かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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最終章/嵐の前に
救世の勇者たち


 

 その日のイスラリアは太陽神ゼウラディアも天高く登る快晴であった。

 

 その美しい太陽神が姿を見せると同時にヒトは両手を合わせ神への祈りを捧げ、その魔力を献上する。そしてずっと続けてきた一日を今日もまた謳歌する。

 

 建築、加工、生産、防衛、管理、経営、家事、冒険、探鉱、

 

 生きて資金を得て、この都市で生きていくために必要な労働をこなす。あるいはその為に学習する。時にそこからはずれてしまった者達もいるが、そう言った者達を有して尚、維持できるだけの社会の形が維持されていた。

 

 彼らの日常は決して変わらない。

 

 ここの所、冒険者ウルを中心とした驚くべきニュースが巷を賑わしていたが、しかし、だからといって都市の内部の彼らの生活に変化が起きるかと言えばそうではない。”竜吞ウーガ”の交易に関わる商人達や、あるいは解放された黒炎砂漠の復興を担う開拓騎士達などが殊更に慌ただしくなりもしたものの、それらに関わりない者が大多数だ。

 都市国、と言う社会の形が決定的な変化を齎すような騒動には到底至らない。

 波が起きて、幾人かが攫われようとも、都市国の形は残る。

 

 冒険者達が巻き起こす騒動は彼らにとって娯楽である。

 決して変わらない、変わってはいけない毎日に刺激をもたらす存在でしかない。

 

 太陽神ゼウラディアの腕の中で守られる彼らの日常は変わらない。決して、変化しない。そうでなければならない。六百年前の迷宮大乱立から今日までそうだったのだ。それが変わることなど決して許されないのだ。

 

 その筈だった。

 

「……なんだありゃ?」

 

 大罪都市エンヴィーの都市民の一人、カンザという男は小さく呟いた。

 

 ”黒炎殺しのウル”がきっかけでおこった中央工房で巻き起こった大乱闘も収まって数ヶ月。中央工房の経営陣がそう取っ替えになり、その間の発生した無数の政治的な闘争及び神殿とのバチバチの交渉も、今は落ち着きを取り戻しつつあった。

 喉元過ぎれば熱さ忘れると言われるとおり、都市民達が日常に復帰するのは早かった。

 カンザも、中央工房の問題に巻き込まれた一人で、昨日まで同僚だった仲間と殴り合いに興じるはめになったのだが、それでも数ヶ月も前のことなのだ。大変だった過去はすっかりと飲み干していた。いつものように彼は外に出て、少し気を休めるために空を眺めていた。

 

 だから、気がついた

 

「……空が」

 

 割れている。

 黒い罅が、青い空に刻まれている。陶器が落下して砕けるように、青く美しい空が壊れようとしている。彼と同じように気付いた都市民達も多く居るのだろう。彼方此方からざわめき声が聞こえてきた。

 

 それがなにを意味するかは彼らには当然わからない。

 だが、それが間違いなく不吉の象徴であり、危機であることは理解していた。

 

 そして、空のそのひび割れは更に広がりを見せ、砕けた。

 その先には、悍ましい、赤黒い空が広がっていた。見るだけで心がざわつくような、禍々しい空の色。そしてそんな空が、太陽神の照らす蒼い空を浸食していく。

 赤い空の中には、白銀の球体が空に浮かんでいた。まるで太陽と対を成すように、禍々しい空のただ中美しく輝くそれを、誰もが魅入らずにはいられなかった。

 

「なん――――――」

 

 そして、彼らは見た。

 白銀の球体が、蠢いた。まるで卵から生き物が孵るように、蠢いて、ひび割れて、ゆっくりと形を変え、そして真っ直ぐに此方を見る。イスラリアを睨み、大きな口を開けた

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』

「――――ひ」

 

 竜が雄叫びを上げる。

 紛れもなく、イスラリアの破滅を望む邪悪の咆吼だった

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「う、わあああああああああああ!!?」

 

 大罪都市プラウディアの都市民はパニックに陥っていた。

 大罪都市プラウディアでは魔物の襲撃や異常事態の遭遇は滅多にない。

 約一年程前に彼らが遭遇した”神隠し事件”の時すらも、彼らに直接の被害が発生したわけではなかった。天賢王のお膝元でその安寧を守られているという事実が彼らに強い信仰を与え、逆に危機感を奪った。

 

 が、しかし、空を砕き顕れ出た銀の竜を前に、暢気が出来るほど彼らは愚かしくもなかった。彼らは驚き、竦み、悲鳴を上げ、そして立ち往生した。

 空を破壊して出現した銀の竜はあまりにも大きく見えた。遠くに聳えるアーパス山脈らよりも霞んでみえる程遠い筈なのに、空の全てを被う程に巨大にも見えるその竜。今日も此方を見下すようにしている大罪迷宮プラウディアがその存在を小さく見えた。

 どう逃げて良いかも分からなかったのだ。危機感の欠如がどうこうという話ではない。常に魔物達との襲撃を想定する騎士団ですらも、呆然とせざるを得なかった。

 

 無論、彼らには天賢王の生みだした結界がある。

 プラウディアをプラウディアたらしめる強大なる【天陽結界】が彼らの身を守っている。

 

 だが、空を砕いて顕れた銀の竜を相手に果たして、天陽結界が自分たちを守ってくれるのか、彼らは疑わずにはいられなかった。その疑いこそが結界を揺らがせる。彼ら自身もその事は分かっている。だが、分かっていても身体の芯からの震えは止まらない。

 

 だって、彼らは知っていた。分かっていた。

 

 あの銀の竜が間違いなく、自分たちを呪わしく思っているのだと。

 

 根拠はない。誰かがそう言った訳でもない。恐怖に駆られ、悪い想像力を働かせたわけでもない。ただただ伝わるのだ。此方を睨む銀の双眸が氷のような殺意を湛えていることに。そして、その殺意は、イスラリアに住まう全ての民に向けられていると。

 

 そして無論、その殺意は形へと至る。

 

「光が――――」

 

 竜の口が大きく開かれる。その銀の竜が放つ光と同じ、白銀が収束し続ける。遠く、その光の収束が巻き起こす熱も暴風も彼らには伝わっては来ないが、誰しもがそれがその光が破滅的な力をもたらすこと。そしてその光をイスラリアへと放とうとしている事が理解していた。

 

「ひっひ……!?避難を――」

 

 誰かが言う。だがどこへ?

 山脈よりも強大なる竜の咆吼を何処の誰が回避できるというのか。都市民達は自然と両の手を重ね、祈った。現実逃避、ではない。彼らにとって神と精霊への祈りは最も現実的な脅威への排除手段であり、防衛の要だ。天陽結界の強度を高めるためにも必要な儀式だ。 

 

 しかし、彼らの祈りがもたらす護りの輝きすらも、竜の白銀は容赦なく引き裂いて――

 

「【神剣・魔断】」

 

 その直前、緋と金色の光が竜の白銀を切り裂いた。

 

「は……!?なに、が……!!」

 

 連続する異常事態に、民達は混乱した。

 銀を引き裂いた黄金が、新たに空に顕れた。

 剣のように伸びる十二の翼を持った金色の戦士。果たしてそれがなにものなのかは分からない。しかしあの恐ろしい竜が吐き出した銀を引き裂き、竜と相対している。その事実がそこにはあった。自分たちの守護者であるという揺らがぬ事実を示していた。

 

《イスラリアに住まう全ての民達に告げます》

 

 そしてそこに、脳を揺らすような程に高く澄んだ、一人の少女の声が響き渡った。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

《私は七天の一人、【天祈】のスーア・シンラ・プロミネンス》

 

《天賢王アルノルドの名代として、イスラリアの全ての民達に語りかけています》

 

《誰しもが目撃していることでしょう。空を被う銀の竜を》

 

《この世の全ての迷宮と魔物を生みだした元凶、邪神シズルナリカが目覚めました》

 

 淡々と、矢継ぎ早に告げられる言葉に対して、しかし民達は混乱する事はなかった。

 別に安心を促すような励ましが告げられたわけでも、状況を楽観視出来るような情報が増えたわけでもない。にもかかわらず、あれほどまでに慌てふためき、大混乱へと陥ろうとしていた彼らは平静さを保っていた。

 

 理由は二つある。

 

 頭の中で反響するように響くスーアの声が、彼らから不安を拭い、安らぎを与え、そして冷静さを取り戻させた。もう一つに、金色の輝きを放つ戦士が悍ましい白銀の竜と相対し、自分たちを守らんとしている事実があった。

 

《邪神に対抗すべく、我等の神を此処に顕現しました》

 

《全ての七天の力を結集した我等が神、ゼウラディアの化身》

 

 黄金の剣士が飛ぶ。竜の生み出す閃光を引き裂いて、たたき伏せる。彼女の軌跡に沿うようにして空で幾つもの光が破裂しつづける。空に幾つもの光が散る。この世の終わりを思わせるような光景を前に、しかし彼らは既に恐怖していなかった。

 

《七天の長、勇者ディズに全てを託しました》

 

 黄金の戦士の姿は不思議と、イスラリアに住まう全ての住民達の視界に良く映った。遙か遠くで戦い続けているに違いないにも関わらず、彼女がどのような表情で戦い、竜と相対し、自分たちを守ろうとしているのか、その全てが伝わってきた。

 

「ねえ、お父さん。あれあのヒトだよ」

 

 幼い子供が父に向かって声を上げた。

 

「お父さんの怪我を治してくれた、ヒト。勇者様だったんだ!」

「…………ああ、そうだ。そうだな。確かにそうだ」

 

 父は娘の言葉に同意する。かつて島喰亀の騒動で彼女に命を救われた事のある父は、彼女の姿を朧気にしか覚えてはいない。だが、命の危機の中で、自分の死を食い止めて、ずっと声をかけてくれていたことは確かに覚えている。

 

「あの人知ってるぞ!前、かーちゃんの怪我を治してくれたんだ!」

「おかしな魔物が襲いかかってきたとき、あの方が来てくれていたのう」

「ああ、思い出した!前、事故があったとき、あの子が助けてくれたの!」

 

 各地で、次々と声が上がる。

 勇者である彼女が行ってきた善行を覚える者達がいた。その声が更なる安堵を後押しした。あの眩い黄金が、疑いようもない程に善なる者であるという事実が、彼らの心に信頼をもたらした。

 

「――――ディズ」

 

 ラックバード商店のローズもその中にいた。かつて彼女を敵視して、彼女に救われた少女は、友となった彼女の無事を祈り、両の手を合わせた。彼女に続くように、彼女の従業員達も、来客達も両の手を合わせて祈った。

 

《どうか、彼女に祈りを、我等が神の勝利を、皆様祈ってください》

 

 信仰は紛れもない力と成る。

 信仰の力は黄金の戦士を後押しし、更なる輝きをまとい、銀の竜と相対した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから2週間後

 

「今貴方、【救世の勇者】とか言われてるらしいですよ」

「帰ってきたらなにそれ怖い。私の評判いまどうなってんの?」

「知りません興味ないです。10分後にはバベルに到着します。準備してください」

「分かってるよ、ユーリ」

 

 移動要塞ガルーダ三号機に乗りながら、ディズはプラウディアへと帰還していた。

 未だイスラリアの空は割れ、赤黒い空と白銀の光は姿を覗かせている。

 それに対抗すべく、イスラリアは一丸となって戦う事を選んだ。

 

 太陽神と月神の戦争は続いていた。

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