かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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自重なき天才

 

 大罪都市プラウディア

 真なるバベル

 大悪竜フォルスティア対策作戦本部

 

「各大罪都市は安定しています。スーア様の呼びかけに皆応えているのかと」

「衛星都市で幾つか不審な動きが。恐らく邪教徒です」

「魔界の住民、工作員だというのだろう?この機を逃すまい」

「情報では侵入は数百年単位だ。完全に連係が取れているとは言いがたいですよ」

「それよりも、迷宮の魔物の活性化が懸念されます。」

「以前よりも遙かに激しい。しかも今は迷宮からだけではない。」

「外部からの敵襲に備える。という点で今の都市国の形を活用できるのは幸いですね」

 

 今日もまた、幾つもの通信魔具も活用した各都市の首脳陣達の対策会議は進んでいた。

 

 邪神、大悪竜の出現はイスラリア中に未曾有の混乱をもたらした。

 

 天祈のスーアによって即座にイスラリアの全住民に布告を出すことで、パニックが起こるよりも前に住民を落ち着かせたが、さりとて根本的に問題が解決に向かう訳ではない。イスラリアの空は未だに砕かれて、赤黒い空が覗き続けている。白銀の竜は今は姿を見せてこそいないが、何時またその破壊の光をイスラリアに向けて放つかわかったものではない。

 更に、それだけではなく、現在イスラリアの全てに存在する迷宮が「活性期」の状態になっていた。魔物達の進行速度は凄まじく、また上層など、本来であれば出現しないはずの場所に高位の魔物達が暴れ始めていた。都市の外の迷宮であればまだ問題は無いが、大罪都市など、都市そのもので迷宮の進行を食い止めている場所では非常に危険な状態に陥っている。冒険者と騎士団が総出で魔物の氾濫を食い止めている状態だ。

 

 現在イスラリアの全ての場所が似たような状況下にある。

 これらがあの邪神の影響による物であるのは想像に難くない。

 その為に現在全ての都市が連係して対処に当たっているのがこの状況だ。

 

「全く、酷い有様だ。やっと中央工房との一悶着が決着したというのに」

「あら、その割にエンヴィーは上手くやってるではないですか」

「皮肉にも、暴動を抑えたことで都市民が混乱に慣れ、神殿と工房に連係が生まれたんですよ。全くなにが転じて福となるやら……」

 

 状況としてはまったくよろしくない。恐らく600年前の迷宮大乱立の大混乱の時以上の滅亡の危機だろう。

 

 しかし、バベルの塔に集結した首脳陣達の表情に絶望の色は薄かった。

 

 一つに、彼らはこの規模ほどの大混乱でなくとも、外敵からの襲撃には慣れていた。魔物達はしょっちゅう人類に悪意を向けている点。彼らは戦うことに慣れていた。いかに、都市の内側が安全であろうとも、それを維持するために常に彼らは戦い続けてきた。

 言ってしまえば、彼らは戦うことになれていた。

 特に、この場に立って協議を交わすような者達は歴戦だ。都市国が滅亡するかのような脅威を、幾度となく経験してきた。今回が例え、イスラリア史上類を見ない未曾有の脅威であったとしても、簡単には動揺したりはしない。

 そしてもう一つは明確な希望の存在が居るからだ。

 

「皆様、お待たせしました」

 

 バベルの扉が開かれる。

 この場に揃った各都市の首脳陣、騎士団、天陽騎士に冒険者、全ての戦力を待たせる重役出勤であるが、誰も彼女に文句は言わない。最も偉大なる王、アルノルドの配下の七天、彼らの力の全てを引き継いだ現イスラリアの最強の戦士。

 

 太陽神の化身、勇者ディズ。

 

 空を被うほどの白銀の竜からイスラリアを守った姿を、イスラリアに住まう全ての住民達は目撃している。それこそがまさしく彼女が希望であることを証明していた。

 その場にいる全員が、彼女を前に席を立ち、跪き、祈りを捧げた。王に対して、神に対してする仕草と同様だ。通信魔具の水晶越しの者達も同じだった。

 

「うん、ありがとう。会議は中断せずに続けて。」

 

 ディズは少し慣れない表情で笑いかける。

 その様は年頃の少女のそれとなにも変わらない様に見える。

 しかし精霊と繋がりの多い神官達は、彼女をそのように見ることは出来なかった。四源の精霊達と相対した時と同じ以上の濃密な神気とでもいうべき魔力が彼女の内からは溢れていた。彼らがこれまで信仰してきた神と精霊、それがそのまま肉体を得て目の前に現れたような感覚だったのだ。それを自然と受け入れるのには時間がかかった。

 

「戻ったな、ディズ。ああ、今は救世の勇者とでも呼んだ方が?」

 

 とはいえ、へりくだりすぎても話は進まない。冒険者ギルドのギルド長、イカザは、彼女が神であることを認めて、その上で以前と変わらぬ態度で彼女に接していた。

 イカザの呼び方にディズは少し肩を降ろして、そして苦笑する。

 

「いや、ディズでいいよ、イカザ師匠。その呼び方色んな意味で重すぎる」

「悪かった。だが無事で良かった。」

 

 と、そう言って、彼女はディズを抱きしめた。

 神の化身を相手にしての態度と考えると不敬も良いところであるが、彼女は抵抗しなかった。会議室の誰も、ディズの背後からついてきたユーリも、その光景に文句を言うことは無かった。

 

「事情のおおよそは聞いている。大変だったな」

「私よりももっと沢山のヒトが、今まで大変だったんだ。文句も言えないさ」

 

 イカザの労りの言葉に、ディズは安らいだ表情を浮かべていたからだ。単独であの銀の竜と戦い続け、イスラリアを護り続けてきた彼女の心労は計り知れなかった。

 イカザに心を許す彼女を見れば、彼女が神の類いでないことは誰の目にも明らかだ。そんな少女に全てを託さなければならないのだという事実は、この場にいる全ての者達に後ろめたさを与えた。

 

 だが、この世界がどれほどに歪であるかの真実を知ったとしても、

 彼らは、この戦いを今更退く事も、諦める事も許されないと知っている。

 彼女の双肩にイスラリアの運命がかかっているのように、自分たちの双肩にも、自分たちが庇護する民達の命が掛かっているのだ。

 

「勇者ディズ」

 

 プラウディア騎士団騎士団長ビクトールが前に出る。一瞬チラリと彼女の横に立つユーリに視線を向けるが、以降は真っ直ぐに彼女だけを見た。

 

「イスラリアを維持するために叶う限りの事はしてきました。今のところ、迷宮の騒動を含めて、なんとか治安を維持できています」

「結局“彼女”を倒せなければ全ては木阿弥だ」

 

 イカザが続く。全員もそれに頷いた。

 帰還した彼女に彼らが確認したいのはただ一つの事実だ。

 

「勇者よ。邪神を討てますか」

 

 この状況下の根本的な解決だ。

 

「勇者らしく、出来れば勇気づけたかったんだけどね」

 

 全ての視線を集めながら、ディズは会議室の中心の椅子に座り、

 

「率直に感想を言うなら、敵になるとちょ~~~~~~~~~~~~~~厄介だねシズク」

 

 深々と、そしてうんざりとした溜息を吐き出した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 隙の無い多方面の秀才。ただし前に出ず裏方に回る事を好む指揮官タイプ。

 

 恐らくウルを除いて、シズクがイスラリアで活動し始めてからの彼女を最も間近で観察してきたディズは、彼女のことをそう評価していた。

 

 魔術の才能は超一流、

 魔術を併用した身体能力のセンスも間違いなく一流、

 容姿に至っては1000人が見れば1000人が振り返るほどの眉目秀麗

 しかもその容姿で他人を動かし、操り、手の平のうえで転がす悪辣さまで持ち合わせる

 

 これだけの要素を揃えているにもかかわらず、彼女は冒険者として活動を開始してから殆ど、前に出ようとはしなかった。ウルの一歩後ろに下がって、彼の名声を高めることに努める一方、自身の評判を高める事についてはとことん無頓着だった。

 彼女ほどの才能と、能力と、容姿があれば如何様にでも名声を高めることは出来るだろう。しかし彼女は決してそうすることはなかった。

 勿論、必要以上の名声は重責とリスクを生む。それを嫌い意図的にコントロールする者もいる。前に出ることを望む者に責務を託し、そのものを背後からコントロールするフィクサー志願者。彼女もその類いなのだろうかと考えた。

 

 だが、結論からいえば、彼女の行動はウルを隠れ蓑に自身の正体を晒さないための偽装工作だったと言うことになる。

 

 で、あるならば、彼女の今日までの行動から下した「秀才タイプ」という評価は修正しなければならない、とはディズも理解していたつもりだった。が――――

 

「自重がなくなるとここまで無茶苦茶になる、か!」

 

 ディズは追いつめられていた。

 

 神の力の継承から何日かが経過した。

 

 星舟イスラリアの外の世界――――――魔界でのディズとシズクの戦いは続いている。幾らかの模索の果てにディズはようやく自分に与えられた七天の力に“少しだけ慣れて”きた。身の丈に合わない力とは理解しつつも、他の七天達とずっと戦ってきた経験が生きた。彼らの戦い方を彼女は知っていたから、その力を再現する事は出来た。

 

 が、彼女の方は「慣れる」どころではなかったらしい。

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 赤と黒の魔界の空を駆ける彼女の背後に無数の真っ赤な灼熱が追いかけてくる。

 炎の魔術の類い、ではない。それは揺らぎ燃えさかりながら、自在に空を飛翔するディズを徹底的に追いかける。決して、逃がそうとはしなかった。獲物を見つけた獣のような執念で、ひたすらに追走しつづける。

 

「エンヴィーの眷族竜、か…!!」

 

 ディズは振り返り、天剣を振るう。

 ユーリが振るっていたソレと違い、彼女は力の使い方に慣れてはいない。一方で天魔の無尽の魔力を有した彼女に疲労という概念はなく、結果、生み出されるのは数十メートル超の無法の神剣だ。振るわれたそれは容赦なく嫉妬の炎すらも薙ぎ払う。

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 が、問題は数が多い

 剣を振るって数十の嫉妬の竜を削ったところで、残る数十数百の炎が彼女に向かってくる。その数は並大抵のものではなかった。どころではない。

 

『AAAAAAAAA『AAAA『AA『AAAAAAAAA!!!!!』

 

 炎が、増えている。

 ディズが目視で確認できるだけでも明らかに炎の数が増殖している。

 

「シズク、嫉妬に色欲を混ぜたな…!?プラウディアの真似事か!」

 

 陽喰らいの合成竜の再現、あるいはそれ以上の無茶苦茶だ。危険物に危険物を直接ぶちこんで一つにしている。今の戦場は魔界で、つまり彼女の故郷だ。多少の安全に配慮した戦い方をするのではと見込んでいたが、そのつもりは一切ないらしい。

 いや、憤怒を使わないだけまだましか。ともあれ、

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「こんなのいちいち相手にしてられるかーにゃ!》」

 

 不意に彼女の右目が緋色に変貌する。同時に広げた手の平が緋色と金色の入り交じった光が満ちる。

 

「《【劣化創造・疑似精霊】》」

 

 ディズの声と、もう一人の声が重なり混じる。

 手の平から生まれるのはディズと同じような鎧を身に纏い、翼をのばした金色の兵士だった。1度に大量に出現したそれらは、ディズに代わり嫉妬の炎へと突撃していく。

 

『――――――――――――――――――――』

『AAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 竜と天使が交差する。炎が舞い上がり光が散る。その隙にディズは更に高く飛翔した。

 大量の嫉妬の竜はあくまでも末端だ。単なる尖兵にすぎない。遙か上空で此方を見下ろして戦いを見守る彼女を討つほかこの戦いは終わらない。

 

「ディズ様」

「やあ、シズク」

 

 大悪の竜を背負い、白銀の鎧を身に纏ったかつての友は、此方を見て笑っていた。ディズは星剣を握り、前へと構えた。

 

「【七天星剣】」

 

 星剣から展開した七つの天剣が太陽の紋章の如く形を取り、全てを寸断しながら彼女を引き裂かんと飛び立つ。

 

「【揺蕩い】」

 

 だが、その直前に七つの天剣は弾け飛び、

 

「【焼け狂い】」

 

 彼女の周囲で弾けた天剣が白炎に吞まれ

 

「【喰らえ】」

 

 それがそのまま真っ直ぐにこっちへと突っ込んできた。

 

「無茶苦茶だぁ!!!」

 

 抗議の悲鳴を上げながら、ディズは反撃の炎に吞まれぬよう逃げ惑うしか出来なかった。

 

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