かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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陽殺しの儀⑯

 

 斬った。

 

 ディズはシズクの首を切断した感触を得た。

 骨肉を引き裂いて両断する感覚は幾度となく重ねても慣れない。相手の過去と今と未来を一方的に摘む不快感と、自分の鍛錬の成果に対する達成感がない交ぜにになって、どす黒い感情が渦巻く。その感情に支配されてしまわぬように自らの御するのは一苦労だった。

 

 だが、今のディズにその感情は無かった。あるのはただ―――

 

「―――違うな、コレは」

 

 疑念の確信だった。

 

 彼女はこの程度では殺せない。それは今日に至るまでの戦いの中で十分に理解できている。そもそも彼女は抵抗すらしなかった。最早この戦いにうんざりして身を投げた、なんて事もあり得ない。

 だとすれば―――

 

「“偽物か”」

「―――――」

 

 シズクの首も身体も、次の瞬間にはあっけなく解けて消えた。迷宮で死んだ魔物よりも遙かに呆気なく、まるで最初から存在しなかったかのように消失した。

 

「…………な!?」

 

 同時に、周囲にあれほどまでに蔓延っていた死霊兵、ロックの姿も無くなった。真人達は驚愕に眉を顰め、更に警戒を怠らず周囲を見渡している。また別の何かを仕掛けてくるのだと、用心している。

 

「なる、ほど、ね」

 

 が、勇者は一人、警戒することも無く無造作にそのままツカツカと前へと進み出た。

 

「勇者?!」

「平気だよ。多分もう、シズクはここにいない。けど……」

 

 ゼロ達に応えながらも、そのままディズは周囲を見渡す。自分たちがココにたどり着いた時、入ってきた扉はいつの間にか消えていた。階段も見当たらない。【大悪迷宮フォルスティア】の最深層と思しきこの場所から出口は消えていた。

 

「この場所そのものが、罠か」

 

 自分たちの状況を理解し、ディズは苦々しい表情で確信した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 プラウディア上空。【天陽結界】境界にて。

 

 天空を跳び回り、逃げ惑う人々に狙いを定めるかのように旋回していたい銀竜達が、一斉に動作を変えた。天から落下し、バベルから伸びた無数の腕と、結界に阻まれ留まっている【大悪迷宮フォルスティア】の傍へと、まるで戻るように近づくと、一斉にその翼を広げたのだ。

 

『A―――――』

 

 一糸乱れぬ銀竜達の力によって、迷宮は光に包まれる。それは、最初に巨大なる銀竜に吞まれた際に生じた変化とはまた違った。巨大な銀色の光は、そのまま迷宮をすっぽりと覆い尽くし、球体への変化させる。

 虫の繭のように、卵のようにも見えた。いかしそれをより正確に評するなら―――

 

「―――なるほど、“牢獄”と言う訳か。嫌らしいなあ?」

 

 それを地上から観察するグレーレは笑う。

 

「カハハ!特攻兵器兼、罠?効率の権化だなあ?!」

 

 【勇者】らが、迷宮へと向かい、その後を見計らうようにして起こった変化の意味をグレーレは即座に読み取った。【陽喰らい】をなぞることで最大戦力を誘い込み、内側に取り込んだ時点で閉じ込める。そのまま迷宮ごと敵を破壊する。まさに効率極まれりだ。

 邪神が覚醒し、魔力の運搬通路としての役割を迷宮が失った。だからこそ出来る一発限りの力業とも言えるが、その手札を即座に、一切の躊躇無く使う辺りに邪神となった少女の性格というのが見えた。

 グレーレはよく知らなかったが、どうやらシズクという少女は本当に“良い性格”をしているらしい。

 

「とはいえ、感心ばかりもしていられんなあ?」

 

 見ている間に、元は【大悪迷宮フォスティア】だった球体は、明滅を繰り返し始めている。実にわかりやすい反応だ。自身の迷宮を維持するためのエネルギーと、イスラリア中から集まってくる負の信仰の全てを集め、自爆するつもりなのだ。

 落下は防がれても、その爆発のエネルギーで結界を貫いて、【真なるバベル】を砕くつもりか。なんにせよ、放置は出来ない。

 

「さて、どうする、ユーリ」

 

 故に、グレーレは空を見上げ。

 無数の星天の剣を周囲に展開し、戦いはじめ、早々に数百の銀竜と魔物達を切り伏せたユーリは、グレーレの言葉に一瞥すら向けず、ただ、空の銀の卵を睨み付けた。

 

「まるごと斬ります」

「我らが神ごとか?」

「これで死ぬような神など必要ありません」

 

 最強の七天は情け容赦なく言い切り、その後ため息をついた。

 

「コレで死ぬほど、アレは軟弱でもありません」

「道理だ。根性だけなら七天最強だったからなあ?カハハ」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 【大悪迷宮フォルスティア】最深層。

 

「まあ、彼女が何もせず待ち構えてるって時点で嫌な予感はしたんだけどねー」

「落ち着いてる場合ですか!?」

 

 ディズの実にのんびりとした口調に、ゼロは悲鳴のような声を上げる。真人達は出口を探すべく魔術を走らせ、転移術なども試みているが上手くはいかない。

 当然と言えば当然だ。どれだけ歪な使い方をされようともココは“迷宮”。空間が外と直接地続きでつながっているわけではない。その性質そのものも利用した罠だったのだ。

 

 勿論、ディズもこうした罠の可能性は考慮していた。だからこそ、ユーリには神剣の権能はほぼ全て譲渡した訳なのだが。

 

「必要とあらば、まるごと斬ってもらえるしね」

「ですが、私たち死にます!」

「だよね。私もそれは嫌だから―――【ガルーダ!!!】」

 

 ディズはそのまま、自分たちと共に迷宮へと侵入を果たした移動要塞ガルーダに呼びかける。その身体の大きさ故に、前の階層で待機している筈のガルーダに、自分の声が届くかは賭けだった。

 この場所と空間が断絶していたならば、音なんて届くはずが無かった。だが―――

 

《―――――!!!》

 

 聞こえた。

 その声の方角へとディズは近づき、何も無い壁へと手を触れた。

 

「ここかな」

 

 ―――ディズ、やる?

 

 自身の内側に在るアカネの言葉に、ディズは頷いた。

 

「うん。お願いね」

 

 そう言って、目を閉じる。次の瞬間、彼女の手を緋色の液体が覆う。ディズは―――アカネはそのまま自らの力を唱えた。

 

「《【ほろびよ】》」

 

 次の瞬間、迷宮の壁は崩壊する。

 その先には、虚空の闇は広がってはいなかった。先ほどディズ達が巨大なる蛾者髑髏達と戦い続けたあの広い空間が再び姿を見せ、そこで待機していたガルーダが顔を覗かせた。

 

《―――――》

 

 機械の怪鳥、その表情は当然、見た目には分からないが、どこか心配そうに、その大きな頭をそっとこちらにこすりつけてきたのは、気のせいではないだろう。ディズはガルーダの頭を撫でると、背後に控える真人達に呼びかけた。

 

「乗り込んで!急ぐよ!」

 

 ガルーダの内側に乗り込む真人達の様子を確認し、ディズは最後にシズクがいた場所を見つめ、眼を細める。

 

「―――互い、偽物同士で和平の話し合いか」

「勇者!急いで」

 

 ゼロの言葉に、ディズは視線を戻した。もうその表情に迷いもなにも残ってはいなかった。

 

「出して」

 

 間もなく、主達を収めた機械の鳥は再び羽ばたき、迷宮の内部を羽ばたいた。

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