かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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カナンの砦攻略戦②

 

 

 

 カナンの砦、1F廊下

 

「ああ、だっり……」

 

 島喰亀を襲った襲撃犯。大罪人の一人である筈の獣族の男は、呑気にあくびを一つかましていた。衛星都市アルトが、どれほど自分たちを血の海に沈める事を望んでいるのか聞けば、その態度も変わるかもしれないが、残念ながら彼にそれを知る術はなかった。

 彼は島喰亀の襲撃の際にその場にはいなかった。

 自分たちのアジトの守備を任されていた。だから子細はしらない。だが、“襲撃の実行犯である仲間達が無事に戻ってきた”。それも大量の戦果を抱えて。

 つまり、大勝利だ。祝杯の一つや二つあげて大騒ぎしたいと思うのが人情というものだろう。だのに、盗賊達のボスである男は自分たちに厳戒態勢を命じてきたのだ。不満の一つも零したくなる。

 

「折角センセイが結界も敷いてくれたのによお……」

 

 センセイ、盗賊達の“協力者”である【死霊術士】が戦果の膨大な量の魔石を使い結界を発生させたときは、自分たちは歓声をあげたものだった。これなら都市の騎士団がどれだけ来たって、攻めることは出来ない。そう思った。

 今、センセイは砦の奧で女を一人連れて引きこもってまた何かの研究を始めているが、きっと恐ろしい魔術を研究しているのだろう。楽しみで仕方が無かった。

 

「っつーかこんな時間に来るわけねえってのに、ボスも慎重だなあ」

 

 無論、ボスの画策した島喰亀の襲撃という蛮行を全く理解していない訳ではない。学は無いが、流石に「とんでもないことをやってのけた」くらいの理解はある。が、それでも彼がこんなにも呑気している理由はほかにもある。

 今の時間が夜だという事だ。

 夜の都市外はヒトの住まう世界ではない。都市の外に追い出された追放者、犯罪者である彼等は、人一倍、夜が危険であると知っている。結界の眩い光が砦を照らしているが、普段は本当に真っ暗だ。手を伸ばせば手先が闇に飲まれるような暗黒の中を襲撃される危険性はない。

 だから、都市からの報復が来るとしても今ではない。

 

 それは油断からくる侮りではなく、経験からくる確信だった。

 

 それでもなお、ボスが見張りを立てるのは、ビビっているからだ。島喰亀の襲撃という事実に。あの強大な結界をセンセイが作っても、ボスは報復に怯え竦んでいるのだ。

 みっともない、と声に出さずに彼は自分のボスを嘲った。

 

「“センセイ”に任せりゃいいのによ」

 

 ボスは今回の島喰亀の襲撃に反対していた。センセイの計画に対して最後までしぶっていたのはボスだった。だが結果、押し切られた。それは詰まるところ、ボスが既に指導者の立場を失っているという事実を示す。

 

 その死霊術士がいつ頃、自分たちの協力者になったのかは“あまり思い出せない”。

 

 分かっているのは、都市の外に追い出され、魔物達の影に怯え、盗賊行為を繰り返し、遠からず死ぬしかなかった盗賊達が、今快適に暮らせているのは彼のお陰だということだ。

 眠りもせず休みもしない。魔物達から自分らを守ってくれる死霊兵、襲撃に護衛、更には食料の収集に至るまで、全てをもたらしてくれた死霊術師はまさに救世主だった。

 

「アルトのクソ騎士団どももホネにしちまうかもな!ハハハ!!」

 

 そして島喰亀の襲撃によって、死霊術師への信頼は盲信の域に到達していた。彼に出来ない事などなにもないと、この男も、その仲間たちも信じて疑っていない。

 その盲信故だろうか、背後の崩落した瓦礫の下から強い光が漏れてきていることに、彼はギリギリまで気づく事はなかった。

 

「【咆吼】」

「へ?」

 

 のんきな間抜け面で振り返った盗賊は、瓦礫の奥から放たれた莫大な閃光と共に吹っ飛んできた巨大な瓦礫の山に降られ、悲鳴を上げる間すらなく、生き埋めになった。

 

「繋がりましたね」

「まさか“木の根”と戦うことになるとは」

 

 そして、ウルとシズクは吹き飛ばした瓦礫の奥から這い出した。

 

 カナンの砦への侵入に成功したのだ。

 

 ディズの目論見通り、この一帯は迷宮と化しており、盗賊たちの根城と地下にて繋がっていた。しかし侵入は容易いということはなかった。迷宮の中には自然と一体化した木の根のバケモノ達が蔓延り、それらを砕きながらの光の差さない通路の強行軍だ。

 事前にアルト騎士団が道順を印を付けてくれなければ、もっと時間がかかっていたことだろう。だが、なんとかここまでたどり着いた。

 

 盗賊たちのアジト、カナンの砦

 

 わかっていたが、砦の中は随分とボロボロで、防衛の機能を保てているとはとても言い難かった。経年による劣化は激しく、崩れた壁から外の結界の輝きが漏れ出ている。それが通路を照らしていた。

 よく見れば、通路の彼方此方も、地下迷宮で見掛けたような木の根のようなものが見える。ウルはそれを見て顔を顰めた。

 

「これも【悪霊樹】じゃなかろうな」

「動く様子はありませんが」

「迂闊には近付くべきじゃあないな……で、ディズ、こっからどうする」

 

 ウルが振り返ると、ディズが最後に大穴から抜け出した。緋色の鎧を身に纏った彼女は周囲を確認すると、シズクに目配せする。

 

「シズク」

「はい」

 

 シズクはディズの合図に頷くと、書物の都市、アルトにて手に入れた【新雪の足跡】の“魔導書”を手に顔を上げた。

 

「探知開始」

 

 そして、耳で聴きとることもままならない高く小さく、そして鋭い音を喉から発した。ウルの耳には一瞬耳鳴りのような音がしたが、それもすぐに収まった。シズクはそのまま自らの手にした魔導書を確認し、頷く。

 

「ウル様。ディズ様」

 

 言われ、全員でその魔導書をのぞき込む。そこに書かれているものを確認する。ウルは眉をひそめながらそれを凝視する。一方ディズは数秒後には頷いて、視線を外した。

 

「それじゃあ、後は作戦通りにね」

《しぬなよーにーたん》

 

 アカネと共にそう告げて、ウル達の前から文字通り姿を消した。

 魔術の類ではなく、純粋な体術によって、一瞬で砦の奥へと単独で進んでいったのだ。ウルの目端には残像のようなものが映ったが、すぐに見えなくなった。

 風のような動きに感心する暇もなく、ウルもまたシズクと共に魔導書の“中身”を頭に叩き込んだ。そして、遅れる事しばし、二人は顔を上げた。

 

「ウル様。我々も」

「ああ」

 

 どん詰まりの通路を抜け、自分たちがふっとばした瓦礫とそれにつぶれた盗賊の一人を乗り越え、ウルとシズクは駆けだした。既に散々、この後どう動くべきかを検討し、時間が許す限り作戦を練った。迷いはなかった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 時間を戻して、宿屋にて

 

「上手く敵の結界内部に侵入した後、二手に分かれる」

 

 ディズはかつて健在だったころのカナンの砦の地図を広げ、告げた。ウルは首を傾げる。

 

「この少数を更に分けるのか?」

 

 今回の盗賊の討伐は3人で行う。真夜中の都市外を突っ切る無茶が出来たのは自分たちだけなのだからその点は最早仕方ないにしても、更にその人数を分けるのは、あまり良い判断とはいえないように思えた。

 

「ごもっともだけど、三人で行動すると、多分君たち二人がずっと私の後ろについてまわるだけになるから意味ないんだよね」

 

 ディズは苦笑する。

 さもありなんだった。実力差がディズと二人の間で開きすぎているのだ。一か所にまとめると、作業の分配がままならない。全てディズ任せになってしまう。確かにそれでは3人で固まる意味が無い。

 

「だから君たちにも働いてもらう。役割は分ける」

 

 ディズは単独で動き、最も危険と思しき死霊兵を操る死霊術士を叩く。

 その間にウル達は、捕まった島喰亀の住民達を助け出す。

 

「グリードからずっと二人一組で戦ってきたなら連携面に関しては特に私から指摘することはない。それ以外、予想しうる敵の戦力、敵拠点の状態、相手の戦い方、死霊術師が扱う死霊兵らの傾向と対策、その他もろもろ全部詰めるよ―――」

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 と、このような流れで作戦は決まった。

 作戦はあらゆるパターンを想定して検討されたが、大筋の流れは変わっていない。

 ディズが死霊術師を討つまでの間の盗賊たちの誘導と撃破、そして攫われた人質の救出がウル達の役割だ。状況としてはウル達の方が目立つので、死霊術士がウル達を狙う可能性も検討されたが、

 

「もしもふらふらと君たちの方へと死霊術師がやってくるならむしろやりやすい。君たちに危険が及ぶ前に私が暗殺する」

 

 だが、恐らくは死霊術師は出てこないだろう。というのがディズの見立てだった。そして実際、ウル達に迫る盗賊たちの中に、魔術師の姿は見られなかった。

 

「待て!待ちやがれこのガキども!!」

「こっちだ!!殺せ殺せ!!!」

 

 ウル達を追う盗賊たちは三人。各々が持っている武装は斧、棍棒、長剣とバラバラだ。防具もロクに装備していない。本当に島喰亀を襲った盗賊なのかと疑うくらいに、貧相なものだった。

 

「追手3人、全員近接装備、魔術師確認できず。防具なし」

「次の通路を右です」

 

 対して、ウル達は盗賊達の陽動のため、逃げていた。敵の本拠地ともいえる砦の中を縦横無尽に駆け抜けていた。本来どのような地形になっているか知る由もないこの場所で、其処を住処とする住民たちから逃げ回るなど本来なら失策もいいところだが、今のところこの追いかけっこは持続できていた。

 理由は、事前のこの砦の調査による地形の叩き込み、そして

 

「この先の通路は直進です。途中、崩れているので右側の通路は使えません」

「了解」

 

 現在、シズクが使っている【新雪の足跡】の魔導書による効果が大きかった。

 知覚した場所の地図を記録するこの魔導書は、本来の使い道ならば「そこそこ便利」にとどまる程度の代物である。が、宝石人形の撃破以後、人並み外れた聴覚を得たシズクがこの本を使用すると、非常に強力な効果を発揮した。

 

 即ち、自身の“声”の届く全域に対する瞬間マッピングである。

 

 【足跡】の“知覚”の判定は、必ずしも視覚で行う必要はなかったらしい。彼女が声を放ち、更にその反響を“耳”にすれば、それがそのまま情報として魔導書に視覚的情報として記録される。この方法でウル達は瞬時にこの砦の地形情報を獲得していた。

 故に、地理の優位は奪っている。相手は侵入者がそこにいる以上追わないわけにはいかず必死だ。囮としての誘導は成功していた。適度に引き寄せ、魔導書を確認しながら逃げ道を探りつづける。これの繰り返しだ。

 そして、

 

「後方の3人の追手との距離が空きました。前方からはまだ人影なし」

「次の曲がり角で一度視界から外れる」

「はい」

 

 ウルとシズクはそれまで保っていた速度を一気に引き上げ、加速する。

 

「クソ!逃げるぞ!!追いかけろ!!」

「何だあいつらはええ!?」

 

 一月と言えどグリードでほぼ毎日迷宮に通い詰め、宝石人形を撃破し一気に肉体を強化したウル達と、曲がりなりにも都市の外で魔物達の撃退を繰り返しながら自然と体が鍛えられてきた盗賊たちとの間に身体能力の差異はそれほど多くはない。

 

 にも拘らず単純な追いかけっこで全くウル達に彼らが追いつけないのは、脚力強化【翼足】の魔具や、身体強化の魔法薬を買い込んで、使用しているからだ。どれも使い切りの消耗品。コスパが良いとはとても言えない買い物だったが、購入した。

 

 ―――偵察もできない完全なぶっつけ本番、訓練する時間もない、人手もない、そんな私達がそれらの代わりに費やせるコストは一つ、金だ―――

 

 故に今回ウル達は装備品に金を費やし、消耗品を買いあさった。消耗品はディズ持ちだが、自分たちの装備品は自分達持ちである。だが金を惜しむような真似は一切しなかった。耐衝アミュレットも2枚ずつ装備し、更に“足跡”以外の使い切りの魔導書も2冊程、購入している。

 結果、現在の所持金はほぼ底が見えてきていた。

 

 上手くやれば数年は生活費には困らない額を一瞬で消し飛ばす冒険者はやはり頭がおかしいとウルは改めて思った。

 

「ウル様」

「ああ、大丈夫だ」

 

 距離が離れた時点でウルは振り返る。右手には崩れた砦の壁面の欠片。子供の頭一つ分くらいはありそうなソレを“鷹脚”でひっつかみ、そして通路から顔を出した男達を目視した瞬間、振りかぶり、そして放った。

 

「ふっ」

 

 放たれた大きな石塊は、恐ろしい勢いで顔を出した男の胴に直撃した。

 

「ぐげはあ!?」

 

 痛烈な打撲音と共に直撃した男が後方に転がる。残る二人の男は唐突な事態に驚き、しかし何をされたのか理解すると顔を真っ赤にしてウル達に吠えた。

 

「テメ――」

 

 そして何かを言葉にする前に、その顔面に次弾の瓦礫の直撃を喰らい、脳天から血しぶきをあげながら地面に倒れ伏した。そして残る一人はと言えば、同タイミングで飛んできた炎の魔術の直撃を受け、黒焦げになって同じ末路を辿った。

 

「狭い通路、此方を追うために真っすぐに突っ込んでくる相手なら、狙う必要はないと」

 

 ほぼ初となる“鷹脚”の実戦運用にウルは納得する。上下左右に動かれれば狙える自信はまるでない、が、ならば動けない状況にすればよいのだ。これもディズが言っていた工夫の一つだろう。

 技術を身に着けるには才覚か訓練が必要となる。が、才もなく努力を行う時間もないというのなら、発想と工夫によってそれを補う。これは今後重要になってくると心に刻んだ。

 

「後方通路横から二人が。警戒しているのか速度はゆっくりです」

「なら、道を戻って三叉路を左折、倒した3人を囮に狙いを定めよう」

「承知しました」

 

 シズクに指示を出し、一度道を戻る。今は探索が重要なのではない。盗賊たちを引きつけ、囮となり、そしていかに削りディズの助けになるかだ。目標を改め足を運ぶ。途中、今しがたウル達が倒した3人が折り重なるように地面に伏していた。

 一人はシズクの魔術で焼け焦げになりピクリともしない。もう一人は瓦礫により頭を割り、同じく動かない。最後の一人、最初に瓦礫を腹部に直撃した男はビクビクと動きながら、口から血反吐と泡を巻き散らしながら憎悪に満ちた目でこちらを睨みつけていた。

 

「こ、こ、こここ、この、ガキ」

 

 ウルはそれを聞き終わる間もなく、竜牙砲を真っ直ぐに突き出し、男の心臓を貫いた。憎悪に満ちた目をした男は、一瞬あっけにとられたようだが、間もなくして倒れ伏した。

 

 死んだ。ウルは盗賊たちの命を奪い、殺した。

 

「―――どうですか?」

 

 シズクは問う。

 それは此方を心配するのではなく、ただウルの状態の確認をする問いかけだった。“問題ないのか”という、ウルの性能の確認だった。魔物を殺す時とはまた違う、人の肉を刺し貫き殺す感覚を竜牙砲の柄から感じ取りながら、自分の状態を確認した。

 そして、確信した

 

「問題ない」

 

 だが

 

「愉快じゃない」

「そうですね。私もです」

 

 シズクも表情は酷く辛そうだ。しかし、強ばり、動けなくなるような様子はない。

 互い、動ける。その事に納得し、頷いた。

 

「行くか」

「はい」

 

 ウルは通路の横道に入り、そして再び距離を置く。新たな盗賊たちを殺すために。

 

 

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