かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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彼我の差②

 

《正気で言ってるのかね……?》

 

 区分けされたモニターの一人の初老の男が疲労の滲んだ声で尋ねてくる。同時にモニターに映る他の男女複数の者達の表情も似たり寄ったりだ。

 現在人類社会で生き残った全ての人類の代表者達が、新谷の言葉に困惑し、頭を抱えている状態である。新谷も勿論彼らの心中は理解できる。彼らが今直面している問題と、それに対する解決策はあまりにも常軌を逸している。

 

《怪物達を対処するためにむごたらしい人体実験を施した生物兵器の少女をぶつけると?》

《まともじゃあないぞ、そんなことは!》

「全くですね。しかし現行人類の兵器はご覧の通り、鉄くずになり海に沈みました」

 

 見せつけるように、先程イスラリアの戦力によってが彼らの総力を全て鉄くずに変えた映像を流すと、悲痛な表情で沈黙した。ショッキングな情報だったのだろう。

 これまた仕方の無いことである。彼らは新谷達のように、非常に断片的であろうとイスラリアの情報を獲得することも出来ていなかった。そしてそれは彼らの怠慢というわけでもない。たまたま自分たちのいた研究区画が、かつての研究機関イスラリアの存在した地区で在り、彼らの知識と技術と機材を確保できたと言うだけの話である。

 ただ偶然与えられた幸運で彼らを見下す気には新谷もなれなかった。

 

《……我々を諦めさせるために、素通りさせたのか》

「正しく警告はしましたよ。全ては無駄になると」

 

 そう、伝えるべきは伝えたのだ。その上で彼らは此方に兵器を寄越しイスラリアを壊滅させようとしたのは事実である。詭弁ではあるが、それ以上の文句は言われる謂われも無かった。

 

「保護された兵士の皆様はこちらで保護してそちらに送迎するのでご安心を。後は精々、酒でも飲みながら彼女を見守っていてください」

 

 新谷は引きつった笑みをモニター越しの首脳陣達に向ける。髪をまとめた老女の一人がその引きつった自分の顔と、赤らんだ頬を見て、溜息を吐き出した

 

《貴方たちのように?》

「我々のように。兎に角強いものをオススメしますよ。なにも考えなくて済む」

 

 それから暫く、兵士達の移送の手続きの話をして、通信は途絶えた。最後に見た首脳陣達の顔は一様に重苦しい。同情する気にもなるが、しかし彼らの憂いを取り払う手段は勿論新谷にも存在していなかった。

 

「分かってくれたでしょうか?」

 

 そう問うのは鏑木だった。かつて中枢ドームの最深層への転属を浮かれた眼で望んでいた彼であるが、今はその快活さはすっかりとなりを潜めてしまった。その目は新谷同様に濁り、纏う空気は疲労と徒労で淀んでいた。

 

「別の作戦は考え、無駄なあがきを繰り返すだろう」

 

 だが自分よりはまだましだろう。そう思いながら新谷は答える。鏑木は口を引きつらせて笑った。

 

「我々のように?」

「我々のように」

 

 Jー00ドームの崩壊に伴って、彼らは近くのJ-04に活動拠点を移した。そこでも彼らは持ち出した機材や資料を用いて今までと同じような研究に明け暮れている。その大半が無駄であり、間に合いもしないと分かっていながらもそれを繰り返す。

 自分たちで出来ることはもう何も無い

 そんなどうしようもない現実から目を逸らすための作業だと知りながらも、そうする手を止めることは出来なかった。それを認めてしまえば、自分たちが崩壊すると彼らは知っていた。

 

「自分たちがただの案山子だと認めるのは難しいですね」

「案山子であると認めようが認めまいが、なにも変わらないがね」

 

 新谷はそれだけ言うと、通信施設から外に出る。待っていたと言わんばかりに助手の一人が此方に向かってきた。

 

「新谷博士。森谷大臣から連絡が」

「作戦の進行状況の報告云々だろ?キャンセルしてくれ」

「良いのですか?」

「ああ。良いよ」

 

 付け加えるならば、どうでも良い、だった。

 

 延命処理をしたJ-04地区の最長老。恐らく彼が望むのは雫に対する交渉だろう。自分達のコントロールから完全に外れてしまっている雫をどうするべきなのか悩んでいるのだ。

 勿論彼の懸念も分かるが、結論から言ってこれは全くどうにもならない。彼女にかけられた幾つものセーフティは全てが解かれてしまっているのをモニターで確認している。

 此方に残されていた”星剣”にも同様のセーフティは仕掛けていたが、彼女がソレと融合した瞬間全てが解きほぐされた。無駄な抵抗だった。

 彼女は自由だ。誰を嫌い、誰を呪うかも彼女の選択である。それをコントロールする事など出来はしない。

 

「イスラリア人のように祈ったところで、我々に放られた賽の目を動かす力も無い。あの白銀の女神の慈悲が此方に向くのをただ待つだけだ」

 

 もっとも、と新谷は笑った。ぐしゃぐしゃに歪み、引きつりきった笑みだった。

 

「私が彼女なら、絶対に慈悲など与えないがね」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 大罪都市プラウディア、真なるバベル

 

「対処できました。すべての魔界の住民の避難も完了しました」

 

 転移の間から、スーア・シンラ・プロミネンスは帰還した。

 

「ありがとうございます。スーア様。代わりに私の疑似精霊をシズクの監視に回しますので、暫しお休みを」

 

 ディズの言葉にスーアはこくりと頷く。現在、シズクへの警戒はこのように、ディズとスーアの交代制で行われており、故に休めるタイミングで休ませたいというのがこの場にいる全員の総意だった。

 

《スーア様。一つお尋ねしても?》

 

 だがそうと分かっていても、現在のイスラリアの王に対して投げなければならない疑問や、確認しなければならないこともまた、多くあった。

 

「どうぞ」

 

 スーアに促された現在のエンヴィーの代表者、エンヴィーの神殿のトップのサンスラ・シンラ・コーロミアだった。煤けた茶色髪の小人の男であり、彼はすこし躊躇うように自身の髭に触れ、そして口を開いた。

 

《何故彼らを殺さずに生かしたのです?》

 

 場の空気は緊張を巻き起こした。その問い、疑問はこの場にいる全員、考えていたことだったからだ。先程のスーアの戦い方、魔界の様子は通信魔具の水晶で全てを見ていた。スーアが丁寧に魔界の兵士達を、金属の移動要塞から引きずり下ろして、優しく陸地に運んでやっていたところも彼らは見た。

 敵である彼らを、だ。

 

《無論、スーア様の判断に異議を申し立てているわけではないのです。ただ、確認しておきたいのです。魔界に住まう住民達は我々の敵ですね?》

「そうなりますね」

 

 スーアは頷く。そこに躊躇いや後ろめたさはなかった。元よりスーアの容姿はヒトのソレとは隔絶した妖精のような姿であり、故にその内心を推し量るのも難しい。

 だが、イスラリアという大陸が、世界が邪神の侵攻という滅亡の危機に瀕して尚、その恐れ多さから真意を問いただすことが出来なかった、なんて事態はあまりにも本末転倒だ。サンスラは短く息を吐き出すと、腹をくくったようにして質問をぶつけた。

 

《例えばですが、現在生き残ってる魔界の住民全てを殲滅すれば、邪神の戦う理由を損なうことにはなりませんか?》

 

 それは正しい問いかけであり、同時に恐ろしい提案でもあった。

 脅威である敵の戦意を削ぐために、脅威とならない相手を殺すという提案なのだから。

 

《魔界の住民達なら、我々でも対処可能なのでしょう?》

 

 先程スーアがやったような奇跡は起こせないが、似たようなことは出来る実力者はイスラリアには大勢居る。彼らの多くは現在イスラリアで発生している魔物達の対処に追われていて、その全てを動員することは出来ないが、まだ余力はある。

 魔界の住民達が、1度も魔物退治をしたことが無い都市民達のようにか弱い存在であるのなら、その余剰の戦力を用いれば容易に殲滅することが可能だろう。

 例えそれが、無抵抗の相手に対する虐殺であろうとも、これが人類同士の生き残りをかけた戦争に等しいのであれば、その選択としては正しい。

 

 その選択をとらない理由を問うた。

 

 袂を分かったとはいえ、同じ形をした人類の虐殺の是非を、幼い子供に問いかける罪悪感をサンスラは拭いきれなかったが、それでもこれは確認しなければならなかった。

 もしもスーアが、その選択をただただ罪悪感を理由に回避してるのなら、場合によっては此方で独断で行う選択も出てくるのだから――――

 

「問題は二つありますね」

 

 だが、サンスラの懸念をよそに、スーアの表情は平静そのものだった。スーアは指を二つ立てて、その内片方を折る。

 

「一つは、シズクは例え魔界の住民が一人も残らず死亡したとしても戦うのは止め無いであろうと言うこと」

「――――そうだね」

 

 その言葉に同意したのは、誰であろう最もこの中で邪神となった少女のことを知り、そして邪神になった後の彼女と戦い続けていたディズだった。

 

「恐らく、もう魔界の救済とか、そういう大義の問題では無いと思う。彼女はもっとぐしゃぐしゃに歪んでいる。魔界が完全に滅んでも、イスラリアへの矛先を変えることは無い」

 

 それを誰であろうディズに断言されてしまえば、この場で彼女に反論できる者は居なかった。実際、イスラリアという大陸すらも一飲みしてしまいそうなほどのあの怪物が、話し合いや動機の喪失で立ち止まるとは到底思えないのもまた事実だった。

 魔界の人類を滅ぼしたとて、恨みを更に募らせて此方を殺しに掛かるといわれたほうがまだしっくりとくる。

 

 全員が沈黙したのを見て、スーアは二つ目の指を折る。

 

「二つ目は、アルノルド王の方針にそぐわないと言うこと」

 

 アルノルド王。その言葉に小さくざわめきが起こった。スーアはそのざわめきが収まるのを待ってから、言葉を続けた。

 

「王の目的は、1000年前に失敗したイスラリアの完全な世界からの転移です」

 

 かつて、イスラリアが世界から離脱したとき、本来であればイスラリアという大陸は世界から完全に“離脱”する予定だった。時空転移を併用した移動によって、一切の痕跡を残さないはずだったのだ。

 だが、失敗した。失敗した結果が魔界の空から見える黒球であり、そこから漏れ出した“涙”だ。

 それを今度こそ完遂するのが、アルノルド王の計画だった。

 

「悪感情は、我々では止められない、【方舟】の根幹機能です。例えゼウラディアの権能が復活しても停止は出来ない。だからこその完全な離脱が目的でした」

「……可能なのですか?」

「数百年の研究の末に。ですが、いざ転移を行おうとしたタイミングで新たな問題が生まれました」

「問題?」

「【迷宮】―――【月神シズルナリカ】の断片である【竜】と【星剣】をつなぐ【魔力回路】が、イスラリアを縛り付け、転移を阻害したのです」

 

 迷宮が、いうなれば、【世界】と【方舟】を結ぶ楔となってしまっていたのだ。イスラリアの影響を無くしたい世界と、世界から完全に脱出したいイスラリア、双方の意見が一致しているにもかかわらず、互いに足を引っ張り合った現状が今の世界の形なのだ。なんとも皮肉な話だった。

 

「ですから、【月神】の星剣を砕き、迷宮を断つ。それが前回の魔界侵攻の目的でした……ですが」

「逆にそれを邪神に利用されてしまったと……」

 

 してやられた、という事ではある。とはいえ、邪神の断片の回収は、星剣との繋がりを辿るための必要な処置だった。イスラリアで膨大な魔力を抱えた状態で、【方舟】から世界に転移しようとすると、回路があまりにも細く、狭すぎて、実質的に不可能だったのだ。

 選択肢はなかった。この点をいちいち後悔しても仕方が無い。

 

《ですが、今は楔が消えたのですね?でしたら、今すぐにでも転移が可能……?》

「ええ。ですが【月神】の所業によって方舟と世界は、転移条件が大幅に変わりました。それを修正するのに数年はかかるでしょう」

《それを……邪神に待ってもらうというのは?》

「世界の境目が消え去り、“凝固した悪感情”の排出量が増大しました。グレーレの推測では、転移を長々とまっている間に魔界の被害が拡大し続ける」

《……絶滅戦争の火蓋は切って落とされ、取り返しがつかないと》

 

 救いようがない事実である。場は重苦しい空気に包まれた。少なくとも魔界の救世を願うなら、シズクとしては方舟を砕いた方が遙かに話が早いのだ。

 

「そうならないためにも、勿論転移準備は急いでおります。ですが、最初から全てを切り捨てるのは、出来れば避けたいのです」

《……分かりました。我々とて先王の意思を踏みにじりたくはありません。不要な虐殺など、やりたくはありませんから。まして貴方にさせるなど》

 

 そういって、サンスラは引き下がり、皆はほっと息をついた。

 そう、誰だって無意味に残酷になりたくはない。そして今の質問は残酷に意味がないと再確認する為にも重要だった。

 

「スーア様、そろそろ」

 

 そうして一息ついた後、従者の一人がスーアにそっと声をかける。スーアは立ちあがる。会議室にいる全員、スーアの退室を察して立ちあがったが、スーアは片手でそれを押さえた。そのまま会議は続けるように、というように。

 

「どうか引き続きの協力をよろしくお願いします。それでは」

 

 それだけいって、スーアは会議室を後にした。その後ろ姿を見送り、沈黙を続けていた臣下達は、扉が閉まりきったその後、小さく囁く

 

「……王の容態が?」

「……恐らく、もう」

 

 その囁き声を聞きながら、ディズは目を閉じる。

 勇者ディズに【天賢】の加護を返してしばしの後、アルノルド王は倒れた。長きにわたる陽喰らいの猛攻を一人で支え、その命を支えていた神の加護を失ったことで、その命の限界がやって来たのだ。

 

「そうか」

 

 【天賢】の加護の返却を申し出るも、アルノルドはどのみち限界であるとそれを拒否。

 王としての権能の全てをスーア及び各都市の神殿に引き継ぎを行い、彼は今ベッドで横になり眠り続けている。

 

 長き勤めを、彼は終えようとしていた。

 

 

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