かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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愚天跋扈⑦ 怠惰

 

 50年前

 大罪迷宮スロウス跡地、【穿孔】にて

 

『眠い』

 

 方舟イスラリアの底の底、穴蔵のその深層に怠惰の竜の姿があった。

 竜は醜かった。皮膚はただれ、肉は腐り、骨は露出していた。異臭を放ち、眼球はただれ落ちている。見る物が見れば誰もが目を背けるだろう。そのおぞましさと、ただよう異臭で近づくこともままならないだろう。

 

 だが、真に怠惰の竜が腐り落ちていたのは肉体ではない。

 

『疲れた』

 

 スロウスは疲れていた。

 精神を爛れさせていた。

 元よりスロウスの精神は、【月神シズルナリカ】の断片に宿る人工知能はヒトではない。“世界”の住民達が、方舟へと人類がたどり着く術を考案するよりも前、人類の手を介さず魔力を簒奪する侵略者として生み出されたのが邪神の知性の大本だ。

 神はヒトが使うための道具。

 だから、ヒトに近しい精神性を有していなければ機能しない。

 竜達に感情があるのはその為だ。彼女たちは、怪物で在りながらヒトらしく作られ、しかし決してヒトとは相容れぬ災害としての働きを託された。

 

 初めの10年間は何も考えずに済んだ。

 しかし50年経つと疑念と疲労が常につきまとった。

 100年経つと、絶望が頭をよぎる。

 既に数百年、もうとっくの昔に精神は腐り果てた。

 

 終わることも赦されず、ひたすらに殺して殺して殺して殺して、

 怨嗟を投げられ、戦って、憎悪をぶつけられて、戦って、嘆きをぶつけられて、戦って、もううんざりだと思っても、まだ戦っている。

 

『もうなにも、したくない』

 

 【怠惰】はもう全てにうんざりだった。

 迷宮を崩壊させ、穿孔を生み出したのも、全てを投げ出すためだ。魔力の回収機能、迷宮としての役割すらも彼女は全て投げ捨てた。一切合切を無に還して、死ぬつもりだった。

 なんとか自分達の役割を達成させて、解放させようとしてくれた【強欲】には申し訳が無いけれどそれでも、もう耐えられない。

 そう絶望しながら穿孔の奥底で怠惰の竜はひたすらに腐り落ちようとしていた。

 

「おいおい、辛くなって自死なんてもったいねえぞ」

 

 だが、そんな腐敗の中心で、誰一人として立ち入れぬ筈の腐敗の地獄の中で、男は笑っていた。

 

「どうせ死ぬならさあ、メチャクチャやってやろうぜ?お前がむかついてる世界をさ」

 

 やたら親しげに話しかけてくる奇妙な男を、厚かましいなとスロウスは思った。面倒くさいなとも思った。

 

「そしたらめっちゃ、気持ちいいぞーぉ?」

 

 だけど、そんな彼の言葉に惹かれてしまったのは、分かってしまったからだろうか。

 彼も退屈していると。

 彼も苦しんでいると。

 その上で、なんとかしてやろうなんて言える彼が、目映かったからだろうか。

 

 こうして怠惰の竜は魔王と共犯者となった。

 

 それを振り返って、スロウスは思う。

 

『やっぱり、はやまったかもしれない』

「はー?そこはちょっと良い感じの台詞言うところだろー!?」

 

 ブーイングする魔王を見ながら、スロウスはため息を吐いた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

《大陸破壊戦略魔弾時限起動まで、残り4分》

 

「【其は栄華を飾り、華やかを好く蝶】」

 

 黒い蝶が舞う。

 魔王の身体からこぼれ落ちていく闇が歪み、形を変貌させ、蝶のように舞う。一見すればどこか不気味なれど幻想的な光景のように思えたが、無論、魔王が酔狂で無力な羽虫を造り出す筈も無い。

 その蝶が放射状に拡散し、ウルを囲うように動いた瞬間、疑念は確信へと代わった。

 

「【変貌れ】」

 

 魔王が竜の権能を起動させる。

 次の瞬間、舞い散った蝶が再び変容する。蝶が変容したのは銃口だった。空を舞う魔銃はその全ての銃口でウルを睨んでいた。ウルは驚愕と恐怖で背筋が凍るような気分になりながら、地面を蹴る。

 

「【愚星咆哮・胡蝶】」

「ふ、っざっけえっ――――!!?」

 

 咆哮が放射される。当然のように、それは魔王が放つものと同規模のものだった。

 時間差を開けて、連続して全方位から放たれる咆哮は狙いも情け容赦なく正確だった。【白炎】と【黒炎】の出力を上げ、愚星で肉体が抉られることを凌ぐが、みるみる魔力を消耗させられる。

 

 神薬。元々の地力の差。長期戦、消耗戦の不利。

 

 それが明確になったその瞬間、即座にそこを抉るべくこちらの体力を削りに走る。その容赦のなさにウルは歯を食いしばり、地面を蹴った。

 

「――――んなあ!!」

 

 雨あられのように降り注ぐ黒い咆吼を潜りながら地面を蹴り、壁を駆ける。蹴り出して宙を回る。当然、その動きに飛翔する銃口はついて回る。まるでその一つ一つが生きていて、瞳を有しているかのように淀みなく、こちらを睨んだ。

 だが、それは構わない。その程度はしてくることは分かっていた。重要なのはその全てが“視界”に入る場所に移動することだったのだから。

 

「【混沌よ、従え!!!】」

 

 放たれた咆吼、それら全てを見定める。次の瞬間ウルを狙い撃った咆吼はその寸前に逸れて、ウルの周囲を焼き払った。着地し、その場で大きく呼吸し酸素を取り込むと、魔王を睨んだ。

 

「無茶苦茶しやがる……!!さっさとくたばれ……!!!」

「おいおい、あいつらはこんなもんじゃないんだぜぇ?気合い入れろよ前哨戦!!」

「てめえがなぁ―――【混沌よ】」

 

 昏翡翠が輝く。魔王はこちらを警戒し、同時に再び蝶を散らす。今度は更に広く拡散し、視界に収まらぬほど広く散らばり、その全てウルを睨んだ。

 だが、ウルは慌てなかった。悪くない位置に魔王がいた。

 

「【主を喰らえ】」

 

 ウルは先に支配し、今なお機神の内部を破壊し続けている”咆吼そのもの”に呼びかける。ウルの周囲を焼き払い、尚も機神の内部を駆けていた咆吼が大きく旋回し、魔王の背の装甲を貫通し魔王自身をも穿つべく襲いかかった。

 

「っおお!?」

 

 魔王の身体に無数の穴が空き、銃口の動きが乱れ散った。無論、魔王自身に【愚星】による破壊は通じはしないだろう。それ自体は構いはしなかった。意表を突き、バランスを崩した瞬間を縫うようにウルは一気に突貫し、竜殺しを振り下ろした。

 

「お前もやってること大概だ、なあ!?」

 

 刃は、魔王の銃に阻まれる。そのまま腕ごと両断してやろうと力を込めたが、刃が通らない。魔王の銃が変形している。まるで顎が発生したように、竜殺しの刃を歯で食らい付き、止めている。

 白歯取りとは巫山戯倒している。だが、向こうから食らいついてくれるというなら好都合だった。

 

「【潰、れ、ろぉ…!】」

「が、あ あ゛あ゛あ゛!!!?」

 

 力により圧殺する。色欲の不可視の力が魔王の力を引きちぎり、押し潰さんとうなり声を上げる。ウルを射殺そうと再びはためいていた“蝶”は無残にも空中でその身体を引きちぎられて落下した。魔王の四肢がデタラメに動き、肉が引きちぎれるような音が聞こえてきても尚、ウルはその力を強めた。

 

「ぐ、ガアアアアアアア!!!!」

「っ!!」

 

 だが、肉がちぎれて吹き出したのは血ではなく、黒い闇だ。

 【天愚】で抵抗してきた。これも知っていた。やってくることはわかりきっていた。

 そして、力と力の押し付け合い、単純な根比べでは勝てない事も明確だった。技量では勝てないが、力の押し付け合いでも絶対に負ける。

 

 なんというか、勝てる要素の方が遙かに少ない。笑えるくらい、勝ち筋が狭かった。

 

「まあ、いつも通り、か!」

 

 故に、動揺はない。

 ウルは竜牙槍を構え、魔王へと向ける。既に魔導核は起動し、激しく鳴動していた。

 

「あ゛!?てめ……!!?」

 

 その竜牙槍の様子を見て、魔王は悪態を吐いた。

 憤怒の浸食を受けた竜牙槍、黒き竜と入り交じった竜の牙、その顎から漏れ出す光は、黒とは違った。今なおウル自身の肉体を焼く【白炎】が魔導核からあふれ出していた。

 

 黒炎と白炎が渦巻く。だが、この【黒炎】は【白炎】を押さえ込もうとはしていなかった。白い炎が有する“相克”を刺激し、ひたすらに火力を高めるための加速器として渦巻いている。

 起こる破壊は限界を超える。ウルは自身が爆ぜ飛ぶ覚悟で引き金を引いた。

 

「【咆哮・比翼】」

 

 相克し合う咆哮が魔王と、その周辺一帯を消し飛ばした。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

《大陸破壊戦略魔弾時限起動まで、残り3分》

 

 

「がッ………ぐ…!!」

 

 自分自身が起こした破壊によってウルの身体は吹き飛ばされ、その衝撃で身体が壁にたたき付けられ、ウルはその激痛に身もだえた。その痛みを無視するように身体を起こすと、魔王がいた場所が、その周囲一帯が消し飛び、機神の壁に極大の大穴が開いていた。

 

 穴は粘魔によって即座に埋まったが、魔王のいた場所は、“黒ずんだ塊”のようなものだけが残されていた。ウルはそのまま自身が焼き払った咆哮の痕へと歩みを進める。あらゆるものが焼き払われ、溶解し異臭と高熱を放ち続けている。その熱に皮膚を焼かれながら、その“塊”――――魔王だったものの前にウルは立った。

 

「死、んでる……?」

 

 混沌(うんめい)を掌握する瞳が告げている。その黒ずんだ塊に命はないと。

 心の底から疑わしく思えても、明確な死がそこにはあった。いくら殺しても死にそうにない男にしか思えなかったが、確かに目の前の死体には命を全く感じない。あの鬱陶しく耳に響いてきた嘲笑も聞こえてこなければ、動く事もなかった。

 

 死んでいる。

 間違いなく、死んでいる。

 

 信じられないような気分と、一方でどんなもので在ろうと無敵でも不死でも無いという納得がない交ぜになってウルの胸中をかき回した。強欲の竜とて死んだのだ。アルノルド王だって死ぬのだ。魔王だって死ぬだろう。先の一撃で、魔王の心臓をも焼き払った。

 

 十分ありうる話だ。そもそもそうなるように撃ったのだから。

 

 ならば、【天愚】は間もなく自分に宿るのか?

 否、魔王が約束をちゃんと守る保証があるか?譲渡はそんな咄嗟に出来る事か?

 だとすれば、あの爆弾はどうする?転移術でも使ってどこぞへと吹っ飛ばすか?

 

 思考は巡る。だが、考えてじっとしていたところでカウントダウンは止まることは無い。ウルは魔王の死体から背を向ける。デタラメに大暴れしすぎたが、今は“爆弾”のある広間に戻っていた。奇跡的に未だ大部屋の中央付近に鎮座していた爆弾へと、ウルは足を向け―――

 

 ―――“死”!?

 

 だが、次の瞬間、怖ろしい寒気に襲われた。それとほぼ同時に

 

「――――油断大敵だなア、ウル?」

「な――――があ!?」

 

 そして次の瞬間、背後から腕を掴まれて肉を引き千切られた。

 なにが?!と、一瞬動揺したウルは、自分の思考に怒りを覚えた。なにが、などと考えるまでも無いことだ。敵など魔王以外に誰がいる!!!

 

 だとすれば、疑問はどうやって?だ。

 確実に死んだ。その死をどのようにして凌駕した!?

 

 ウルの肉を素手で引きちぎったのは確かに魔王の腕だった。だが、それは荒々しい魔王の腕とはまた違った。腐り爛れ、骨が覗く腐敗した腕だ。その有様に見覚えがある。死霊術師によって生み出された鮮死体。生きたままに死ぬことも許されず存在する不死者。

 

 不死の特性。それを自在に操る凶竜を魔王は最初から有している。

 

「【怠惰】……!!」

「ハッハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 魔王は狂笑し、剥き出しになった筋肉を膨張させ、ウルへと拳を叩きつける。ほぼ身構えることもできず、ウルの身体は吹き飛ばされた。

 

《大陸破壊戦略魔弾時限起動まで、残り2分》

 

 

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