かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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少女たちを救うための方法②

 

〈検索実行:「二神の対処法」、「惑星の再生」について〉

 

〈新約8条に抵触、世界崩壊指数90%超の緊急事態につき特例措置実行、突破〉

 

〈該当情報のアーカイブ確認出来ず。星海ネットワークから隔離されておりアクセス困難〉

 

〈該当情報を有する人物を検索〉

 

〈発見〉

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 戦争が始まる前

 

 大罪都市プラウディア東地区の名も無き孤児院にて。

 

 孤児院の主であるザインはその日も、いつものように庭の菜園の世話を進めていた。

 土地の限られた都市の内部での菜園、というのはある種の贅沢であり、それ故あまり派手に作業をしすぎると悪目立ちする。だから彼が育てているのは少量の、子供達に振る舞う「お茶」用の薬草の幾つかのみで、ぱっと見は雑草の類いとも変わらず色合いも悪いので盗まれるようなことも無かった。孤児院の廃墟っぷりと相まって、毒草にしか見えなかった。

 

 空が割れて、ひび割れて、赤黒い魔界の空から竜が覗く異常事態になっても尚、彼はその日課を続けていた。

 

「ようじいさん」

 

 そんな彼に尋ねてくる者がいた。ザインは振り返らず、幾つかの薬草を籠の中に放り込みながら、口を開いた。

 

「憤怒の砂漠、そして強欲の迷宮から生き延びたか」

「教えてくれたお茶は役に立ったよ。不本意ながら」

 

 やって来たのは3人。

 ウル、リーネ、エシェルの3人だ。ウル以外の二人は此処に来るのは初めてであり、孤児院というにはあまりにも異様な風体のその場所に対してかなりドン引きしている様子だったが、ザインは気にしない。作業を終えたのか立ちあがるとウル達へと向き直り、痩せ老いて尚鋭い眼光で、ウル達を見つめた。

 

「聞きたいことがある」

「なんだ」

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 ザインは目を細める。

 

「俺に何故それを聞く」

()()()()()()()()

「なるほど」

 

 ウルの言葉に対して、ザインは理解できぬという訳でもなく、それを吟味するように沈黙した。そして、

 

「入れ」

 

 ザインは3人へとそう告げ、孤児院へと入っていった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 孤児院に人気は無い。子供達は今、薬草集めに向かっている。世界がこんな状態になった後、ザインは彼らに自分達が生き延びるための避難所(シェルター)の準備を進めさせていた。万が一の時に自分達だけでも生き延びられるように。

 だから、全く人気が無くガランとしたその場所で、ザインは3人に向かい合った。

 

「俺の事情を話す前に、まずは聞こうか。何故だ?」

「何故とは」

「なぜ神を倒そうとする」

 

 ザインはまっすぐにウルを見る。

 当たり前ではあるが、幼き頃と今のウルは違う。以前尋ねてきたときよりも更に違う。今や彼はイスラリアに名を轟かす英雄であるし、現在混迷を極めた世界における渦の中心に立っている。身体そのものも異形に浸食され、瞳の色すら違っている。

 だが瞳の奥で禍々しく揺らぐ魂だけは変わらない。それを確認し、ザインは尋ねた。

 

「お前がイスラリアでの平穏を望むなら、ディズやアカネと共にありたいと願うなら、彼女らの味方をするべきだ」

 

 太陽の神。

 紛れもないイスラリアの守護者で在り、根っからの聖人。弱者を救い、強者を尊ぶ。例えイスラリアという世界に罪があろうとも、彼女は戦うのを諦めないだろう。善なる弱者が、そしてそれらを助けようと手を伸ばす強者が居る限り彼女は戦う。

 その彼女の助けになりたいと願うのは道理だ。

 

「お前の仲間だったシズクに同情し、ロックと共に力になりたいとして、咎める気は無い」

 

 月の神と、その従者。

 イスラリアから押しつけられた呪いに抗うために生まれた呪いの御子。

 世界を救うためだという免罪符と共に彼女に押しつけられた業はあまりにも惨たらしい。その業によって砕け散ってしまいそうな彼女を救わんと願うこともまた、間違いは無い。

 

「あるいは、魔王の企て、野心に便乗するのも手だ。お前達自身を優先するなら」

 

 邪なる者。魔王の企ても間違いではない。

 この世界の成り立ちは、ハッキリと言って不細工なものだ。歪で罪に塗れている。その世界を厭い、逆に利用してやることを目指しても、それを悪と罵ることは出来ない。罪を問うなら、こんな世界を生み出した者達にこそ問うべきだ。

 

「だがお前の選択はどれにも相反する。ならば問わねばならない。何故その道を行く」

「このままだとシズクかディズ、どちらかが死ぬ。あるいはどちらもだ」

 

 ウルはため息をついて、断言した。そこに躊躇いはなかった。悍ましい事実を畏れず直視した者が発せる確信がそこにあった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ノア、あの奇妙なる存在から情報の多くを引き出し、確認し、現在世界を取り巻いている状況のおおよそをウルはなんとか把握することに成功していた。といっても、結局それらの情報は大部分が事前にジースターに説明されていた内容と同じではあった。

 つまるところ、この世界が本当にどうしようも無いところにどん詰まりしている事実をウルは確認した。

 

「これは絶滅戦争だ。片方がもう片方の世界を生かす理由が乏しい」

「そうだな」

「ディズならそうならんように努力するだろうが……竜と魔物の被害を考えるとな。シズク側も同様……これはもう本当にどうしようもない」

 

 これは事実だ。本当にどうしようもないのだ。

 1000年前から始まり、1000年続いた果てに起こったのがこの最終戦争なのだ。それはもう、個人の裁量でどうこうできる話ではなくなってしまっている。たった一人の聖者が慈悲を与えても、地獄のように積もった怨嗟を覆すことは出来ない。

 

「それで、お前が出した結論がどっちも殴る?」

「正確には全部な」

 

 この状況を打開するには、双方どちらかの殲滅を拒むならば、真っ当な手段は選べない。選ぶ事は出来ない。ある意味ウルの選んだ道は魔王に近い―――が、しかし彼よりももっと破滅的だ。

 

「魔王も、太陽神も、月神も、それと【涙】はき出す方舟の機能も全てだ。そうしないとどうにもならん」

 

 この世界を取り巻く一切を平等に粉砕する。一切を救う手立てがない。誰かだけを救おうとしても、もう片方が救われない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ウルが選ぶのはそんな選択だ。

 

「地獄だぞ」

 

 ザインは断じた。

 

「お前の進む道は、最も過酷で、最も危険で、そして苦難に満ちている。挙げ句、奇跡的に全てを実行出来ても、お前にはそれを実行した責任がついて回る」

 

 ウルはその言葉を聞き入れる。正しいと思った。彼の言葉には脅しも何もない。

 

「片方を選んで、片方の絶滅を選んだ方が話は早い。見て見ぬふりをしても誰も責めない。それとも、世界を大混乱に貶めようとするほど、あの二人が大事なのか?」

 

 問われる。

 シズクとディズ、今世界を二つに別けて戦う二人の少女を助けるために世界を崩壊させる覚悟があるのかを、ザインは問うてきた。その言葉に、ウルは―――

 

「―――それほどでもない」

 

 小さくため息をついて否定した。

 

「シズクはまあ、本当に困った女で、こっちをメチャクチャに翻弄してくる。最終的に自分達のためになるからって、もう少しやりようはあるだろうにな。しかもいくら言っても自分をないがしろにする。口だけはこっちに従順な事言うくせにな」

 

 思い返せば思い返すほど、彼女には色々と頭を悩まされ続けた記憶しか無い。本当に彼女はやりたい放題してくれたものだった。

 それらがウル達に害をなす類いのものでなかったのは確かだ、彼女がウーガにしてきたこともなにもかも今の世界の結末を見越してのことだとしたら、あまりにも献身的に過ぎるのも確かなのだが―――それはそれでとてつもなく腹が立つ。

 

「ディズはそもそも、俺がこんな有様になった全ての元凶っつっても過言じゃねえ。まあ、アイツはアイツで悩みもあったんだろうが、そのストレス解消のやり方があまりにもアレすぎるだろ。巻き込まれて良い迷惑だよ」

 

 彼女の嘆き、彼女の悩みをウルは聞いた。世界を守るために少数を犠牲にする自らの所行を呪いながらもそれを止められない彼女の嘆き、その歪みがウルにぶつかったのは事実だ。その事について言いたいことは山ほどある―――もう少し分かりやすく助けを求めろと心底思う。

 こんな事態になった後、一度たりともウーガに対して彼女が救援を要請しなかったのも更にむかついた。なにもかも自分一人で背負おうとするのは気高き勇者様にも限度がある。

 

 そう、二人とも厄介で、面倒くさいのだ。可愛げなんて欠片もない。

 

「そんな二人の為に世界をぶっ壊してでも助け出したいって思うほど、俺は愛情深くはねえ―――だから、これは俺の為だよ」

 

 そう、これは彼女たちの為ではない。ウルはそんな愛情深く、献身的な性格を持ち合わせていない。

 

「俺は俺の為にあいつらをぶん殴る」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 やはり、こうなったか。

 

 ウルの中にある焔を、その幼い頃から見いだしていたザインは淡々と納得した。

 

 幼き頃は、彼を生かす為にその感情に枷をした。その膨大な熱量が、幼き彼自身と妹を焼き殺してしまうのは明らかだったからだ。道徳を教え込み、知識を与え、常識を身につけさせ、畏れを教えた。

 生きるために必要なものを与えて、生きるために不要なものを封印した。

 

 だが、旅と試練を経て、その封印は解かれた。

 

 幼い頃制御できずに自分をも傷つけた危うさは、道を塞ぐ全てを食い千切る牙に昇華した。それは、世界にとっては望ましいことではない。紛れもない凶悪が完成しようとしている。

 だが、ザインにとっては――――

 

「後ろの二人は?」

 

 次に、ザインは彼が連れてきた二人を見る。 

 ウルのような怪物は、そうそうは生まれない。彼の仲間は特殊であろうが、彼ほどのエネルギーでもって突き進める者はそういないだろう。ただ単なる仲間意識だけでここにいるなら追い返そうと思った。

 だが、

 

「私は最初からそう決めている。ウルのためにやれることは全てする」

 

 内の一人、黒ずんだ赤髪の獣人、竜吞ウーガの女王は即答した。

 

「それに私だって、こんなメチャクチャな形で、二人と別れるのは嫌だ」

「それが世界のためでも?」

「世界よりも、二人の方が大事だ」

 

 ああなるほど、とザインは納得した。

 この娘はきっと長いこと、()()()()()()()で生きてきたのだ。だから彼女にとってこの世界は本質的に敵で、戦うべきものなのだ。記憶では確か彼女は神官であった筈だが、とはいえ立場がどうあれ関係は無かろう。

 彼女にとって彼女の家族は、世界よりも重たいのだ。

 

「私は正直言えば、思うところはあるわよ」

 

 一方で、もう一人の小人の少女は冷静だった。

 

「心の底からウルの意見に賛同することはできない。場合によってはイスラリアの――――私の家族を危険にさらすことにもなる」

 

 瞳には高い知性があった。激情に吞まれることなく、静かに事実を見据えていた。 

 

「だけど―――」

 

 だけど、とそう切って、窓の外、破滅へと向かいつつある世界を見据えた。

 

「今この世界はどうあがこうとも破滅へと踏み出してる」

 

 ソレはもう逃れようがないほどの事実だった。

 この世界は終わる。どうあがこうと、どうしようとも結末へと向かう。今がこれ以上続くという可能性は絶対にありえない。もうあとは、どこに向かってぶつかるかだけなのだ。

 

「それが逃げられないなら、その状況下で動くのだとしたら、一番信頼できる仲間のところがいい。友人を救える可能性があるというなら、なおのこと。もしも彼の意見が本当にヤバくなったら、修正することも出来るしね。」

 

 そう言って彼女は理性的に微笑む。

 ウルの危うさを理解し、その上で仲間として必要とあらば彼を止めると言っている。仲間として、理想的な立ち位置を彼女は示した。

 

「―――神を超えるには良い機会ってのもあるんだけど」

 

 ぼそりと、最後に言った禍々しい言葉は聞かなかったことにした。

 

 ともあれ、こんな者達がウルの周囲に集まるのは何の因果だろう。しかし少なくとも、ウルの仲間も決して、勢いや考え無しでウルと共に来ているわけではないらしい。

 

 ならば、

 

「来い」

 

 そう言って、ザインは立ち上がる。迷いなく彼が向かったのは孤児院に設置されている地下倉庫だ。子供達が取ってきた薬草の類いを乾燥させたり、不要になった木偶人形などが転がっている。孤児院にやってくる子供達の適正に合わせてザインが用意した道具類の数々もここにあった。

 だが、用があるのは此処では無い。ザインは更にその奥の壁へと触れる。すると石造りの壁がうごめき、閉ざされていた隠し扉が開いた。

 

「こんなところがあるなんて初めて知った……」

「此処は俺の研究室だ」

「何のための研究所なんだ」

「神の研究」

「何の、ために?」

 

 エシェルがおそるおそる、というように尋ねるが、ザインは平然と続けた。

 

「【方舟】は【太陽神】によって維持される。そして方舟は【涙】が密接に絡んでいるからだ。つまり【涙】を止めるためには、【太陽神】に対する干渉、場合によっては破壊も必要となる」

 

 更に情報がたたき込まれる。リーネは彼の言葉を咀嚼するように呟く。ウルは頭痛を堪えるように額をつまんだ。

 

「魔界と通じてると。そういえば、シズクにもちらっと言ってたな」

 

 ザインがシズクの仕えている(と、誤魔化した)冬の神殿と繋がってることをほのめかしていた。アレは、今思えばシズクに自分が魔界と繋がっていることをほのめかす符号のようなものだったのだろう。ようやく理解できた。

 と、なるとザインは魔界に属する者、邪教徒の類いと言うことになるのだが―――

 

「強い繋がりではないがな。完全に荷担している訳でもない」

 

 それはザインから否定された。ウルはますます苦い顔になり、埃をかぶっていた椅子に腰掛けると、ザインを睨んだ。

 

「方舟の管理者、【ノア】からじいさんを案内されたが、じいさんがどういう立場なのかは分からなかった」

 

 ノアにも詳細な情報は聞き出そうとしても出来なかった。こうして直接訪ねてみるとますますもって謎が深まる。ウル達のこの先の選択を考えると、確認しなければならなかった。

 するとザインはいつもとまるで変わらぬしかめ面にもみえる表情で口を開いた。

 

「俺は―――」

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