かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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たわいない約束

 とある日

 

 竜吞ウーガ、ウルの自宅にて。

 

「ディズ様」

 

 リビングにて、持ち込んだ書籍に目を通していたディズの元に、シズクがお茶を煎れる。無意識に力の入っていた肩を解すような優しい香りに、ディズは微笑みを浮かべた。

 

「うん、ありがとう」

「今日は、暖かな陽気ですね」

「本当にね。アカネも公園ではしゃいでるよ」

 

 窓の外から注ぐ太陽神の日光にシズクは目を細める。本当に、今日は穏やかな一日だった。ウーガの内に入り込んだ小鳥がさえずり、目を覚ました住民達の生活音が聞こえてくるのが心地よかった。不思議な一体感があった。

 

「……んで、くつろいでるのは結構なんだが」

 

 その二人ののんびりした様子を、目を覚ましたばかりで寝間着姿のウルは頭を掻きながら眺め、そして今更な事を口にした。

 

「何故俺の家でくつろぐ」

「私、家ないし。アカネもいるのに、わざわざ宿屋で泊まるのもなあ」

 

 確かに、ディズがウーガを訪ねるときは基本的に、アカネはまっすぐにウルの家に突撃する。ディズもそれにつきあう訳だが、だんだんいちいち宿屋に泊まってからこっちに来るという行程が面倒になってきたようだった。

 幸いにしてウルの家も広いので、来客用のベッドもある。いつの間にかその一室が彼女とアカネ用で固定されつつあった。そう考えると、本当に今更な話ではある。

 

「シズクは?」

「殆ど、事務所兼、前線基地のようになってしまいまして」

「前線基地」

 

 彼女の生活の様子はロックから聞いている。兎に角ひたすらに仕事に打ち込むあまりに、銀糸と書類と各国から彼女宛に送られてくる手紙で埋もれている、味気の欠片も無い部屋と化していると。前線基地とはさもありなんだった。

 

「不都合であれば、これからは自室にて過ごしますが」

 

 シズクは至極当然のようにそういう。

 ウルは、シズクがロクな家財もなにもないような部屋で一人、ぽつんと休日を過ごしている姿を想像した。天井を仰ぎ、顔をしかめて、ため息をついた。

 

「…………好きなだけのんびりしろ」

「今日は午後から仕事です」

「休め」

 

 休ませた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 そんなわけで、意外にかみ合わない三人が揃ってウル宅で席に着いている状況となったわけだが、存外、軽快に話題は進んだ。色々と問題を乗り越え続けてきた間柄故か、今更気遣う事が少なかった。

 

「でも、ウルの家って、意外と私物が少ないよね」

 

 いつのまにか出された茶菓子を食みながら、ディズが言う。

 はて、とウルは首を傾げる。確かに、リビングも含め、この家の中にウルの私物というか、自分用のものは少なかった……自分のものは。

 

「俺以外の私物が妙に増えてるんだがな。リーネの奴、何置いてんだ」

 

 何の用途かも分からないような魔道具が時折部屋に置かれたりするのが困りものである。そう考えると本当に、シズクとディズ以外にもウルの家を利用するものは多かった。

 

「ですが、ウル様の趣味、のようなものとかは少ないですね」

「あんま、その手の趣味を考える余裕無かったんだよなあ、今まで」

 

 ただただ、生きるのに必死な頃。冒険者として駆けるのに必死な頃。どちらも全く余裕というものは少なかった。そんな中、実益の伴わない、娯楽に時間を費やすというのは、単純に慣れていなかった。

 

「友人達と、パーッと遊ぶくらいはするんだがな」

「今なら少しはあるのでは?」

「どうかな」

 

 ウルは窓の外を見る。少し日の差し込み方は動いていたが、やはりウーガは今日も平和だった。色々な、余裕の無い場所を見てきたウルは知っている。この優しい空気は、平和な一時でなければ、決して満たされないと。

 だが、しかし、

 

「この世界が薄氷の平和だと知った今だとな」

 

 これが、どれほどに危うい地盤の上で成り立っているかをウルは知った。それ故に、簡単にそれを受け入れるのは難しかった。

 

「余裕が無いと、趣味というのは難しいですね」

「本当にな。まあ、ジャインなんかは楽しんでるけども」

 

 色々と裏の事情を巻き添え気味に知る羽目になっているジャインは、今も楽しく趣味に没頭している。最近は家庭菜園でとれた成果物を菓子にして振る舞ってきたりする。

 脳天気、とは思わない。単に心の余裕の作り方が巧みなのだ。そこら辺は見習わなければならないとは思っているものの、なかなか難しかった。

 

「じゃあ、心に余裕出来たら、どうする?」

 

 すると、やや湿っぽくなった空気を拭うように、ディズが少しいたずらっぽく尋ねる。

 

「どうするって……」

 

 問われ、ウルは首を傾げる。シズクも傾げる。尋ねた当人のディズも傾げる。そして。

 

「ピンとこない」

「ピンときません」

「ピンとこないねえ」

 

 全員ピンとこなかった。酷いあつまりだった。

 

「まあ、私は義父の手伝いをしながら、骨董品集めとかするかもなあ」

 

 言い出しっぺのディズが、少し難しそうな顔をしながら、展望を絞り出す。本人はなかなかに難儀した表情だったが、悪い展望ではなかった。

 

「目利き出来るものな」

「古いもの、歴史ものの価値って低いからね。この世界。地位向上は目指したい……かな」

「それはそれで、また何か使命めいているが」

 

 とはいえ、そういう使命感も含めて楽しむというのなら、悪いことではないだろう。少なくとも、現状の命がけで戦いを繰り返す日々と比べれば、大分真っ当だ。

 

「ウル様は?」

「俺……?」

 

 すると今度はウルにパスがとんできた。ウルは悩ましそうに唸る。

 

「ジャインと一緒に家庭菜園はちょこちょこやるけど、自分の趣味かあ」

「ロック様と遊びに行くのは?」

「まあ、時折つきあうが」

「友人と飲みに行くのとか?」

「ガザ達と定期的にペリィのとこで。まあ、そう考えると友人付き合いばかりだな」

 

 散発的に遊ぶ事はウルもよくしていた。何もしなくてもがんがん自分の遊びに引きずり込んでくる連中に事欠かない。面倒だと思う反面、それ自体恵まれているという自覚はあった。

 

「とはいえ、全部つきあってる感じなんだよな。自発性が無い」

「ふうん……ああ、でもそうだ、冒険の記録は書いてるんじゃない?」

「そりゃ書いてるけど、趣味かあれ?」

 

 育ての親、ザインに言われ、ディズにアドバイスを貰って記録は書いている。最近はマシになってきたが、大分汚い字で、冒険の道中の気づきなどを書いたりしているのだが(無論、余裕が無いときは書けないこともある)、趣味と言われてもピンとこなかった。

 

「じゃあ、余裕が出来たら、もう少し感想とか、楽しかったこととか、書いていくのも良いんじゃない?日記は立派な趣味だよ」

「日記ねえ……」

「今度読ませてよ」

「ソレはやだ」

 

 流石に恥ずかしい。やや獲物を見つめる目つきになりつつあるディズの意識をそらすために、ウルは残り一人に話題をふった。

 

「シズクは?」

 

 問われる。間違いなく、この中で最も主体性の低い少女は、質問を投げつけられると、ぼんやりとした様子で首を傾げた。

 

「休みの日は、公園でのんびりさせていただいておりますが」

「まあ、それが悪い趣向とは言わんが……」

「もう少し、積極的に楽しんでも、罰はあたらないよ?」

 

 二人から突っ込まれると、ゆるゆると、シズクは視線を彷徨わせる。いつもの、外面の良い微笑は浮かべなかった。ただただ、少しだけ困ったような顔になって、固まった。

 そして、

 

「よく、わかりません」

 

 まあ、本当に想像したとおりの答えが返ってきた。

 ウルは怒ることも無かった。代わりに、

 

「なら、暇になったら、まずはシズクの趣味探しからやるか」

「そうです?」

「良いね、皆で遊び回ろうか」

 

 ディズも笑う。シズクは困ったような、戸惑うような表情を浮かべていたが、しかし結局、最後まで二人の提案を拒絶することは無かったのだった。

 穏やかな日々の中で交わされた、年相応の少年少女らしい、遊びの約束だった。

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