かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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悪食VS虹色

 闇の中を刃が閃く。

 

 輝く【断切り】の刃を構えながら、カルメは駆ける。

 周囲にあるのは黒岩蛙たちの死体ばかり、一見すれば、彼女は魔灯と刃の光を頼りに、独り闇の中を走り続けているだけのようにも見える。

 だが、違う。明らかにもう一体、別の存在が彼女を追っていた。

 

「……!」

 

 駆け抜けた側から、地面が弾ける。

 岩肌の地面が弾けて、砕ける。高く伸びた岩柱がたたき折られ、崩れていく。

 闇の中から、透明の【虹色蜥蜴】が確実にカルメの命を狙い続けていた。

 

(舌か尾か、わからないが、どちらにせよ黒岩蛙よりも遙かに鋭い)

 

 分析を続けながら、カルメは初めてこの敵と遭遇したタイミングを思い出す。

 

 あの時、虹色蜥蜴は姿を現していた。

 

 カルメの存在にまだ気付いてはいなかったのか、あるい身体を休ませている途中だったのか、判断はできないが、この虹色蜥蜴の“隠蔽”は常態ではない。

 つまり“隠蔽”はなんらかの形で消耗する力だ。魔術現象であったことからもそれは確実。

 ならば、持久戦は有利か?

 だが長期戦を向こうが許すか――?

 

『っ!』

 

 そう思っていると、再び激しい音が響く。恐らく先ほどと同じく、尾を鞭のように振り回す攻撃。だが、その破裂音はカルメのすぐ側ではなく、その遙か上の天井から聞こえてきた。

 直接の攻撃ではない。では蜥蜴が何をしたのか、すぐに答えは()()()()()

 

「なん……!」

 

 天井から伸びた氷柱のような石筍、岩石が雨のように降り注いできたのだ。

 

「ッチィ!」

 

 魔灯(ランプ)光だけで、石の雨を見極めて回避するのは不可能だ。被弾を覚悟しカルメは一気に駆けた。幾つかの石片が頭を切りつけ、背中を打つ。それでも痛みで足を止めなかった。

 動きを止めれば、間違いなくそこを突かれる。

 

(本当に色々とやってくる……!)

 

 不可視の暗殺者から放たれる多様な攻撃を、相手のスタミナが尽きるまで回避し続ける? 

 不可能だ。この魔物相手に、悠長な長期戦は選べないとカルメは確信する。ヘタしなくとも、心身を削られて限界が来るのはこっちの方が速い。

 では、どうするか。

 

「【魔よ来たれ、風よ踊れ】」

 

 潜ると決めた時点で、戦いが起こる可能性は予期していた。

 流石に準備の時間はなかったが、幸い周りの同業者達は惜しまず用意を分けてくれた。

 これらもその一つ。懐から取り出した幾つもの【魔封球】。それを風の魔術で操り、()()()をつけた天井付近に向けて、一気に放った。

 

『r――――』

 

 恐らく虹色蜥蜴のものだろう、かん高い鳴き声が聞こえた。

 更に弾ける音がした。先ほどからカルメを狙い振り回されていた不可視の鞭のようなものが、カルメの飛ばした【魔封球】を打ち、弾けさせたのだ。

 

(よく見えている。目がいい? あるいは別の感知器官か?)

 

 だが、事前に弾かれるのはカルメも承知の上だった。

 

「開封」 

 

 不可視の鞭で打たれた魔封玉は、衝撃を受けてその場で起動する。だが起こったのは攻撃魔術の類いではない。カルメが放ったのはその類いではない。

 封じられていたのは煙幕だ。撤退時、視覚に頼る魔物相手に利用するような、ありきたりな代物。魔物は必ずしも視覚で相手を感知しないため、持て余していたという同僚からもらった品。

 

 この闇が深い空間で視界を更に塞ぐのは悪手にも思える。

 だが、発生した煙幕は、虹色蜥蜴の周囲に霧散し、結果、その中心に歪みを創り出す。一部だけ、透過しているカタチが見えた。

 

「そこか」

 

 そして、カルメは残る魔封球を放つ。

 だが今回は煙幕ではなく、そして狙う先も蜥蜴そのものではなく、その周辺だ。

 

「爆ぜろ」

『――――――!?』

 

 蜥蜴がへばりついてると思しき天井、その周囲で爆発が起こる。

 至極単純な発破魔術が天井を破壊し、蜥蜴のいる周囲の岩盤を強制的に崩落させる。どの様な手段で巨体を天井に張り付けているかはわからないが、崩れてしまえばどうしようもないだろう。

 岩石の落下音に混じって巨体が墜ちる音がする。その音へとめがけ、カルメは駆けた。

 

「……!」

 

 それを確認するより速く、カルメは愛剣を握る柄に力を込め、一気に詰め寄る。

 まだ煙幕の効果は続いている。透過している部分、虹色蜥蜴のぼんやりとしたカタチはまだ見えている。その間にダメージを与える。

 それがトドメでなくとも、血を流せばそれが印となるだろう。そうなれば、透明化の力は失われたも同然だ――そうして、カルメが刃を振り下ろす直前――

 

『――――rrr』

 

 虹色蜥蜴がその身に纏う隠蔽の魔術を()()()のだ。

 

(姿を晒した?)

 

 窮地で焦ったか? 隠蔽魔術の限界がきたのか?

 そういった自分に優位な可能性が頭を過り、即座にカルメはそれらを否定した。そんなわけがないと、経験則が全力で警鐘を鳴らす。

 

(間違いなく何かを仕掛けてくる。だが、何を?)

 

 迫る中、まだ敵の攻撃の予兆はない。ぎょろぎょろとした瞳を真っ直ぐに此方に向けてくるばかりで――

 

「……ッ!?」

 

 そのぎょろぎょろとした()()が、魔力を帯びていることに気付いた瞬間、カルメは敵の狙いと、力と、そして自分の窮地を悟った。

 

「【魔眼】――!!」

 

 次の瞬間、巨大な二つの眼、魔術の力を有した【魔眼】は光を放ち、カルメをその熱で一気に焼き払い、爆発を引き起こした。

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 同じ頃、深窟領域からの脱出を試みていた老騎士一行もまた、その爆発音を耳にしていた。

 

「ひ、い!?」

「な、何だ!?」

 

 カルメが戦っているであろう方角から聞こえてきたその音は否応なく、最悪の状況を思わせた。優麗ナル鳳凰のミルガーは、泣きそうな顔になって振り返った。

 

「も、もうや、やられちまったんじゃ……あいだ!?」

 

 だが、泣き言を口走るよりも速く、彼の足に拳がとんだ。小人の老騎士が、彼の足を握りこぶしで容赦なくひっぱたいたのだ。

 

「何をしている! はよう走れ!! 急ぐぞ!!」

「で、でもあのカルメって女、死んじまったんじゃ……!?」

「アイツ銀級で、黄金でもないんだろ!?」

「阿呆め」

 

 ミルガーの仲間達も泣き言を叫ぶ。だが、老騎士のショウは彼等の泣き言を一蹴するように、ため息を吐き出して、断言した。

 

「銀は紛れもない英雄の証だ。侮ってくれるなよ」

 

 

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 光熱の射出。放たれた力はカルメの腹に着弾し、爆発した。

 彼女の身体は容赦なく吹き飛ばされ、地面に転がり、壁に叩き付けられ、そしてその場から動かなくなった。

 

『――――』

 

 一方で、その攻撃を放った虹色蜥蜴は、動かなくなった標的に対して不用意には近づこうとしなかった。その場から動かず、ジッと観察を続け、次に自分の体を隠蔽する。

 光の魔眼によって周囲を“視て”、光を操り自身を風景と同化させる。

 姿を隠した虹色蜥蜴はゆっくりと、距離を詰める。しかし、すぐ側までは近づかない。十分に距離を取り、そしてその長い尾を揺らし、鞭のようにしならせると、一気にそれを叩き降ろし――

 

「――ッ本当に、厄介だな……!」

 

 その攻撃を、カルメはその場から飛び出して回避した。

 

(油断して、近づいてくれるなら話は早かったのだがな……!)

 

 胸元から、焼き切れた防護術の護符を放り棄てる。

 結構な値のする使い捨ての防護符、恐らくは全損だろう。だが、おかげで命は拾った。

 

 そして同時に、相手の能力の根幹を理解した。

 

 光の力を操作し、自身の姿を眩ませて、不可視を創り出す。そして、収束した光を魔術として放って、獲物を打ち抜く――――【光の魔眼】。

 魔眼は兎も角、【光の魔眼】は聞いたことがない。だが恐らくはそうだ。

 闇に潜み、光で射貫く、恐るべき射撃手《スナイパー》。それがこの魔物だ。

 

(タチが悪いな……!)

 

 突然変異した亜種の類いなのは間違いないが、それにしたって異様に性質が悪い。

 

 普通、魔物の成長というのはもう少し曖昧なものだ。不要にも思えるような部位(パーツ)があったり、習性があったりだ。成長するほど、魔物は生物に近しくなる。その過程で、身体の設計(デザイン)に不合理が産まれるのは道理だ。

 

 だが、この魔物にはソレがない。

 

 そもそも、透明化も、魔眼も、この闇に生きる生物には必要ないはずだ。

 わざわざ身体を透かさずとも、闇に潜めば十分、他の生物の姿から隠れられる。

 そして闇の中では【魔眼】は性質上起動しない。光を受け、視界に収めねば魔術は起動しない。

 

 つまりこの魔物は明らかに、闇を照らす相手――()()のみに特化している。

 

 魔物が、人類を優先的に狙う歪な生物であるのは確かだが、それにしたって尖りすぎだ。

 まるでそうなるように産まれたかのようで――

 

「…………ふ、う」

 

 逸れ始めていた思考を呼吸で正す。今は、必要の無い考察だった。

 

『r、rr、rr』

 

 俊敏な動作に加えてこの闇の領域だ。不可視状態の時に捕らえるのは困難極まる。

 射撃の威力は凄まじく、しかも文字通りの光速。これは不可避と言っていい。

 不可視と不可避、この二つは同時に使えないらしいが、攻撃そのものが光の速度なのだ。すぐに不可視の状態に戻ってしまう。

 

 全くもって凶悪だ。だが、

 

「問題は、ない」

 

 カルメは冷静だった。極めて冷徹に状況を見定めていた。

 銀に至った者は英雄と呼ばれる。カルメは事実、その実力と経験を有している。

 未知の窮地や強敵程度、彼女を揺らがすには至らない。

 

 手札は知れた。後はどう攻略するかだ。

 

 相手の武器は魔眼。もっとも手っ取り早い封印手段は、視界を塞ぐこと。その瞳に捕らえねば、魔眼は起動しない。魔灯《ランプ》や光の魔術を消して完全に暗闇にすれば、恐らくは魔眼は起動できなくなる――――が、それで自分の視界も塞いでしまうのは本末転倒だ。

 闇の中、魔眼が封じられても相手はこちらを捉えるだろう。闇の中で生きる為の機能は有している筈だ。でなければこの領域(エリア)の主にはなるまい。

 

 ならば、逆に使()()()()()

 

「【魔よ――いや」

 

 強化の魔術によって身体強化を行おうとしたが、考えを改める。懐から取り出したのは、赤く輝く宝珠の収まった魔導具。あのマギカが与えた妖しげな代物だ。その魔導具を吊す鎖を【断切り】にグルグルと巻き付け、強引に結びつける。

 無論、既に効果は試している。

 ピーキー過ぎて、普段使いは到底できない代物と結論づけたが――

 

「丁度良いか」

 

 そのまま彼女は魔導核を起動する。

 途端、仕込まれていた術式が起動し、その力がカルメの全身を覆い尽くす。 

 

「【疑似・神鳴宿し】」

 

 それは、冒険者の頂点である女が得手とする()強化魔術、その疑似再現だった。

 不遜にも、あの人形遣いはその力を道具で再現し、誰でも使えるようにしようと試みたのだが、それを使ってみたカルメの結論としては、

 

(【頑健】がなければすぐに自滅しているぞ、こんなものは!)

 

 焼けるような熱さと痛みに、顔を顰め、引きつらせながら笑った。

 魔導核で魔力消費を補おうが、術そのものが本物と比べて乱暴すぎる。恐らく威力だけを優先して近づけようとしたためだろう。だが、結果として激痛で精細さを欠く羽目になる。

 不良品だと突き返したくもなったが、今はそれくらいが丁度いい。

 

「ッ!」

 

 カルメは飛び出す。先ほどよりも更に速度を増して、不可視の強敵の位置へと迫る。

 

『r、rr』

 

 だが、やはり姿は見えない。先ほどの煙幕も晴れた。わかるのはざっくりとした位置だ。向こうは場所を隠し、一方的に攻撃を仕掛けてくる。しかし、

 

「……!」

 

 今度は向こうの攻撃も当たらない。

 カルメの速度は、先ほどにも増して更に速い。闇の中を迸る閃光の如く、縦横無尽に駆け周る。鞭のような尾が振り回されても、それは閃光の跡を切るばかりだ。

 

「【炎よ】!」

 

 一方で、カルメの魔術の狙いは乱雑であるが、それでもある程度の当たりはつけていた。敵の放った攻撃から逆算して位置を割り出している。虹色蜥蜴の攻撃が無為に繰り返される間に、カルメは徐々に相手の位置を掴みつつあった。

 

『――――』

 

 相手の速度に追いつかない。虹色蜥蜴も理解したのだろう。間もなく、位置が割れるのも厭わず、激しい音と共にカルメから大きく距離を取った。そして、

 

『r、r、【r】』

 

 十分な距離を取った上で、再びその姿を晒す。その魔眼を輝かせて。

 

 ――攻撃速度が追いつかないなら、より速い攻撃を放てばいい

 

 単純明快な結論だ。自分の武器と強みを十分に理解しているものの戦い方だった。

 

「そう、くるよな……!」

 

 だが、その単純さ故に読みやすく、故にカルメはその行動よりも一手先を進めていた。

 この領域の調査、地形把握をカルメは既に済ませている。あの強力無比な射程と威力を誇る魔眼を、安全な位置から放つならどこからが良いのかも、把握している。

 故に、虹色蜥蜴が“不可視”を解く場所を予測して、ソレを放っていた。

 

『――――?』

 

 それは、同僚達から受け取った魔封球ではなく、マギカから授かった魔導機の類いでもない。

 そもそも、魔物の討伐を目的とした道具類ではない。

 カルメが放ったのは、彼女が常備していた――――単なる、香辛料(スパイス)なのだから。

 

『r、r!?!!?』

 

 それが、魔眼の力を放とうとする寸前の虹色蜥蜴の眼前で弾け、その巨大な目を痛烈な刺激で覆い尽くした。普段、カルメが調理に使うときは少量しか使わないそれがめいっぱい、目に直撃したのだ。それは凄まじい激痛だろう。

 

『【r、rrrrrrrrrr!!?】』

 

 同時に、光の魔眼の力が弾け暴走する。

 デタラメな方向に弾け、射貫き、あらゆる方向に振り回される。時折、他の魔物の悲鳴のような声まで聞こえる。隠れ潜んでいた魔物達も射貫かれているのだろう。

 

「――――!」

 

 だが、その光の嵐にカルメは突っ込んだ。

 もう既に、虹色蜥蜴自身にも何処を攻撃しているのかも分からない光の嵐の中を、それを防ぐ護符もない状態のカルメは突き進む。

 悶えるように動く相手の眼球を睨み、その動きから攻撃位置を予測し、ランダムを回避し続ける。

 相手が見えているならば、それくらいの離れ業はカルメにはできる。

 故に、彼女は銀級なのだ。

 

『r――――!!』

「散々暴れてくれたな、御礼だ――」

 

 瞬く間に迫る。暴れ、悶える虹色蜥蜴の両眼が、ようやく目の前の敵へと定まったが、既にカルメは構えていた。

 

「――たっぷりと、喰らえ!」

 

 断切りの刃が閃く。

 その刃の名を体現するかのように、同時に巨大な虹色蜥蜴の首は宙を舞った。

 




『――ふ、うふ、うふふ、良き強欲でした。素晴らしい。ごちそうさまですね』
『母よ』
『あら、あら、なんでしょう』
『試験運用観察、本来の目的、忘れてはいませんか?』
『…………あら?』
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