かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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六輝竜神④ 死闘

 

 【天剣】とは、一切を両断する神の与えたもうた剣である。

 

 つまるところ、非常に強固なる近接武装であり、そしてそれ故に、非常に扱いが困難となる武器である。それが、神に仕えし神殿の神官達の理解で、認識だった。

 なにせ、どれだけ強い武器だろうと。どれだけ強固な物質を切り裂くことが出来る剣だろうと、所詮は剣だ。どうしたってそれを振るう当人の技量に依存する。他の権能、【天賢】はいわずもがな、無尽蔵の魔力を供給する【天魔】や、それらの力を模倣する【天衣】にもどこか及ばない。

 勿論、そもそも権能を持たない【勇者】と比べればまだ、優れてはいるが、やはり、扱いが難しい武器、というのが大半の認識だ。

 

 その考え方は実際正しい。

 

 故にこそ、歴代で天剣に選ばれた者達は、血のにじむ努力を強いられた。使い手として、その酷く難しい神の剣を扱えるよう、自身をどこまでも鍛え抜く必要があった。それを怠れば、たとえ、どれだけそれまで貢献していたとしても、容赦なく没収され、別の血族に渡される。そんな難しい権能だ。

 

 その剣を与えられ、剣を射出兵器の如く飛ばし、形を変え操るユーリは、その時点で異端だった。その所行だけで、彼女は歴代の天剣の扱い方から逸脱していた。

 

 天の剣に選ばれし者なのだと多くが称え、彼女を認めた。

 

 かつてのブルースカイの堕落を咎めていた者すらも、それを認めざるをえなかった。

 天剣の授与式の折り、彼女がその時与えられた剣で単身、数十を超える邪教徒達を一瞬にして叩き切ってしまったその結果を前に、平伏せざるをえなかった。

 そんな彼らも、まさかその時の彼女が、その身に宿った天稟を、微塵も発揮できていなかったなどと、思いもしなかっただろう。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 グリードは未だ、天剣のユーリと相対し、その剣を相手に立ち回っていた。

 回避は、出来ていた。グリードとて、武術を長い年月をかけて習得し、鍛え抜いている。付け焼き刃の素人では無い。自身の眷属達を相手にしながら、時に姿を誤魔化して、侵入してきた冒険者達を相手にしながら、ひたすらに培い続けてきた。

 十二分に達人の域である。故に、ひたすら一方的に切り刻まれるような理不尽は起こっていない。最初の接触の折、十分に痛い目を見て、その速度を知った。

 

 速度も、力も、自分が上だ。それは紛れもない事実だった。

 

 それを観察する目も、自分にはある――――――――だが

 

「【()剣】」

 

 それでも、僅かな隙を縫うように、剣がグリードの身体を削る。指を刎ねる。腕を飛ばす。首がちぎれかける。そして一方、此方の攻撃は通じない。  

 何故通じないのか?

 流石に、自身の死角を含めた全方位を、一斉に砲撃しているにもかかわらず、攻撃が通じないのは理不尽を通り越して不可解が過ぎた。故に彼女をしっかりと観察して、理解した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『―――分かっても、意味が分かりませんね???どうなってるんですか?』

「―――――」

 

 尋ねてみても、返ってくるのはあまりにも鋭利な殺意だけだ。というよりも反応が乏しい。トランスの様な状態になっているらしい。既に限界ギリギリだったのだろう。そこに加えての急激な覚醒が、彼女の意識を混濁させている。

 なのに、剣の冴えは鈍らない、それどころか―――

 

 視ても、視ても、追いつかない……!?

 

 それがどういう現象なのか、グリードは理解しきれなかった。埒外を体現した自分の言葉ではないが、あまりにも理不尽で、不可解だった。視て、知って、学び、獲得しても、その剣にいつまで経っても追いつかない。それどころか、どんどん突き放されていく。

 何が起きているのか、グリードは考察し、そして一つの結論に至った。

 あまりにも荒唐無稽な結論、

 まさか、この少女は、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()!!!?

 

 だが、成長するとして、変貌(かわ)るとして――それは、何へと?

 この少女は、個体は、何者になろうとしている?

 視る怪物である自分すらも追いつけぬような代物に、これから成る?

 

 嗚呼、それは、それならば―――――

 

『――――――ウフ、フフフフフ、アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』

 

 胴体を両断されながら、グリードは、その結論に笑った。

 

 自分の失敗を理解した。

 

 彼女が弱ったとき、何が何でも、一刻も早く、殺さなければならなかった。その命の灯火がくすぶっている内に、踏みにじって、跡形も残さぬように、始末をつけねばならなかったのだ。

 それができなかったから、今、自分はこんな目にあっている。

 このような、とてつもない業火に吞まれて、焼かれようとしている。

 

 その事実をグリードは、強欲は、心底笑い、そして喜んだ。

 

『ああ、つまり、私にはまだ成長の余地があるのですね?』

 

 自身が、更に何かを得る可能性がある事実に喜んでいた。

 六属性を掴み、これ以上は無くなってしまったのでは無いかという不安、恐怖、自分の存在意義そのものが無くなってしまうような不安が、一瞬で消し飛んだ。

 

 素晴らしい。ならば学ぼう。習得しよう。目の前の怪物の隅々まで―――

 

「いいや、お前は此処で終わる」

『あら』

 

 そう思った矢先、空から拳が墜ちてきた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 至った、のか!

 

 アルノルドはユーリの覚醒を見届け、彼女が“至った”ことを確信した。

 あり得ないと思っていた可能性。単身での強欲を撃破するだけの秘めたる力。スーアのその予知は、アルノルドであっても容易には信じがたい事だった。最強の脅威である強欲竜を打ち倒す可能性を、たった一人の少女が担う事実を認めるのは、困難だった。

 

 そうであって欲しいと願うのは、あまりにも楽観が過ぎた。

 

 強欲へと至るまでの道中では、彼女の才覚はその神髄へと至ることは無かった。【陽喰らいの儀】の戦いでも、色欲の大罪竜との戦いでも、彼女は至らなかった。ただただ“傑出した天剣の使い手”にとどまった。

 

 ―――世界をおびやかす驚異であっても、彼女の輝きを揺らすには、恐らく足りないのです。

 

 ユーリの可能性を見いだしたスーアはそう言っていた。

 

 結局アルノルドに出来たのは、願うだけだった。ユーリ自身が、至るのを。

 そして、彼女はそれを成した。

 至ったユーリと、そこへと至る彼女の道を守り抜いたウルに、アルノルドは心の底から感謝した。

 

「最後の好機だ!」

「だーな。天剣は長くはもたんだろうしなあ!!」

 

 アルノルドの言葉に、ブラックも同意する。

 ユーリのあの尋常ならざる猛追は、決して長くは持たない。天賦の才、異常なる技、天剣の権能の屈服、それらの異常を、たった一人の少女の身で行っているのだ。彼女の天稟に、彼女の肉体が追いついていない。

 彼女は長く持たない。そして此方も同様だ。つまり、正真正銘、コレが最後の攻防だ。

 

「【天賢降臨】」

 

 アルノルドは自身の顕現させた巨神の姿を自身の内側に凝縮する。膨大な魔力の圧力をその身に収める。言うまでも無く、身体が激しく軋み声をあげるが、アルノルドはためらわなかった。

 

「【其は安寧を願う慈悲の微睡み】」

 

 魔王は自身の内側の竜に呼びかけ、その身体を竜にゆだね、その武装にまでその影響を与える。禍々しき魔銃となったそれを構え、銃口を構えた。

 

「【天罰覿面・人神】

「【愚星混沌】」

「【終剣・星天】」

 

『【六輝死域】』

 

 三つの力を前に、強欲の竜は心底愉しそうに、その力の全てを解き放った。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 曖昧な意識の中で、限界が間もなくであることをユーリは自覚した。

 

「嗚呼」

 

 身体に力が入らない。魔力の消耗が激しい。

 身体の節々が悲鳴を上げ、限界を迎えている。極限まで鍛えたと思っていた身体が、骨が、筋肉が、みっともなく泣きわめいてた。これ以上は耐えられないと。

 意識は澄み渡る一方だが、その前に肉体が限界を迎える。

 

 手持ちに神薬はもうない。いや、もしもあったとしても、口に入れる暇なんてない。

 そして、それはグリードも同じだ。

 

「あ、ああああああああああ!!!!」

『ウフフフ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!』

 

 ユーリは剣を振る。刃は音も無く、風も起こさず、グリードの腕を跳ね飛ばす。分断されたグリードの輝く腕ははじけ飛び、熱光となってユーリの身体を打ち抜く。

 構わず、天剣が纏わり付き、それ自体が刃のようになった脚で蹴りをたたき込む。グリードの胴体が中央から引き裂かれ、更に壁に叩きつけられる。グリードの身体を蹴りつけた熱で脚が灼けるが、ユーリは熱さも痛みも気にすること無く前へと跳ぶ。

 失われた右腕と一体化した剣を、構え、空を蹴り、駆ける。

 

 首を落とす。その為だけに振るわれた剣は、音を超える。

 

『【六輝壊界】』

 

 だが、直前に、怪物達の狭間が丸ごとに砕ける。ユーリは寸前でその身を翻し、回避する。グリードが自分の攻撃を回避するために、世界に穴を空けたのだ。

 防御としてはあまりにも大雑把な手段だったが、ユーリは気にしない。そのまま空いた虚空を飛び越え、振りかぶる。今度こそ、グリードの首を両断するために。

 

『残念』

 

 だが、虚空を超えた先で、それをグリードは待ち構えていた。大口を開け、力をため込む。竜の最も原始的な破壊の息吹が、ユーリへと向けられていた。

 

『【咆哮・六重―――』

「【天罰覿面】」

 

 そのユーリを庇うように、アルノルド王が殴り抜く。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 アルノルド王の戦いに技はなかった。拳で殴る。壁に叩きつける、引きずり回し、力一杯にぶん投げる。天剣のユーリの戦いと見比べるとそれはあまりにも稚拙で、子供の喧嘩のような所作だった。

 

『馬鹿の一つ覚え、ね!』

「っが!!?」

 

 無論、その技は、グリードにも使え、そしてグリードの方が洗煉されていた。相対すれば必然的に、グリードの方が卓越していた。その力に不慣れであったのも、既に克服しつつある。数百年の技が反映され、それがアルノルド王を叩きのめす―――筈だった。

 

「【天罰覿面!!!】」

『ッ』

 

 だが、そんな稚拙さすらも、一蹴するほどの鬼気が彼の戦いにはあった。

 

 この身命を賭して、眼前の敵を叩きつぶす!!

 

 凡人ではその重みに一瞬で潰れてしまうほどの使命を背負い、それでも尚決してここまで折れず、耐え抜いた尋常ならざる傑物のみが放つ鬼気が、グリードを押し返す。

 

『ああ、でも……!!頑張ったのは、私もです、よ……!!!!』

 

 だが一方で、グリードとて、それに並ぶほどの怪物だ。

 

「っがあ!!!」

 

 グリードの拳が王の腹に突き刺さる。白王の守りも、天賢の力をも貫通し、破壊する。血反吐を吐きながら、それでもアルノルド王は一切、その手を休めなかった。

 

「ああ、そう、だな、お前の努力を、認める……醜悪なる強欲よ!!」

『あら、嬉しいですね。私もですよ。老いぼれアルノルド……!!』

「【天・罰・覿・面!!!】」

 

 血を零しながら、混濁し、潰えようとした意識を掴み、拳を振るう。グリードの小さな身体を打ち上げるようにして殴り抜いた。

 

「ブラッ、ク……!!」

「【愚星咆哮・闇楽】」

 

 そしてその打ち上げられたグリードを、魔王ブラックは即座に打ち抜いた。

 暗黒と怠惰、二つの禍々しい力がグリードに直撃する。ココまでの戦い、魔王の攻撃の直撃だけはグリードも回避してきたが、今回ばかりは叶わなかった。肉体が蝕まれ、焼けただれる。

 どれほどの力があろうとも一切を葬り去るその力は、一歩でも間違えれば、間違いなく使い手の身体をも崩壊させる。跡形も無くしてしまう。そういった性質を有している。それを、一切躊躇無く、魔王が使うのは、それを扱える自信があるから――――では、ないだろう。

 

「い、良いちょおぉおおおおおしだああ!!!ハッハハ!!!!愉しいねえグリードぉ!!」

『本当に楽しそう。困った子ね』

 

 砕け散ったとて、かまわないと心底思っているのだ。そして、そんな男だからこそ、ここまで躊躇無く力を使え、二つの危うすぎる力のバランスを保てているのだ。

 本当に、感心する。だが―――

 

『【光輪展開・排除】』

 

 グリードもまた、恐れなかった。微塵もためらわなかった。自身の背後の光輪を、何の躊躇も無く眼前に晒す、愚星の闇を塞ぐ盾としてその身を守る。瞬く間に光輪は砕け散る。再生にはかなりの時間が必要だろう。この戦いでは戻るまい。

 

「それ、ハズレんの!?」

 

 だが、最後の役割も果たした。魔王の全身全霊の攻撃を一瞬いなし、そしてグリード自身を完全に守り抜いた。

 

『【六輝天剣】』

「っが――――!?」

 

 そのグリードの、微塵の躊躇の無さに絶句する魔王の隙を縫うように、握った刃を閃かせ、切り裂く。魔王の身体を両断した。

 

 血を吐き倒れる魔王をグリードは視ない。アルノルド王も腹に大穴を開けた。

 ならば、と、再び焦点を剣の化身へと向ける。

 六輝光輪が失われても尚、グリードの身体は光を保っていた。魔眼が失われても尚、全てを見通す本質までは、グリードからは失われてはいなかった。

 

「――――っ」

 

 ユーリは既に限界に見えた。明らかにふらついている。神薬ももう尽きたのだろう。放置しても倒れそうだ。しかし、グリードの目は、彼女の手が、剣を握るその手が未だにしっかりと、力が込められていることを視ていた。

 

 間違いなく、彼女は此方を殺しうる。

 ならば、殺そう。跡形も無く、叩きつぶそう。

 

 グリードは確信と共に飛んだ。しかし一方で、その目の視野は狭くなってはいなかった。まるで、草むらから獲物を見定めるように、瓦礫の奥から此方を見て、今にも飛びださんとする黒衣をグリードは正しく認識していた。

 

「―――――ッハハハハ!!!」

 

 鏡の化身、ミラルフィーネが来た。グリードはそのことに、驚きもしなかった。

 

『くどい』

 

 剣をふる。一瞬もためらわなかった。心臓を貫いて、確実に息の根を止める軌跡を剣は描いた。そして――――

 

『―――!?』

 

 刃からの手応えが無いことに気が付いた。

 ミラルフィーネが鏡を展開するような、温い隙を与えたつもりは無かった。にもかかわらず、刃が通らない。その不可解な現象に、グリードは思わずミラルフィーネを視る。

 そして、それを視た。

 ミラルフィーネ、その心臓部に、狙いを定めたかのように展開している術式を。自動展開し、天剣のユーリの攻撃すらも防ぎきる守りの術式。天魔のグレーレの術式。

 

 それが彼女を守っていた。 

 

 否

 

 その事実は、まだいい。あの用心深き魔術師ならば、自分が落ちた後も、術式を仕込むだけの能力は発揮しうるだろう。それくらいはやる。

 問題なのは、この暴走しているミラルフィーネが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今の彼女の動きは、明らかにそうだった。無防備を装い、攻撃を誘い、そこを狙わせる。命がけの囮だった。

 

 ならば、ミラルフィーネは、この少女は――――

 

『あなた』

「――――と、らえた、ぞ……!!!」

 

 グリードの腕を、少女は引っつかんだ。

 

 やはり彼女は、意識を取り戻している。

 ミラルフィーネの意思を、ヒトが僅かであっても、掌握した?

 

 膨大なエネルギーで灼ける身体を掴んだ少女の手はみるみるうちに焼けていく。その熱の痛みに少女は酷くわかりやすく顔をしかめ、苦痛に悶えていたが、それでも腕は放さなかった。

 更に無数の鏡が刃のようになって、グリードの腕を、少女の手を縫い止める。更に、黒衣のドレスがきらめく。無数の鏡、強大なる力、異端の精霊の力が顕現する。

 

 出現した鏡から顕れたのは、魔眼ではなかった。無数の兵器でも無かった。

 顕れ出でたのは

 

「【会鏡!!!!】」

 

 この闇の底、迷宮の奥地まで王を守り続け、共に戦った戦士達が、グリードを取り囲んだ。

 

 

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