かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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急襲と混沌

 時は遡り、ウル及び七天一行出発前

 

 大罪迷宮グリード29階層、安全領域にて

 

「コレは黒蛇樹と呼ばれる木を加工して作り出された笛です」

 

 探索が始まる前、天剣のユーリはウル達の前で今回持ち込む道具類の打ち合わせをした。今回はスポンサーが天賢王そのヒトである為に、普段は見慣れないような高価で希少なアイテムも持ち込むため知識を共有する必要があった。

 

 その中でも最も特殊な役割を担ったのがユーリが皆の前で見せた真っ黒な笛だった

 

 皆の前でユーリがそれを吹くと、独特な笛の音が響いた。

 正直言って、その音色に楽器としての美しさは皆無だった。音は大きく、独特で、刺激的で、少し不愉快だった。否応なく警戒を促される音だった。

 

「念のため、確認しますが聞き覚えのある者は?」

 

 ウル達は首を横に振った。他の従者や冒険者達、天陽騎士達も同じだった。首を横に振っていないのは七天達だけだ。その結果にユーリは「でしょうね」と頷いた。

 

「これは今のところ七天の間でしか使用していません。原料そのものが少し希少な上で、加工がやや困難ですから」

 

 曰く、スロウス領に棲息している代物であるらしい。魔王ブラックの協力によって十分な量が入手できたとユーリはやや忌々しげに説明して、魔王を面白がらせた。

 

「そしてもう一点、コレには特殊な性質がある」

 

 そう言って、ユーリは手に持った笛を、地面に叩きつけた。勢いよく投げつけられた笛はパキンとひび割れ、そして次の瞬間、先ほどユーリが吹いた時と同じか、それ以上の音量の音色を響きわたらせた。

 

「これは……」

「壊れたときも、この笛は鳴る」

「つまり、鳴子と」

「ええ、音は良く響きます。階層を超えることは無理ですが、同じ階層なら聞こえる筈」

 

 緊急時の合図として、確かに優れていた。

 

「ただし、通常時の合図ではこれは使いません、光魔術や通信魔術で連絡を取ります」

「ではどのタイミングで?」

()()()()()()()()()、あるいは――――」

 

 シズクの問いに、ユーリは即座に答え、少し目を細めた。

 

「――――あるいは、笛ごと持ち主が破壊された時の音だと心得なさい」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 大罪迷宮グリード 五十五階層

 

 連続して続いた迷宮階層の突破で積み重なった疲労を抜くため、ウルは体力の回復に集中していた。瞑想も併用した睡眠は極めて効率良く身体の疲労を抜いてくれるが、完璧ではない。ウルの技術不足というよりも、睡眠方法の限界だ。どれだけ効率良く眠ろうと、深層の戦いはやはり厳しい。

 それに加えて、かなり深くまで潜っても尚、ゴールが見えないというのも疲労感に拍車をかけている。

 

 ――大罪竜グリードがいる最深層はハッキリとはしません。他の大罪竜と違い、グリードは常に迷宮の構造を大きく動かして、自身の位置を外部から読み取りづらくしている。

 

 というのがユーリの説明だった。

 既にグレンの到達している深層の踏破地点を大きく上回っている。だが、大罪竜は疎か、グレンが接触した眷属竜すらも影も形もない。迷宮の構造を変えて、部下共々奥深くまで引っ込んでいる可能性が高かった。

 

 とはいえ、先の見えぬ緊張で余計に疲れるのは馬鹿馬鹿しい。

 今は兎に角、少しでも回復を、とウルは天幕の中で身体を休め続けていた。

 

 だが、“例の鳴子”が鳴り響いた瞬間、ウルの意識は即座に覚醒レベルに到達した。

 

「――――ッ!!」

 

 頭は混乱し、寝ぼけている。しかし身体は条件反射のように手元の竜牙槍と竜殺しをたぐり寄せ、臨戦態勢に入った。鎧は休憩時も常に身につけている。

 即座に天幕から飛び出し、周囲を確認する。眠る必要の無い男を捜し、急ぎ声をかけた。既に彼は現場に向かい、剣を構えて駆けていた。

 

「ロック!!」

『襲撃じゃ!!』

「どこから!」

『王の天幕!!』

「最悪だ畜生!」

 

 ウルは叫びながら、そちらへと視線を向ける。

 王の天幕、この迷宮内に生み出された白王陣の中でも最も強力な守りを敷かれた場所、幾多の術式が刻まれ、一切の侵入を拒む簡易の城塞の様になっているはずのその場所が、崩れていた。

 

 ウルもロックの後に続いて駆ける。と、崩れた天幕から光の剣が飛び出した。

 

「ユーリか!?」

 

 天幕が切り捨てられ、二つの影が飛び出す。一方は完全な臨戦態勢になった天剣であり、もう一方は――――

 

「――――っ……!」

 

 ウルは皮膚が粟立ち、筋肉が麻痺するのを感じた。

 辛うじてヒトに見えなくもないシルエットをしているが、細部のパーツはヒトとはまるで違った。虫の様な関節に刃のような指、衣服のように纏った羽、異様に引き寄せられる魔眼、全てがヒトからはかけ離れ、異形としては完成していた。

 それを“アレ”と確信する根拠は見た目には存在しなかった。だが、ウルの感覚が、経験が、アレがそうだと告げていた。それも、あの砂漠で討った“壊れかけ”ではない、紛れもない本物だ。

 

「強欲の大罪竜……!」

 

 この迷宮における最大の脅威が、奇襲を仕掛けてきた。しかも王を直接狙って。

 最悪の事態だった。

 だが、一方でウルに動揺はあっても、硬直してしまうような事は無かった。王と共に、迷宮を潜ると決めたとき、ある程度の覚悟は決めていたからだ。それは王自身もそうであったし、それを護る七天達も同じだった。故に、大罪竜と相対するユーリも、表情に憤怒を浮かべながらも、一方で冷静だった。

 

 ほんの一瞬、自分の足下に視線を向ける。そしてそのまま、

 

「――――手伝え!」

「了解」

 

 間違いなくそれはウルの指名だった。名前も呼ばなかったが、何故かそう確信した。実際、ロックは王のいる天幕へと既に向かっている。この深層の中にあって、高度な連携と意思疎通を強制的に強いられる状況が、確かな経験となっていた。

 是非も無し。ウルは跳んだ。

 この世で最も危険で、凶悪な竜へと。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『さーていつも通りの地獄じゃ!王様は生きておるかのう!?』

 

 ロックは急ぎ、王の天幕へと駆ける。

 ほぼほぼ元の形もなく、簡易の柱も倒れている。その下敷きになって王が潰れてやしないかという気にもなったが、近くまでいくとその心配が無いことに気がついた。

 

「ロック様!」

『おう、主よ!先に来ておったカ!』

 

 既に現場にはシズクやディズ達が揃っていた。彼女らの背後では、血の海に伏した王と、その前で、いつも以上に顔を強く笑みに歪めたグレーレの姿があった。彼は無数の術式を使い、王の傷を癒やしている。

 

『神薬は使わんのカ!?』

「カハハ!!悪辣にも竜の血が呪いのようにへばりついておる!精霊の力を宿す神薬の妨害だろう!徹底しているなあ!!」

「王の容態は!?」

「死にかけだ!だが、死なせてたまるか!!なあレイラインよ!!」

「当然……!!」

 

 グレーレの横で、既にリーネは白王陣を起動させていた。その表情には激しい怒りが浮かんでいる。恐らく、竜にではなく、自分自身への怒りだ。

 

「王の守りを抜かれるなんて……!!挙げ句殺されてたまるか!!!」

 

 ぶち切れている。ならば任せても問題はないだろう。

 

『ならばわしらも加勢かの?』

「いや、そうも行かないらしい」

 

 と、そういうのは、突然虚空から姿を現した天衣だった。周囲を偵察に回っていたらしい彼は、苦々しい表情で、野営地の周囲を睨む。

 

「囲まれている」

『AAAAAAR――――――!!!!』

 

 奇妙な咆哮が響く。骨身のロックにも即座に感じ取れるほどの圧、魔物達の頂点、竜の気配が周囲から溢れかえっていた。

 

「なんだ……!?」

 

 ディズが剣を構え、睨む視線の先で、迷宮の形状が変わっていく。迷宮そのものの変動だ。それ自体は、珍しくもない。ロック達がこの迷宮に潜ってからも定期的に起こっていた。が、しかし、今回起こったそれは今までロック達が経験した物の比ではない。

 野営地を囲い込み、守るように建造されていた建物達が、瞬く間に沈み込んでいく。 あっという間にロック達は野ざらしの、無防備な空間に放り出された。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「迷宮は大罪竜の腹の中みたいなもの――――とはいうが、ここまでやれるか」

 

 その変動の様子を、崩れゆく建物の中に紛れたブラックが観察していた。

 

「徹底しているねえ。怖い怖い」

 

 そう言いながら、彼は自らが生み出した闇の中に沈んでいく。

 

「さて、壊滅必至の前哨戦だ。腹をくくれよ、アル、ウル坊」

 

 

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