かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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誘い

 冒険者になって早々に、彼女の鼻柱はへし折られた。

 

 それはもう、こなごなのぼっきんぼっきんに。

 

 誰よりも努力しているという確信は、思い上がりだった。

 自分以上に苦しんでいる者はいないという怒りは、勘違いだった。

 すぐに黄金級になるという決意は、露と消えた。

 

 それを認められず、あの恐ろしい不良教官にしばらくは食らいついた。

 といっても、真っ当に訓練するつもりはなかった。喜々として此方の顔面に拳を叩き込んでくるあの邪悪な“あんちくしょう”に、どうにかして一撃を食らわせてやろうと不意打ちを狙ったのだ。

 

「ほーん、壁や天井にへばりついて楽しそうだな? 曲芸師(ピエロ)にでもなるのか? 死ね」

 

 ダメだった。

 

 全部見抜かれて、全部叩き潰された。彼女は泣きっ面で訓練所を逃げ出すことになる。

 しばらくは腐って、それでも結局、冒険者という場所にしがみついた。家族のところに帰る気にもなれなかった。「それみたことか」と兄姉達に鼻で笑われるのは見えていた。

 

 幸か不幸か、元々培っていた努力に加え、訓練所で不良教官に歪みをたたき直されたことで、彼女は冒険者としては“マシ”になっていた。

 

 少なくとも、冒険者としてはやっていける。

 白亜のように、その日生きるための小銭を稼ぐくらいなら、できる。

 勿論それは、かつて彼女が思い描いた黄金の夢からはほど遠い、錆色の日々だった。

 

 それを認めるのは難しかった。悔しかった。酒場で飲んだくれて、醜態をさらしてる()()()達とは絶対同じにならないと決めていたのに、彼等とやってることは変わらない今が――その現実が、悔しすぎた。

 

 だから焦った。

 

 悪い誘いに、彼女は乗った。

 

 彼女の生涯でも最大の失敗で、救いようのない愚行だった。

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 魔物の肉を食す。

 

 という行いが、聞くだけで眉を潜められるような禁忌であるかと言われれば()()()()()()

 都市国の中なら口にする事はそうないが、都市国の外ではそうでもない。

 都市国の外の魔物達、迷宮からあふれた魔物達は、瞬く間に外の環境に順応する。通常の生物へと近くなる。人類に対する敵意と、内に宿す魔石さえなければ、見分けもつかないだろう。

 

 なので、魔物を地力で退治できるだけの力を持った名無しなどは、倒した魔物を食す事はある。

 だから禁忌という程ではない。

 が、一方「できれば避けるべき」というのが魔物食への大半の者達の考え方だった。

 

「……」

 

 さて、銀級冒険者のカルメが【悪食】の異名を持つに至った経緯は、その魔物食だった。

 

 彼女にとって、魔物食いは幼い頃からしてきたことだった。

 

 貧しい名無し、放浪の名無し、旅に付き合える携帯食は量も制限があるし、味も正直塩辛いか異様に堅いものばかりだ。旅の途中で採れる食料は貴重だ。そしてその中には、運良く倒せた魔物の肉なんかも含まれる。

 迷宮から地上に飛び出した魔物は、不確かな魔力体から生物に近くなる。故にその肉は残りやすい。勿論、人類を積極的に殺そうとする恐ろしい魔物達をあえて食料として狙おうとすることはなかったが、それでも時たま上手く仕留められたときは、それはごちそうになる。

 

 とはいえ、結局それは、飢えた貧しさからの、選択肢のなさが原因だ。

 

 今の彼女は銀級だ。依頼から得られる報酬は、下手な都市民達の収入よりも遙かに多い。今回の依頼だって、多額の報酬が約束されている。迷宮潜りの際に用意する携帯食だって、(比較的)良質なものを選ぶことができる立場に、今の彼女はいる。

 

 だが、それでも彼女は魔物食いを止められない。

 

 魔物の死体が“散らなかった”時、幾らか拝借するクセはなくならなかった。他の同業者から呆れられたり、引かれたり、貧しい性根だと嗤われたりしても、やめられなかった。

 

「――――むう……」

 

 カルメとて、これが正直褒められた癖ではないと分かっている。

 魔物の血肉は、通常の動物と違って何がどうなっているかわかったものではない。時々とんでもない毒性を体内に含んでいる魔物だっている。それにあたって悶え苦しんで死亡した名無しの話は割と珍しくもない。

 それでもカルメはそれが止められない。昔の記憶、飢えて飢えて、ひたすらにひもじさと戦いながら、寒空の下で眠りについた記憶が、彼女を突き動かしていた。

 

(…………まあ、悪いことばかりではないのは確かだ)

 

 これで食費が浮くのも事実だ。冒険者なんていう稼ぎも浪費も極端な仕事をすると、こうした細かい倹約は疎かにしがちだ。それを抑えつつ、冒険者の活動と生活のどちらも向上させるのは悪いことはないはずだ。

 すすんでは魔物喰いをしたいわけではないが、こういうプラスの面があるのだから悪くない。

 

 そう、断じて、

 

 今回採った黒岩蛙の肉が、脂身も乗ってて結構美味しそうだなあ

 

 とか、そんなことを考えてるわけでは、ない!

 

「ん、よし」

 

 などという、謎の言い訳を自分に繰り返しながら、カルメは【深窟領域】を間もなく抜けようとしていた――だが、間もなく上階への坂が見えようかというタイミングで、ふと彼女は足を止める。

 

「――」

 

 姿勢を低くして、音を殺し、カルメは俊敏に物陰に隠れた。

 

 何か、いる。

 

 冒険者を長く続けていると身につく感覚。

 魔力吸収による第六感技能、【直感】とはまた違う、勘働きだ。

 そしてその勘は正しかった。

 

『――――――』

 

 奇妙な、甲高い声がする。それはどこであろう。天井から聞こえてきた。

 昏い洞窟型の領域は、通常の領域とは違って天井まで光が届かずに真っ暗だ。空から自分たちを見守ってくれる星々のない夜闇の中、たった二つ妖しげに輝く星があった。

 しかしそれは、本当の夜空に在る精霊の明かりではない。

 

 それはおぞましい、魔性の眼光だった。

 

『――――r……』

 

 恐らくは、カルメの姿を見失ったからだろうか。それはゆっくりと闇から現れた。

 低層にでてくる大蜥蜴に似た風貌、しかしそれよりも二回り以上大きい。

 鱗のついた皮膚の色は暗く見える。先ほどカルメが倒した黒岩蛙にも似た色だが、よく見ればその色合いはゆっくりと()()を続けている。周囲の環境に溶け込むように。そして、その色の変化に応じて、生物としての気配そのものも薄らいでいく。

 

 カルメは自分の知識を総動員するが、その魔物は記憶にない。新種か、亜種か、どっちみち、迷宮で現れたそれらは脅威の証明だ。

 

 白銀の指輪で相手の魔名を計る。階級は五、やはりかなり強力だ。

 

 カルメは冷や汗を流した。

 黒岩蛙の時は明確に、どこに、何が潜んでいるか事前に察知できた。

 だかコイツは、ここまで接近するまで本当に潜んでいたかも察知できなかった。

 

 彼我を計る物差しが、警告を告げる。明らかに目の前の魔物は格上だと。そう感じた以上、普段なら、このまま息を潜めて、隙を見て退散を選ぶ。だが――

 

 ――この領域が長期間維持されている理由は、核らしきものがあるからかもしれません。

 

「…………」

 

 カルメは、愛剣の柄を握り、しばし逡巡する。

 

(……まさか、コイツか?)

 

 この領域に生息している他の魔物と比べ、明らかに数段上回る脅威。にもかかわらず今日まで一度も確認例も撃退例も聞いたことがない。ならばそれだけ生き残り続けているということ。

 この領域を護り維持する守護者(ガーディアン)であり、真核魔石のような存在になっている可能性がある。

 

 ――これは好機だ。

 

 ふいに、耳元で誘惑が囁く。

 自分であって自分でない声。この強欲の迷宮に長く居ると、時折聞こえてくる声。

 強欲へと誘う、誘惑の声

 

 ――向こうは、こちらを見失っている。今なら不意を突ける。

 

 ぎょろりとした二つの眼光は、確かに此方を見てはいない。舌や、他の感覚器官も忙しなく動かして周囲を見渡しているが、こちらに向けられているようには見えない

 心がざわつく。今自分が請け負っている依頼は、調査ないし攻略だ。後者が果たされるならばそれに越したことはなく、結果得られる報酬も大きく上乗せされる。

 

 ――今なら、倒せる。殺せる。

 

 囁きが繰り返し、響く。それは子供の声だ。幼き頃の自分の声だった。きっとこれから、黄金級の冒険者になれる、全てを手にして、自由になれると焦がれていた強欲なる幼き自分が背中を押してくる。

 

 ――また失敗する気か?

 

 だが、柄を握りしめた瞬間、脳裏に響いたのは、これもまた少しだけ大人になった自分の声だ。夢破れて、泥にまみれて、それでも夢を諦めきれなかった結果、とんでもない()()を晒した自分が、怒るように、諫めるようにこちらを睨み付けている。

 その瞬間、カルメの中で暴れようとしていた焦がれが、萎んでいった。

 

「…………」

 

 カルメは柄から手を離し、そしてそのまま音もなく距離をとる。真っ直ぐに上の階、安全領域《セーフエリア》へと続く道へと引き返していった。

 

 ――あら、あら、残念ね。

 

 最後、名残惜しく聞こえてきた声が、自分とは似ても似つかない女の声だったのは、きっと気のせいだ。

 

 




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