かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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陽殺しの儀㉒ 果てへと誘う者

 

 決戦人形兵器スロウスの操作は複雑だ。

 方舟イスラリアの内部で培われ続けた魔導技術、そこに加えて外の世界で重ねられ続けた科学技術の結晶。1000年前に分岐した二つの技術のキメラだった。

 

「は、はははは」

 

 それを操るハルズは万能感に満ち満ちていた。この複雑怪奇な巨大人形を自在に操る無茶を、彼は自らの神経を、魂を、この人形につなげる事で成し遂げていた。

 言うまでもなくそれは無茶だ。自分の命を削るに等しい蛮行と言える。だが、彼は何一つとしてためらわずにそれをした。彼にとって、イスラリアという怨敵を滅ぼせるならば自分の身がどうなろうとかまいはしなかった。

 延命手術を自らに施して“世界”からやってきた彼は、長い年月の果てにその精神を変質させた。同僚であったクウが限界の瀬戸際に踏みとどまっていたのに対して、彼は憎悪と怨嗟の虜と化していた。

 

「ハハハハハハハハ!!!!」

 

 超巨大人形を自らの肉体の様に操る感覚に彼は歓喜している。自身の足で、その身体で、忌々しいプラウディアを蹂躙する感覚に彼は狂った。このためだけに生きてきたのだと錯覚するほどだ。

 

 だが、不意に人形の動きが僅かに鈍くなる。

 ハルズは自分の腕に、何か固いものが引っかかったような感覚に眉をひそめた。

 

「なんだ……?」

 

 人形が頭部を動かす。人工の魔眼が輝き、視界に映し出す。崩壊しつつあるプラウディアの建物の上のに、魔術師達が複数人、此方に向かって魔術を放ち、こちらの腕を拘束しようと試みているのが映った。

 

「ああ、騎士団のグレッグだな。仲間の術者集めて、拘束試みてんのか」

「くだらん!」

 

 魔王ブラックからの詳細な説明を鼻で笑い、ハルズは人形兵器の腕から砲口を開く。スロウスからすれば指先ほどの大きさの、しかしヒトから見れば極大の大砲が眼下の小さな魔術師達を睨み付ける。

 

「砕け散れ!」

 

 魔術師達が逃げるヒマも与えず、ハルズは砲撃を開始しようとした。が、

 

「なん!?」

 

 次の瞬間、人形兵器スロウスの肉体ががくりと揺れ、狙いが逸れる。ヨーグがいじり回した装甲によって、スロウスに物理的な攻撃は効かない。直接的な衝撃ではなかった。見ればスロウスの足下が極端に陥没している。

 これだけの質量。当然、プラウディアの地下空間も踏み抜くのは当然ではあるが、その沈み込みは尋常ではなかった。都市部の舗装された地面が、いつの間にか沈み込む、沼のようになり果てていた。

 

「神官セレナか、こんだけ竜気溢れても精霊の加護使えるのか、やるね」

 

 魔王が再び感心したように解説を続ける。その間にもちょろちょろと、至る所から戦士が現れては、此方に嫌がらせのような攻撃を繰り返してくる。此方の性質を理解し、有効なダメージが与えられないと理解した上でで、時間稼ぎを繰り返す。

 無論、スロウスにとってそれは細事だ。

 たいしたことは無い。ハッキリ言って、どうとでもなる。二つの世界の技術の融合、機神の性能は伊達ではない。長期運用は考えられていないが、少なくとも役割を果たすまではこの程度の嫌がらせでどうこうなるほどやわではない。

 

「―――大罪人どもが」

 

 だがハルズには、彼らの、イスラリア人達の抵抗が不愉快だった。

 彼らは在任だ。世界を犯した邪悪どもだ。誰一人として正しい者などいやしない。

 だというのに、何を必死に協力して対抗しようなどと試みてくるのだ? 

 大罪の根源どもが。

 

「手伝ってやろうか?」

「黙れ」

 

 魔王の言葉を、ハルズは無視する。邪魔などはさせない。させてたまるか。

 

「コレは俺の憎悪だ。俺の、我々の、世界の」

 

 元より破綻していた彼の精神状態は、機神を操り始めてから更に加速していた。強靱な集中力を維持するための自らへの薬物の投与が、彼を暴走させる。本来の目的も見失いそうになりながら、彼は周囲の有象無象を、イスラリア人達を殺すために動いた。

 

「全員、死にくされ」

 

 全ての砲塔が稼働し、蠢く。小賢しい手口ではどうにもならない破滅をもたらすために。避難所(シェルター)の無力な一般人達もろともに殺し尽くすために、彼は力を放った。

 

 が、しかし

 

「【神祈創造・天使】」

 

 しかし、次の瞬間、放たれた砲撃の全てに金色の精霊が飛び回った。鳥の翼を持った奇妙なるヒトガタは飛び交い、人形兵器の周囲に結界を張り巡らせ、ハルズが蹴散らそうとしたイスラリア人たちを守り抜く。

 

 そして、それだけでなく、人形の周囲に出現したそれら以外にも、無数の精霊達が空を飛び立つ。結界が損なわれ、自在に侵入を果たそうとする銀竜達を相手に、彼らは突撃を開始した。

 言うまでも無く、これだけの力を振るえるのは一人しかいない。

 

「邪魔をするな勇者ぁ!」

 

 太陽神の化身、勇者を前にハルズは血反吐を吐くような声で叫んだ。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 移動要塞ガルーダ上部。

 

「ふ、ぅ…………地獄だな」

 

 自らの掌から無数の【天使】を創り出したディズだったが、その表情は苦々しい。状況の悪化を懸念して、というだけで無く、実際今の彼女は顔色が悪かった。身体に傷を負った訳ではないが、冷や汗を浮かべている。

 

「苦しそうですね」

 

 その隣でユーリが淡々と確認する。ディズは苦笑いを浮かべた。

 

「これ、使うの大変だからね……シズクはよく銀竜扱えるなあ」

「信仰の揺らぎは?」

「うん、そっちも結構キツい。【天魔】の魔力があるから大丈夫かなって思ったけど……ゼウラディアはやっぱり、イスラリア人の承認無しには力が完璧に振るえないみたいだ」

 

 バベルが乗っ取られた。イスラリアという方舟において最大級の信仰の依り代が禍々しい竜に支配された。その事実はイスラリア中に動揺を与えている。現実的な問題として、各地の【太陽の結界】も崩れてしまっていることだろう。

 歴代の王達が必至に維持してきた物が、壊れた。王からそれを授かった身としては本当に忸怩たる思いで、情けない。

 

「……でも」

 

 そう、それでも。と、ディズは顔を上げる。先に機神に抵抗した者達も、天使に助けられた後更に動いている。少しでも被害を減らそうと、彼らは懸命だ。ガルーダを操る真人達も必至に空を駆けて、出現した七竜達を牽制し、結界から内側に入ってくる銀竜達を打ち落とそうと抗っている。

 他にも、多くの者達がまだ戦っている。

 バベルという象徴を奪われて尚、彼らは下を向いてはいない。

 

 だからディズもまだ、神としての形をとどめる事が出来ている。

 

「皆、まだ諦めていない」

 

 ならば、やるべき事をやる。ディズは星剣を抜いた。

 

「方針は?」

 

 そのディズの方針に、ユーリは当然というように尋ねてきた。ディズは少し嬉しくなったのを隠すように頷く。

 

「バベルは取り戻さなければならない。スーア様も、グロンゾンもいる。何よりシズクがあそこにいるならなんとかしないと」

 

 流石に、あのバベルにいるシズクまで偽物であるとは思えない。今度こそ彼女と決着をつけなければならないだろう。ただ、その前に―――

 

「隙見てやらかしかねない魔王はちょっとぶん殴っておく」

 

 あの危険物を放置する事は出来ない。

 

「【神賢・太陽神降臨】【神祈・五轟】」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「っがあ!?」

 

 ハルズは全身を貫くような衝撃を受ける。

 本来であればありえない、拡張された感覚を一個人の身で操る無茶を通そうとしている。そこにたたき込まれる衝撃は耐えがたいものだった。

 

「ぐ、うううううううううううううううおおおおおおおお!!」

 

 しかし、ハルズは意識を途切れさせることは無かった。

 方舟イスラリアに対する果てない増悪が彼を突き動かしていた。最早、かつて外にいた時の記憶すらも遠い中、彼の内側には憎悪だけが残った。【涙】をばらまく邪悪を殺し尽くすという果ての無い憎悪が、彼の意識を保たせた。

 

「【神賢・太陽神降臨】【神祈・五轟】」

 

 まして、その方舟を守ろうとする守護者を相手に、意識を失っている暇などない。

 

「死ね゛ぇ!!邪神めが!!!」

 

 星天の輝きを放つ勇者を前に、ハルズは叫んだ。

 機神が動く。銃口が跳ね上がり、光熱を放つ。そのどれもが終局魔術(サード)規模だ。熱光が幾重に交差し、まるで網のようになりながら小さな勇者を引き裂き粉みじんにしようとする。

 

「【五轟・破界】」

 

 それを勇者は正面から砕く。空間がひび割れるような音と共に、本来であればあり得ない挙動と共に熱光が弾け、勇者を避ける。物理的な現象を無視した異常。は

 

「があああ!?」

 

 再び爆ぜ、ハルズは吐血する。衝撃が加わるごとに、彼の肉体は致命的なダメージを負う。

 

「大罪人ん……!!この、出来損ないがぁ!!!」

 

 勇者ディズ、彼女のことは知っている。

 殆ど統率の取れない邪教徒達を管理……というよりも監視する立場にあったハルズは彼女のことも把握していた。“混じり”として売られた彼女は邪教徒の下にたどり着いた。そこで実験台として使われた。

 聖女を生み出すための実験、“世界”でそれをするのが難しいのならば、方舟の中にてそれを創り出そうという試み。最終的に先代の【勇者】によって破壊されてしまった計画――――の実験材料。

 彼女は被検体ですらない。

 ただ、希有な事象のイスラリア人であったが為のサンプルでしかなかった。

 

 それが、そんな存在が―――

 

「我らが裁きの、邪魔をするなぁあ!!!!」

 

 機神が腹部の巨大砲口を開く。狙う先は勇者、ではない。勇者の人格は知っている。弱者救済を願う偽善者だ。ならばこの砲撃を町中に放つ暴挙を、奴は見過ごすことは出来まい。

 

 大罪人どもを守って死ね。

 

 あらん限りの呪いと共に、眼下の街並み全てを火の海にすべく、彼は力を解き放った。

 

「―――――」

 

 想像通り、勇者は前に出た。馬鹿正直に射線の前に立った。

 

 やはり、愚か者だ。ハルズは狂笑した。

 

 全てを防ぐために命を削るなら勝手にすれば良い。それができなければ、自分の不始末で大勢が死ぬ光景に絶望しろ。その有様を見て、さらなる信仰を損なうが良い。

 

 どれだけ足掻こうと、どれだけ気勢を上げようとも、現実としてバベルはもう墜ちた。

 

「お前達は、もう負けたのだ!!!」

「いいや、まだだよ」

 

 憎悪の叫びは、しかし、酷く簡潔に少女に否定された。

 

「《【緋色の終わりよ】》」

 

 後ほんの数瞬で放たれる熱光を前に、勇者の姿が変わる。

 星天の輝きでもない。勇者自身の金色の輝きとも違う緋色の光が彼女を包む。それが彼女自身の握る星剣を覆い、彼女自身を守るように包む。美しくも、どこか恐ろしい緋色の力を抱きしめて、彼女はまっすぐに剣を払う。

 

「【緋終・魔断】」

 

 放たれた熱光は断ち切られる。

 のみならず、断たれた先からその力を崩壊させていく。光は砕け、崩れ、勇者を包む緋色の破片となって宙を舞い、そこから更に砕けて風の中に散る。

 

「ふざ……?!」

 

 あまりにも理不尽な現象にハルズが絶句する中、機神の疑似魔眼は正面に輝く姿を捕らえる。勇者が眼前に迫る、機神の顔面に向かって、【神の御手】を振りかぶった。

 

「【神罰覿面】」

 

 一撃が機神の頭を、そしてハルズの頭を激しく叩きのめした。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「っがあああ!?」

 

 血しぶきをあげながら、ハルズが操縦席で血反吐を吐く。激しく肉体が痙攣を起こす。傍目にも、もう命が限界なのだろうというのはすぐに分かった。遠からず、絶命するのは明らかだ。

 だが、魔王の視線はハルズではなく、前方のモニターへと向けられる。

 

「やっぱ俺が()()()()分は妹が代役してるわけだ。おもしれーことになったな」

 

 緋色の輝きを放つ勇者に対して、魔王は楽しそうに笑みを深めた。その隣でヨーグも感嘆とした声を上げながら、自分の首筋を指でなぞった。

 

「やっぱり、勇者はつよいわねぇ」

「神の加護なしに最前線で戦い続けた怪物だからなあ。舐めたら勝てねえよっと」

 

 そのまま魔王は歩みを進める。機神スロウスを操るハルズの肩を掴むと、肉体に食い込むほどの力を指に込める。

 

「っっが!?ま、おう……!?」

「ここで死んでる場合じゃあないぜ?ハルズ。祭りは始まったばかりなんだから、さ」

 

 魔王の声音は優しげであったが、一方で彼は真性の邪悪でもあった。暗黒の底で渦巻く混沌の中で尚、平然としている彼の声に、朦朧としていたハルズの意識は恐怖を覚えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。頑張れや」

 

 その恐怖は正しい。だが、既に彼に逃れる術は無かった。

 

「【其は呪いを喰らい、豊穣を結ぶ雨雫】」

「あ―――――」

 

 次の瞬間、ハルズの肉体は溶けていく。

 その現象を、大罪都市国グラドルにいた者達ならば知っているだろう。神官達や従者達の粘魔化現象とそれは似ていた。だが、正しくはそれとは違う。邪教徒ヨーグが引き起こしたのは大罪竜グラドルの竜化現象の再現であり、劣化だ。

 魔王の起こしたそれは紛れもない源流(オリジナル)。同僚が憐れにも形その物を失った姿を見たヨーグは、それでも尚楽しそうに嗤った。

 

「かつての惑星改善計画の要、土壌改善を担う機能の断片が悪党の手に落ちるなんて、悲しいことねえ?」

「おいおい、俺の何処が悪党だよ。お前の仲間の命を救おうっていうのに」

 

 とうとう完全に台無しになってしまった同僚の姿に微笑みを浮かべながら魔王に囁くと、魔王は真面目くさった表情で肩を竦める。

 

「ひっどい皮肉―――」

 

 それを性質の悪い皮肉だとヨーグは眼を細めようとしたが、次の瞬間彼女は固まった。

 

「アイツもまあ数百年だか頑張ってきたわけなのに、こんなところで死ぬなんてあんまりだろ?」

「―――――」

 

 魔王の表情は変わらない。

 溶けて消えてしまったハルズのいるほうを見つめて、慈悲深く語りかける。

 

「名無しも都市民も神官も、竜も魔物も精霊も神も、七天も邪教徒も勇者もなにもかも、皆で世界の果てを見にいこうぜ?」

 

 困ったことに、どうやら彼は本気でハルズの命を助けているつもりらしい。

 

 ヨーグは自分が既に“台無し”である自覚はある。自分は破綻している。そしてそれは救いだと思っている。

 元々ヨーグは優しくて、優しすぎたから壊れた。

 この世界はあまりにもロクデナシが過ぎた。どう足掻いても、皆を救う事ができない。なら、壊れていたほうがずっとマシだ。偽りの太陽神の庇護から離れて、壊れてしまうほうがきっと救いがあると彼女は自分の思想を信仰していた。

 だがこの男は壊れてない。台無しになっていない。思考回路は真っ当で、合理的で順序だった思考と、情を持ち合わせている。

 

 その上で、こんな事をしているし、それを間違ってると思っていない。

 

「フ、ウフフ、ウフフフフフフフフフフフフ!!」

 

 それを理解して、ヨーグは更に嗤う。どうやら自分もハルズも手に負えない生物と手を組んでしまったらしい。だとすれば、この先に待ち受けているのは間違いなく破滅だ。どうしようもないくらいの壊滅的な破綻が待っている。

 迫る自身の破滅に、ヨーグは嗤った。

 

「ええ、そうね、そうね!頑張りましょう!ハルズ!」

「そーそー!景気良く行こうぜえ?1000年戦争が終わろうってんだからなあ!!」

 

 魔王とヨーグの嗤い声に連動するように、機神は激しく揺れ、更に変貌を遂げていく。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

〈目的地まで残り五分〉

「ついた………よか、よかった……うええ……」

「泣いてるなあ、こっからが本番なのに」

「……やるんだな」

「やる」

「……大丈夫じゃないんだろうなあ」

「大丈夫じゃ無いぞ。いつも通りだ」

「いやないつもどおりだあ……」

 

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