かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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衛星都市アルト②

 

「尋問には時間がかかるだろうし、私も調べる事ができたから解散。所用を済ませたらまた宿屋で合流しようか。これから盗賊退治だ。道具の補充は忘れずにね?」

 

 つつがなく宿を取ったあと、ディズの宣言によりひとまずウル達は買い出しに出る事となった。

 

 衛星都市アルト、グリードを出発してから記念すべき一つ目の都市国である。

 

 と言っても物珍しさは感じない。

 大罪都市グリードへと向かう場合、グリードの衛星都市のどれかを経由するのは普通だ。立地的にもアルトは最もグリードとの行き来が容易く、利用するものは多い。ウル達も例にもれなかった。グリードを訪ねる前にウルは一度アルトに足を踏み入れている。

 そもそもアルトという都市自体、別に珍しい街並みというほどでもない。だから観光客めいてキョロキョロとあたりを見渡すような真似はしない――シズクやアカネのようにフラフラと動くことはなかった。

 

「まあ、あれはなんでしょうか。ウル様?」

「道中で食べたグルの実を使った果実酒だ。割と有名で、彼方此方で飲まれてる」

《あたしのみたい!!》

「アルコールはダメ」

《んじゃーあれはー?》

「あれは食べ物じゃない。この都市特産の木製の工芸品だ」

「あちらは?」

「本市だ。アルトは紙づくりの技術が高いから、本の都市でもある。グリードが近いのもあって加工出版を行う魔道機も発達してて、本好きの聖地みたいなものなんだ」

「本」

 

 そう言うと、シズクはしばらく視線をさまよわせることを止めて、本市へと視線を固定させた。ウルは首を傾げた。

 

「本市場、興味あるのか?」

「恥ずかしながら……文字の読み書きを覚えたいのもありまして」

 

 これまた珍しく、少し照れたようにする。何を恥ずかしがる必要があるのか。ウルは肩を竦めた。

 

「そんなに気になるのなら行ってくればいい。残る買い物は魔法薬の補充と強化だ。それくらいなら一人で事足りる」

 

 食料品の類は既に購入済みだ。大荷物は宿屋の馬車に運び込まれている。あとはウル達自身の戦闘用の消耗品を買うのみである。

 

「ですが……」

「正門でシズクは仕事をしただろう。アカネと一緒に行ってきてくれ。アカネを放置するとどこへ行くかわからないからな」

《わからないわよ?》

 

 アカネをダシに、というわけではないがこれくらいの理由をつけてやらないと動きそうになかった。アカネはシズクと一緒に、と聞いた瞬間とても嬉しそうにクルクルとシズクにまとわりつく。

 そのアカネの様子を見てシズクは微笑み、ウルに頭を下げた。

 

「では、いきましょうか。アカネ様」

《いくー!》

「ちゃんと隠れとけよー。バレたら使い魔って言うんだぞー」

《わかってらー!》

 

 そうして二人は本市に向かっていった。

 

「さて……買い物済ますか」

 

 旅路の途中消費した回復薬の補充、そしてこの先に待ち構える盗賊たちの討伐のためにウルは足を延ばす。次に行くべき店は決まっていた。

 トップが誘拐されたラックバード商店だ。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ラックバード商店が主として取り扱うのは回復薬(ポーション)等の錬金術を利用した魔法薬である。特に迷宮に潜る冒険者御用達の物品、強壮薬や毒消し、果ては銀級以上の一流冒険者や神官が扱う高級回復薬に至るまで。

 そしてその店はアルトにも存在していた。本市から更に大通りを先に進み、このアルトの大広間からわずかに横道にそれたところにそびえる一角の小さな店舗だ。

 

 さて、どんな状態だろうか、とウルが店舗の中に入る、と、

 

「店長!健維薬の在庫が残り少ないです!!」

「倉庫に予備の貯蓄が十二分に残っているはずです。焦らないで」

「店長、工房から昨日届く予定だった匂い消し用の香草の一部が尽きたと連絡が」

「今の手持ちの材料では作りようがない。島喰亀の件は既に周知されてるのだからその旨の布告を。怒る方もいらっしゃるでしょうが丁寧に対応してください。それでもほしいという方のために幾つか作成を」

 

「酷く混乱している」

 

 本来、島喰亀から届けられるはずの商品等が届かないという事態は、ラックバードのみならず多くの店に少なからず混乱をもたらしていた。それほどまでに島喰い亀のもたらす恩恵が絶大だったという事だろう。都市民の怒りの理由もわかろうというものだ。

 

 と、はいってきたウルに気づいたのか、店長と思しき女性が近づいてきた。ローズお嬢と同じ獣人、先ほどまで的確に指示を出していた女性だ。

 

「いらっしゃいませ、どのようなご用向きでしょうか?」

「回復薬の購入―――それとルーバスさんの代理で」

 

 ルーバスの名を出した瞬間、先ほどまで営業的スマイルを浮かべていた彼女の顔が崩れた。

 

 ルーバスのサインと共に島喰亀の詳細を説明すると店長含めたラックバードの従業員一同は顔を青くさせた。島喰亀襲撃の情報は当然ながら彼らの耳にも届いていたが、ローズの詳細については混乱も相まってまだ耳に届いていなかったらしい。

 先ほどまではまだ、混乱を収めようという熱気があったが、今は文字通り血の気が引いた様子だ。だが、それでも店主はなんとか表面上は平静を取り戻し、ウルを奥の客間に案内してくれた。

 

「成程そのような経緯で……救助依頼を受けてくれた件、私の方からもお礼を言わせてください」

「俺ではなく俺の雇い主に言っていただければ」

 

 アルト店舗店主――チューリから深々と頭を下げられ、ウルは首を横に振る。島喰亀を助けに行く決断をしたのはディズであり、更に言えば活躍したのもディズである。頭を下げられても肩身が狭い。

 

「無論、フェネクス殿にもあとで挨拶を。ローズの救出の依頼、引き受けていただいたことに感謝します」

「……ローズさんの親戚ですか?」

 

 見れば、尾や耳の毛色が同じに見える。

 

「遠い親戚ですがね……都市間移動は危険と何度も言ってきたのに……その矢先に」

 

 そう言ってため息をつく。淡々とした女性だが、しかし顔には心労で額に皴が刻まれていた。そして改め、彼女は深々とウルに頭を下げる。

 

「申し訳ありません。どうかあの娘を助けてあげてください。必要な道具なら何でも申し上げください。我々に出来ることは何でも融通させていただきます」

「確約は出来ないが、出来る限りのことはさせてもらう。ただ料金は払う」

「ですが」

「もう一度言うが、必ず助ける保証ができない」

 

 出来るかどうかもわからない事で金や物を得るのは、向こうからの申し出だろうがやめた方がいい、というのはウルも理解していた。そもそも今回の支払いはディズ持ちだ。遠慮することはない。

 此方の意図を察してか、分かりました。と、頷く。

 

「では、お客様として対応させていただきます。現在島喰亀の騒動の影響であらゆる物資が品薄気味ですが、言われたものは必ず、倉庫をひっくり返してでも用意します」

「では回復薬(ポーション)を5つ高回復薬を3つと強壮丸を6つ、魔壮薬を8つ」

「回復薬は用意があります。強壮丸は底を突いていますが工房に連絡し、確保しておきます。他、何か入用がありましたらなんなりと」

 

 見れば、流石の冒険者御用達の店、というべきか、魔法薬以外にも様々な品が並んでいる。流石に武器防具まで並んではいないが、役立ちそうな小道具や魔具の類なら下手な専門店よりも多い。それも、実際に迷宮に潜った探索者たちが必要だと感じるであろう、要は“わかっている”品々が取り揃えられていた。

 

「魔石の収集具……風払いのマント……無尽の水筒?これは迷宮の品では?」

「グリードから流れてくる商品もございますので」

「こう言ってはなんだが、大罪迷宮からも程遠いこの場所で、冒険者向けの店舗は商売になるのだろうか?」

「グリードを目指して長らく旅をしてきたお客様などがお買いになられます。いざ、グリードを目指す備えとして」

 

 つまり、大罪都市グリードを前にして意気揚々と気を逸らせた冒険者が金を出すわけか。とウルは納得する。無論、グリードにもラックバードの店は存在するであろうに。

 

「逆にグリードから他の都市を目指して旅を始めた方々も品を買いに来られることは多いですね」

「それこそ、グリードで必要なものを買いそろえてから出発する人が殆どでは?」

「想像や伝聞と、実際に都市の外にでて得た所感は違うものです」

 

 なるほど。と、再びウルは納得した。実際に外に出て必要だと感じたもの、不要だったものを調整するうえでもこの店は役に立っているらしい。無論、そういった冒険者や旅人たちだけでなく都市民たちが魔法薬の購入に重用しているらしい。

 

 経緯はどうあれ、ウルにとってもローズ救出の準備に困らないのは助かる。もっとも、魔法薬以外で今のところ、必要とするものは特には……

 

「……ん?」

 

 そう思って眺めていた品々の中で一つ、眼を惹くものがあった。

 それは右手用の手袋だった。浅黒い色の動物の皮、恐らく魔物の皮で作られたであろう一品。一見してゴツゴツとした表面から少なくとも着飾るような類のモノでないのは間違いなかった。

 手に取ってみる。金属製ではないが重みがある。が、厚みはそれほどでもない。手のひらの部分に別の加工の生地が使用されている。こちらは触ってみるとザラザラとした感覚が指先に伝わる。

 

「これは?」

「わかりません」

「オイ」

 

 流石にあんまりな解説にウルはツッコミをいれた。が、チューリは特に気にしたそぶりも見せず、尻尾を揺らしながら

 

「グリードでずいぶん前に発掘された採掘具なのですが、魔術の類がかけられているわけでもなく、具体的に何の用途で作り出されたモノなのか不明なのです」

「防具の類では?」

「相応の強度があるのは間違いないのですが……」

「試してみても?」

 

 どうぞ、と言われたので試しにウルは装着してみる。装着してみて驚いたのは指先の動作が驚くほどに軽い事だった。全体的な重量は感じるものの、指先の動きがほぼ阻害されない。籠手などの防具を装着すると構造上、どれだけ力があろうと少なからず動きは鈍くなるものだが。

 

「精緻作業のための防具なのでしょう恐らく」

「恐らく」

「これがどこの誰が作り出したものなのかわからないので」

 

 迷宮から獲得できる発掘品にも種類はある。

 他冒険者が紛失し迷宮に飲まれ、時を経て再び出現した遺留品、迷宮が生み出した天然物、精霊たちが気まぐれでおいていった聖遺物、またはかつての時代に作りだされた古代遺物。

 種類によって作られた目的は違い、そして用途も異なる。どの発掘品なのかさえわかれば多少は特定もできるが、これはそれすらハッキリとはしていない。

 引き続きウルは試着を続ける。試しに、と隣に並ぶ道具の一つをそっと掴んでみる。対して力を入れていないのに指先に吸いつくようにしてつかみ取ることができた。

 

「そしてグリップが利きますね」

「そうですね。そしてそれ以上の性能に関しては判明しておりません。本当にそれだけしか能がないのか、あるいは何か隠されているのかも。何分シンプル過ぎて製造元の特定が難しいのです」

 

 恐らく、というかほぼ間違いなくそれ以上の効能があるとは思えないが、しかしこれが“発掘品”であるという事実がこの防具の存在を厄介なものにしているらしかった。なにせ迷宮産のモノである。迷宮から発見された何の変哲もない剣が、数年後、突如としてとんでもない呪いを引き起こす魔剣であったことが判明、なんてことも決して珍しくはない。

 で、あればこの防具、手袋も同じことがないと証明できない以上、効果が判明しているとは言えない。という事になる。

 

「ちなみに価格は?」

「銀貨1枚」

「かなり安いが、要は効果がハッキリとしていないから?」

「正直こちらでも取り扱いには苦労していますので」

 

 でしょうねえ。とウルは口にせずに納得した。彼女の説明の端々からもそれは伝わってくる。ウルも客の立場として冷静に考えると、いつ、どのようなタイミングで爆発するか、それともしないのかもわからない代物、僅かであれ存在するそのリスクを飲んでまで購入するメリットを、このちょっと指が動かしやすいだけの防具に見出すのは難しかった。

 が、しかし、

 

「買います」

「オススメしませんが」

「商売人らしからぬ警告をどうも。ただ買います」

 

 ウルは購入を決断した。思いつきや衝動で買うではなく、少し前からやろうとしていた“実験”に丁度良い代物だったからだった。これは自分の装備なので自分の懐から払う必要はあるが、仕方ない。

 

「お買い上げありがとうございます。何か問題がありましたら」

「返品を受け付けてくれる?」

「同情いたします」

「おい」

 

 冗談です。と真顔で返してきた。いい性格をしているらしい。ひとまず発注したものは後で宿屋に届けてもらうよう頼み、ウルは店を出た。

 向かう先は宿屋ではなく衛星都市アルトにも存在する冒険者ギルドの訓練所だ。

 




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