてる所があったら直すし、汚れていたら掃除もする」
「素晴らしい事ですね」
「必要な事だからな。適当な真似をして恨まれたら困る。特に、都市外では」
都市の中なら法という守りも存在する。が、ここは都市の外である。魔物から守ってくれる防壁がないのと同じように、人々が自らを律する法もまた存在しない。存在しないが故に、互いへの気遣いに対して慎重になる。どこかの誰かの逆鱗に触れた時、守ってくれるルールが存在しないのだから、無意味なリスクを背負うのは誰だって避ける。
それでも、やはりというか無作法な真似をする者もいるが、その結果がどうなったかは知らない。知らないから、ウルは同じ真似はしない。
「そんなわけでシズクは掃除を頼む」
「もうやっております……ですが、この柱は」
シズクが指さすのは、広場の中央に突き立てられた一本の柱だ。照明もつけられてはおらず一見して何のためにあるのかわからない、が、近づいてその表面を見ると、不可思議な文字が刻印されている。
「【旅の守護精霊ローダー】を現す魔言だ。神殿の代わり」
この世界には様々な精霊がいる。彼らに対する信仰は幾つもあり、そしてその信仰に見合っただけの“礼”が返ってくるのがこの世界の信仰だ。故に誰もがそれぞれ、自分が目的とする行動への守護精霊に対して祈りをささげる。
都市間の休憩所、こんな場所で祈る願いがあるとすれば当然、旅の安全だろう。ローダーは旅を司る風属性の精霊である。
「まあもっとも、ローダーは気まぐれだからねえ。加護をくれたりくれなかったり」
「オマケに都市の外にいる奴らなんて大抵名無しだからな。此処を利用する奴も」
名無しは、精霊に縁遠い故に都市の外に追い出された者達である。
要は単純に、精霊への祈りが届きにくい。届きにくいということは恩恵も受けにくいということである。
「ウル様は助けてもらった事がありますか?」
「飯の準備の時、鍋ごとスっ転んだらなんか助けてもらったかな……」
ともあれ助けは助けだ。
縋れるものは縋るべきだ。祈ることに代金は必要ないのだから。
「どうする?私らは祈る?」
「祈ろう。そうしないと落ち着かん」
《ろーだーたんありがたやー》
「「「ありがたやー」」」
かくしてウル達4人は両手を合わせ、精霊に祈りをささげるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
簡単な食事を終え、お茶を飲み一息ついて、ディズは手を叩きウル達の視線を集めた。
「それじゃあこれからの予定を改めて説明するね」
「そういえば、島喰亀のごたごたで、あまり話聞けていませんでしたね」
勿論、事前に何度か簡単な打ち合わせこそしてきたが、やはり改めて確認していた方が良いには違いない。と、ウルとシズクは居住まいを正した。その隣でアカネも同じように真似をした。
「次に私らが向かうのは“衛星都市アルト”。大罪都市グリードの衛星都市だよ。特徴は……そうだね、強いてあげるなら質の良い紙の製造量産技術を有していてそれでグリードと取引してる」
都市間での交流に制限が生まれ、技術的な共有が滞った結果、都市ごとに多かれ少なかれ独自の技術や特色を保有していることが多い。その最たるものが大罪都市の迷宮だろうが。
「あと二日程で辿り着く。ただし魔物と遭遇した場合プラス一日はズレこむ可能性はあるのでそのつもりで。何か質問は?」
問われ、挙手したのはシズクだった。
「はい」
「どうぞ、シズク」
「改めて確認させていただきますが、滞在期間の我々の仕事は?」
「無いよ。賞金首を探して狩るならご自由に」
「俺達の仕事は基本的に都市間の移動のみだな」
「そだね。ただし緊急の際は此方の要請には従ってもらう。追加報酬はその都度相談」
都市の中でも彼女につきっきりではウル達の目的である賞金稼ぎは不可能だ。ディズもその点は承知しての条件だった。この辺りは事前の交渉で確認した通りだ。
「特に何もなければそのまままっすぐにラストへと向かうから、アルト滞在はそれほど長くはないかな」
「ま、流石にアルトで賞金首を討つ機会には恵まれそうにないか」
「冒険者ギルドはあると思いますから、ラスト領の情報は集めておきましょうか」
そしてその間に上手くいくなら賞金首を漁る。とはいえ、グリード領ではめぼしいものはもういないだろう。少なくとも現在のウル達の実力で打倒可能な相手はいない。グリードの冒険者ギルドで確認済みだ。
ウル達の本格的な活動はラスト領に入ってからになる。今はまだ問題はない、はずだ。
「他、何か質問は?」
「ない」
「ありません」
《なーし》
「よろしい、それじゃあー」
ディズは笑って、もぞもぞと馬車の中に戻り、
「寝るね。日が沈む前に次の止まり木まで移動して野営の準備よろー」
寝た。マントも被らずに。
「本当に寝つき良いのですね、ディズ様。お疲れなのでしょうか?」
「……アカネ、ディズと一緒に寝ておいで。マントになって」
《おやすみー》
雇い主に風邪をひかれても困る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
実際、ディズは疲れていた。
彼女を包むようにして、柔らかな生地のような姿で眠るアカネを抱きしめて、共に彼女は眠りつづける。
ディズは疲れていた。
大罪都市グリード、世界に七つ存在する大罪迷宮の一つを保有した大都市でありながら、その場所はイスラリア大陸の東南端、アーパス山脈をぐるっと迂回して存在している事もあり、“大陸の果て”とも言われているような場所だ。故に、交通には時間がかかり、そして尋ねてみれば自分以外処理できない“仕事”がたまっていた。
滞在中、彼女は非常に忙しく、溜まり切っていた仕事を処理する羽目になり、眠る暇すら惜しむほどだった。
そんなわけで、彼女はいま体力回復に専念している。本当なら安全安心な島喰亀の上でのんびりゆったりと過ごしたかったのだが、残念ながらそれはできなかった。だから雑務と護衛のためにウルとシズクを雇ったのだ。
本来ディズをサポートしてくれる従者は、今は所用で別の場所にいる。その代理としてはやや心許ないところもあるが、二人は十分努力はしてくれていた。二人の護衛に身を任せ、ディズはひたすら昏々と眠り続けていた。
「…………んあ?」
その眠りは、シズクに頬をつよめに引っ張られる事で覚醒する事となる。
「……シズク?」
「はい」
《……くー》
シズクはディズを上からのぞきこむようにしていた。いつの間にか膝枕までしながら。少しだけ身体を起こして、自分にかかったアカネを優しくどかすと、そのままディズに顔を向けた。
「君は今何をしているの?」
「ディズ様の頬をつねっております」
「そうなの?」
「そうでございます」
シズクは淡々と状況を説明してくれる。説明してもらわなくても彼女が何をしているのかくらいは流石にわかるのだが、
「じゃ、その理由は?」
「はい」
シズクは頷いて、そして真剣な表情で口を開いた。
「大変です。ディズ様」
「大変なの?」
「そうです」
とてもまじめに彼女は告げた。まじめに告げられているのだが、なんだかのんびりとした印象を受けるのは彼女の雰囲気のせいであろうか。緊張感がなかった。ディズはゆっくりと体を起こし、伸びをして、シズクに確認する。
「それで、なにがあったの?」
「先を進んでいた島喰亀の上に【死霊兵】と思しき複数の魔物の気配を感知、更に強盗と思しき者たちがその死霊兵と共に島喰亀に乗り込んでいる痕跡を確認。現在島喰亀は動きを停止中。恐らくは占拠されているものと思われます」
「……」
「……」
「大変じゃないか」
「ええ、大変です」
大変だった。