かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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陽殺しの儀⑫ 混沌を巻き起こす者

 

 

 

 大罪迷宮プラウディア外周部、北部地区

 

「銀の竜を優先して倒せ!!」

「結界へと干渉してくるぞ!!!なんとしても仕留めろ!!」

「単独で当たるな!!だが決して近付きすぎるな!!同士討ちさせられるぞ!!」

 

 神陽の結界、勇者ディズが施したプラウディアを守護する結界では、様々な戦士達が結集し、その戦いは激しさを増していた。

 

『――――――――――――――――』

 

 白銀の竜の声は、ヒトの耳では聞き取れないほど高く、美しかった。

 細い身体に巨大な翼、爬虫類のような突起のない滑らかな頭部に長い尾、そして何より全身の美しい銀色の身体。一見するとそこに恐ろしさは感じない。身体と同じ銀色の瞳はくりくりとしていてて、愛嬌すら感じるし、空が赤黒く不気味に染まっていなければ、きっとその飛翔する姿に神聖さを見出す者も居たことだろう。

 

 しかし、その銀色の竜達は明確な敵意をもってイスラリアに襲いかかってきた。

 

 その翼は結界に干渉し、都市の内側に潜り込んでくる。

 その美しい声は聞く者を幻惑させ、周囲を敵と誤認させる。

 その滑らかな銀の身体は魔術を弾き、小さな口から放たれる咆吼は容赦なく陣形を崩す。

 

 白銀の竜は、紛れもない脅威としての竜そのものであり、そしてそれが空を覆い尽くすほどの数が飛び回り、イスラリアという大陸を埋め尽くし、そして都市を護る結界を蚕食していた。

 結界が崩されれば、都市を護る壁が無くなる。都市の周囲で蠢く大量の魔物達の侵入を塞ぐ手段は無くなってしまう。そうすれば人類生存圏は終わりを迎える。

 

『―――――――――』

「ちっくしょう!!離れ、ろ!!」

 

 騎士が一人、剣を振るい、結界に虫のようにへばりついた竜を追い払う。

 そう、剣を振れば、竜達はひらりと、すぐさま結界からは 離れていくのだ。そしてまた少し距離を開けて別の結界にへばりつく。そしてそこから結界を”解いて”いく。

 

「宿屋でさあ、小せえ羽虫がプンプン飛んでて叩こうとしたらすぐに離れていくくせに無視すると近付いてくるのあるじゃん、あれ思いだした俺…!!」

「気持ちは分かるが集中しろボケ!!ぶんぶん飛び回ってんのは虫じゃなくて竜だ!」

「天剣の姫さんはまだ来ないのかよ!」

「スッとろい俺等が都市の内側に逃がした竜達を片っ端から叩いてんだよ!こっちの尻拭いまでさせようとすんな!」

 

 叫び、吼え、なんとか士気を保とうとするが、容赦なく竜に魔物達は襲い来る。

 限界まで張り詰めていた糸が切れる。

 戦っていた戦士達がそれを直感した、そのときだった。

 

「【神鳴】」

『――――――――!?』

 

 それは、まさしく雷の如く飛んできた。

 激しい雷光が結界をひしめく白銀の竜達を焼き払った。白銀の鱗は魔術の全てを跳ね返すが、執念深い獣の牙のように、雷は押し返そうとする竜達の鱗を噛み砕き、その果てに竜の皮膚を焼き、肉を焦がしてたたき落としていく。

 冒険者達はこの攻撃の正体を知っている。プラウディアに居る者で、その鮮烈なる雷を瞳に焼き付けていない者はいない。

 

「イカザさんだ!!」

「イカザがきたぞ!!」

「最強の冒険者が来た!!!」

 

 雷を手繰る最強の冒険者、イカザが雷鳴と共に現れた。

 白銀の竜と、冒険者達の間に漂っていた不協和音も何もかも焼き払った。緋色の彼女は結界の上に立ち、振り返る。

 

「冒険者ども!!騎士達に後れを取っている場合ではないぞ!!!」

 

 その激しい叱咤は焦りでたわんでいた冒険者達の空気を再び張り直した。先程まで敵意を竜や仲間達にばらつかせていた彼らの表情は一気に引き締まる。彼らに集団としてのまとまりはない。

 だが、実力と実績の伴った仲間の言葉は、年齢も性別も種族も問わずして、彼らは聞き入れる。そこに差別は無かった。

 

「結界を這い上ってでも竜達を叩き潰せ!!どのような不細工な様を晒そうとも構うな!!銀の竜どもを泥にまみれさせてやれ!!」

「おお!!!」

 

 雄叫びが湧き上がり、再び動き出した冒険者達に、先程のようなダラダラとした動きはなくなった。一糸乱れぬ連係とは言い難いが、それでも確実に、竜達を一匹一匹仕留めに掛かっていた。

 

「よし……」

 

 少なくともこの場が即座に崩れるような事態は避けられた。

 だが、決して油断ならない状況は続いているとイカザは理解している。竜達の戦いが行われているのは此処だけではない。一番危うい状況だったが為に救援に向かったが、どこもかしこもギリギリだ。

 都市の内側は絶対に安全だ。

 そういう信頼がイスラリアの住民達の中にはある。それは、意図して創られた信仰だ。都市の内側に長くはいられない【名無し】ですらも、無意識の中で持っている。都市の外を放浪しても、内側に潜り込むことが出来れば安全だ、と。

 

 しかし、銀竜はその信仰を蚕食する。それが想像以上に戦士達の士気を削っていた。その立て直しにイカザは奔走していた。

 

「これでしばらく保てば良い……が」

 

 嫌な悪寒を、イカザは拭いきれずにいた。

 シズクとの接触は少なかったが、彼女がいかに悪辣であるかはそれまでの接触で彼女は識っている。悪辣で相手の心理を読み解く彼女が、ただただ、竜の権能を活用して力任せとは考えづらい。だとして、次に何を仕掛けてくるか――――

 

「……………なんだ、ありゃ」

 

 それを呟いたのは、冒険者の一人だった。

 彼は、目の前の対処すべき竜達すらも無視して、呆然と視線を結界とは真逆の方角へと向けていた。騎士団達が魔物達を押さえ込もうとしている結界の外側、丁度この位置から見れば北側の方角。もっと正確には、その上の方向だ。

 

 何を見ている?

 

 イカザもそちらを見る。そして彼の視線の先にある者にすぐに気がついた。

 否、気がつかないわけが無い。

 

「…………で、っか……!?」

 

 巨人がいた。

 それもただの巨人ではない。ガタイが十メートル以上はあろう巨人種の魔物はイカザは何体も倒してきている。その類いの魔物はイスラリアという世界においては決して珍しくは無い。

 

 そして、スロウス領の方角から出現した巨人は、その規模の代物では無かった。

 

 赤黒い空に浮かぶ暗雲を切り裂くかのように高く伸びたその頭部が天を切り裂いている。四足の足が地面を貫いて、地面を揺らすようにして動かしているようにみえるが、その度に遠雷が降り注いだような地響きがする。

 

 だが、何よりも異常であり、脅威なのは、それが、遠目でみても明らかな”人工物”であると言うことだ。

 

 人形種の類いであるのは確かだが、そこには明らかなヒトの手の痕跡があった。そこには継ぎ接ぎが在り、工夫があり、欠陥が在り、その上で完成されていた。迷宮がそれを模倣したものとは全く違う。ヒトの叡智と狂気の集合体であることをその場の全員が感じ取った。

 先程までは騒乱に紛れていたが、緩慢な動作に見えて、凄まじい勢いで迫りつつあるその巨人の起こす地響きは、既にハッキリと全員が感じ取れるまでになっていた。間もなくして此処にやってくると、戦場にたつ戦士達は理解し、しかしその脅威に対してどう向き合って良いのか、誰も分からなかった。

 

 

《はろおー、元気かい?プラウディアの住民達よ》

 

 

 そんな、混沌のただ中、山脈の如き巨大な”ナニカ”から発せられたその声は、神経を逆撫でしてくるほどに脳天気で、不愉快だった。

 

《知らねえ奴に自己紹介だ。穿孔王国の王様やってるブラックだ。以後よろしくな?》

「此処で動くのか魔王…!!」

 

 その声の主を察して、イカザは顔を強く顰めた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

《今から俺たちは、この【機神人形】でプラウディアに突っ込む》

 

 暢気なその声から放たれた、無慈悲な宣告はプラウディア領の全ての住民に届いた。

 

《イスラリア全都市の結界を維持する要石、【バベル】を倒す。イスラリアを滅ぼす》

 

 低く、明瞭に響くその言葉を、プラウディアの住民は理解できなかった。

 何も難しいことは言っていないはずなのに、理性が理解を拒んだ。夢心地の中にいるかのようだった。呆然と、その”機神”を見上げて、多くのものが逃げようとすらしなかった。

 だが、しかし

 

《その途中にある全ては踏み潰す。何の躊躇もしない。西通りにある獣人のグーマの親父がやってる酒場も、南の中央に存在する”雫瓶”の総合薬局も、中央で小人のアメリアが必死にかき集めた、イスラリアでは珍しい歴史を綴る博物館も、全部だ。》

 

 具体的に告げられたその名前は、彼らに生々しい現実的な危機感を与えた。 

 それらは、プラウディアの住民達の日常の中にあるものだった。日々の生活で必ず接触する世界だった。毎日景観の中で当然の様に存在し、決して損なわれることがないと確信するものだった。

 それを壊すと、機神は言った。

 

《砲撃もぶっぱなす。ああ、これ、今日のために創った特別製でな。ヨーグってすげえバカが創ったすげえ火力出るバカな代物だ。狙いとかマトモに定まんねえから注意しろよ》

 

 人形の巨大な腕が蠢いた。揺らめいて見えるのは、その腕から凄まじい熱を放ち、空気を歪めている為だ。激しい熱が腕に収束する。禍々しい熱光がその手の平の先に溜め込まれる。遠からず、それが放たれるのだと誰の目にも明らかだった。

 

《ただ、別に俺も虐殺がしたいワケじゃあない。趣味でもねえ。だからアドバイスしよう》

 

 徐々に、プラウディアに混乱と恐怖が伝播していく中で、機神から放たれる魔王の声だけが、変わらず平然としていた。だが、それ故にこそ更に恐怖を煽った。朝の天気を尋ねるように淡々と、自分たちが今居る世界を滅ぼし尽くすと彼は告げているのだから。

 

《頑張って逃げろ。必死こいてここから離れろ。俺たちは逃げるのを待ってやらない。逃げ遅れた奴らは確実に死ぬ。それが未来ある子供だろうが、まだ首の据わってない赤子だろうが区別しない。なんだろうがぐちゃぐちゃのミンチにする。嫌なら逃げろ》

 

 それは決定事項だと彼は告げていた。

 交渉の余地など何処にも存在していなかった。破滅を告げる彼の言葉に破綻の気配は無かった。興奮や混乱の様子もなかった。

 彼は正気のまま、地獄を宣言した。

 

《さあ、殺し合おうかイスラリア》

 

 機神が右手を翳する。

 凝縮された熱光が炸裂し、破壊の力が結界に着弾した。【天陽結界】は自らの役割を果たすべく、それを受け止めるが、全てとはいかない。衝撃で大地は揺れ、建造物が震え、窓硝子が粉砕する。

 銀竜たちの襲撃以上の恐ろしい光景に、プラウディアは混沌に飲まれた。

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