かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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三竜③

 

 

 リーネはいつものように鏡を展開し、支援と攻撃に移ろうとしたエシェルから突如として鮮血が飛び散るのを目撃した。彼女の味方であるはずの鏡から、半透明の、液状の刃が、エシェルの首を切り裂いたのだ。

 

「っ!?」

 

 要塞の維持修復を行っていたリーネは中断し、エシェルに駆け寄る。既に彼女は自身が展開した鏡を再び閉じて、血まみれになりながらも、駆け寄るリーネに向かって頷こうとしていた。

 

「だい、丈夫……!!」

「じゃ、ない!!」

「ふぎゃ!?」

 

 立ち上がろうとするエシェルをリーネはぶん殴るように押し倒して、治癒を開始した。幸いにして、常備していた守りの加護が働いたのか、致命傷は避けられたようだが、決して浅い傷ではない。ひとまずはこれ以上の出血が起こらないように傷口をふさいだ。

 だが、それはあくまで一時的な処置だ。問題は別にある。

 

「読んでいた……!?いや、待ち構えていたの!?」

 

 エシェルの鏡、二つの鏡をつなげ、転移の力を発揮する【会鏡】を通した攻撃。

 理屈としては理解できる。なるほど、確かにエシェルの転移の術は通常のそれと比べてもやや特殊だ。言うなれば二つの出入り口とトンネルを空間に創り出すのだ。そしてその回廊は一方通行ではない。逆側からの侵入も可能ではあるだろう。

 

 理屈としては、正しい。

 だが、正しいからと言って、その鏡が出現した瞬間、それを狙ってくるか!?

 

「なるほどなぁ、最初から鏡の精霊に狙いを定めていたわけか……!」

 

 そこに、背後から今なお天賢王の治療を続けているグレーレからの楽しそうな声が響いてきた。この状況で!と腹もたったが、一方で彼は単身で、恐ろしい集中力でもって王の治癒に当たっていた。その献身を否定することも、その治療の邪魔をすることも出来なかった。

 

 グレーレは一切手を止めず、話を続ける。

 

「ここに来るまでに、彼女が要の一つであることを読み取ったらしい!!!」

「全て見られていたと……」

 

 無論、その可能性は考慮していた。とはいえ、此処までの行程で、戦力を出し惜しみ出来る状況では無かったので、対策のしようは無かったし、ここまで徹底的に、此方の弱点を突くような真似を竜がしてくるとは思ってもみなかった。

 

「王と共に、拠点の内側に逃げ込めたのは不幸中の幸いだが、下手に外と繋げると、そこをまた狙われるぞ!」

 

 と、なると、下手に外につなげず、内側からの支援にとどまった方が良い、ということになる。勿論、その場合、攻撃や支援にラグが生まれる。それはもう飲むほかない―――

 

「いや、良、い……!」

 

 しかし、リーネが考えている内に、エシェルが再び立ち上がった。やや先ほどより顔色が悪いのは、塞いだ傷の痛みがまだ残っているからだろう。治療は完璧に行ったが、治療時の痛みは簡単には拭えない。

 それでも彼女は立ち上がった。

 

「大丈夫、だ!!」

 

 そう言って再び力を展開し出す。

 

「エシェル!」

「私の道具の転移は戦場の要だ!!手を休ませていたら、戦線が崩壊する!!!」

 

 鏡が展開した矢先から、再び敵の攻撃も再開される。水の刃は容赦なくエシェルを抉る。血にまみれながらも、エシェルは決して鏡を解かなかった。鏡で周囲を確認し、必要に応じて神薬や武装を次々に送り込む。

 

「皆、命を賭けている!!自分だけ怖がっていられない!」

「カハハハハハハ!!!良い度胸だなあ!!!気に入った!!!」

 

 グレーレは心底楽しそうに大笑いした。そしてそのまま指を鳴らす。彼の周囲に浮遊していた自動展開する術式が、そのままリーネの前に二つ、移動した。

 

「これは?!」

「貸してやろう。おっと、専門外だったか?手解きが必要かな?」

「上等!!」

 

 グレーレの露骨な挑発をリーネは切って捨て、目の前で浮遊する自動術式を指先で薙いだ。その瞬間、使用者の権限がリーネに移る。稼働を開始した術式は激しく術式を自ら改変し始め、エシェルの周囲を展開しながら、敵の攻撃を待ち構える。

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAARRRRRR――――――G』

「そこお!」

 

 エシェルが展開した鏡を逆流し、襲いかかってくる水竜を、即座に弾きとばす。攻撃を中断した水竜はそれでもしつこく付けねらってくるが、動きを止めた水竜はエシェルが簒奪の力でもって千切り、吸収する。

 護衛の形は成立した。が、これがいつまで持つかは分からない。故に、

 

「リーネ!!!」

「ええ!!」

 

 今、この守りが有効に働いている間に、やるべき事を全てなさねばならない。リーネは白王陣を展開した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 一夜城、下層外周。

 

『これはもう、災害と戦っているようなものじゃの!?』

 

 数十の水竜に囲まれたロックは悲鳴を上げながら駆け回る。最早、どの方角を向いても存在する無数の水流が、次々とロックに向かって牙をたたき込んでくる。要塞を揺らし、砕き、さらに水流で飲み込もうとする。

 まさに地獄の光景だった。

 

『おう、ジースター!!平気か!?』

《平気ではないな。大変にしんどい。帰りたい》

「お主に帰られたら終わるのう!」

《だな。仕事をしよう》

 

 通信魔術から聞こえてくる彼の声は、何時ものように平坦であったが、若干疲弊していた。それはまあ、そうだろう。魔力さえあれば疲労からは縁の遠い自分であっても、精神面の消耗は避けられない。

 何せ、よけるばかりで反撃がままならないのだから。今はロックがおとりになり、ジースターが己の気配を消して水中に潜り、核を探っている状況だ。なのだが、

 

『そんで核はあったカの!?』

《見当たらない》

『ッカ~~~めんどっくさいのう!』

 

 結果は、あまり振るわない。ロックは忌々しそうに叫びながら、上空から落下してくる水竜を更に回避する。【骨芯分化】による増強はしない。この状況で多少数を増やしても、数の利では向こうが上では、意味がない。

 【天魔】による無尽の魔力支援によって、ロックが力尽きることはまずないが、増やし、操れる死霊兵の数には限界があるのだ。一方で向こうには限界がまるで見えない。

 

《例外で無ければ、この水竜も魔眼によって作り出されている筈だ》

『どっかに魔眼があるって事カの?』

《だが、此方からは確認できない。上手く隠れているか、とても見つけづらいか、本当に実体が無いのか、あるいは全てが的外れなのか……》

 

 本当は実体も普通にあるのかもしれない。ひっそりと、迷宮の隅っこから魔眼が自分の身体を操っているのかもしれない。だが、ただでさえ、水面下には先ほどまで都市らしきなにかの形を模していた迷宮の残骸が、荒れ狂う水竜の力によって瓦礫となって渦巻いている。それらの中に紛れ込まれたら、とてもでは無いが探すことなど困難だ。

 つくづく、此処は敵の本拠地なのだという事を思い知らされる。少なくとも周辺の環境に、自分達にとって有利に働く材料が転がっている可能性は低い。

 

《やはり、つついて、反応を確認したい》

『半端では、のれんに腕押しじゃぞ?』

《そうだな、だから――――来た》

 

 言っている間に、ロックの眼前に再び鏡が浮き上がる。コレは先ほども見た。だが、それにロック達が応じるよりも速く、水竜が即座に侵入を許してしまった。混沌とした状況で即座に反応するのは困難だったとはいえ、エシェルをむざむざと狙われるのは、紛れもない失態だった。

 だが、二度目は許さない。

 

《ロック!》

『わかっとるわ!!!骨芯変化ァ!!!』

 

 再び鏡へと殺到する水竜を、巨大化した剣でたたき切る。一瞬にして水竜は何事も無かったかのように再生するが、それならば再生する傍からたたっ切れば良いだけのことだ。

 無論、全てをはじくことは出来ない。だが、鏡を再び開いたと言うことは、向こうも対策をとったと言うことだ。それを信じる。

 

《ロック!ジースター!水際から離れて!》

『おうさ!任せる!!』

《了解》

 

 通信魔具からのリーネの声に、二人は応じる。ジースターが水中から飛び出した直後、水竜に殺到された鏡が一瞬凄まじい光を放ち、そして次の瞬間、とてつもなく巨大な、炎の岩石をその内側から転移させた。

 

《【開門・白王陣】》

 

 迷宮の巨大な空間全ての温度を一瞬で上昇させる、巨大なる隕石が湖の中心に着弾した。

 

 

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