かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
「いやあ、騎士団に任せようとしたんだけど、魔剣を持ってたからちょっとね」
目立たぬよう、場所を移動した後ディズから話を聞いたユーリは呆れた。
結局、彼女のいつも通りだったからだ。
「七天の権限をもっていないのに、やり過ぎると貴方が捕まりますよ」
釘を刺すようにそう言うと、返事がない。訝しみ、彼女を見ると思いの外ガックリと肩を落としている。なんというか、想像以上にスーアから七天を外されたことが堪えていたらしい。
「鬱陶しい。いちいち凹むのは止めなさい」
ユーリは更に呆れ顔になってディズを叱咤した。
「立ち場がどうなろうと、やることを変えるような女ではないでしょうが、貴方は」
「……ん、そうだね」
《そーよ、それににーたんとこにはいってるんだから》
緋色の猫の形となった赤錆の精霊憑き、アカネもまた、ディズを励ました。七天を止めても尚、ディズと共にいるらしい、というのは今は置いておく。それよりも気になったのは、
「【歩ム者】、加入したのですか?」
「聞いています。彼らのギルド員としてなら、私達は干渉できません」
スーアが頷いた。ユーリは眉をひそめる。
「良いの、ですか?」
【歩ム者】と王が契約を結び、今回の大罪迷宮グリードの攻略に協力してもらうという話になったことはユーリも既に聞いている。そのギルドにディズが加入したと言うことは、結局彼女もグリードの探索に参加してしまうと言うことになるのでは?
「立場をわきまえるなら」
スーアはそう言って、ディズの前に近づく。七天の時からそうしたように、ディズはスーアの前で跪き、視線を合わせた。
「グリードでは、貴方は【七天】ではなく、【歩ム者】。忘れないように」
「……承知いたしました」
そして恭しく礼をして、彼女の言葉に頷くのだった。
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「彼女を休業させた理由ですが」
「はい」
ディズとアカネと分かれた後、スーアは中断された話の続きを口にし始めた。
「
だろうな、とはユーリも思った。あの女の聖人性はユーリが一番知っている。幼い頃から彼女のことは見てきた。鈍くさく、才能の欠片もないが、誰かの苦悩に共感し、困難から誰よりも率先して立ち上がれる女。星剣に選ばれるにふさわしい少女。
だが、それ故の危うさは、確かにあった。
「グリードとの戦いの窮地で、彼女が七天という立場にいると、すこし、命を“捨てすぎる”」
「それが“見えた”と」
スーアは頷いた。無数の精霊による精度の高い予知がそう告げているというのなら、確かにそうなりうるのだろう。その事はユーリの腑にも落ちた。
自分が最も、七天で弱いと理解しているが故に、やらかしかねない。腹立たしいことに、彼女は確かにそういうことをする。
万能ではない身で、命を選ばざるを得ないことに苦悩し続ける女だ。あの、親しくしている赤錆の少女すらも、必要であれば血涙を流しながら使いつぶすことも厭わないだろう。その自分が天秤の片側に乗ることになれば、向かいの皿が重要であると悟ったならば、ためらいなく自分を切り捨てる。
心底不愉快な事に、彼女はそれをする。
「安易に自己犠牲に走るような者ではないですが、そうせざるを得ない窮地に陥る可能性、道筋はグリードには無数に存在している」
「はい」
「ですが我々は、簡単に欠けるわけにはいかないのです。わかりますね」
「はい」
スーアの言葉に、ユーリはディズがしたように跪いて、頭を下げる。目の前にいるのは幼く、感情豊かで愛らしい、王の御子では無かった。次代、世界を背負うことになる偉大なるヒトだった。
「私は、特性上、最深層には向かえない。ですから、ユーリ」
下げられた頭を、スーアがそっと触れる。そして祈るように、頼んだ。
「頼みます、“最強の七天”」
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竜吞ウーガがグリードに到着してから一週間後
【大罪迷宮グリード・中層・第二十九階層】
大罪迷宮グリード、その深層へと至る入り口。
かつて、黄金級の冒険者グレンと彼率いる一行がこの場所を陣どり続けていた番兵を打ち倒す事で確保することに成功した非常に数の少ない転移可能な
迷宮内でも安全確保された希少な場所であるはずだが、上層の安全領域のように冒険者達がたむろしている様子はなかった。経路は確保されている為此処への転移は通常よりも容易であり、中層を主に活動としている銀級の冒険者達であれば時に此処を利用することもある。
需要はある。なのに人気は全くない。此処の利用者も、他の安全領域のように、資材を持ち込んで、休憩施設などを建築するような真似もしていない。
ここに来た誰もが思うのだ。
下の階層、深層へと続く巨大な階段。
そこから流れてくる、背筋も凍るような悍ましい気配を感じれば、誰もが思う。
ここに長くは居たくない、と
「到着っと」
その場所に、ウル達【歩ム者】は姿を見せた。
「深層前まで直通とは便利なもんだ」
「グレン様に感謝ですね。黄金級と認められた功績の一つかと」
『カカカカ!あのやさぐれ魔術師、やるもんじゃのう!!』
「ここまでの経路確保も彼の仕事かしら」
「うう……でんいきもぢわるい……」
「転移術が使えるのに、転移に慣れないのは難儀だね、エシェル」
《せなかさすったげよかー?》
冒険者ギルドと都市グリードが共同管理する転移陣から移動してきたのは、ウル、シズク、ロックにリーネ、エシェルにディズ、アカネと【歩ム者】全員だ。ウーガの管理を考えれば、少しは残した方が良いのでは、という意見も出るには出たが、誰も残ろうとはしなかった。
一蓮托生という思いが全員の中にあった。どのみち、この戦いが上手く行かなければ、世界は崖っぷちから転げ落ちる。出し惜しみは出来なかった。
幸いにして、残されたウーガを託す信頼に足る者達に、【歩ム者】は恵まれていた。
「っと」
そして転移先の安全領域の中央では既に何人かが集まっていた。普段であれば、塵一つ残らぬほどに物静かな空間だが、今は神殿の、従者の格好の者達が忙しく動いて、様々な資材を運んでいた。
そして、その中央に、太陽の如く眩い存在感を放つ男が立っていた。ウル達は傍まで近づくと、そのまま跪いた。
「申し訳ありません。遅れました」
「構わない」
天賢王アルノルドは首を横に振った。
今回の攻略においては、王も共に向かう。
その話を聞いたときは、正直「本気か?」と思わないでもなかった。先の話を聞く限り、この世界の全てを護るための要こそが彼なのだ。その彼が、恐らくこの世界で最も危険な場所に足を踏み入れるのだ。誰がどう考えたって危険だとしか思えない。が、「万が一があった場合、待機しているスーアが王として役割を代行する」と言われれば何も言えなかった。
要は、ウル達同様、出し惜しみなど出来る戦いではないのだろう。それほどまでの賭けに出なければならないほど、追い詰められているという証拠でもあった。
【陽喰らい】のバベルの塔同様、この場所が人類生存を賭けた戦いの最前線なのだ。その威圧感に飲まれないよう、ウルは大きく深呼吸した。アルノルド王の横には【天剣】のユーリがいるが、他の七天の姿は見当たらなかった。
「他の七天の方々は?」
「【天魔】と【天衣】は先に深層の偵察に出ている。【天祈】は遅れてくるが、待機だ。【天拳】は……」
と、彼はそう言って、一角を指さした。その一角には従者達に混じって、冒険者ギルドの制服を纏った者達が何人かいた。そしてそこには
「来たか、ウル」
「イカザさん?」
冒険者ギルド、ギルド長のイカザがいた。黄金級の授与式以来であったが、今の彼女は授与式の時のような、見栄えを重視した鎧ではなく、陽喰らいの時にも纏っていたような、実用を重視した戦鎧の姿だった。剣も二本、きっちりと備えている。
「イカザさんも攻略に?」
「いや、私は待機部隊だ。万が一の時、
迷宮の探索時、自力での脱出が困難になった際にでる救助隊。確かに冷静に考えるとこれほどの規模の迷宮攻略となると、その手の協力者の存在は必須だ。
イカザ以外にも複数の冒険者達がその場に集っていた。見れば、誰も彼も、銀の指輪を手にしている。陽喰らいの時、見かけた顔もあった。(ウルの顔を見ると、目立たぬよう軽く手を振ってくれた)
ずいぶんと豪華な待機組だった。が、理由も分かる。
「なるほど、深層に救助に向かえるヒトは限られるのか」
「出来れば、クラウラン殿にも来てもらいたかったが」
【真人創りのクラウラン】
黄金級冒険者の一人。冒険者と言っても、少し、否、かなり特殊な能力を有してい人材であるという話しは聞いている。グラドルの騒動やディズ経由で少し話はきいたことがあったが、なかなか直接の接触はこれまでなかった。
「彼には、七天が一カ所に集まるこの状況で問題が起こらぬよう、イスラリア全土の警戒に回ってもらっています」
すると、話を聞いていたのか、天剣のユーリが更に補足した。「不甲斐ないことですが」と、やや苦々しい表情を浮かべながら。
「残された騎士達だけではどうしても対処困難なトラブルが起きたとき、彼にはフォローに回ってもらいます。なので留守の心配はありません」
「だから、安心して潜れ。万が一の時は
コイツ?と首をかしげると、イカザは自分の背後を顎でしゃくる。見れば、周りは忙しくなく働いているのに、一人だけ死ぬほどふてくされた顔で寝転がっている男がいた。
「…………何してんの師匠殿」
「あー畜生まじでめんどくせえ……」
訓練所の主、ウル達の師匠であるグレンがそこにいた。
しかも、その右手に“金色の籠手”を付けて。
どうやら結局、最終的にグロンゾンからきっちりと押しつけられたらしい【天拳
「言っておくが、ぜえっったい俺は仕事しねえからな……」
「ブチギレ一歩手前だな」
ウルは雑にグレンの様子を評した。
本気で嫌そうである。訓練所の仕事だって本気で面倒くさがる様な男なのだからそれもそうだろう。しかし、そんな彼が一緒に戦いに来てくれること自体、ウルも内心ではありがたく、心強くもあった。(とはいえ、今それを口にしたら確実にぶち切れるだろうと想像がついたので、何も言わなかった)
「つまり、待機組はイカザさん達と、天祈のスーア様?」
「そうなる。と、来られたか」
転移術が起動する。スーアも姿を現した。ちょこちょことウーガに遊びに来ていたときのような、動きやすいローブ姿ではなく、美しい
スーアの登場と同時に従者達は祈りを捧げ始める。それに応じる姿は、何処からどう見ても尊き方の御子たる姿だ。
ただ、一瞬ウル達を見たとき、小さく会釈したときは、ウーガに居たときのスーアと変わらなく見えたのは、少し烏滸がましいだろうか。
「これで全員か」
こうして、偵察に向かった二人を除いて、全ての七天が揃ったと言うことになる。あと、この場に揃っていない者がいるとすれば――――
「よう。皆々、元気そうだなあ」
地の底から響くような声と共に
「遅いぞ、魔王」
「悪い悪い、グリードの賭博場激アツでさあ」
ゲラゲラといつも通りの悪ふざけが過ぎる物言いをしながらも、彼の纏う気配は何時もとは違った。近寄るだけで飲み込まれそうな禍々しい気配が放たれている。スーアや王の纏うソレとは対極の気配に、従者達は畏れるように距離を取った。
そんな周囲の反応を気にすることもなく、ブラックは大股でウルへと近づくと、心底楽しそうに、歯を剥き出しにして、笑った。
「そんじゃあ、世界を滅茶苦茶にしにいこうじゃないか。ウル坊」
かくして、イスラリア大陸が長い年月をかけて培い、選りすぐりの人類の英傑達がグリードに結集した。太陽神の剣たる七天と、黄金の指輪を持つ戦士達。恐らく迷宮が出現し、この世が混迷を極めて以来、最大にして最高の戦力が結集したと言っても過言ではないだろう。
ヒトだけでなく、武具も、技術も、英知も、一切の手抜かりは無い。
紛れもない、人類の総力でもって、強欲の超克へと彼らは挑む。
『――――嗚呼、来ましたか。残念。もっと、準備がしたかったのですが』
しかし、それでも尚、
『然し、贅沢も言えません。百点満点なんて、ねらうものではありませんし』
彼らは地獄を見る事となる。
『1000年の螺旋の果て、全ての終わりを始めましょう』
魔性の瞳は星のように瞬き、笑った。