かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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陽殺しの儀⑤ 発進

 

 【穿孔王国スロウス跡地】

 

 その穴蔵の闇の中より、更に薄暗い闇を纏った邪教徒ハルズが通信魔術で連絡を取り合っているのは、誰であろう、今、イスラリアを滅ぼそうとする【月神シズルナリカ】である。

 彼女は、魔王と繋がっていた。

 そして、そんな魔王との繋がりを有した邪教徒達とも、彼女は連絡を取り合っている。邪教徒―――即ち、“世界”側の潜入工作員達にとって、月神である彼女に協力するのは道理であった。

 

「しかし、この期に及んでも我らに刃向かうとは……裏切り者どもめが」

 

 ハルズは、名無しに対する煽動の失敗に、苛立ちの声を上げる。【名無し】らもまた、本来であれば“世界”の、イスラリアと敵対する人類であったはずなのに、彼らは今、自分達に刃向かって、イスラリアを守ろうとしている。

 元々敵であったイスラリア人が刃向かってくることよりも、それは忌々しい話だった。

 

《責めることは出来ません》

 

 しかし、音声のみでハルズに応じるシズクの声は、平静そのものだった。ハルズの報告を、至極当然のことというように受け止めていた。

 

《“世界”は、彼らを見捨てたのですから》

「それは……」

《【邪神】と【星剣】を結びつける回廊、【迷宮】と魔力の運び手たる【魔物】は、彼らをあまりにも傷つけすぎました》

 

 かつて起こった【方舟イスラリア】の大転移、それに巻き込まれ、強制的にイスラリアの住民となった【名無し】達。結果としてイスラリアには二種の生物が生まれた。

 精霊との適合性のある【イスラリア人】と、そうでない【名無し】。

 この二種を、魔界がイスラリアから魔力を掠めるために、【月神】の機能を使って生み出した“邪悪なる精霊”―――【魔物】が見分けることは一切無かった。

 魔物達は平等にこの二つを攻撃し、滅ぼそうとした。

 【邪神】の断片である竜をイスラリアに打ち込んだ“世界”は、生き残りの兵士達に対して配慮する事は一切無かった。その余裕がなかった。だが、どんな理由があれど、見捨てたのは事実だ。

 

《魔物は、敵意と憎悪を集める邪悪として機能した。災禍の対象として、方舟が悪性の魔力として【涙】として廃棄する前の魔力を回収していった》

 

 しかしそれは、結果として、【名無し】達の帰化を否応なく促進した。ソレは当然と言えば当然ではある。自分達を殺そうとする故郷よりは、最低限でも受け入れてくれる敵の国だろう。

 

《そして歴代の王達は、時をかけて、必死に、少しずつ、違いを埋めてきた》

「【名無し】は、今も都市の中ですら生きられないのに?」

《明確なまでの能力の格差、異邦人、ここまでの要素を抱えながら、距離を近づけすぎず、離さず、協力関係を築き、少しずつ呪いを落とした」

 

 それでも1000年かかった。

 恐らく、まだかかるだろう。

 否、完璧には消えて無くなることは無いだろう。

 だがその果てに、名無し達の多くは、呪いを子供達に引き継がせることだけは、止めたのだ。それは紛れもない事実だった。歴代の王達の、恐ろしく執念深く血のにじむような努力の末の事だった。

 

《王は、最後の格差を、そして我々の世界への影響を無くしたかった》

「今更……」

 

 ハルズは忌々しげに叫ぶと、通信越しに、月神は《ええ》と同意した。

 

《今更ですね。彼らは間に合わなかった。もう、痛みと損失の伴わない解決は不可能》

 

 既に“世界”は崩壊寸前で、イスラリアが完全に“世界”から失せて、涙の影響が収まり、それが解消されるまで、間に合わない。人類は滅び、終わる。

 その前に、【涙】を生み出し続ける方舟を、完全に砕かねば成らない。ソレが結果として、イスラリア人の滅亡に繋がるものだとしても―――

 

《痛みを、背負っていただきましょう》

「はっ……」

 

 ハルズが応じるとと、通信が乱れ、途切れた。

 最後の最後まで、月神の声音に揺らぎもなく、感情の一切もなかった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 通信を終えたハルズは、ゆっくりとため息をつくと。通信魔術の残響を見つめ、目を細める。その表情に、敬意などはなかった。あるのは不審である。

 

「あははぁ、ハルズったら悪い顔ねえ」

 

 そんな彼の様子を、黙って背後で控えていた、彼と同じ邪教徒のヨーグはケタケタと笑う。ハルズは忌々しそうに背後を睨み付け、そして、口を開いた。

 

「信頼出来るか?」

「邪神様を?」

 

 邪教徒達にとって、【月神シズルナリカ】の存在は予定されたものではない。

 “世界”と【方舟】の間にはとてつもない断絶がある。容易くはくぐり抜けることが出来ないほどの断絶だ。双方の連絡は容易くはなく、断片的だ。ハルズもヨーグも方舟にたどり着いてから随分と長い時間が経っている。【月神】の来訪も、あくまでも魔王を経由して知ったに過ぎない。

 当然、不審も存在している。

 

「月神、シズルナリカの依り代、といっても、小娘ではないか」

「ほだされてるかもって?」

 

 その警戒は当然といえば当然だ。何せ、【名無し】達もそうなっている。神を背負うといっても、背負うのは人間だ。血迷うことはあるだろう。まして、幼い少女ともなれば。

 実際、邪教徒達の中にも時間の中で離反した者達は多かった。

 

「んふふ、大丈夫だと思うわよ?」

 

 だが、ヨーグは確信めいた表情で笑う。ハルズは更に顔をしかめる。

 

「何を根拠に」

「だって、あの子、前も見たけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「台無し……」

「もう、誰にも助けられないわ。優しい王子様のキスでは、ねえ?」

 

 台無し、ヨーグが使う言葉だ。

 それなりの年月、彼女とつきあってきたが、未だにそのヨーグの感性、感覚をハルズが理解できたことはない。正直、うさんくさくも思ってはいたが、しかし、彼女がその感性の下に、多くのイスラリア人を傷つけてきたのは紛れもない事実だった。

 優しさ故に、心折れかけていたクウとは違う、真の破綻者だ。無論、ハルズとしても出来れば関わり合いになりたくはないような相手ではあるが―――

 

「まあ、良い」

 

 それでも、ハルズは納得した。彼女が破綻者で、薄気味が悪くても構わない。

 何故なら―――

 

「裏切らないならどうでも良い、イスラリアを砕くというのなら、構わない」

 

 イスラリアがその結果滅ぶというのなら、どうでもよいのだから。ソレこそがハルズの、邪教徒の唯一無二の信仰だ。ハルズは頬が裂けるような笑みを浮かべて、【方舟】を今度こそ砕くための準備に戻るのだった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「貴方も、なんだけどねえ、ハルズ。とっくに台無し。」

 

 去って行くハルズの背中に、ヨーグはぼそりと囁いた。直接は言わない。言ってしまって怒られても困る。同僚との関係は、健康的に保たねばならない。

 

「楽しそうだねえ、破綻者ども」

「あら、魔王様」

 

 背後から、現在の自分達の雇い主である魔王がやってきた。禍々しい彼の気を見つめて、ヨーグは小さく嘆息する。

 

「貴方は、よくわからないわ。むしろ、どうして壊れてないの?」

「精神の安定を保つコツは、よく寝て、適度に運動し、酒を控えて、朝日を浴びることだぜ?」

「貴方、弔いだってオールで暴飲暴食して、そのまま仲間内でギャンブルしていなかったかしら?あと、ここ、日差しがささない」

「あっれ-?おかしいな?俺はこんなにも健康的なのに……」

 

 ここまで無茶苦茶なことをやっていながら、そしてこれからやろうとしていながら、魔王はその精神を破綻させることは一切無かった。幾多の存在を破壊させてきたヨーグにして、まるで見たことのないような、異端の精神構造をしている。

 普段なら、壊れずにいるイスラリア人を、方舟の奴隷達を哀れむこともあるのだが、この魔王に対しては全くそんな哀れみが起こらなかった。なんなんだろう、この変なヒトは。

 

「今の俺は絶好調だぜえ?お前等のお陰で、この玩具も完成したしな」

 

 そう言って魔王は、ハルズ達の仕事場を睨む。彼の視線の先

 そこには、長い時間をかけてスロウスで建造されてきたモノ―――そこに、邪教徒達の技術が加わった“建造物”が存在していた。それを眺めて、魔王は満足げに、あるいは子供のようにキラキラとした瞳で笑う。

 

「魔力が失われたことで否応なく成長した技術ツリーと、研ぎ澄ました魔術の融合、楽しいねえ」

「私が言うのもなんだけど、貴方って頭おかしいのね?」

「マジで今更だねえ。さ、て、と」

 

 魔王は跳び、そして、その建造物の“頭部”に手で触れて、そして叫んだ。

 

「【終焉人形兵器スロラス・ラグウ】発進!!ハッハッハ-!言ってみたかったんだよなあー!!」

 

 魔王の玩具が雄叫びを上げ、それは起動した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 穿孔王国スロウス

 

 かつて、大罪竜スロウスが大地を腐らせ穿った巨大な穴。その奥底の深淵から響く強大な駆動音。激しい蒸気と共にゆっくりと、その大穴から”ソレ”は姿を現した。

 ヒトの手により生み出された巨大な両腕、獣を思い浮かべる角の伸びた頭部。大地に食らいつくようにして踏みしめる四つの足。

 その異様さと、何よりもあまりの巨大さ。それが人形(ゴーレム)の類いであるなどと誰が想像できるだろうか。しかし間違いなくそれはヒトの手によって編み出された兵器で在り、スロウスの内部で完成した代物に他ならなかった。

 

 だが、都市から都市へ、魔物達の襲撃から身を守るための目的で存在する移動要塞とは根

本的にその使用目的が異なる。腕や肩、胸部に装着された幾つもの砲口。武装、それらは間違いなく、相対する存在を害するために存在する武装に他ならなかった。 

 

 その巨大なる機械の怪物はまっすぐに、プラウディアへと向かい歩みを進めていった。

 

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