かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
「天魔のグレーレ……」
七天の一角にしてイスラリア大陸最大にして最高の魔術師、天魔との接触は、リーネにとって初めてだった。しかしそんな気はしなかった。これまで、何度となく間接的な接触があったからだ。
本当に、初めて会った気がしない。そしてリーネの彼に対する感情は当然悪かった。これまでの接触の悉くが碌なものではなかったのだから当然ではある。
だが、最悪、とまではいかなかった。むしろ好奇心の方が勝っている。
リーネも一端の魔術師として今日まで研究と修練に明け暮れていた。故に、彼が今日まで生み出し続けてきた様々な研究の成果を知っている。惜しげも無く公表されたそれらの知識を、リーネも参考にしているし、そのたびに彼の研究の素晴らしさに感嘆した。
どれだけ人格に難があろうと、彼が魔術の世界における天才であり、その進歩を圧倒的に押し上げる役割を担っていたのは疑いようもない。
そんな男が当然のように自分と同じテーブルに(勝手に)座っているというのは、なかなか複雑な気分だった。
「お初にお目にかかるなあ?白王のレイライン」
「私のことを知ってるの?」
「無論、無論、魔術界隈の
「光栄ですこと……エシェル?」
ふと、後ろを見ると、引き続きエシェルがリーネの後ろに隠れるようにしながら、グレーレをにらみつけていた。直接接触がなかったリーネと違い、エシェルは彼と接触している。そして、割と碌でもない目に合わされたというのは聞いていたが、よっぽど堪えたようだ。心底信用しないという顔でグレーレに唸り声を上げていた。
「う゛ー……」
「おいおい、睨むなミラルフィーネ。天祈様を寄越したのだ。助かっただろう?」
「助かったけど!!お前は嫌いだ!!」
「おお、ここまで面と向かって嫌悪を向けられたのは初めてだな?……いや、割とあるか?」
グレーレは楽しそうに笑いながら、顔に残った火傷の跡を指で掻く。
「その傷……」
ただの傷でないのは明らかだった。単なる火傷であるなら、グレーレほどの術者がその傷跡を残す意味なんて無い。そのグレーレでも癒やしきれないほどの傷、現在【歩ム者】が関わることになった大事業を考えれば、すぐに推測が立った。
「お察しの通り、嫉妬の超克の傷だな?無駄に目立つのだが、消し去るのも困難だった。おかげでグローリアが卒倒しかけたなあ」
誰だったか?と一瞬ど忘れして、暫くして、天魔裁判で無礼をしてくれた女だったと思い出した。屈辱はしっかりと返したので、すっかり頭から抜け落ちていた。
まあ、彼女のことは今どうでも良い。リーネは目の前の魔術の怪物に意識を集中した。
「貴方も【超克者】になったの?」
「死にかけたがな。おまけに財産のほぼ全てを使いつぶした!しかも中央工房の件でエンヴィーの神殿に賠償金まで支払う羽目になった!おかげですっかり財が尽きた!」
故に、と、彼はニィっと笑い、言った。
「飯をおごってくれ!」
「嘘でしょ……???」
天魔のグレーレに食事を奢るという希少だが嬉しくもない経験を、リーネとエシェルは積むこととなった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大罪迷宮エンヴィー 最深層
大罪迷宮の深層は、どれもこれも、この世の終わり、地獄の光景にふさわしい空間が広がっている。通常の迷宮であっても、最深層というのは多くが威圧的で、悪辣で、侵入者を殺しにかかってくる。大罪竜の住まう奥地であれば、邪悪さが増すのは必然と言える。
しかし、その中でもエンヴィーは殊更に地獄の光景が広がっている。それもヒトが想像するようなこの世の終わりの終わり、終末の光景が顕現している。
それは一言で言い表すなら火の海の地獄。
大罪都市国エンヴィーはギンガン山脈の上に立っている。エンヴィーの迷宮は基本的には炎と間近だ。地形であったり、魔物であったり、どこに行こうとも炎の魔力が荒れ狂う。ギンガン山脈が蓄えているエネルギーが、そこかしこの魔物や迷宮に影響を与えているのだと、冒険者達は口にする。実際そうであると誰もが信じていた。
が、しかし、実際はギンガン山脈のエネルギーはとっくの昔に“食い尽くされていることを知る者は少ない”。まして、今、エンヴィーの至る所の迷宮に影響を及ぼす熱が、たった一体の竜から放たれるエネルギーに影響を受けたものであるなどとは、だれも思ってもいなかった。
ただ一人、いち早くエンヴィーの迷宮の真相に気づいた傑物、天魔のグレーレを除いて。
「さて、地獄だなあ?どう思う、エクスタイン」
灼熱に包まれた深層は、最早迷宮の体裁を保っては居なかった。
基本的に、どのような形状であれ、地下へ地下へ、奥へ奥へと進むようになっているはずなのだが、大罪迷宮エンヴィーのその奥には最早、階層の概念はなかった。すべてが焼けて、砕けて消えている。ひたすらにある奈落へと進んだ先、恐らく偶然に発生した周囲の熱を遮断する岩陰に立った天魔のグレーレは、隣に立つエクスタインに笑いかける。
《これまで
彼の姿は異様だった。そもそもヒトの形をしていない。巨大なる【魔導鎧】で全身を包んでいる。中央工房にも流していた魔導鎧の、その完成品。それも今回のエンヴィー探索のために用意した特注品だ。周囲を満たす炎の魔力、その熱を吸収することで搭乗者へのダメージを塞ぎ、熱をエネルギーとして変換し、稼働する。
エンヴィー探索においてこれほどまでに有効な鎧はないだろう。少なくとも、コレがなければエクスタインは即座に脱水症状を起こすよりも速く焼け死んでいた。(グレーレは何故か鎧も無しに平然と立っているが)
その二人の視線は、岩陰からのぞき見える、奈落の底に向いていた。
太陽神にすら届きそうなほどのまばゆさを放つ、灼熱の竜。
その長大な肉体を火口の底でうねらせながら眠る、【大罪竜エンヴィー】がそこにいた。
《……なんなんですかね、あれ?》
「見たとおりだ。この山脈全てのエネルギーを奪い去った邪悪な竜よ」
《それはわかりますが……》
正直、エクスタインとしては、あれを生物としてカウントして良いかわからなかった。巨大な炎の魔術を放ち、それがうねるとき、生物のように見えることがある。今、奈落で見えている竜は、まさにそのうねる炎そのものだ。常に放出し続ける灼熱が、鎧越しであっても、エクスタインに冷や汗をかかせた。
《それに、仲間……眷属竜でしたか?それは》
例外はあるものの、大罪竜には、基本的に、自分の魂を別けた部下の竜がいるというのは事前に聞いていた。が、ここにたどり着くまでの間にその仲間の竜には一度も遭遇しなかった。少し上の深層ではまだ遭遇した、【魔人種】の類いも、ここには全くいない。それもまた異様だった。
「いないだろうなあ?」
《何故》
「
グレーレのシンプル極まる解析に、エクスタインは顔を引きつらせた。
《……冗談でしょ?》
「事実だ。色欲のように、自らを眷属竜として別ける事も出来ぬ。比較対象があれば敵であれ味方でアレ際限なく燃え上がり、上回り、それらを焼き尽くす。そういう性質なのだ」
つまり、この最深層にいる敵は大罪竜エンヴィーのみだ。
ただし、あの竜相手には数の利すらも無意味だろうとグレーレは言う。
「敵対者が増えるほど、比較対象が増えるほど、竜の火力は跳ねあがる」
《なんというか、竜退治と言うよりも、天災を打倒するみたいな話に思えてきたのですが……?》
竜達のもたらす被害を災害、天災と称することはあるが、それでもそれらは例えられるだけで、実体がある。しかし、この山脈の地下に眠る竜は、まさに現象そのものに思える。倒そうと思って倒せるのか、分からなかった。
「なんだ今更気がついたのか?大罪竜討伐とはそういうものだ。お前の旧友がやってのけたのはまさにソレだ」
《うーん、改めて彼には1万回殺されても仕方ないなあ》
「なに、良い情報もあるぞ?恐らくだがエンヴィーは既に真っ当な知性が無い。エネルギーのため込みすぎだ。自身の炎に、知性が焼き切れている」
《それは、良い情報……なんですかね?》
「ああ、今観察する限り、知性は疎か肉体まで崩壊しかけていて、遠からず爆発してエンヴィー領が消し飛ぶ可能性が出てきたという情報よりは、好材料だろう?」
《今地獄みたいな話が聞こえてきたんですが?!》
エクスタインは思わず叫んだが、そのときには既にグレーレはその場には居なかった。岩陰から飛び降りて、まっすぐに、灼熱の竜へと向かっていく。大罪竜もまた、接近する存在に気がつく。知性は無い。だが、自らを比較し、更に己を焼く為の対象が近づいてきたことを理解し、機械的に、その身体を持ち上げ、吼えた。
『A――――――AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!』
「さあて、楽しい楽しい現地実験の時間だ!!互いに簡単に死んでしまわないように頑張って殺し合おうじゃあ無いか!!!」