かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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深層三十三階層②

 

 

 精霊がヒトを変える。

 

 アカネの肉体に起こった変化。到底ヒトからかけ離れた身体。精霊憑きという現象そのものがあまりにも特異すぎて、そういうものなのだと勝手に思っていた。だが、アレが、必要な処置であったというのなら話は変わる。

 

「太陽神ゼウラディアとその眷属に許された権能……いや、権利か?自身が消滅の危機に瀕した際、可能な限り自己を保存するために身体を変化させるのだ」

 

 その手法の一つが、【精霊の卵】であるとグレーレは言う。アレは、自らの機能を停止させ、消耗を極限まで落とすことで、崩壊を防ぐための形態の一つだ。

 しかしそれでは活動は出来ない。活動が出来なければ存在を維持しているとは言い難い。そこで、適当な器をさがし、それを自分が活動するための容器として選ぶ――――が、コレは滅多なことでは上手くいかない。何故なら、精霊を収めるほどの器はそうそう存在しないからだ。

 

 ではどうするか。器の形を変えるのだ。

 

「ただし、ゼウラディアの命令によって、精霊は、直接的に“ヒトに干渉できない”。分かるか?」

 

 器を変えるのは、干渉と言えるだろう。ウルは眉を顰める。一つの結論が出た。やや不愉快な結論が。

 

「…………名無しは()()じゃないと」

「正解」

 

 ブラックが言っていた情報と、グレーレの情報が合致した。

 精霊にとって、名無しはヒトではない。だから変えられる。アカネのように、最早ヒトの形から大きく外れた、形容しがたい何かになるまで、改竄を許される。

 

「そしてこの結果、厄介な問題が起こる。精霊そのものとの同化などという、神官にも出来ないことを、精霊から嫌われている名無し達は出来てしまう」

「…………なるほど。そりゃ消されるわ」

 

 ようやく、精霊憑きがいかに厄介で、希少な存在であるかを理解した。神殿では到底、表だった取り扱いが出来ないような存在なのだ。ディズがアカネのことを「モノ」として扱ったが、それは大分温情ある取り扱いだったのだという事実に、苦い顔になる。

 存在しなかったことにする方がよっぽど賢明だ。

 

「だが、そうなるとエシェルは?」

「だから言っただろう?希少個体だと」

『   A    A――――   』

 

 上の洞穴から、此方を待ち構えるように待機していた悪魔種に、ウルは竜殺しをたたき込む。黒槍をたたき込まれた悪魔種は、一瞬にして砕け散り、粉砕した。

 

「アレは官位持ちの出。当然精霊に肉体の変容をさせられてはいない。何一つ変化もないまま、ミラルフィーネを吞んだ。それのみならず、竜の眼も、挙げ句の果てに大罪竜の魂まで吞み干した」

 

 ソレでけろっとしているのだから、たまらない。と、グレーレは実に楽しそうに笑う。

 

「例外中の例外だな。カーラーレイ一族の品種改良でも、あそこまでの個体は目指してはいなかっただろうに。突然変異なのだろう」

「だとして、彼女は大丈夫なのか?」

 

 ウルは問う。

 別に、エシェルが常軌を逸した怪物であろうとも、ウルとしては何一つとして構わない。常識外の存在なんてのは、アカネでもう慣れたし、ウルだってもう既にその仲間入りだ。【歩ム者】に常識的な範疇にとどまっている者などいない。

 だから、問題が無いならそれでいい。問題があるなら対処する。それだけの事だった。

 

 そのウルの割り切りをどう思ったのか、グレーレはもう一度楽しそうに笑った。

 

「まあ、今のところは単なる()()()()よ。それ以上でも以下でもない。“その上で何と成るか”だが、まあそこは「お楽しみに」と言う奴だ」

「変なもの喰わないようにって言っておくよ」

 

 ミラルフィーネとプラウディア、この二つだけでも天賢王とその御子が直接訪ねてくるような大事だというのに、これ以上の何かが起こると、多分エシェルが精神的にパンクする。できる限り、何もないことを祈るしかない。

 しかし―――

 

「おや、どうした?まだ言いたいことがありそうな顔だな?」

 

 ウルの苦々しい顔を見て、グレーレは楽しそうに問うた。

 当然ある。聞かなくとも良いが、確認せずにはいられないことがある。

 

「精霊は、器の形を変える能力があると」

「そうだな」

「…………()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 グレーレは実に楽しそうに笑った。

 

「理解の早い生徒に教えるのは楽しいなあ?まあ、お前の身に起こった現象は、そう単純でも無いが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なら」

「そう、急くな」

 

 グレーレは笑った。

 

「世界が必死に隠しているものを、焦って暴くものではない。まずは目の前の世界の危機を、凌ごうでは無いか。なあ?」

 

 そう肩をすくめて、そして前をしゃくった。

 

「そら、地獄が広がっているぞ!」

 

 ウルの視界に広がるのは、恐らくこの三十三層目の一番奥だ。

 シズクの探査によるマッピングでは、次の階層への階段が在るのは間違いなくこの場所だ。しかしそれ故、と言うべきか、最も強固なる守りに固められていた。

 ウルの視界に広がるのはこの階層では他にない天井まで数十メートルはあろう巨大な大部屋であり、ウル達が覗いているその場所は、その大部屋に幾つか存在している窓のような出入り口の一つだった。この部屋に繋がる道は全てウル達の居る方角に集中しており、向かい側の下層へと続く階段の在る方角に直通する道は一つも見つかっていない。

 その窓から覗きこめる大部屋、その正面には部屋の中央を真っ二つに区切ってしまうような巨大な防壁が鎮座していた。神官が生み出す防壁に似ていて、継ぎ目や瑕疵の類いが一切無い一枚岩がせり立ち、その上に幾多もの魔物達――――悪魔種が立ち並んでいた。

 

『――――』

 

 距離があるためか掴みづらいが、おおよそ三メートルほどの体躯の悪魔が等間隔に数十体並んでいる。顔はヒトのように目鼻口は無く、代わり中央に赤黒い水晶のようなものが埋め込まれている。瞳の役割を果たしているのかギョロギョロと蠢いて見えた。

 手と足は異様に長く、背中には焼き爛れて骨組みだけ残ったような翼がある。とても飛翔能力を有しているようには思えないが、アレで飛ぶのだとグレンから聞いている。

 防壁の外にも悪魔達は居る。彼らは美しさすら感じるほど乱れなく並び、迷宮の広間を巡廻していた。周囲を忙しなく見渡し、侵入者を警戒している。上空にも、それはいた。まさしくあの骨組みだけの翼を羽ばたかせて辺りを見渡している。遠くの迷宮の隙間からそれを眺めているウル達だが、もしもグレーレが結界を張っていなければ瞬く間に気付かれていただろう。

 

 休みも、油断もせず、侵入者を待ち構え、迎撃する。その為だけに彼らはいた。

 

「……まるで都市防衛の騎士団だ」

「まさしく、その模倣であろうな。騎士団よりもより機械的で、より強固だろうが」

 

 ヒトであれば、休まねばならないし交替することもある。気が緩み、怠けることもあるだろう。どれだけ強固な騎士らであってもそれは変わりない。それが一切無いのだから、

 

「……迷宮から溢れたら、地獄だな」

 

 ウルはゾッとした気分になった。守りにおいてもこうなのだ。攻めにおいても、悪魔種達は完璧な連係と、緩み無い猛攻を仕掛けることとなるだろう。ヒトの組織を模倣し、それ以上の練度と連係、そして死すらも畏れずに攻めるのだ。

 まともにぶつかれば、人類では絶対に勝てない。その事実が容易に想像できてしまった。

 

「歴史上その危機は何度かあったぞ。お前も知る【神鳴】が阻止したこともある」

「王が今の世界を危惧した理由も分かるわ。危ういもんだ」

「無論、我等の戦力であっても打倒は可能だろう……が、此処はゴールではなく、道中。やはりいちいち消耗などしていられぬなあ」

 

 故に、と、彼は懐から何かを取り出す。

 ウルからみて、それは魔術を封入し炸裂させる魔封玉のように見えた。しかし、ウルの知るソレと比べてサイズが明らかに一回り大きく、そしてその周囲に刻まれてる術式の量と細かさの桁が違った。執念、と言う言葉が相応しいようなレベルで、一切の余白を術式で埋め尽くしている。

 

「……その、見るからに危険で怪しいブツは?」

 

 圧を感じたウルはやや顔を遠ざけるように仰け反り尋ねた。グレーレはウルの素直な反応に実に楽しそうに笑った。

 

「慧眼だな。危険で怪しいブツそのものだ。これは」

「……んなモン使うの?」

「混戦時は到底使えぬ代物だが、此処でなら後始末の心配も無く、巻き込む味方もいない。まさに使い時というものだそーれ」

「あーあー」

 

 ウルの懸念を余所に、グレーレは実に呆気なく、そのブツを放り投げてしまった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 悪魔達はいち早く、放り込まれたその物体を感知した。

 

『――――――AA』

 

 感知は瞬時であった。

 この大部屋には悪魔達が敷いた感知結界が張り巡らされている。彼らは鋭敏にそれらを察知し、そしてその感知は術者のみならず、その場にいる全ての悪魔達に伝播する。彼らは軍隊でありながら一個の生命体のように動くことが出来た。通信魔術により彼ら全員は繋がり、情報のやり取りは瞬時に行われるのだ。

 ヒトの軍隊であればそれはできない。常時精神を他者と繋げ続ければ、自他の境界線が曖昧になり精神に異常を起こすからだ。そのリスクを悪魔達は警戒する必要もない。

 

『【A】』

 

 彼らは瞬時に行動を開始した。防壁の悪魔達は更に守護結界を全員が張り巡らせ、侵入者の攻撃を拒む。地上部隊は迎撃魔術に備え、そして空中を飛ぶ悪魔達は放り込まれた物体の直接的な破壊に向かった。

 

『【A】【A】【A】』

 

 詠唱を圧縮し、魔術を生み出す。生み出された雷や氷結、炎の矢は何れも中級魔術の威力を越えていた。それらでもって突如放り込まれた謎の物体へと狙いをさだめ、躊躇無く放った。

 無論、それが罠の危険性もある。破壊された瞬間起動する爆弾のリスクも在る。その結果、直接攻撃した者達が破壊される危険性も存在する。だがそれでも一切、悪魔達に躊躇いは無い。

 もし罠だとして、そしてその結果、悪魔達の一部が損耗したとしても、彼らにはなんの問題もないのだから。階下へと進む入り口を守るための悪魔達の数は十分にあり、彼らは守りを徹底的に固めている。攻撃する自分たちが損なわれても、代わりの悪魔は再び迷宮が産みだしてくれるだろう。

 ある種、自己犠牲の権化でもあった。

 とてつもなく強くなった小鬼、などと評されることもあるが、自己保身と自己快楽ばかりが頭にある小鬼達とはその本質が異なる。彼らには、生物が本来持ち合わせていなければならないはずの自己愛すらも、欠片も存在していないのだから。

 

 あるのは、自身達の創造者を長く生存させるという、昆虫のような機械的な意思のみ。

 

 故に、その迎撃に対する躊躇の無さは彼らに取って当然のことであり、しかし、それ故に彼らは致命的な結果を招く羽目となった。

 

 放り込まれたソレは、まさしく悪魔達が懸念したとおり爆弾の類いだった。それは正しい。防壁の奥へとソレが飛び込んでくる前に即座に迎撃するという選択もまた間違いでは無かった。

 見誤ったところがあるとすれば、それは威力であった。

 

『A――――――』

 

 幾多の魔術の衝突による光、異常の輝きが放たれた。それは迎撃した物体、それ自体が放つ輝きに違いなかった。守護の役目を任された悪魔達は防壁の結界をより強固とした。同時に、その光の間近に晒された同胞達がどのようにして死んでいくかをつぶさに観察しようとした。

 同胞達の死、それ自体はどうでもいい。だが、その死に様から危機を読み取り、悪魔という群れが生き残るための術を見計ろうとしたのだ。

 

 そしてその努力はなんの成果ももたらされずに終わる。

 

 同胞達を瞬く間に飲み込んだ”白い光”は瞬く間に、遠く居る防壁の自分たちも飲み込んだのだ。凄まじい熱量と共に押し寄せたその光は、数十人の強固なる結界を紙くずのように焼き散らし、使い手も飲み込み、防壁も破壊し尽くした。

 彼らが賢しくも懸命に組み立て、模倣した強固なる守りは、その努力そのものを嘲るように灰燼へと帰したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エンヴィーから拝借した【白炎】だ!竜吞女王のように盗めはしないが、封じていたものを投げつけるくらいなら俺にも出来る!カハハ!」

「……で、この後どうやって先進むんだ?」

「心配せずとも【黒炎】と違い、後には残らん!半日ほどすれば全てを灰にして炎も消え去るであろうよ!それまでは近付くだけでも死ぬが」

「アンタは兎も角エクスタインよく生きてたなマジで」

 

 大罪迷宮深層 三十三階層、攻略完了

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