かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
「まあ、エクスタインのやつが死なずにすんだってのは良かったけど」
「なんだ、アレの心配をしていたのか?お前達を裏切ったのだろう?」
「私もアカネ様みたいに顔面殴りたかったってだけ」
「私もだ!」
「モテモテだなあ、あの優男」
この世界で最も偉大なる魔術師、天魔のグレーレとの食事は続いた。といっても、一方的にグレーレが、奢りであることに負い目も遠慮も無く食事をとっているだけだが。(意外なことに、グレーレは割とよく食べた)
その合間合間に語られた嫉妬の大罪竜の超克は、正直食事の席で語られるような内容とはとても思えなかったが、しかし未だ大罪の竜と直接的な接触を経験したことの無いリーネとエシェルにとって、参考になる話でもあった。
大罪の竜が、理不尽極まった災禍であると、よく理解できた。
しかし、そんな大罪の竜に一度殺されるような目に遭ったグレーレはというと、引き続き遠慮無く頼んだステーキを(何故か茶屋なのにステーキがメニューにあった)を楽しそうにナイフで引き裂いていた。
「アイツの頑張りのおかげで、嫉妬で試したいことは大体試せた。後は最後のお楽しみというやつだ」
「強欲……」
これから、自分達が挑むことになる大罪竜の名をリーネはつぶやいた。
勿論、言うまでも無く、侮るつもりは無かった。竜がどれほど恐ろしいかは、【陽喰らい】で思い知ったのだ。まして、それの親玉が相手ともなれば、と、覚悟はしていた。
だが、グレーレから実に客観的で、恐ろしく詳細な嫉妬の竜との戦いを語られると、やはりまだ、どこか認識に甘えがあったのだと思い知らされる。天災、天変地異、そんな最早とらえどころも無いような人類の“敵対現象”と、対峙しなければならないのだ。
よくぞウルは、それを打倒できたなと改めて思う。
だが、そんなリーネの表情に対して、グレーレは笑った。
「楽しみだろう?この戦いに勝利すれば、前人未踏の世界が広がるのだぞ?」
話を聞く限り、一度戦いのさなかに死んでいるにも関わらず、グレーレはまるでブレてはいなかった。
「未踏って……魔界のこと?」
「それだけではない。その後に起こるあらゆる事象が、前人未踏だ。最早コレまでの常識など何の役にも立たないような、真の混沌が起こる」
「ああ、楽しみだ」と、そう言って彼は笑った。リーネはあきれ、そしてエシェルは少し怒るような表情になる。そして咎めるようにグレーレをにらんだ。
「王は、死にそうな思いでやってるのに……」
「お前は善良だなあ、女王。だが、もう少し気楽に構えろ」
ステーキを綺麗に食べ尽くして満足したのか、食器を皿に預けると、グレーレは肩をすくめた。
「一応言っておくが、王にあらゆる負荷をかけるこの世界は、俺にとってもあまり愉快な形ではないぞ?だからこそ、バベルの調整を行ったしな?」
意外な情報が飛び出てきた。エシェルもリーネも目を丸くする。
「負荷軽減を、貴方が?」
先の天賢王からの依頼を聞いたとき、話は聞いていた。王のいたたましい傷、その負荷を少しでも軽減するために、バベルの塔がそういう機能を有しているのだと。だが、まさか、その調整をグレーレがやっているとは思わなかった。
いや、冷静に考えれば、バベルのような秘中の秘であり、世界を支える根幹のような設備だ。その調整を担える者など、本当に限られる。天魔のグレーレならば適任と言える。だが、それでもやはり意外だ。
王の為に、なんて考えて行動する男には見えなかった。
「歴々の王が民の前で堂々と振る舞うのに、影で血反吐を吐くのがあまりに痛々しくてなあ?」
そう言って笑うグレーレは、一見して王達の運命を嘲っているようにも見えた。だが、彼のその表情は、どこか遠くを見つめ、そして少し、寂しそうだった。
彼は森人だ。普通の種族より長い時を生きる。そして極まって有能な魔術師でもある。それがどういうことか――――
「歴代の王達を、見届けてきたのですか」
「長命種の宿命よな。ソラウラスやミルフィリア、カリアーナ、王達は誰も彼も優しくて、そして短かった」
そう言って挙げられた名前は、確かに歴代の王達の名だった。その名前を呼ぶときのグレーレの声音に、僅かな親しみが込められていたのは、聞き間違いでは無いだろう。
「俺とて、ここに参加を決めた時点で、やるべき事は理解しているとも。それをないがしろにしようなどとは思わない。だが、自分の楽しみを見いだす余裕くらいは、持つべきだなあ?」
「むう……」
「滅私が過ぎると、苦しむのは周りだ。分かるだろう?」
確かに彼の言うことは正しかった。自分の事なんてまるで気にかけず、周りにばかり気遣う者は、正直言って痛々しい。【歩ム者】にそういう傾向のあるのがいるのだから殊更にそう思う。
だが、しかし、リーネは眼を細めてグレーレを見つめた。
「そうは言って、貴方、自分が楽しみたいだけでしょ」
「カハハ!ばれたか!」
ケラケラケラと彼は笑った。エシェルは度しがたいものを見る目で目の前の怪人を睨む。リーネはあまり驚かなかった。この男の性質は大体理解できた。ヒトらしい情は持ち合わせているが、一方で一番大事なのは自分の研究なのだ。
自分もそうだから、よくわかった。
「レイライン、特にお前には特に期待しているぞ?」
「何故」
「魔術師という立場で、精霊と竜の権能飛び交う人外魔境に足を踏み入れて、尚研究者としての戦意を失わない者は希少だからなあ?」
確かに、【陽喰らい】以降、魔術という限界と、それを大きく超える怪物達の存在を目の当たりにする機会はやたらと増えた。今まさに隣にいるエシェルなんかもその一人だ。
魔術を学んでいると、最初は慢心する。魔術は万能なのだと。
だが学びを進めるほどに、その万能感は薄れる。極めるほどに、その限界は見えてくる。リーネは魔術を研ぎ続け、その限界が見えつつあった。それは彼女の英知が魔術の限界点に到達しつつある証拠だった。
しかし、それでも、リーネは学び、研鑽し、白王陣の糧とする意欲を全く衰えさせてはいなかった。限界を知って尚、それを超え、先へと進まんとする意欲に満ち満ちていた。
「この世界が滅ぶような天災も、糧として見るがいい」
「言われるまでもないわよ」
即答すると、グレーレは心底満足そうに笑い、立ち上がる。言うだけ言って、もう用が済んだらしい。そのまま去って行くのかと思いきや、彼はリーネ達の前で、テーブルに何かをのせた。
「これは」
「奢りの対価だ。換金は難しいが、役には立つかも知れんぞ?」
それは、立方体の魔導具だった。きわめて精緻なパズルのように組み込まれた部品が、一種の芸術作品のように美しく収まっていた。リーネが慎重に持ち上げると、グレーレは特にその説明をすることも無く、立ち上がり、いつも通りの挑発的な笑みを浮かべた。
「レイライン、ミラルフィーネ、どちらの研鑽の成果も楽しみにしている。ではな」
そう言って、光と共にその場から転移によって消え去った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………ふぅー……」
そして、グレーレが去って行った個室にて、エシェルはぐったりとテーブルに顔をつけた。だらしがない、と言いたいが、リーネも同じようにしたい気分だった。椅子にぐったりと背中を預けて、天井を眺めた。
「七天って、誰も彼も濃い……」
「そうね……」
何せ、今なお世界を支えている王とその配下達なのだ。濃いのは当然、それくらいのアクの強さが無ければ、多分胃を痛めて死んでしまう。
「というかアイツ結局何しに来たんだ!まさか本当にご飯奢ってもらいに来たのか!?」
「可能性はあるわね」
「う゛ー……」
「ま、助言のつもりなんじゃない?「期待している」、嘘じゃなさそうだしね」
昼食の代金代わりに置いていった魔道具を眺める。既存の魔術儀式と最新の魔導機が見事に融合しており、改めてみても精緻な代物だった。未だに効力は不明で、それを解き明かせるかどうか含めて、あからさまな挑発で腹は立つが、彼に奢った食事代よりも遙かに高価な代物なのは間違いなかった。
そういったものをこちらによこしてきている時点で、リーネ達に興味はあるのだろう。それこそ、遊び半分であるかもしれないが。
「それ、どうするんだ……?」
「さあ?ああ言っていた以上、役に立たない置物って事は無いでしょうけど」
しまっておいて、と、エシェルに渡して、リーネは伸びをする。
軽い休憩のつもりだったが、とんでもない話を聞かされてしまったものだ。七天というのはヒトの休みをつぶすのが好きなのか?と、呆れる一方で、身体の奥底から、なにか、たぎるような感覚に
――――レイライン、お前には特に期待しているぞ?
「やってやるわよ」
世界最高峰の魔術師の挑発だ。まんまと乗ってやろうじゃ無いか。
リーネはそう決意し、その小さな手を強く握りしめた。
「なあ、リーネぇ……これそのまま鏡に突っ込んで大丈夫なのかなあ……」
「大丈夫でしょ、多分」
「私の鏡が荒れてるのリーネの所為なのでは……?」
「気のせいよ、多分」