かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

500 / 729
イカれた男

 

 

 

「外だ……外、といって良いか、分からねえけど……!」

「……」

 

 ウルは、落下してさまよった地下通路から、広い外の空間へとなんとか身体を這い出していた。迷宮の機能が死んでいるのか、途中で魔物が出現しなかったのは不幸中の幸いだった。ウル自身は兎も角、前後不覚状態のユーリを守って何処まで戦えるか怪しかった。

 通路の先、魔光によって照らされた空間は、広かった。巨大なドーム状の空間だ。至るところに巨大な陥没痕が見えるのは、恐らく天賢王と、グリードの死闘の痕跡だろう。

 

 やはり、奈落の底まで落ちたらしい。

 

 そして、外の空間では、輝ける巨神と、それと拮抗し、全てを焼き切る光を放つヒト型の竜の姿が見えた。今も王達は戦っているのだ。ならば、加勢に向かわなければならない。どれだけ役に立つかは分からないが、ウルはまだ動けるのだ。背中で背負っている、ユーリとは違って。

 

「よし……、そこから動くなよ。ユーリ……」

 

 そっと、ユーリを通路の傍に下ろし、寝かせる。無防備な彼女を、迷宮の、なんの安全も確保されていない場所に放置するのはためらわれたが、最早この場において、安全な場所なんてものは皆無だ。リーネが作った拠点も、なにもかも吹っ飛んでしまったのだから。

 魔物がここに来るまで一度も出てこなかった。その結果を信じる以外無い。

 

「――――お願い、教えて」

 

 離れる寸前も、ユーリはうわごとのようにつぶやいた。やはりまだ、状態は良くない。頬は涙に濡れ続けている。一刻も早く、リーネに見せたいが、そんな贅沢はとてもではないが言えなかった。

 ウルは昔、妹にしていたように頭を抱えてそっと背中をさすった。

 

「大丈夫だ。心配するな。すぐ戻るから」

 

 どこまで、それに意味があったのかはわからないが、彷徨うように、求めるように、その先が失われた右腕を動かすことだけは止めた。それをみてウルは彼女の頭を撫でる。

 そのまま、じっとしていてくれ。そう願いながら、ウルは外へと飛び出した。

 

「――――どう、剣を、握れば良いのですか――――師よ」

 

 繰り返されるうわごとに、応えてくれる者はいなかった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 時間は遡る。

 大罪迷宮エンヴィー最深層にて

 天賢王勅命・嫉妬の超克は成った―――――の、だが、この際、一つの問題が発生した。

 

 即ち、大罪竜エンヴィー超克後の、その遺骸の処分である。

 

 エンヴィーそのものが力を失った後も、そのエネルギーは竜の遺骸に蓄えられていた。これを上手く処理しない限り、その場にいるグレーレも、ついでにエクスタインも消し炭になるのは確定だ。

 勿論、対処方法は用意してきた。

 竜特攻の材料とも成る超危険物質【黒渦星】

 竜に纏わる呪いすらも魔力として喰らい、飲み込む凶悪極まる代物である。

 コレを利用した魔導機によってその力を封印し、グレーレとエクスタイン達は見事、脱出成功を果たした…………が、しかし、その問題は完全な解決と至ってはいなかった。

 

 【黒渦星】の性質は二つ。吸収と放出である。

 

 吸収の限界が来ると、黒渦星は爆発を起こす。無論、その性質もグレーレは知っていた。それを見込んで、高純度の【黒渦星】を使った魔導機械を用意し、エンヴィーのエネルギーを吸収させた…………の、だが。

 

 ―――ふむ、爆発するなこれ?カハハ!!!

 ―――笑ってる場合ですか?いや本当に!?

 

 なんというか、普通にダメだった。

 エンヴィーのエネルギー量は、グレーレの想定を遙かに上回っていた。グレーレの用意した黒渦星の量では―――否、イスラリアに存在するありとあらゆる物質をもってしてでも、そのエネルギーを抑え込む手段は無いと判明したのだ。

 ひとまず、無数の術式でもって用意した魔導機に強引に押し込んだが、一時しのぎだ。限界が来れば、術式の封印を一瞬で飲み込んで、地上を一気に消し飛ばすことになる。大陸の火山と一体化しているために耐久性に難のあるエンヴィーからは避難させることは出来たが、脅威であることには変わりない。

 

 さて、どうしようか。と、グレーレは考え、そして一つの解決策を思いついた。

 解決策というよりは“蛮策”と評した方が良いような強引な策。

 

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()としての活用案である。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 強欲の大罪竜が、魔王ブラックの不在に気づいたのは、少し遅れてからだった。

 それは不覚と言えた。あまりにもアルノルド王の放つ輝きに文字通り目を奪われてしまったが故の不覚だった。強欲の竜としての性が、目映い宝石を前に、目を眩ませてしまったのだ。

 良くない性だ。わかっていても、克服しがたい宿痾だった。

 

「嫉妬しちまうねえ、グリード。こっち見ろよ」

 

 そしてその、性が、魔王の悪巧みの隙を与えてしまった。それも、最悪の手段を彼に与えたのだ。

 

『―――――あら、いけない子』

 

 魔王ブラックは見せつけるように、その片手に魔導機を握っていた。その正体に、グリードはすぐに気がついた。覚えのある魔力が溢れようとしていたからだ。

 

 同胞、大罪竜エンヴィーの魔力が、あふれかえっている。

 

 大罪竜という肉体をもってしてでも抑えきれない程の圧倒的なエネルギーが、魔王ブラックの手のひらの上に乗っていた。

 

「…………どうするつもりだ。ブラック」

 

 思わず、天賢王も手を止めて、魔王を見上げた。いつも通りの無表情ながら、言葉の端々から「なにやろうとしてんだてめえオイコラ」といった意思が込められていた。

 

「それはあくまでも、我々が完全に壊滅した際の切り札だったはずだが」

「アイツの忘れ形見だろ?使ってやらなきゃ可哀想じゃないか」

「勝手に殺すな」

 

 アルノルドが呆れたように言うが、グリードと同じく動かない。正確には動けない。魔王が握ったソレをどうするつもりなのか、見守る以外の選択肢が無い。

 アルノルドにとって、魔王は一応味方ではあるが、御せる相手であるかと言えば否だ。その事実をグリードも理解しているからこそ、やはり動けない。

 

 この男が、何を仕出かすか分かったものでは無い。

 

「流石にコイツを開封すりゃ、お前にもダメージはいくかね?グリード」

 

 魔王はそう言って、手のひらの上でポンポンと魔導機を弄ぶ。彼の手のひらにあるのは間違いなく本物のエンヴィーの魔力が込められた爆弾だ。ぽろっと落とした瞬間、この一帯がどうなるか、魔王が理解できないわけでも無いのだろうが、そうしている。

 

『それをそのまま開封すれば、間違いなく、この階層まるごと崩壊しますね』

「俺は次元の狭間でも生き延びられるぜ?体験済みだ。だったら、なあ?」

 

 魔王は目を細めて、試すように笑う。

 

「此処にいる奴ら全員の命と引き換えに、お前を討てるなら、大金星って言えるかもな?」

 

 上層でも激しい戦闘と轟音が響き続けているにも拘わらず、魔王の言葉は、いやに通りよく、響いた。脅迫とも取れる言葉に対して、グリードは小さくため息を吐き出すと、その異形なる瞳で魔王を見つめ、言った。

 

『―――なら、やってご覧なさいな?』

 

 その言葉に、一切の震えも動揺もなかった。

 

『貴方の力は知っています。至近で、エンヴィーの純粋な魔力をたたき込まれて、尚も生き延びることが出来るというのなら、ええ、やってみてくださいな』

 

 突然なげつけられた駆け引きに対しても、グリードは動揺しなかった。長いときの中で積み重ね続けた鍛錬が、彼女の精神をも鍛え上げた。安易な挑発、くだらない駆け引きですぐさまに慌てふためくような魂を、有していない。

 魔王の言葉が、グリードの動揺を誘うためのブラフであったならば、それは失敗に終わったと言えただろう。

 

「怖いね、おばあちゃん」

 

 ただ、問題があったとすれば、

 

「確かに、こんな場所で開封したら、俺でも無理だわ。奇跡的に生き残っても、瀕死の重傷で、時空の狭間で迷子なんて、まあ、どのみち死んだようなもんだな―――」

 

 魔王の言葉が、挑発だとか、それ自体を人質のように扱ってグリードの攻撃の抑止を狙う駆け引きとするだとか、そういう小賢しい思考から吐き出されたものではなく、

 

「―――それくらいの脅威だからこそ、良いんじゃないか、なあ?」

 

 全部、何もかも、本気であったと言うことだ。

 

 魔王はうっすらと、額に汗をかき、指先を震えさせる。彼は恐怖していた。恐怖の感性を彼は正しく有している。精神が破綻し、壊れきってしまっているわけではない。喜怒哀楽をちゃんと持っている。

 死ぬのは怖い筈だ。次元の狭間で独り、苦痛の中生き延びるのも恐ろしい筈だ。

 

 にも、関わらず、

 

 

 

「―――俺はお前のこと、信じてるぜ?グリード」

 

 

 

 長い年月を共にした親友にむけるような爽やかな声でサムズアップし、魔王は魔導機の封印を解放して、それを放り投げた。

 

 至極、端的に言って、彼はイカれていた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 あまりにも酷すぎて、グリードは呆れた。

 

『あら、まあ』

 

 あの子、なにかちょっとカッコいい言葉吐いて、後始末を全部こっちに投げつけてきた。

 

 あまりにも酷すぎて、常に相手に余裕を見せつけるために浮かべる笑みが消し飛んだ。どうしよう、あの魔王の爽やかな顔面に拳をたたき込みたい、と言うか、絶対に後でそうするとしましょう。

 だが今は、目の前の問題を対処しなければならない。

 大罪竜エンヴィーの大爆発。流石に、既に多くの破損が起こっている迷宮の一階層で抑えきることの出来る威力では全くない。確実に跡形も無くこの階層は消し飛ぶ。

 次元の狭間に閉じ込められたら流石のグリードも二度と外には出られないだろう。そればかりは流石に御免被る。

 

 そして、その対処が出来るほどの強度を有しているのは、グリード以外にはいない。

 

『仕方ないわ、ね!!』

 

 グリードは飛び出し、そして自身の肉体を使って強い力を放ち始めている魔導機をその身体で包み込んだ。同時に自身の身体―――――()()()()()()()()()

 

 それは昆虫の脱皮にも似ていた。

 3メートル超のグリードの身体、その背中がひび割れ、()()()()()()()()()()()()。同時に残された鎧は、魔導機の爆発を抑え込むようにして自ら身体を固めこんだ。

 

 間もなく、エネルギーの凝縮は頂点に到達する。

 

 55階層、大罪竜グリードとの激闘の中でも、最も激しい轟音と爆発が、一帯を埋め尽くした。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。