かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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天賢王勅命・最難関任務 嫉妬の超克②

 

 グレーレは長年、自分が支配する大罪都市国エンヴィーの足下で蠢く嫉妬の竜を観察し続けてきた。

 

 魔術師であり、研究者であり、探求者でもある彼が、世界最大の邪悪にして、負の真実に最も近い存在である大罪の竜を観察しないわけがなかった。出来ることならば、生きたままその肉体を見聞し、解体したいとすら思っていた。

 

 だが、今日まで、直接的な調査には踏み切れていなかった。

 

 理由は単純明快だ。本当に、どうしようもないまでの実力不足。それまでのグレーレの研究の成果では、嫉妬の竜の火力を凌ぎきることが出来ず、近づくことも困難であったという、本当にそれだけの話だった。

 

『A――――――――――――!!』

「カハハ!!たまらんなあ!!そう思うだろエクスタイン!!」

《それに答える余裕が全くないんですが!》

 

 だが、今は違う。

 断片的な情報から、嫉妬の特性を考察し、研究に研究を重ねた。エンヴィーと直接対峙したのはグレーレも今回は初めてではあるが、灼熱の竜は彼にとっては旧知の間柄に等しかった。「やあ、やっと会えたな友よ!」と抱きしめたい気分だった。

 もっとも、その親友が、今から自分達を殺しにかかるのだが。

 

 大罪竜エンヴィーがその口を大きく開く。攻撃が来る。

 

『AAAAAAAAAAAAAA---!!!!!!』

「カハハ!来るぞ!!!絶対に防御しようなどと考えるなよ!!」

《わかってます!!【幻影術式起動!!】》

 

 炎蜥蜴が吐き出すような、なまっちょろい炎の吐息ではない。口を開いた瞬間、爆発するような光が放たれ、その光がターゲットを焼き尽くす。しかもこの光は防御不可能ときている。

 そう、ただの防護術式は通じない。何せ、相対する存在があれば、必ずその性質を上回る火力を【白炎】が獲得するのだ。強靱なる守りの壁にぶちあたれば、その壁が溶けて無くなるまで火力が跳ね上がる。封印し、力を抑え込もうとしても同様に、抑えきれなくなるまで火力が上がる。とにもかくにも、際限なく火力は上がり続ける。

 

 脳筋、なんて次元ではない。最強最悪のパワープレイだ。

 

《回避ぃ!!》

 

 エクスタインの魔導鎧がグレーレと自身を模した無数の幻影を作り出す。単なる視覚偽装ではない。ほぼ実体を伴ったその幻影は、全方位に拡散し、嫉妬の【白炎】の狙いを散らす。それでも攻撃範囲が莫大で、大半は纏めてなぎ払われるが、回避の余地は生まれた。

 

 希少すぎる時間の猶予だ。この間に速攻を決める。

 

 時間的な猶予は皆無だ。グレーレを護る術式も、徐々に崩壊を開始している。周辺の気温が上がり続けている。この空間そのものが、嫉妬の性質を有している可能性がある。

 

「さあ、実験だ!」

 

 グレーレが虚空からバラバラと、魔導人形(ゴーレム)を展開する。手のひらサイズにとどまるそれらの人形が無数に、大量に、雨のように降り注ぎ、奈落の底でうねる嫉妬の大罪竜へと取り付いていく。

 

「【自律制御術式駆動】」

 

 ここ何十年もの間のグレーレの研究していた術式。危機に応じて、自らの構築術式を更新し続ける、自己進化型の魔導術式。それ、即ち、“嫉妬の権能の再演術式だ”。あの怪物、ユーリの剣を正面から受け止めることが叶った時点で、グレーレは自らの研究が完成へと至ったことを悟った。

 いま、嫉妬の竜に降り落ちた小型人形は、その全てが、嫉妬の術式を孕んでいる。それがどういう現象を引き起こすか。

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAAA----------AAA!!!?』

「互いの尾を食いあうウロボロス!無限の象徴!だが、普通尾を喰いあえば、最後は消滅するよなあ!?」

 

 嫉妬のエネルギー上昇には、上限がある。

 どれだけの権能を有していようと、どれほど非現実的な力があろうとも、机上ではなく、この世界に物理的に存在しているならば、不可能な事はある。権能に限界がなかろうと、環境には限界がある。至極当たり前の話だ。熱を維持する空気や、権能を維持する魔力は無限ではない。嫉妬のエネルギー上昇を無限に支えるだけの基盤が、この世界には無い。

 

「【OOOOOOOO――――――     】」

 

 人形が取り付いた竜の身体が、一瞬、凄まじい発光を起こし、次の瞬間には砕け散っていく。大量に降り注いだ人形は、結果としてその全てが竜特攻の爆弾となって、エンヴィーの身体を破壊した。

 

《凄い!!とてつもないですね!》

「カハハ!!素晴らしいだろう!!一体金貨100枚だ!!」

《とてつもないですね!?!》

 

 エクスタインは驚愕する。今、この男が乗っている魔導鎧は更に上の桁を行く事実を口にしたら、操作を誤りそうなので黙っておいた。

 なにせ、大前提としてこの迷宮の温度に耐えうるだけの耐久性が必要なのだ。その素材費だけで恐ろしい勢いで金が消し飛んだ。ついでに、中央工房が今日までため込んでいた大量の希少素材も全て消し飛んだ。

 歪な形ではあるが、エンヴィーという国がこれまで蓄積し続けてきたものを全て吐き出す総力戦と言える。なかなか痛快な事だった。

 

『AAAAAAAAAAAAAA!!!!』

「やはり反撃も単純な咆哮ばかりだ。まあ、それが一番凶悪なのだが――――?!」

 

 グレーレが言葉を中断する。周囲が震える。迷宮そのものが、ギンガン山脈全体が揺れ動く。ギンガン山脈の揺れとは、それ即ち、大罪竜エンヴィーの変動そのものに他ならない。

 エンヴィーが動く。それを理解した瞬間、グレーレは自らの周囲に展開する自立術式を更に重ねて展開した。そしてそれが彼の命を救った。 

 

『AAAAAAAAAAAAAAA――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!』

 

 

 光が白炎が一帯の全てを包む。

 一切の防御も許さぬ白炎の大爆発は、グレーレの半身を焼いた。

 

「――――っが」

 

 死ぬ。と言うよりも死んだ。生命活動に必要な臓器の大半が焼かれたことをグレーレは直感した。呼吸も出来ない。身体を動かすこともままならない。

 だが、当人の意思を介さずとも、機能するのが自立型術式の最も優れたる部分だ。

 体内に事前に仕込んでいた無数の蘇生術式が、周囲の破壊を感知した瞬間機能する。蘇生に必要な莫大な魔力を【天魔】の無尽の魔力供給を流用することで、全てをまかなう。一瞬の死の後、グレーレは即座に蘇生した。

 

「――――ごえ……!――――――ッハハハ!!全方位、咆哮か!いや、最早ただの爆発だなあ!!!」

 

 臓器が破壊され、それが再生する。その凄まじく悍ましい感覚に、グレーレは血反吐を吐きながら顔を歪め、笑った。希少極まる臨死体験だ。命の瀬戸際、鍔迫り合いに喜びを見いだすような狂戦士ではないが、しかし、こうも未体験の経験と、それに伴う実験が出来るのは、喜びがわき上がってくる。

 

《グレーレ!!!》

「太陽神の再現かあ!?不敬だなぁあ!!他人の事は言えぬが!!!!」

《しゃべると死にますよ!?》

「喜ばしいのだ!!“何せお前が無事なのだからなぁ”!!」

 

 グレーレと同じく、今の咆哮を喰らったにもかかわらず、エクスタインの使う魔導鎧は無事だった。己が生み出した鎧が、あの壊滅的な光を前にしても尚、耐えきったのを観察できたのは幸いだった。

 【白炎】に正面から耐えきったのであれば、打ち勝てる。

 

「【対・大罪竜決殺兵器ガネイシャ】の最終機構起動!!いけエクスタイン!!」

《この操縦席滅茶苦茶熱いんですけど!!?》

「おっと、まだ改善の余地があるか。あとでレポートにまとめておいてくれ」

《死んでいなければ!!!》

 

 エクスタインのやけくそ気味な声と共に、魔導鎧ガネイシャは動き出す。

 中央工房の馬鹿息子にくれてやったものとは出来の次元も、サイズも違った。巨大なる人形を彷彿とされるヒトガタ。しかしその実体は5つの魔導核と1つの真核魔石を使って、自立術式を常時稼働させ続ける最終兵器だ。

 

《“相克状態”の装甲一部パージ!!!》

 

 更に、白炎と“喰らい合い”になった鎧を剥がして捨てる機能も持つ。不足した装甲は、自立術式が新たに生み出し、自分の子となる自立術式を添付する。それが再び白炎を防ぐ。

 あまりにも生物的な機能を有した、奇っ怪なる最終兵器が、灼熱の大罪竜に突貫した。

 

『A――――――――――――――――――!!!!!』

《ぐ………うぅううううううううおおおおおおおおおおおお!!!!》

 

 無論、言うまでも無く、【白炎】そのものの嫉妬に近づけば、いかに徹底的な対策を積んだ【ガネイシャ】でも厳しい。装甲が次々とはがれるが、その全てが即座に灰に還る事は無かった。その僅かな猶予時間をフル活用して、人形達が破壊した大罪竜エンヴィーの身体に、さらに巨大なこぶしをたたきつけ、破損箇所を広げていく。

 

 ダメージが広がれば、場合によっては、本当に崩壊を起こしてエンヴィー領が消し飛ぶ可能性もあるが――――まあ、その時はその時だなあ?

 

《ウルに、殺されるまでは、死ねないなあ…………!!!》

「うむうむ、気持ち悪くて元気だなあ!?さあて、こちらも出し惜しみはナシといこう」

 

 自国が跡形も無くなる可能性を前にも尚、グレーレは笑い、指を鳴らす。

 途端、彼の周囲に新たなる術式が出現した。

 それは普段から彼が作り出す魔言の術式とはややその様相が異なった。平面的な形状ではない。優れた職人の手で生み出された宝石のような、正八面体の術式が3つ並び、そのうちの二つが魔力の光を放ちながら回転を開始する。

 

「【大罪権能再演術式駆動開始】【色欲】【虚飾】」

 

 術式が激しい音を立てる。

 天魔のグレーレの叡智の結晶、その術の詳細を知る者は彼以外にはいない。だが、術式が奏でる不協和音は、自壊していく破滅の音だと理解できた。彼が産みだした精密なる魔術術式は自損を厭わず、尚も輝きを強くする。

 

「そして【対竜術式(仮)駆動】」

 

 そして最後の一つが輝き始める。先の二つと同じく廻り、その音は他の術式と比べて濁った不協和音は奏でなかった。高く澄んだ、鈴のような音色。しかし代わりに、自壊速度は他三つの比ではない。

 それを見てグレーレは興味深そうに眉をひそめ、そしてさらに好奇心に溢れた笑みで、笑った。

 

『AAAA――――――――――――――――――!!!』

「さあ、最終実験だ!!親友よ!!共に真理へと至ろうじゃあないか!!!」

 

 哄笑と共に、大罪迷宮エンヴィー最深層は強大なる光と破壊の音に包まれた。

 

 そしてその果てに、天賢王勅命(ゼウラディアクエスト)、嫉妬の超克は成った。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 そして、現在。

 

「まあ、そんな有様だったな……ふむ?なかなか美味いな?良い味付けだ」

「食事の味なんて全く興味ないタイプだと思ってたけど」

「料理は好きだぞ?学術的だ」

 

 帰還した天魔のグレーレは、実に何でも無い様子で、自分より数百歳年下の少女達におごらさせた食事に舌鼓をうっていた。

 

 

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