かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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悪食と老騎士 あるいは肉との対話編

 

 大罪迷宮グリード、第十三層。

 低層を抜けた先に存在するその場所は、安全領域《セーフエリア》と呼ばれる空間だった。

 即ち、魔物が出現せず、更に転移の魔術によって地上へと繋がる空間で在る。勿論、転移術は認可されたものしか利用できないが、それでも十階以降の中層を普段から利用する、銅級から銀級の冒険者達にとって、この安全領域もまた、一つの仕事場と言ってもいい。

 

 仲間同士での情報交換や補給、あるいは治療、冒険に必要な様々な人材や物資が持ち込まれた安全領域は、冒険者にとって迷宮の中でも唯一安らげる場所と言える。

 

「……なるほどねえ、守護者(ガーディアン)か……」

「ああ、戻ったらギルドにも報告しておく」

 

 その安全領域の隅っこで、カルメは同僚(ぼうけんしゃ)達と情報交換をしていた。

 カルメは固定の一行《パーティ》をつくらない、ソロの冒険者であるが、こういう情報交換を欠かすことはしなかった。特に危険な魔物の情報共有については積極的に行っている。だから今回の依頼だって受けたのだ。

 銀級の彼女は互助の重要性も十分に理解していた。

 

「助かったぜ、カルメ。やっぱり今回の“潜り”じゃあの洞窟には挑まんほうがいいな」

「ああ」

「……ところで、なあ」

「なに」

 

 同僚達はなにやら言いにくそうに顔を見合わせた。その内の一人、短剣を携えた獣人の男が意を決したように、カルメに尋ねた。

 

「……………………何やってんだお前」

「調理」

 

 カルメはこの安全領域の一角で、魔術で火を起こし、石を組み、鉄網を乗せ、肉を焼いていた。

 まさに、言葉の通りの調理である。

 そしてその鉄網に乗せて焼かれているのは、巨大な肉の塊だ。先ほど冷却の魔術を解除された赤々とした肉は、どう見たって冒険者が持ち込むような保存食ではない。

 

「お前、また魔物の肉とってきたのか……あのなあ……」

「まって」

 

 苦言、あるいは警告のような事を獣人が口にしようとする前に、不意にカルメは手で言葉を遮った。そのまま、彼女は私物のトングで肉の塊を掴むと、慎重に焼き面を変える。更に炎の魔術を調整し、火加減を少し抑え、その状態に満足すると頷いた。

 

「うん、続けて」

「ガッツリ調理に集中してんじゃねえ……!」

 

 獣人は頭を抱えた。

 

「魔物喰いなんて止めとけって……この前低層でやらかして食中毒起こした奴がいたんだぞ?」

「低層の魔物なんて、ほとんどが魔力体だもの。それを食べようとしただなんてド素人ね」

「何の素人だよ……っつーかいい匂いすんなぁ!?」

「今回は焼く前に香辛料も揉み込んだから」

「一手間を惜しまなくて偉いねってやかましいわ!!」

 

 広い広い安全領域の一角で、凄くいい匂いが漂い始め、ちらほらと視線が集まりつつあった。彼女の【断切り】という異名よりも【悪食】が広まった要因の一端である。

 そんな視線を集めながら、カルメはため息を吐いた。

 

「まあ、分かってるつもりなんだが、食料を温存できる機会を前にすると、いてもたってもいられなくなる……賤しい性分だ。正直自分が情けない」

(トラウマ)に悩んでる顔してぇなら一瞬でもいいから肉から目を離せ! こっち見ろ!」

 

 離せる訳がない。今は一番重要なタイミングなのだ。慎重に肉を焼いていくと脂が零れ、炎に焼かれ、蒸発し、それがまた良い匂いになって周囲に拡散した。

 

「い、一段と、いい匂いが……!」

「な、なあカルメ、一口くれ「ダメだ」即答!」

「拷問だろうこれ、地上帰りたくなってきた……!」

 

 周囲が勝手に苦しみ始めたが、カルメは気にしない。そのまま調理を続けていると、不意に背後からガチャガチャと複数人の武装した者達が此方に近づいている音が聞こえてきた。カルメは視線を肉から外さぬまま、そちらに注意を向けた。

 

「まったく、何を騒いでおるのだ、お前達は!」

 

 近づいてきたのは、地上ではよく見る鎧――大罪都市国の騎士達だった。

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 都市国を護る防衛の要、【騎士団】は基本的には迷宮には潜らない。

 

 彼等の力は都市国内部の治安と、外から来る脅威へと向けられている。地下深くの迷宮は彼等の領分ではない。

 だが、潜らないかと言われればそうではない。

 魔物を殺せば、その魔力を吸収できる。恐ろしい魔物達に対抗するための鍛錬として、もっとも手っ取り早い手段だ。騎士団が都市国の保全が役割だとしても、力をつけた荒くれ者や、外からやってくるような恐ろしい魔物を相手にする時、力は必要になる。

 だから、騎士達もまた、定期的に地下迷宮に潜る。

 だが、稼ぐ為の冒険者と、訓練の為の騎士団とでは、やることも考え方も違う。トラブルが起こる事もあった。故に、できる限り互いに干渉しない方が望ましいというのが冒険者と騎士、双方共通の暗黙の了解だった。

 

「ここは人類の生存圏を護るための最前線! 冒険者であろうと気を抜いてはいかんのだぞ!」

 

 ところが、カルメ達の所にやってきたのは老年の小人――通称ショウ爺はそういう暗黙の了解などちっとも知ったこっちゃないというように、ガンガンと冒険者達の素行に口を挟むタイプだった。

 高齢故、前線を退いても尚、若い者達を鍛えるという使命に燃え、こうして訓練の時は引率の為に迷宮に潜る。そして潜っては、部下達だけでなく、冒険者達に躊躇なく口出ししてくるのだ。

 そんな彼に対して、冒険者達は、

 

「お、隊長じゃん」

「ショウ爺、元気そうだな」

「ショウ爺隊長、まだ中層もぐるの? あんま無茶すんなよ、いい年だろう」

 

 口やかましい彼を、割と慕っていた。

 

「ワシはもう隊長ではないぞ!! そういうとこはちゃんとせんか!」

「でも俺等にとっては隊長だしなあ……」

「まったく……ん? その怪我はなんだ。はやく治療せんか!」

「え、これ? まあこれくらいならほっときゃ治るし……回復薬もったいねえし……」

「そういう傷を放置して悪化したら、もっと金がかかるのだぞ! ほれさっさと使え!」

「え、回復薬くれんの? サンキュー、ショウ爺」

 

 名無しの多い冒険者に対して偏見を持つ騎士も多い中、彼は偏見なく平等に口やかましく、そして世話焼きであった。故に騎士達や冒険者達にも慕われている。

 そんなお節介な彼は、そのままこの状況でも尚、肉を見守り続けるカルメへと視線を移した。

 

「それで、何をしておるんだ、カルメ」

「肉を焼いているだけだ」

「どーせ魔物の肉だろう、【悪食】め」

「【断切り】だ」

「ちゃんと異名で呼んで欲しいならこんな所で肉を焼くのをやめろ! せめて地上でやれ!」

「鮮度が落ちる」

 

 そうして、再び口論が始まった。とはいえ、ケンカというよりは、孫と祖父の口げんかのような様相なので、周りの冒険者も、彼に引率されている騎士達も慣れた様子だった。

 

「諦めろよ隊長、カルメは今、肉と“対話”してっからさ……」

「肉の前にヒトと対話しろ!」

「うーんド正論」

「というか、嘆かわしい、そんな肉の塊だけで食事だと? 栄養バランスを考えろ!」

「怒るとこそこなんだ……」

「隊長もどこかズレてるんですよね……」

 

 彼に引率されている騎士は苦笑する。これから中層に向かうとなると、彼等もかなりの実力者であるのは間違いなく、場合によっては引退寸前のショウ爺よりも上の階級にいる可能性すらあるが、それでも彼を慕っているようだった。

 

「つってもタイチョー、やっぱ潜ってる最中に栄養バランスは厳しいって」

 

 と、若い冒険者の一人が挙手し、主張する。

 確かに、迷宮に潜る以上、冒険者の食事というのは中々制限がかかる。カルメのような現地調達をする者はそういない。彼女とて【悪食】の異名あれど“食べられる肉”を獲得出来るのは稀だ。

 そうなるとやはり、保存が利く干し肉等の携帯食の類いしかない。

 都市国の外などでは、自生している食べられる野草などが手に入る事もあるが、迷宮の中でそういったものが手に入ることはほぼない。人工的な建造物を模した大罪都市国グリードならば尚のことそうだ。

 

 まあ、そうなってくるとやはり、食事の偏りは止むなしといえる。

 が、それを聞いたショウ爺は腕を組み、「ちゃんと準備をすれば問題は無い」と自慢げに懐から、蓋された小さな壺を取り出した。

 

「見ろ、我が妻が研究を重ねて創り出した傑作の【マルモ菜の酢漬け】――」

「む」

 

 その瞬間、まったく肉から目を離さなかったカルメが動いた。

 

「カルメが食いついた……!」

「食への感心が凄い」

「【悪食】っつーかもう【食いしんぼ】だろコイツ……」

 

 周囲の呆れた声などまるで気にせず、カルメはショウ爺の取り出した壺の漬物をジッと観察した。

 

「一口もらっていい?」

「手を伸ばす前にそれを言え……ほれ」

 

 のばしかけた手をのけながら、ショウ爺は壺の蓋をあける。中々独特の匂いと共に取り出されたマルモ菜は、丸っこい形をした野菜だった。恐らく、保存が利いて、激しい動きの中でも傷が付いて痛んでしまわぬようにと工夫が凝らされたソレを、カルメは口にする。

 

「……ん」

 

 そしてそのまま、良い感じに火の通った肉の端をナイフでこそぐ。良い焼き色と、適度が赤身を残したその肉を、口に放り込む。溢れる肉汁と旨み、香り、ほんの少しの焦げの苦みが、先に放り込んだ酢漬けの酸味と入り交じり、渾然一体となって口の中を支配した。

 

「うん」

 

 目を瞑り、その味に集中したカルメは頷くと、目を開いてショウ爺へと手を差しだした。

 

「素晴らしい奥方ね」

「当然だ」

 

 二人は固い握手を交わした。

 

「なんだかわからんが和解した……」

「なーんも解決してねーがな……腹減った」

「もう飯くっちまうか……」

 

 

 




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