かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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三竜⑧ 手加減

 

 

 大罪竜グリードとの激闘は続いていた。

 戦い、というよりも、ひたすらに一方的にかまされる攻撃を、しのぎ続ける戦いである。

 

「――――――」

 

 もうユーリは殆ど、ウルに指示や、連携の合図を送ってはこない。最前線で、大罪の竜グリードを相手どって戦っている。最早その剣技は奇跡といっても良い領域に到達していた。グリードの爪と、その合間に挟まれる一撃で必殺となりうる光の魔眼。その全てを凌ぎ続けている。

 魔眼の強化のため、彼女を見続けているウルには分かる。間違いなく彼女は人類の中でも最高クラスだ。彼女がいなければ、大罪竜グリードは、あっという間に自由になって、今、散らばるように戦わざるを得ない各戦場を蹂躙し、要塞を粉々に砕いてしまっていただろう。

 

「――――ッ!!!ああ――――!!!」

 

 だが、このままでは、ユーリは長続きはしない。

 徐々に彼女の被弾は多くなる。傷が増える。血が流れる。なのに、神薬を飲む暇すら、彼女にはないのだ。それを文字通り見守るしかないウルは焦れていた。このままでは不味いのは分かっている。介入しなければ、彼女は遠からず死ぬ。

 しかし、下手に動けば、彼女の邪魔になる。半端に攻撃を仕掛けて、ユーリから目を離せば、その隙を突いてグリードがユーリを殺しかねない。無数の被弾を受けても尚、ユーリがまだ剣の冴えを衰えさせていないのは、ウルの支援があるからなのだ。

 

《ウル!!戦況は!?》

 

 そのタイミングで、エシェルからの通信が来た。ウルはきわめて端的に状況を告げた。

 

「死ぬ」

《分かった!!!》

 

 分かったらしい。流石というか、随分と彼女も修羅場なれしているらしい。そしてウルの手元に、虚空から小さな小さな鏡が出現した。

 

《大罪竜の前では、流石に大きな門は開けないけど!》

「助――――っ」

 

 助かった。と、感謝を告げようとした。しかし次の瞬間、光熱がウルの手元の鏡に飛び込むようにして射出された。ウルは竜殺しでその熱光を受け止め、ぞっとした。

 

『惜しい』

「閉じろ」

 

 ウルは指示を出して、即座に鏡が消えた。ユーリとの激闘をしている最中にも、グリードは鏡を通して、要塞の内部を狙ったのだ。

 

「めざといにも、程がある」

『強欲なる魔眼の竜ですもの。めざとく、貪欲に行かなくては、()()()ないでしょう?』

 

 ユーリの頬を引き裂き、腕を貫いて、血の流れた爪を払うようにしながら、グリードは微笑む。視野が広い。魔眼の竜だから、というだけは説明がつかない。いくら視界が多かろうが、それを処理する脳が無ければ意味が無い。

 目の前のユーリの猛攻を掻い潜り、尚もこの戦場全体に視野を広げ、要所に介入してくる竜の頭脳が異常なのだ。だが――――――

 

「そうかい、だったら」

 

 だとしても、気後れて、引き下がることだけは、出来ない。先ほど、エシェルが寸前で手渡してきた魔封球をウルは放る。自分の背中で起動させる。一切の説明は無かったが、それがどのような内容であるかは、説明が無くともすぐに分かった。

 

「目ぇ、潰れちまえ」

 

 次の瞬間、鮮烈な光がウルの背中で炸裂した。火力は無い。ただ、視野を潰すためだけの光の爆発だ。

 

『あら――――――』

 

 どこまで、コレが通じるかは分からない。そもそもグリードは光の魔眼を自在に操っているのだ。今更光による目潰しなんて意味があるのか?そんな疑問が頭を過る。が、それらの疑問は全て捨てる。

 無駄な事を考えるな。

 凡人たる自分に、出来る事なんて本当に限られている。

 ならば、その限られた事を、全力で使い尽くせ。

 

 固定した空間に力を込める。己でも御しきれるか怪しい力の塊。それをただまっすぐ、前へ、前方へと使い切る事だけに全神経を集中させる。それ以外、何も考えない。引き絞った弓矢の如く、一気にウルは自らを射出した。

 

「【魔、穿!!!】」

 

 ユーリの背後から、彼女を巻き込む程の速度で、一気にグリードに突貫する。ユーリを避けるといった発想は捨て去った。その類いの機微は全て彼女に任せた。中途半端な気遣いは、邪魔でしか無い。

 

「――――――ッ」

 

 幸いにして、ウルの攻撃を寸前で、ユーリは回避する。ほんの一瞬の目配せの後、彼女はグリードの射程から距離を取る。乱暴極まるが、戦闘のスイッチは成功した。そのままウルは突貫を続ける。

 

「【狂えええええええええ!!!!】」

 

 ユーリがグリード相手に繰り広げていた超絶技巧と比べて、ウルのそれはあまりにも粗野で、面白みが無かった。ただひたすら、まっすぐに、万力を込めてグリードの身体を貫き、色欲の権能でグリードの攻撃をはじき返すのみだ。 

 単調さを凶悪無比な権能で強引にごまかす。そうするしか無い。小細工は通じない。グリードもその間、一切攻撃の手を緩めない。光の魔眼による攻撃の乱舞は、色欲によって弾かれ、迷宮という空間全体を破壊し続けている。気を緩めた瞬間、この攻撃の全てがウルに飛んでくるのだ。

 

『技が無いです、ね……!?』

「んなもん最初からねえよ!!!!」

 

 黒の竜殺し、ダヴィネの最高傑作がグリードの腹を僅かに抉る。

 魔力を奪い、その力で破壊する。凶悪なるその槍でも、僅かしか抉れていない事実にウルは顔を引きつらせる。魔力密度がどうとか言う問題では無く、本当に純粋に、肉体的な強度が異常なのか!?

 

「なんで、こんな堅い……!?」

『筋トレしました』

「ふっざけんな!!?」

 

 理不尽極まる。しかしその理不尽への怒りも早々にウルは捨てた。考えるな。考えたってどうにもならないのだから。

 

『強引なのも、嫌いではないですけど……』

 

 色欲の権能、その反発に抵抗するように、徐々にグリードの爪が、ウルの身体に近づいてくる。権能は、しかしいつまでもは続かない。色欲の権能そのものがどれほど使い勝手が良く、無敵でも、使うウルの体力も魔力も、底はあるのだ。

 

『計画性の無いヒトって、私、苦手なんですよね』

「そりゃ、悪かったなあ……!」

 

 後先、あまり考えてなかっただろう?

 という、事実を言い当てられて、ウルは苦笑いを浮かべた。図星である。この状況の後、どうするかをウルは何も考えていなかった。考えていたら、足が止まると分かっていたから、考えないようにした。

 そのツケはすぐに来た。まるで抱きしめるように全方位からやってくる刃を防ぐ手は無く、ウルは自分の身体がゆっくりと、バラバラに引き裂かれる未来図を予感した。

 

「【魔断!!!】」

「【銀糸よ!!!】」

『あら』

 

 しかし、幸いにもその未来は回避できた。

 片側から迫る刃を、ディズの星剣が弾き飛ばし、もう片方を銀の糸が絡み取る。その両方からの攻撃をグリードは文字通り片手間に返すが、その隙にウルはグリードの腹に蹴りを入れ、その反動でグリードから距離を取った。

 

「…………ッッ!!!ぶっはああ……!!」

 

 ほぼつまりかけていた息を一気に吐き出し、一気に吸い込む。汗が噴き出し、涙が零れた。こんな死闘を、ユーリは単身でウルの倍以上の時間稼いでいたのかと思うと震えた。

 

「ウル様!!」

「マジ、で、助かる……」

 

 なんとか、深呼吸を繰り返して、体力を回復させる。まだ戦いは終わっていない。ユーリが回復するまで、今度はシズクとディズの二人と協力しなければならない。

 そう、二人と。ウルはディズが緋色の剣を握っていないことに気がついた。

 

「アカネは」

「――――――ごめん、風の竜を任せている」

 

 端的な説明だった。風の竜を、たった一人の妹が請け負う。その言葉の意味を咀嚼し、ウルはもう一度ため息をついた。そして、

 

「了解。まあ、大丈夫だろう」

 

 至極冷静に、ウルは頷いた。ディズはなにかを言いたげだったが、ウルは頷いて返す。

 

「大丈夫だよ。アカネは」

 

 ディズは死闘を何度も彼女とくぐり抜けているのだろう。彼女のことはよく知っているはずだが、一方でウルもよくアカネのことは知っている。あの無邪気で愛らしい、ウルの妹は、

 

「存外、怖いぞ」

 

 決して、それだけの少女ではない。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『aaaaaaaaaaaaaaaaaaa……』

 

 風の竜は、自分を追い詰めていた二人の女達が、この場から離脱したのを見届けた。追おうとはしなかった。追撃もしなかった。自分を焼いた女達が厄介で、油断ならない敵であることを風の竜は思い知った。

 その厄介な敵が、わざわざ自分の前から離れてくれるというなら望ましい。

 まして、「母」の懐に飛び込んでくれるなら尚、望ましい。

 アレらは強いが、我らが母、強欲には決して敵うまいという確信が竜にはあった。

 

 故に、風の竜は焦りはしない。目の前の、都合良く単身となった()()に意識を集中する。

 

《うーにー……》

 

 ソレは去って行った女達の退路を守るように立ちふさがっていた。

 ソレは、ヒトであるのか、精霊であるのか曖昧だった。

 ソレは弱っていた。

 

『aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……ahahahaaha』

 

 風の竜は嗤った。

 理解したのだ。想像が付いた。ソレは、おそらく精霊にまつわる“ナニカ”であるのだろうと。それ故に、竜の気配が充満するこの場所で、酷く弱っている。そして弱っているが故に、この場では最も力がない。だから、自分を犠牲にして、他を生かそうとしているのだ。

 

 知っている。分かっている。ヒトの習性、というやつだ。

 大罪の竜、彼らの母は、忌々しい太陽の結界に深く縛られている。地上に這い出る事を許されぬように、深く深く地の底に押し込められている。が、眷属竜達は違う。母である強欲よりも少し弱い為に、ある程度までなら、上に上がることが出来るのだ。

 故に、この風の眷属竜も、不用意に深層に足を踏み入れた冒険者達を何人も殺してきた。意気揚々と、自分達は強いのだと哀れにも勘違いした者達を嬲り、仲間を助けようと必死に殿を努めようとした哀れな囮を飛び越えて、逃げ出す連中をなぶり殺して、絶望の内にいる囮を嘲ったこともある。

 

 あれは楽しい。深層に来る冒険者は滅多にいないが、楽しいのだ。

 相手の望み、願い、希望、それらを奪い手のひらで転がして、砕く瞬間というものは。

 戦うのがあまりにも楽しすぎて、楽しみすぎた結果、死に果てた「紅」と自分は違う。そんな間抜けは犯さない。わざわざ強い敵に挑むリスクは犯さない。狙うのは弱いやつ。安全圏から、自分がなぶり殺しに出来るやつだ。

 

 その相手は、今、目の前にいる。だから、風の竜は赤錆を容赦なく両断しようとした。

 

《たのしそうね?》

 

 しようと、した。

 その結果は、ふるわなかった。数百年生きたような大木すらも一瞬で両断するはずの風竜の不可視の刃は、小さな小さな緋色の少女の身体を確かに捉えた。その確信はある。にもかかわらず、何故か彼女の身体には傷一つつかなかった。

 

『aaaaaaaa……?』

《わたしは、たのしくないの》

 

 疑問と共に、何か、じわじわとした冷たいものが、足下からわき上がってくるのを風の竜は感じていた。それは、久しく忘れていたもの。弱者を嬲り殺す。その役割を自分に定義したが為に、久しく感じていなかったもの。

 

《ここ、きもちわるいし、いまもしんどいし、にーたんしにかけだし、ディズもつらそうだし、みんなたいへんだし》

 

 生物としての本能、警告、生命の危機感。

 

《だから――――》

 

 ずるりと、自分に似た、幼い、妖精のような少女の姿が変貌する。一回り、身体が成長していた。模した髪が長く伸び、少女の肢体を伝う。妖しさが増した彼女の、その身体全体から放たれる気配は、風の竜が放つ魔性よりも更にまして、おぞましかった。

 

《“てかげん”できないから、かくごしてね》

 

 

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