かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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島喰亀襲撃犯対策作戦会議

 

 

 宿屋【木陰の腰かけ】10F VIPルーム

 

「では、作戦ターイム、皆拍手」

 

 宣言する我らが雇い主に対して、ウルは適当にまばらな、シズクは真面目に、アカネは楽しそうに拍手を送った。3人は今、宿屋の一室に集まっている。

 冒険者の宿、と言ったら安宿に相場が決まっている。

 だが、今3人が泊まっている部屋は寝室のみならず寛ぐための広間まで用意された大部屋だった。

 

「やーこんな広い部屋をとれるなんてラッキーだね、不謹慎だけど」

「一応言っておくが、代金は払わんぞ」

「期待しちゃいないからご安心あれ。宿泊代やら食事代やら、護衛の必要経費はこっち持ちなのは最初に契約した通りだよ」

 

 衛星都市アルト正門から程なくにしてある【木陰の腰かけ】、1Fが寄合の酒場兼食堂であり、それ以降10階まですべてが宿泊施設となっている大都市と比べてもそん色ない巨大な宿屋だ。

 アルトは衛星都市であるものの、やはり大罪都市グリードが近いという事もあってか、この都市を中継点として利用する人間が多いため、宿泊施設の需要は多い。この木陰の腰かけも“普段”は相応に賑わいを見せていた。

 しかし島喰亀の襲撃の被害はこの宿屋にも及んでいた。本来宿泊予定だった来訪客がまとめてグリードに引き返した結果、この宿屋は珍しいくらいに部屋が空いていた。

 

 当然宿屋としては困り事であり頭を悩ませる案件だったのか、部屋を借りると申し出たディズと交渉し、割安の契約で、本来借りる筈だった部屋のワンランク上の部屋を契約することと相成った

 

「良い部屋過ぎて少し落ち着かない」

「馬小屋が良かった?」

《くさいくてちくちくやーよ》

「遠慮する」

 

 金銭的に切り詰めるところは切り詰めねばならないが、肉体が資本の仕事をしているのに労わるのを忘れてはろくな結果にならない。貰えるものは貰っておくに限る。

 

「ま、上下水まで完備で風呂場まであるらしいからくつろいでね。それじゃ、本題だ」

 

 ディズはそう言って机の上にかなり大きな書物を一冊、机にどっかりと乗せた。表紙には【周辺地図録】と書かれていた。

 

「地図?」

「ただし、迷宮大乱立の前のね」

「数百年以上前のか。よくあったなそんなの」

「複製品だけど、それでも相当古いね。本の都市として有名だけに、図書館の意識が高くてよかったよ」

「宿屋とってから即姿をくらましたと思ったら……」

 

 便利だから今度尋ねてみると良い、とディズは言って本を開く。

 古い本特有の独特のカビた匂いと共にかつてのアルト国とその周辺の地域が描かれた地図が姿を現した。そしていくらかの縮図から詳細に書かれた図面からうすぼんやりと都市の全容と周辺の状態が見えてくる。

 

「やっぱ、昔は都市の規模が“デカい”な」

「迷宮が出てくるまで、魔物の脅威はなかったからねー。もっぱら脅威はヒト同士だった。だから彼らの住処もそのために作られた場所だ」

 

 そうしてディズが指さすのはアルトから北部にある一つの建造物。小さな潰れそうな文字で書かれたその名前は

 

「……カナン砦?」

「隣国との戦の備えのために用意された砦、らしいね。迷宮大乱立と更に続いた地殻変動の影響でアーパス山脈のふもとに現在は位置している。更に迷宮が近隣に出没し魔物の襲撃を受けて放棄された砦だ」

 

 そして、その放棄された砦に現在あの盗賊たちが住み着いているのだという。距離は馬車で此処から丸一日ほどの距離。

 

「ダール達なら半日で行けるよ。かっとばせばもっと早い。距離的には問題ない。ただし、砦の方に問題がある」

「問題?迷宮乱立前のってなると最早遺跡と変わりないレベルの砦だろう?」

 

 カタチが保たれているのかどうかも怪しいレベルだ。少なくとも砦としての機能はほぼ死んでいるとみて間違いないだろう。しかしディズは地図の砦を外周を指先でなぞった。

 

「盗賊の行き先を探っていたアルト騎士団の術者が確認した情報だ。現在盗賊たちの住処とする砦全体に強力な結界が敷かれているらしい」

「死霊術師のものでしょうか?砦全体の結界となるとかなりの大規模なものですね」

「そんなん維持できるの……ああ、そうか、魔石か」

 

 島喰亀から簒奪した莫大な量の魔石、何に使うかまではわからないが、複数の都市運営に使用する筈だった魔石をすべて使い切るとは思えない。余剰分を結界維持に利用しててもおかしくはなかった。

 

「使い魔越しなので正確な解析は出来ていないけど、ガッチガチの結界だ。普通なら一日と持たない……が、今回はウルの言う通り魔石がある、数日は持つだろう」

「というかコイツら、待ち構えるつもりなのか……?」

 

 ウルは結界の状態を聞き、首を傾げる。

 島喰亀を襲う事は死を意味する。で、あれば、その後は一目散に逃げ回るべきだとウルが彼らの立場ならそう思う(その結果、逃げ切れるとは全く思えないが)。が、彼らは拠点と思しき場所から動いていない。どころか腰を据えてガッチリと身構えている。

 

「魔石だって無限じゃない、こんな強力な結界、いつまでも持たない」

「そう、持って数日だ。騎士団からすれば周囲を囲んで兵糧攻めの選択をしても何ら問題はない。にも拘らず待ち構えている。結界まで張ってる。さて」

 

 そう言うとディズはウル達に視線を向け、両手を広げた。

 

「何故こんなことをしているのか、意見をどうぞ」

 

 ウルとシズクは顔を見合わせる。ディズは特に何も言わず此方が口を開くのを待っている。

 

「……籠城戦?」

「都市外で安定した食料も得られない彼らに継戦力ってものはないと思っていい」

「結界は囮、騎士団を足止めしている間に脱出する可能性はどうでしょう?」

「各国の騎士団が、血眼で追い、使い魔使って見張ってる中逃げられるなら有効な案だ」

《ビビった!》

「恐慌状態に陥って判断を誤る?ありそうだけど、こんだけ周到な連中がそうするかな?」

 

 ウルは少し黙って考え始める。

 結界は聞く限り強固だ。持続時間は度外視するレベルで出鱈目に兎に角何物も通さないように張り巡らせている。時間がたてば確実に崩壊するというのに……時間がたてば?

 

「……時間稼ぎか。守るためでなく、時間を稼ぐための結界。島喰亀を襲ってまでして魔石を強奪してやろうとした“何か”をするための?」

 

 ディズはウルの言葉にこくりとうなずいた。

 

「多分ね。逃げも隠れもせず、ただ相手を威圧するような結界の張り方はそれくらいしか今のところは思い当たらない。むしろそれ以外の理由がある方が嬉しいね、個人的には」

「ますます嫌な気配がしてまいりましたね?」

 

 島喰亀を襲い、各国を激昂させ、騎士団を退けるために全力な結界を張り巡らせてまでしようとしている“何か”。それさえできれば、これだけの問題を引き起こしてなお構わないというような姿勢、その正体はいまだつかめないまま、危険な予感だけはどんどんと膨れ上がっていった。

 

「俺達が言うのもなんだが、騎士団にも急いでもらった方が良くないか、討伐」

「急がせたよ。島喰亀での盗賊たちの奪取品も正確に伝えた。アルトの騎士団長は柔軟な人でね。討伐軍の編成が半端な状態になろうと、明日には討伐に向かうと決断した」

「明日……」

 

 早い。話が伝わったのはウル達が到着した本日中の事だ。その話を聞きその明日の出発というのはかなりの速度だ。そもそも騎士団は都市防衛の軍隊。それを外に出すというだけでも都市運営を託された“神殿”も良く許可したものだ。それほどまでに今回の案件は重要視されているようだ。

 だが、それでも、

 

「……騎士団が間に合うと思うか?ローズの救出、死霊術師がやろうとしている何かに」

「出発自体は早い、が、難しいかな。騎士団は都市を守る事には長けていても、都市の外に出るのには全く不慣れだ。まして危険な死霊術師を確実に討つため相応の人数を率いる事になるだろう。必然的に行軍速度は落ちる」

 

 だから、私たちが急ぐ必要がある。と、彼女は続ける。

 

「私たちは少数であり、そして並みならぬ駿馬を持っている。全力でいけば騎士団より圧倒的に早く砦にたどり着ける。」

「時間は間に合うとして、結界は?」

「確実とは言えないけれど案はある。アカネー」

《あーい》

 

 アカネが運んできたのはこれまた一冊の本、今度のそれは机に広げられたものとは違う普通の書物だ。表紙に書かれた題名は実にシンプル、【アルトの歴史】。

 

「歴史書?何故?」

「アルトという国が出来る以前の記録も此処には残ってる。カナン砦放棄の詳細の、63ページ」

 

 言われるまま、アカネに手渡された本のページを開く。ひどく細々として、さらに堅苦しい文章で正直読みにくかった、が、ちょうどそれは“迷宮大乱立”が発生した時代の各地の被害状態を記している部分であることが分かった。更に読み進める。

 

「……えー、[北部のカナンの砦もまた壊滅的な被害を受けた。砦の近隣に出現した迷宮とそこから出没した魔物の存在は大国プラウディアへの備えとして築かれ常に外に警戒の目を向けていたカナンにはあまりに予想外の災害だったのだ。出現した迷宮は魔物を生み出すのみならず、次第に成長し砦の地下通路まで己がものと]……ん?」

 

 読み進め、ウルも気づく。記述の内容と、そしてディズが言わんとする結界の踏破方法に。

 

「まさか、迷宮から砦に侵入すると?」

「上手く迷宮が発見できればね」

「見つかったとして、地下にまで結界が張られていたら?」

「いくら消耗度外視とはいえ、地下深くに至るまで完全に覆う規模の結界はやるまい。魔石は有限なんだから」

 

 つまり、侵入するなら地下だ。そしてその道が迷宮となる。

 

「だが、まて。迷宮とつながっているなら、何故盗賊たちはあの砦を根城に出来たんだ?魔物が出るんだぞ?」

 

 ウルの疑問は当然だ。そもそも都市の外は魔物が跋扈しているからこそ危険で、人が住めない環境になっているのだ。いつどこで誰に襲われるか分かったものではないから。まして、迷宮とつながった砦を根城など出来るとは到底思えなかった。

 

「可能性1、迷宮は踏破され核を潰し魔物がでなくなった。可能性2、迷宮の侵食部を断絶した、可能性3、迷宮と砦は完全に一体化し半ば共生状態になっている」

「共生なんてできるのでしょうか?」

「パターンは様々だけど、ある。容易くはないし今回がそうとは限らないけれど」

 

 迷宮の踏破及び沈静化であった場合、ウル達の迷宮への侵入は容易くなる。ただしその場合砦のみならず迷宮も盗賊たちが占拠していることになるためより警戒が必要になる。封鎖の場合、迷宮は手つかずであるが故に当然魔物が迷宮から出現する。その対応は勿論ウル達が行わなければならない。

 加えて問題もある。

 

「封鎖されていた場合そこからどうやって侵入する。魔物が入ってこないように、なんて規模の封鎖だ。半端じゃあないだろう?」

「君の竜牙槍は何のためにあるの?」

「少なくとも発掘作業のためではないと思うんだがな……」

 

 ぶっぱなせ、という事らしい。まあ、特にためらう理由はない。崩落の危険性を考慮しなければならないが。

 

「無論、他にも想定できる可能性は幾つもある。そもそも迷宮からの侵入が可能な状況とも限らない。その場合強引な結界の突破も考慮しなければならない」

「出来るのですか?」

「消耗を考えると最終手段だね」

 

 その後も彼女は次々と言葉を続ける。

 迷宮に侵入できた場合出現するであろう魔物の種類とその対策、砦への侵入前に消耗しないための対策、現在盗賊たちの住処となっているカナンの砦の現在の状態、住処とする盗賊たちの数、装備、実力、その他諸々、本当にありとあらゆる今後の状況への考察と対策を立てていく。

 

「どこまで対策する気なんだ?」

 

 若干頭がパンクしかけた所でウルが待ったをかけた。

 

「勿論、全部」

 

 全部、そう言うディズの顔にはいつも浮かべている軽快な笑みはどこにもない。真剣そのものだった。

 

「君たちも宝石人形の時に思い知っただろう。物事は事前準備が9割がた事の行く末を左右する。やりすぎるという事はない」

「それは……そうだ」

 

 反論しようとして、まったく反論の余地が無かった。

 宝石人形との戦い、ウル達は勝利した。運が良かった、と言われればウルは躊躇いなく同意する。が、それ以外の要素は何か、と問われればまさしくディズの言うところの事前準備が大きくかかわっただろう。宝石人形と戦う準備、多くの参加者に対する根回し、装備アイテムの調達。どれか一つ怠ればあの結果は生まれなかった。

 

「この話し合いが必用なのはわかった。ただ、準備時間がない」

 

 金銭に関してはまだ何とかなる。基本的な消耗品一式はディズが出すと言ってくれているし、それ以外の装備の充実に関しても、ウル達には今は余裕がある。宝石人形の時のように無理矢理金を集める必要はない。

 だが、物を買おうにも、買う商品が今のアルトには少ない。なにせこのアルトは島喰亀の襲撃の被害をモロに受けた国だ。先ほどラックバードの商店を訪ねた時の大混乱からも窺える。金があっても買えるものは少なかった。

 それになにより

 

「そろそろ、俺たちも休まないとキッツいぞ」

 

 そもそもウル達とて、不眠不休で動く訳にはいかない。アルトに到着してからここまで休まずのぶっ続けだ。強盗団討伐の前に力尽きかねない。

 

「物資に関しては仕方がない。金に糸目は付けず、可能な限りそろえていこう。体力に関しては君たちには至急習得してほしい技術がある」

「それは?」

 

 ビシリ、と彼女は指さした。ふかふかの巨大なベッドを。

 

「気持ちよく寝る方法」

 

 


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