かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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カナンの砦攻略戦④

 

 

 カナンの砦に二度目の轟音が響いたのは、侵入者たちが“奴隷部屋”に入ってすぐの事だった。落雷の様な轟音、地面が揺れるような震動、それは敵が侵入してきた時と全く同じであるとガダは気づいた。

 

 侵入の時と同じ、で、あればそれは逆もありうるという事だ。

 

「ッチ……おいてめえら!急げ!!」

 

 クズたちの尻を蹴り飛ばしながら、ガダは人質の部屋に迫る。とうに朽ちかけた扉の穴から物の焼けた匂いと煙が漏れている。

 

「……何しやがった?」

 

 警戒が強くなる。少数の侵入者、偶然迷い込んだのでもなければ、此処に盗賊がいるとわかって攻めてきたはずだ。装備をみても、何かしら手だてをもって此処に来たのは間違いない。

 

「おい、骨共!!」

 

 同行させていた死霊兵たちを前に突き出す。むざむざとどうなっているかもわからない場所に自分が突っ込む理由はない。死霊術師の事は気に食わないが、それはそれとして利用できるものは利用させてもらおう。

 

『KAKAKAKAKA!!』

 

 骨たちがカタカタカタと頭を不気味に揺らす。気色が悪いとガダは顔を歪めた。

 死霊術師に与えられた死霊兵たち。自分たちの言う事を愚直に実行する不気味なこの兵隊たちの材料は、魔物や獣、そして“人間の死体”からも作られる。自分らが襲った“獲物たち”の死体、のみならず、自分たち“盗賊団の死体”をも利用されてこの兵隊たちは作られているのだ。

 もし自分が死んだら、あの死霊術師は自分もこの骨と同じにするのだろう。それがおぞましかった。

 

「おい、行け!中の連中を皆殺しにしろ!!」

「って、ボス!奴隷たちは…」

「黙ってろ!」

 

 未練がましいクズを殴りながら、死霊兵をけしかける。骨たちはカタカタカタと足を進め、ボロの扉を押し開く。そのまま口蓋を大きく開き、中の人間の肉を食いちぎろうとして、

 

『KA――――』

 

 そのまま、真っ直ぐ“下に”落ちてった。

 

「なに?」

 

 後に続く死霊兵も次々に下に落ちていく。勿論、この奴隷部屋に地下へと続く階段などなかったはずだ。開け放たれた扉から、死霊兵が落ちていった“下”を覗き見る、と、

 

「……穴ァ?」

 

 小部屋の床の半分ほどを穿った巨大な穴が開いていた。まるで巨大な魔術が穿ったような跡であり、崩れた瓦礫の跡が焼け焦げていた。そしてその穴は、単なる穴ではない。それは地下に続いていた。この砦の、この山全体に広がった地下の迷宮だ。

 

「ボス!奴隷どももあのガキどももいませんぜ!!」

「っつーことはだ……」

 

 ガダも、盗賊たちも、死霊兵たちも、穴の下をのぞき込む。何処にもいないというのなら、向かう先はこの迷宮しかない。侵入してきたときと同じように、だ。

 ガダ達にとって迷宮は盲点だった、というよりもこの彼らのアジトの塞ぎようのない欠点だった。元より都市の外の廃墟を使っているのだ。このような穴の一つや二つあって当然だった。

 

 だが、これでまんまと逃げられるかと言えばそうではない。

 

「はっ!バカが。あの奴隷どもと一緒に逃げられるわきゃねえだろ?」

 

 ガダは嗤う。奴隷たち、彼らが弄んだ人質たちの状態は彼らが一番よく知っている。まともな食事も水も与えずにいた連中だ。だが肉体は元より、彼らの心をガダたちはへし折った。嬲り、罵り、口答えすれば容赦なく暴力を振るった。心身ボロボロになった連中だ。

 奴らを全員引き連れて、逃亡?大樹の魔物が蔓延る迷宮の中を?出来るわけがない!!

 

「追え!!あの奴隷どもは騎士団相手の盾だ!絶対逃がすな!!」

 

 ガダは部下と、そして死霊兵たちに指示をだす。暗い穴の迷宮に骨と盗賊たちがぞろぞろとなだれ込んでいく光景は悪夢じみていた。ガダは一人、敵を追いつめた安堵と、ただでさえ騎士団を待ち構えねばならない状態で振り回してくれたネズミどもをどういたぶってくれようかという嗜虐心に心を躍らせ、笑った。

 

 そして、

 

「楽しそうだな」

「あ?」

 

 背後からの一言、それに反応する間もなく顔面に強烈な衝撃が叩き込まれ、そして何かが砕け散る音を耳にしたまま、ガダの視界と意識はその身体ごと、穴の中の闇に落ちた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……あのガキどもどこへ行った?」

 

 死霊骨たちと共に下に降りていった盗賊の下っ端達は、探索をするまでもなく、自分らが下りた場所が、迷宮の通路ではなく、小部屋であったとすぐに気が付いた。出口は一か所だ。

 

「なにもたもたしてんだ!はやくしねえと逃げられるぞ!!」

 

 一人が声を荒らげ、出口へと駆ける。他の仲間らも後に続く。続こうとした。が、

 

「お、おいちょっと待」

 

 先頭を行く仲間を止めようとして、間に合わなかった。

 

「あ?」

 

 次の瞬間、天井から伸びてきた“木の根”が彼の頭へと伸び、ヘビのように巻き付いた。

 

「ガッ!?」

 

 悪霊樹、この迷宮に巣くう魔物。その木枝を手先のように伸ばし人を襲う魔物。

 死霊術師が来るよりも前は彼らも苦しめられ、しかし死霊術師が来てからは随分とご無沙汰になり、そしてすっかりその脅威を忘れていた彼らは、今再びその恐ろしさを思い出させることになる。

 

『SIIIIIIIIIIIIIIIIIIII…』

「ガ!があああ!!!やめろ!はな!!」

 

 悲鳴と絶叫、そして幾度かの何かがへし折れる音。そしてプツンと悲鳴は途切れた。血と、引きちぎれた肉塊が地面に落ち、そしてそれを悪霊樹の根がすすった。そして、残った木の根が他の獲物を探すようにずるりとうごめき、

 

「ま、ずいぞ逃げろ!!早く!!」

「骨共!!木をつぶせ!!うお、うわあああ?!」

 

 悲鳴と絶叫が迷宮内で連鎖する。侵入者を追いたてるつもりだった彼らは、自分たちがこの都市の外において弱者であることを思い出した。

 

『クカカカカ!!ゴガ!』

「くそ!骨どものストックがなくなる前に早くアジトに!!」

 

 来た穴から元のアジトに戻る、つもりだった。が、戻るのは中々難しいと彼らは気づく。降りるときは勢いで飛び降りたが、この穴は梯子や階段もない、強引に破壊されて作られた穴なのだ。そんな便利なものあるわけがない。

 

 それでも、魔物を少なからず殺し強化された盗賊たちの身体なら乗り越えられるはずだった。だが、

 

「……なんだ?」

 

 取って返すように穴の下まで戻ってきた盗賊たちは、先ほどまで何もなかったその場所に“何か”が転がり落ちてくるのに気がついた。手足を力なく揺らし、首をぐらんぐらんと揺らしながらぼとん、と、彼らの足元に落ちてきた、それは

 

「……ボ、ス?」

 

 彼らの、ボスの死体であった。

 そして、それだけではない。

 

「ギャッ!?」

「なんだ!?何か降ってきてるグガ?!」

 

 穴の上から、次から次にモノが降ってくる。否、降ってくる、などという生易しいものではない。明確な殺意と共に巨大な石の塊が、盗賊たちの頭を直撃していった。頭から血を噴き出すならまだしも、首に頭をうずめてそのまま死ぬものまでいる始末だ。

 

 この攻撃の仕方は当然彼らも覚えがあった。つまり、

 

「あのガキども!上だ!上にいやがる!隠れていやがったんだ!!」

 

 穴をあけ、そちらに逃げた。ように見せかけてその実は、隠れ、盗賊たちが穴の中に落ちていく様子を眺めていたのだ。そして全員が降りきった時点で攻撃を開始した。

 

 自分たちを、一網打尽にするために。

 

「クソ!まっずいぞ!!急げ!早く登れ!!」

「うるせえな!てめえが先に行けよ!」

 

 指揮を執っていたリーダーが死に、追い詰められた状況で彼らは途端に混乱を起こしていた。尤も、混乱していなかったとしても、背後から迫る悪霊樹の根と、上から容赦ない速度で落とされる巨大な岩を防ぐ手段は彼らにはなかった。

 

 だが、それでも、数に任せ、死霊兵を盾にすれば、何人かは登る事が出来た。投石さえ止めることができれば後続も続くことができる、筈だった。が、

 

「ああああああああああああああ!!!!」

 

 悲鳴のような咆哮と共に、何とか顔を出した盗賊の一人の頭に棍棒が振り下ろされる。鈍い打撲音が狭い穴の中で響いた。

 

「ギャァ!!」

 

 激痛に頭を反射で押さえ、同時に穴の淵にかけていた手を放して再び彼は落下する。何が起きたか、すぐ近くで投石を防いでいた彼の仲間は目撃した。

 

「あの人の…!仇…!!」

 

 ボロボロの姿をした女、人質として、奴隷として彼らが嬲った島喰亀の乗客。その女が棍棒を握りしめ、血走った眼球をぎょろりとさせて、穴をはいずっている自分たちを見下ろしている。

 

 そして気づく、1人ではない。

 

 魔灯の光を反射する瞳がいくつも、穴を囲うようにして此方をのぞき込んでいる。憎悪に満ち満ちた目が、盗賊たちを射殺さんばかりに睨みつけている。

 

「……なん」

 

 気づく。それらはすべて人質たちだ。彼らが攫い、嬲り、暴力を振るい続けた奴隷たちだった。瞳から光を失っていたはずの彼らが、ギラギラと、怒りと憎悪に眼を輝かせ、歯をむき出しにして此方を睨みつけ、各々がそこらに転がっていた木片や小石、武器とすら言えないようなものを握りしめていた。

 一人一人は盗賊たちの身体能力には及ばない。所詮は都市の中でぬくぬくとしていた連中でしかないのだ。が、地の利を奪われ、この数で隙間なく囲まれたこの状況下は決してたやすくはない。

 だが何より、目に映りそうなまでに注がれる敵意と憎悪は、盗賊たちをひるませた。何故、心をへし折り切ったはずの連中が、敵意満々に、しかも恐れず此方に殴り掛かってくるのか、不可解でもあった。

 

「皆様」

 

 そして、その憎悪と敵意の中心で、女の声が響いた。

 

「どうか無理をなさらないで。傷が痛む方はすぐにおっしゃってください」

 

 声を放っていた女は、すぐにわかった。人質たちの中心で、恐ろしく容姿の整った銀髪の女が、やけに頭に響く“声”で話している。優しく大きな手のひらで包まれるような安堵感が心を支配する。 

 

「身体の痛みは、傷は、私が必ず癒しましょう。皆様を苦しみから救いましょう」

 

 だが、その慈悲は決して、盗賊たちに向けられているものではない。

 

 彼女の声が響くたび、奴隷だった者たちの目の光が強くなる。憎悪が、敵意が、激しさを増していく。自分たちよりもずっと弱いはずの者たちの殺意に、盗賊たちは後ずさった。

 

「ですが―――心の傷は、皆様自身にしか癒せません。理不尽に奪われた人々の無念は、皆様自身にしか晴らせません。私には助けとなる事しかできません」

 

 故に、

 

「報復を 然るべき者に 応報を」

 

 武器を握りしめる音がする。砕けた瓦礫を握りしめ、振りかぶる姿が見える。そして盗賊たちの背後からは悪霊樹の根がずるりずるりと近寄り、這い寄ってきていた。

 そして、ようやく気づく。自分たちは詰んでいると。

 

 怒号と悲鳴、幾度もの打撲音、刺突音、砕ける音、不快音の合唱が奴隷部屋に木霊した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ウル達の作戦は実にシンプルだった。

 

 竜牙槍で地下の迷宮への通路をつくる。しかし迷宮には降りず、部屋の奥で【不可視の結界】をシズクが張り、狭い部屋の片隅で人質たちと共に息をひそめる。盗賊たちが、ウル達が下に逃げた、と勘違いし迷宮に降りたタイミングで逆襲を行う。

 以上。

 

 単純だが、短い時間で手際よく実行できたのは事前に「人質を敵に利用された場合」をディズと共に話し合っていたからだ。直接人質を取られた場合、あるいは人質を首尾よく発見できた後、どのようにして人質を逃がすか、あるいは守りながら盗賊たちと戦うか、あらゆるパターンを考えていたからこそ動くことができたのだった。

 

 が、しかし、立てられた作戦はそこまでであった。

 

「……彼女は、扇動者か何かなのかの?」

「まあ、そのようなものらしい……恐らく」

 

 ウルは武器を構えながら、人質だった男の問いに曖昧に答える。

 眼前で起きている光景はひどいものである。人質として捕まっていた女たちが、手あたり次第に階下の盗賊たちにものを投げつけ、近づけば棍棒で殴りつける。全員でいっぺんには登ってこれない盗賊相手に数にものを言わせての殴殺だ。

 

 何故こうなったかと言えば、シズクの仕業であった。

 

 結界で隠れている間、もしも気づかれた場合即座に奇襲をかけるためウルはずっと盗賊たちに集中していた。そしてシズクは結界を張りながらも、魔術の代わりに回復薬を使用し、献身的に人質たちの治療を行い続けた。怪我を癒し、適切に応急手当を行い、そして献身的に優しく、人質たちを励まし続けた。

 

 そしてこうなった。どんな励まし方をしたのだ彼女は。

 

「魂に響く、とでもいうべきなのか、彼女の言葉を聞いてる者たちは見る見るうちに気力を取り戻していった。人質を暴徒に変えるとは怖い女だの」

 

 盗賊たちに痛めつけられたのか、腕をさする男は興味深そうにシズクを見る。シズクはいまだ、幾人かの人質たちに声をかけ、時にけがの治療を行い、そして優しく微笑みかけている。立ち居振る舞いはまさに聖女のそれだった。

 が、立ち直らせた人質たちを戦力として利用しているのは果たしてどうなのか。

 

「……まあ、元気になったのなら良い事だ」

 

 深くは考えまい。とウルは思った。

 自分たちだけでは十人以上はいる人質達全員を守り切れるか微妙な所だったのは間違いなかった。ある程度自分たちで動けるようになってくれるのはありがたい。盗賊達だけではなく死霊兵達もいるのだから。

 

「ひとまずこっからは人質を守りつつ維持、か……だが」

 

 盗賊と死霊兵たちを蹴散らし、陽動は完了した。人質も確保した。恐ろしく順調だ。ただし、ウル達にとって本命であるローズはこの人質部屋にはいなかった。そしていまだ死霊兵が健在であるという事は、それを操る死霊術師も健在であるという事だ。

 ならば、恐らくは死霊術師の所にローズもいる。

 

 ディズ、アカネ、頼むぞ

 

 ウルは声に出さず別行動中の2人の無事を祈った。

 




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